記者会見2
「何故か、聞きたいね。君の真意が知りたい」
「質問の意味がわかりませんが」
「空手日本一である君が、なぜボクシングの試合なんかに出るんだ?
普通にやれば、そこにいる山中君など、君の足元にも及ばんだろう」
「ルールが変われば、強敵たりえます。
山中さんは、階級がかなり上のハードパンチャーですよ?」
「己に試練を課すというなら、僕も納得できる。
だが、君はさっき何をしようとした?
ボクシングでなどといっておいて、場外で仕掛けようとした。
僕には理解できない。君のやり口はまるで」
「まるで?」
「磯野正にそっくりだ。
かつて、光臨会の三羽ガラスの一人と言われた彼は、
人並み以上の技量を持ちながら、汚い手を使う男だった。
真正面から相手をねじ伏せる伊藤君や、華麗な技で相手を翻弄する木村君と違ってね。
対戦相手の故障個所や怪我を狙うような真似を平気でやっていたし、
場外にあっても、相手を挑発するようなこともしていた。
さっきの君のようにね。僕はね、もったいないと思っていたんだ。
彼は僕の知りうる限り、最強の空手家だったよ。堅い守りに、怒涛の攻め。
不屈の精神力。汚い真似などしなくとも、十分な強さがあるのに、
なぜあんなことを繰り返すのかと。
不幸にして彼は事故で命を落としたが、君を見ていると彼が生き返ったかのような
錯覚に陥る。君は幼い頃から、磯野正に空手を習ったと言っていたが、
幼い時はクラシックバレーを習っていたはずだ。週に6日間、バレー教室に通っていたのに、
いつ空手を習う時間が取れる? 君のことは調べさせてもらった。
空手を習った形跡など微塵もない。
小学校、中学校の同級生たちにあたったが、君が空手を使うところなど一度も見たことがないという。
おまけに、磯野正と血縁関係にあるというのも嘘だ。
君はいったい何なんだ? その年でどうやってそこまでの技を身につけた?
そして、そんな強さを身に着けながら、なぜ汚い真似をするんだ?
教えてくれ。僕は真実が知りたいんだ」
俺は目を瞑り、自分の額を右手の人差し指で、数回突いてから目を開けた。
「高木さん、磯野正のことをおじと言ったのは、誤りでした。
おじのように慕っていたというのが正解です」
「……。なら、磯野正に空手を習ったというのは本当だというのか?」
「ええ。本当です。高木さん程、武道に精通しているならおわかりになるはず。
私の使う技が、一朝一夕に身につけられるものではないということが」
「だから僕は混乱しているんだ。君が光臨会に入ったのは2年程前。
それまで磯野君に習っていたというが、彼は会社員だった。
営業として全国を飛び回っていた。君に教える時間などなかったはず」
「そうですね。電話や手紙、亡くなる直前はメールでご指導いただいていました」
「そんな真似できるわけがない! 空手の通信教育で強くなったなんて話、
聞いたことがない!」
「うふふ。それができたんですよ。私って才能あったみたいで。
ところで、高木さん。勝負っていつから始まっていると思いますか?」
「試合の前から始まっていると言いたいのか?
だから挑発行為も許されると?」
「私はね、勝負って試合が決まるずっと前から、もっと言ったら日常生活すべてが、
勝負の下準備だと思っているんです。
己の人生すべてをかけて、ぶつかり合うことが、勝負であると。
人によって勝負の土俵は違います。学生なら勉強や部活。社会人なら、仕事や趣味
になるでしょうか。高木さんなら、良い記事を書くことでしょう。
そして、私のような者には、己が肉体を使って、強さの証明をすること」
「それは詭弁だろう。だからって、場外で汚い手を使っていいということではない」
「高木さん、私はね。殺されても構わないと思って戦っています。
そして、私の対戦相手にもその覚悟を求めます。
生死の境目で綺麗も汚いもありません。勝つ確率を上げるためには、
なんでもやります」
「そんなこと許されない。礼節を重んじる武道の世界においては」
「高木さん、光臨会がまだ立ち上げられたばかりの頃、
どういう目にあっていたかご存じですか?」
「大変だったとは聞いている」
「まあ、今の話は小娘の戯言と思って、忘れてください」
しばし、高木と睨みあっていると、後方の席に座っていた男が、
ぱんぱんと手を叩いた。
「はいはい。時間ないんだから、そろそろ譲ってよ。
今回はボクシングの試合なんだからさあ」
「何だと?!」
高木が後を振り返ると、男は余裕の顔で立ち上がった。
丸メガネをかけていて、ずんぐりむっくりした体型だ。
高木は、不満気な顔だったが、そのまま座った。




