KO
山中は、距離をとったまま動かない。
そうか。殺気か。矢野のことだ。
俺はどんな手でも使うと忠告したのだろう。
なら、それを逆手にとらせてもらう。
山中がジリジリと近付いてくると、
俺は殺気を飛ばした。
山中は、ビクッとして再び距離をとる。
これはありがたい。今のうちに回復させてもらおう。
お互いに見合ったまま、8R終了のゴングが鳴り、
俺はロープを伝いながら、青コーナーに戻った。
「くはー。今のはやばかった。意識跳びかけたぞ」
「しっかりしてくださいよー。
伊藤が、リングに入ろうとするんで、
止めるの大変だったんですよ」
「バッカ、伊藤! お前の出る幕はねえよ。
大人しく見とけ!」
伊藤は、俺の腹を指で突く。ずくんと痛みが走る。
「いちち。何しやがる!」
「カラ元気じゃないすかー。まともに動けんでしょう?
気持ちよーく倒れてくださいよ。俺が、すぐに山中をぶちのめしますわ。
弟子がやられて、正気を失ったとかなんとかいって、誤魔化しますから平気ですよ」
「いいから見てろって。思い出したんだよ」
「へ? 何を?」
「俺が空手家だっつうことをな。ボクシングやってちゃ勝てるわけねえよ」
木村が俺の汗を拭きながら、にこりと笑った。
「勝機が見えたみたいですね。俺と伊藤は黙って見ときますよ」
9Rのゴングが鳴り、俺は2歩進んでから、両手を額の高さにあげ、
ゆらゆらと揺らす。左足の踵を上げ、猫足立ちになる。
山中は、俺の構えに、驚いたようだが、赤コーナーを振り返ると、
矢野のGOサインを確認し、ガードを固めて近付いてきた。
矢野の右フックをダッキングでかわし、俺は伸びあがり、
山中の顎を頭突きで狙う。
当たる寸前に、右手を額に当て、そのまま全身のバネを使って、跳ね上がり、
山中の顎を打ち抜いた。
山中は、天井を見上げた姿勢のまま、よろよろと後に下がり、尻もちをついた。
「おっ、くっ、ぐぐっ」
山中は目の焦点が合っていない。
立ち上がろうとしているが、手足がブルブルと震えている。
俺は、ニュートラルコーナーに行き、腰を落として、山中が立ち上がるのを待つ。
レフリーが、立ち上がった山中に声をかけている。
俺は力を溜め、レフリーが離れた瞬間に跳ぶ。
山中が、あっ……と声を上げ、俺の方を見る。
俺が右手を突き出すと、綺麗に山中の顎にあたり、
そのまま着地した。
振り返ると、山中は前のめりに倒れていた。
顎が砕けたのか、盛大に血が出ている。
レフリーが駆け寄り、手を交差させて試合を止める。
俺は左右の下段突きを繰り出し、勝ちをアピールする。
歓声に包まれ、拳を突き上げると、膝がカクンと折れ、
俺は片膝をついた。
胃が気持ち悪く、腹を押さえていると、
木村と伊藤が笑顔で駆け寄ってきた。
「やりましたね! さすが磯野さんだ!」
「俺の出番なかったすねー。がははは」
「いやー、まいったまいった。当分、飯食えないよ。
こいつの右フックは本物だった」
リングドクターと共に、倒れた山中を介抱していた矢野が、
歩み寄ってきて、右手を差し出してきた。
「ナイスファイト。完敗だよ」
「ありがとうございました。勉強になりました。
失礼なことを言ってすみませんでしたと、山中さんに伝えてください。
リベンジいつでも受けますと」
「リベンジか。難しいだろうね……。しかし、惜しいねえ」
「何がですか?」
「君がボクシングやってたら、世界チャンピオン間違いなしなのになあ。
女子だったら、5階級制覇も夢じゃない」
「ボクシングは向いてないって、はっきりわかりました。
このお腹見てくださいよ。数日はまともにごはん食べれません」
「ハードパンチャーの山中をもってしても、その程度のダメージしか
与えられんとは。こっちは病院送りだというのに」
リングにインタビュアーが入って来たのを見て、矢野は再び山中のほうへ戻った。
それから、勝利者インタビューを受け、リングを後にした。




