平穏
中央駅前で、私は大平君を待っていた。
待ち合わせは、10時だというのに、9時前についてしまった。
久しぶりのデートで、ワクワクしすぎて、気が急いているのだ。
こんなことじゃ、大平君に笑われてしまう。
落ち着け私。強敵と対峙したときこそ、冷静でいろと山下師範に言われたはず。
そう思っても、嬉しいという感情があふれてきて、すぐにソワソワしてしまう。
さっきから、腕時計を何度確認したことだろう。
早く会いたい。大平君の笑顔を早くみたい。
「やあ」
「ううん、全然待ってないよ!」
声のする方を振り向くと、見知らぬ男性が立っていた。
私はがっかりして、そっぽを向く。
「君みたいな素敵な娘を待たすなんて、最低な男だね。
そんなやつ、ほっておいて、お茶でも飲みにいかない?」
私が無視して、スマホを取り出すと、男はさらに近付いてきた。
「君、もしかして、大野奈津美さん?
うわー、テレビで観て、綺麗とは思ってたけど、実物はさらにいいね」
「それは、どうも。人を待ってるんです。ナンパなら、他を当たってください」
「つれないなあ。いいじゃん、ちょっとだけ。髪も綺麗だね」
男性が、私の髪に触れようとしたので、私は男性の手を払い、
左に動いて、距離を取った。
「いてて。手荒いなあ。別に痴漢したわけでもないのに」
「あなた、何なの? 勝手に、触れないで!」
「おいおい。随分な言い方だな。大野奈津美に暴力振るわれたって、
言いふらしたっていいんだぞ。困るんじゃないのー?
有名人だしさー」
「最っ低。恥ずかしくないの? いきなり絡んできといて」
「だからー、ちょっとお茶に付き合ってって、言ってるだけじゃん。
それか、連絡先教えてくれるんでもいいからさー。
大野奈津美と知り合いだって、自慢したいんだよね」
「なんて迷惑な人なの! 恥を知りなさいよ! 恥を!」
「ちょっとちょっと、そんな大声出してると、人が集まっちゃうよー。
困るんじゃないの? そういうことになるとー」
歩いていた人たちが足を止め、何事かと集まってきている。
中には、私に気付いた人もいる。
確かにまずい。
「わかったわ。そこの喫茶店でいい?」
「おっけー。いこいこー」
男性から手を掴まれそうになって、避けると男性の後に大平君が立っていた。
「大平くんダメ!」
大平君は、男性の腰付近に拳を打ち込んだ。
腎臓うちだ。
激痛が走り、下半身がしびれる。
「うごぉぉ」
男性が体を九の字に曲げると、大平君は男性の髪の毛を掴んで、顔をあげさせた。
「お前、何してんの? 死にたいのかな?」
大平君が、男性のボディにまた一発いれる。
男性は、胃液を吐き出し、涙を流す。
「んん? 浅かったな。じゃ、もう一発」
もう一発と言ったのに、大平君は二発、三発と男性の腹を殴る。
「うげっ、げええ」
男性が歩道に、胃の中のものを吐き出すと、大平君は男性から離れた。
「まだ、血が混じってないな。もう2,3発いっとくか」
大平君の言葉に、男性は腹を押さえながら、這うようにして逃げて行った。
「何だあれ? 情けなー」
「ちょっと大平君、ダメじゃないの!」
「おいおい、俺助けたのに」
「大平君、プロでしょ? プロが素人殴っていいと思ってるの?」
「殴るって、顔殴ったわけじゃないんだからさー」
「顔もお腹も一緒でしょ? まったく、しょうのない人ねー」
「ははは。じゃあ、いこいこ」
「うん!」
大平君と並んで歩くと、私たちは周りの人々から注目され、
あちこちで、「あれ大平じゃん」とか「大野奈津美じゃない?」
といった声が聞こえてくる。
私は見られていることを意識して、背筋をピンと張り颯爽と歩く。
対して大平君は、気にしていない風で、いつも通り肩を怒らせ、
少し猫背で歩く。
大平君が、私の方をみて恥ずかしそうに、頭をかいた。
「なーに? どうしたの?」
「いや、綺麗だなって思ってさ。マジでモデルみたいだ」
「褒め過ぎよ。モデルでこんな手をしている人いないでしょ?」
そう言って、私は右手を見せた。
私の手は、古い傷跡や生傷がたくさんある。初めて私の手を間近で見た人は、
皆一様に、驚く。
「かっこいいじゃん。歴戦の猛者って感じでさ」
「そう? なんか、今日はお世辞ばっかり言ってくれるのね」
「そんなことないよ。俺はお世辞とか言えないし」
駅ビルの百貨店に入り、適当にお店を見て回っていると、時計屋さんの前を通りかかった。
ショーケースには、様々な高級時計が並んでいる。
「ねえねえ。これなんか、大平君に似合うんじゃない?」
「うわっ。これ、50万だってよ。こんなの買えないよ。高すぎる」
「どうしてー? 高給取りなのに」
「俺はこれでいいよ」
そう言って、大平君は左手につけている腕時計を見せる。
大平君がしているのは、2000、3000円の安物だ。
「ちゃんとしたの買いなよ。世界チャンピオンになるんでしょ?
あれだったら、私が買ってあげるから」
「いいよー。それに俺だって、貯金ぐらいあるし。500万はあるんだぜ?」
500万? そんなはずない。大平君は、試合のたびにファイトマネーがいくらだったか
教えてくれる。試合のたびにその額はあがり、用具メーカーとのスポンサー契約もある。
大平君は、散財していない。どう少なく見積もっても、1億以上はあるはず。




