語らう
パールホワイトの車体に、LEDがこれでもかと点けられていて、
まるでUFOのようだ。
乗っていたのはチャコだった。
「やっほー! あんたから誘ってくれるなんて、初めてじゃん!」
「すごいバイクね。これ、チャコの?」
「かっこいいっしょ? じゃあ、はい」
チャコはヘルメットを渡してくる。
「私、スカートだよ?」
「平気だって。スカッとしたいんだろ?」
ヘルメットを被りまたがると、スクーターは急発進した。
驚いて私は、チャコの背中にしがみつく。
目の前に、車のテールランプが迫る。
『ぶつかる! ぶつかる!!』
叫んでもバイクのエンジン音と風切り音に、私の声はかき消される。
チャコは、ひらりひらりと車をかわし、更にスクーターを加速させる。
最初は怖くて、身を硬くしていたが、だんだんとスピードに慣れ、
景色を楽しむ余裕がでてくる。
ビルが立ち並ぶ景色から、郊外に行くにしたがって、建物は低くまばらになっていき、
海岸線にでた。
鉛色の空に、深緑の海。景色は変わっていないのに、晴れ間がでたような錯覚に陥る。
冷たい風が、頭を冷やしてくれる。
さっきまでイライラしていたのがウソのように、気分がいい。
「気持ちいいねー!」
チャコには聞こえないのはわかっているけど、私は語り掛ける。
今、私は自由だ。
私のやり方を否定されることはないし、アレコレ聞いてくる記者はいない。
将来への不安は感じない。
バイクっていいな。風と一つになる感じがする。
海岸線をしばらく走り、大きな二つの岩の間にしめ縄が張られた夫婦岩が沖に見える、
二見ケ浦まできて、チャコはバイクを休憩所に入れた。
ヘルメットを取り、チャコは自慢げに聞いてくる。
「どう? スカッとしただろ?」
「すごい! すごい! 気持ちよかったよ!
チャコって運転上手なんだね!」
「ははは。そんなに上手じゃないよ。ここにはいつも来てるから、
道に慣れてるだけさ。ちょっと、散歩しない?」
「うん」
缶コーヒーを買って握ると、冷たくなった指先が、ジンジンする。
知らぬ間に足も冷え切っていて、膝など感覚がない。
私たちは海沿いの道幅3mはある遊歩道を歩く。
水平線が見える。あのはるか向こうには、異国の地が広がっているのだろう。
少し温くなった缶コーヒーを啜っていると、チャコが口を開いた。
「言ってみなよ。あたしなんかでも、話せば気が楽になるかもよ」
「あ、うん。実を言うとね。後に載せてもらったら、だいぶすっきりした。
それに、私が悪いってわかってたんだ。最初から。
伊藤さんは私の為を思って助言してくれてるのに、
私って素直じゃないから」
「伊藤って、あんたが通ってるとこのプロレスラーみたいなのだろ?
あんたあんなごついのとやって勝っちゃうんだもんなあ。こうやって横にいても信じられないよ」
「変かな? 女の子が強くなろうとするのって」
「変じゃないよー。めちゃかっこいいじゃん! あんたみたいな綺麗な娘が、大男を倒すのってさあ。
そんな顔してるところ見ると、あんた悩んでるわけね。
あははは。呆れた。めちゃんこ強いのに、そんなことで悩んでるんだ。
あはははは」
「ちょっとー。笑わないでよー」
「ごめんごめん。じゃあ、お姉さんに話してみ」
「なんか、馬鹿にされてる気がするー」
「違うって。真面目に聞くからさ」
「ほんとにー? ちゃんと聞いてよ?
お願いだよ?
あのね、私って強いから存在価値があると思うの。
でね、強くなるために、色々やってるんだけど、
女ってことで、なんか特別扱いされる時があるのよ。
無理するなとか、棄権してもいいとか言われてさ。
私は対等に扱って欲しいのに」
「ふーん。あんたは、男女平等論者なわけ?」
「そんな大層なものじゃないよ。
なんか、依怙贔屓されてるみたいに感じるの。
それでなくても、綺麗だから贔屓されてるとか、
山下師範の隠し子だなんて、陰口たたかれてるんだから」
「ははは。贅沢な悩みだねー」
「ちゃんと聞いてくれるって言ったじゃない。
茶化さないでよ」
「陰口叩いてる連中はさ、あんたが羨ましいんだよ。
綺麗で強くて、お金持ちでさ。
私だって、あんたのこと羨ましいもん」
「そんなこと」
「あるって。あるって。女優さんみたいに綺麗で、
めちゃくちゃ強いじゃん。
おまけに、試合したら何百万ってお金もらえるんでしょ?
そりゃ、羨ましがらない方がおかしいって。
でもね、私はその連中と違って僻まないよ。
あんたがどんだけきついことしてるかって、知ってるし、
人は平等じゃないってこともわかってるから。
学校ってさ、なんで人は平等だなんて、嘘教えてるんだろうね?
そんな嘘教えるから、誰それは可愛いムカつく、誰々は金持ちだ何だって、
変な考え持つのが多いんだと思うよ。
人は生まれながらにして、差があるけど、
平等な部分もあるって教えたらいいのに」
「チャコって大人なんだね。それに比べて、私は。
あーあ。なんか、自己嫌悪」
「何言ってんのー。みんなの憧れ、大野奈津美様がさー。
私だってさ、こんな風に思えるようになったの、つい最近なんだよ?
私ん家ってね、貧乏でさぁ。中学の時から金持ち見ると、
いびってたよ。そんなことしたって、何も変わらないって、
わかってたんだけどね。でさ、三鷹水産に来て、やっちゃんに会ったの。
やっちゃんは、中学の時から有名人で、冷酷非道って聞いてたから、
会う前はびびってたんだけど、全然違っててね。
金脅し取ったりするんだけど、そういうことするのって、
相手が金持ちの時だけでさあ。ほんとかっこよかったなぁ」
チャコは田崎君の話をするとき、上気した顔で、虚空を見つめる。
これって、もしかして。
「ん? 何? 私の顔なんか変?」
「ううん。何でもない。続けて」
「そんでね。ある時、悟ったの。生まれてきた瞬間から、
人は平等じゃないってね。いい家柄、悪い家柄、
裕福、貧乏、頭良いとか、悪いとか。
野球ができるとか、足が速いとか。根性あったり、機転がきいたり、
その人それぞれに特徴があるんだって。
自分の境遇を呪うだけじゃ何も変わらない。
やっちゃんみたいに、自分の力で頑張っていくしかないんだって。
私なんかが言っても、説得力ないかもしれないけど、
私はそう思ってる」
「強いね。チャコは」
「私がぁ? どこがよー? 今のだって、やっちゃんの受け売りだし。
でも、そんな風に思うようになって、気持ちが軽くなったんだよね」
「そっか。そうだね。チャコの言う通りだよね。
人と違って当たり前。何でこんな風に、いつも悩むんだろ。
一つのことが解決したかと思ったら、また同じようなことで悩んだり。
私って、進歩しないんだよねえ」
「いいじゃん。悩んだら。若い時は悩むもんだよ」
「うふふふ。そうね。恋の悩みとか」
「あんた彼氏いんじゃん。ボクシングの」
「私じゃないよ。チャコだよ」
「なんで私なのさ?」
「チャコは、田崎くんが好きでしょ?」
「な、ななな、何言ってんのよ?
そんなわけないじゃん!
それに、やっちゃん彼女いるんだよ?
なんだって、私がそんな大それたこと……。
って、バレちゃった?」
「田崎君のこと話してる時、すごく幸せそうだったから」
「そっかー。あーあ。何で好きになっちゃったのかなあ。
無理ってわかってるのに」
「恋は女を美しくするんだよ?
どんどん恋しなきゃ」
「ちえー。あんたはいいよなー。モテモテで、おまけに彼氏いんだし」
「私って、ほら、綺麗だから」
「言うねえ。こいつー。さっきまで、落ち込んでたくせに」
「あははは。そうだね。ありがとう。話聞いてくれて」
「どういたしまして。あんたみたいなすごい娘の役に立ててよかったよ」
「でも、バイクって気持ちいいね。また時々載せてね」
「だろー? 癖になっちゃうよー」
チャコと話しながら、休憩所の方へ戻ると、チャコのスクーターに
見知らぬ男がまたがっていた。他にも二人、男がいる。




