卒業
松下は、俺の右手を握ったまま、左手で軽く拳を握っている。
「ジャブか。お前、いつの間に」
「前に、お前が攻めてきて、負かされただろ? あの時からずっとだ。
使えるのは、ジャブだけ。フットワークも右のパンチも練習してない」
「つまりは、俺を捕まえて左の勝負で俺を倒すってわけか」
「その通り。お前はさ、実際すげえよ。その細い体で、ずしんと骨に響くパンチや蹴りが出せる。
お前みたいに速く動ける人間なんて、いままで見たことない。
でも、体の自由が奪われたら、そういう真似できないよな?」
松下がジャブを放ってくる。一発目をブロックすると、二発目はこめかみをかすり、
三発目をパーリングで、防ぐ。
鋭い。こいつ相当練習してきてる。
各校を攻めに行った時には、ジャブなんて一発も見せなかったのに。
「やるな。今まで実力を隠してたってわけか」
「隠してた訳じゃない。お前のためのジャブだ。それに、喧嘩でジャブじゃ相手を倒せない」
「俺なら倒せるって? 舐めんじゃねえ!」
頭突きしようと踏み込むと、松下にぐいっと右手を抑え込まれ、左のショートボディを食らった。
「うぐっ」
松下の左手首を、掴もうと左手を伸ばすと右足を踏まれ、
振り下ろした左ストレートをまともにもらった。
視界がゆがみ、膝がガクガクして、バランスを崩してしまう。
俺は必死になって、松下に抱きついた。
「悪いな。勝たせてもらうぜ!」
俺は松下の首に左手を巻き付け、倒れそうになるのを堪える。
「好き、好きなの」
「へ?」
「私、松下くんが好き!」
俺がそう言って、離れると松下は手を放した。
「気付いてなかったの? 私がずっと好きだったこと」
「いや、そんなこと……。だって、お前、男いるだろ?」
左頬にキスすると、松下は驚き固まって、
真っ赤な顔になる。
「大野、今のって」
「うん。でも、好きになっちゃったんだもん!」
「うっそ。マジかよ」
「嘘に決まってんだろ? 食らいな!」
俺は左ミドルで、松下の体を前かがみにさせ、右のミドルで、
松下の頭を蹴りぬいて、倒した。
「いてて。こんな美女に、鼻血ださせやがって、タコ助が」
鼻血を拭っていると、田崎が学ランを脱ぎ、ランニング姿になる。
すごい筋肉だ。肩が盛り上がって、首が短く見える。
「松下に、やられちまうかと思ったぜ」
「やられるかよ。年季が違うわ。
お前もやられたいんだろ?」
「俺は借りは返す主義でね」
「松下みたいに、なんか手を考えてきてるってわけか」
「御託はいい。やろうぜ」
田崎が半身になり、腰を落とす。
「跳足か。俺の撃砕と比べっこしてみるか?」
俺も腰を落とし、力を溜める。
田崎の口角が上がっていく。
「いくぜ、おら!」
田崎の掛け声を合図に、前へ跳び着地と同時に撃砕を放つと、田崎の姿が消えていた。
反射的に左を向くと、蹴り足が迫っていた。
前に流れた体を戻す時間がない。
俺は顎を引き、蹴りを額で受ける。
激しい衝撃に、視界が一瞬消え、右へ倒れる。
後頭部を打たないように右手で、カバーしすぐに立ち上がると、
田崎は追っては来ておらず、半身になって構えていた。
「跳び上がっての蹴りか。偏差値一桁のくせして、
考えてるじゃねえか」
「ふん。手前とやるために、行きたくもねえジジイの家に行って、
片っ端から書物読み漁ったんだ。これだけだと思うなよ」
「修行してきましたってか。ご苦労なことだな」
田崎がじりじりっと距離を詰めてくる。
俺が左ミドルを放つと、田崎は蹴りが掠る位置まで下がる。
蹴りも見えてるか。田崎は、攻めの強さに比べて、受けが弱かったんだが、
受けも上達したと思った方がよさそうだ。
右ロー、左関節蹴りを出すが、田崎は後に下がり、蹴りが届かないぎりぎりの距離を保つ。
「えらく慎重じゃないか。逃げ方ばっかり練習してきたのか?」
「お前は、ほんと人をムカつかせてくれるぜ」
不意に田崎の体が大きくなった。
まずい! 跳足だ!
後に下がれば、狙いすました右にやられる!
俺は前に跳び込み、左肩から体当たりする。
体重のない俺は、後に弾き飛ばされる。
頭の上を、田崎の右が掠る。
俺はそのまま、後に倒れてから、右に転がり左足を立て、
中腰になる。
「さすがにうめえな。光臨会の五段は伊達じゃねえってか」
「ふん。お前もよく稽古してきてるじゃないか。
松下もお前も役者だよ。他校に攻めに行ったときは、
そんなことおくびにも出さないんだからな」
「福岡の高校全部しめるってのも、面白かったけどな、お前を倒すってこたあ、
それ以上に、魅力があんだよ」
田崎が跳足で迫ってくる。俺は裏拍子を使った。
田崎の右のストレートに合わせ、俺の体は反応し、ダッキングの後に、
伸びあがりながら、左膝蹴りを田崎の腹にめり込ませる。
田崎は胃液を吐きながら、後に下がり再び構える。
「忘れてただろ? 俺は反射的に交差法を使えるんだ。
技の名は、裏拍子。どうだ? 骨身にしみるだろ?」
「うくくくっ。舐めんじゃねえ!」
田崎が再び、跳足を使ってくる。
俺は田崎の右ストレートをかいくぐりながら、左膝蹴りを出す。
田崎は左膝蹴りを腹に食らいながら、俺を左手で抱えてきた。
ゾクリとした寒気が、背中を走る。
田崎は俺を抱えたまま、前に跳び倒れ込む。
俺は咄嗟に顎を引いた。
次の瞬間、背中から床に叩きつけられる。
「ぐふっ」
息が止まり、衝撃で体がしびれる。
田崎が伸し掛かってきて、俺の右手を掴み、右手を振りかぶる。
俺は両膝で田崎の胴を押し、距離をあける。
田崎の右が振り下ろされる。
俺は頭を右に振って、田崎の右を避け、股間に膝をあて田崎が怯んだ隙に、
下にずりさがって、すりぬけ、立ち上がる。
田崎は股間を押さえ、苦笑いする。
「いつつつ。背中いてー。今のは効いたぞ。まさか投げとはな。めちゃくちゃしやがって、
もう、頭にきた」
「てめーこそ、金玉蹴りやがって。お前に女は期待してねえが、相変わらず無茶やってくれるぜ」
「田崎、よく鍛えたな。お前は、間違いなく高校生で最強だよ。まあ、俺を除いてだが。
褒美に、普通は拝めない技で倒してやる」
俺は腰を落とし力を溜め、田崎の目の前に跳ぶ。
着地して、すぐに左跳び膝蹴りを出し、ガードさせてから、右の膝蹴り、左膝蹴りを田崎の頭に当てる。
田崎は、後に倒れ、起き上がろうと首を上げる。
「三段跳び膝蹴りだ。長いこと空手をやっているが、お目にかかったことはない。
おそらく、これができるのは世界で俺ただ一人」
「世界一の技か。ははは。負けたぜ。立てねえよ」
いつの間にか、松下達も目を覚まし、俺と田崎の勝負を見ていた。
「よーし、すっきりしたところで、飯でも食いに行こうか?
貧乏人のお前らに奢ってやるよ」
松下に支えられ、田崎が立ち上がりながら、苦笑いした。
「最後まで我儘なお嬢様だな。俺らの姫は」
それから、五人で食事にいき、朝まで騒いだ。




