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おやじ彼女  作者: ponta
壮士凌雲
508/570

KO

山中は、距離をとったまま動かない。


そうか。殺気か。矢野のことだ。

俺はどんな手でも使うと忠告したのだろう。


なら、それを逆手にとらせてもらう。


山中がジリジリと近付いてくると、

俺は殺気を飛ばした。


山中は、ビクッとして再び距離をとる。

これはありがたい。今のうちに回復させてもらおう。


お互いに見合ったまま、8R終了のゴングが鳴り、

俺はロープを伝いながら、青コーナーに戻った。


「くはー。今のはやばかった。意識跳びかけたぞ」


「しっかりしてくださいよー。

 伊藤が、リングに入ろうとするんで、

 止めるの大変だったんですよ」


「バッカ、伊藤! お前の出る幕はねえよ。

 大人しく見とけ!」


伊藤は、俺の腹を指で突く。ずくんと痛みが走る。


「いちち。何しやがる!」


「カラ元気じゃないすかー。まともに動けんでしょう?

 気持ちよーく倒れてくださいよ。俺が、すぐに山中をぶちのめしますわ。

 弟子がやられて、正気を失ったとかなんとかいって、誤魔化しますから平気ですよ」


「いいから見てろって。思い出したんだよ」


「へ? 何を?」


「俺が空手家だっつうことをな。ボクシングやってちゃ勝てるわけねえよ」


木村が俺の汗を拭きながら、にこりと笑った。


「勝機が見えたみたいですね。俺と伊藤は黙って見ときますよ」


9Rのゴングが鳴り、俺は2歩進んでから、両手を額の高さにあげ、

ゆらゆらと揺らす。左足の踵を上げ、猫足立ちになる。


山中は、俺の構えに、驚いたようだが、赤コーナーを振り返ると、

矢野のGOサインを確認し、ガードを固めて近付いてきた。


矢野の右フックをダッキングでかわし、俺は伸びあがり、

山中の顎を頭突きで狙う。

当たる寸前に、右手を額に当て、そのまま全身のバネを使って、跳ね上がり、

山中の顎を打ち抜いた。


山中は、天井を見上げた姿勢のまま、よろよろと後に下がり、尻もちをついた。


「おっ、くっ、ぐぐっ」


山中は目の焦点が合っていない。

立ち上がろうとしているが、手足がブルブルと震えている。


俺は、ニュートラルコーナーに行き、腰を落として、山中が立ち上がるのを待つ。

レフリーが、立ち上がった山中に声をかけている。


俺は力を溜め、レフリーが離れた瞬間に跳ぶ。


山中が、あっ……と声を上げ、俺の方を見る。

俺が右手を突き出すと、綺麗に山中の顎にあたり、

そのまま着地した。


振り返ると、山中は前のめりに倒れていた。

顎が砕けたのか、盛大に血が出ている。


レフリーが駆け寄り、手を交差させて試合を止める。

俺は左右の下段突きを繰り出し、勝ちをアピールする。


歓声に包まれ、拳を突き上げると、膝がカクンと折れ、

俺は片膝をついた。


胃が気持ち悪く、腹を押さえていると、

木村と伊藤が笑顔で駆け寄ってきた。


「やりましたね! さすが磯野さんだ!」


「俺の出番なかったすねー。がははは」


「いやー、まいったまいった。当分、飯食えないよ。

 こいつの右フックは本物だった」


リングドクターと共に、倒れた山中を介抱していた矢野が、

歩み寄ってきて、右手を差し出してきた。


「ナイスファイト。完敗だよ」


「ありがとうございました。勉強になりました。

 失礼なことを言ってすみませんでしたと、山中さんに伝えてください。

 リベンジいつでも受けますと」


「リベンジか。難しいだろうね……。しかし、惜しいねえ」


「何がですか?」


「君がボクシングやってたら、世界チャンピオン間違いなしなのになあ。

 女子だったら、5階級制覇も夢じゃない」


「ボクシングは向いてないって、はっきりわかりました。

 このお腹見てくださいよ。数日はまともにごはん食べれません」


「ハードパンチャーの山中をもってしても、その程度のダメージしか

 与えられんとは。こっちは病院送りだというのに」


リングにインタビュアーが入って来たのを見て、矢野は再び山中のほうへ戻った。

それから、勝利者インタビューを受け、リングを後にした。

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