仕掛け
「山中、挨拶しろ。対戦相手の大野さんだ」
「……。ちわっす」
「こんにちは。大野奈津美です。どうぞよろしくお願いします」
俺が会釈すると、山中は半歩下がり、
素早く構えた。顔が強張っている。
「そんなに警戒しないでください。
試合は、明日。今は妙な真似しませんよ」
「……。会長」
「山中、向こうにいってろ。
無口な男でね。ご容赦願いたい」
「いいえ。試合前ですもん。山中さん、明日はいい試合しましょうね」
山中は俺から目を逸らさず、2歩下がってから、向きを変え離れていった。
肩の盛り上がりはなかなかの物だ。
重いパンチを打ってくるだろう。
しばらく山下師範たちと雑談を交わしていると、ぞくぞくと記者たちが集まってきて、
会見前だというのに、カメラを向けてくる者も出てきた。
まったく、控室ぐらい用意しとけよ。
内心の腹立たしさを微塵も見せず、選挙カーのウグイス嬢よろしく、
笑顔を振りまく。
インタビューをしてこようとしてきた記者を、木村と伊藤が阻む。
「インタビューの時間は、後ほど取っておりますので」
「木村さん、そんなこと言わないでさー。長い付き合いじゃないか」
木村と伊藤が、記者たちを阻んでくれている間に、
俺は山下師範と、壇上に用意された席に座った。
先に座っていた矢野と山中がちらりとこちらを見る。
『お集まりいただきありがとうございます。
では、軽量を開始します。
その後、皆さんの質問時間はたっぷりと取っておりますので』
山中は立ち上がると、服を手早く脱ぎ、トランクス一枚になった。
記者たちの間から、おーっと歓声があがる。
映像で観た時は、ここまで胸筋が発達していなかった。
一回り体が大きくなった印象をうける。
俺も立ち上がり、コート脱いで椅子にかけ、体重計へと向かう。
山中が体重計に乗る。70.2kgと体重計に表示されている。
「山中選手、70.2kg! パス!」
計測係が、何のつもりか声を張り上げる。
ウエイト関係ないんだろ? パスってなんだ。パスって。
さて、ちょっと驚かせてやるか。
体重計の前で、靴を脱ぎおもむろに、ストッキングを脱ぎだすと、
ざわめきが起こった。
「こ、こら、磯野!」
驚きの声をあげる山下師範に気付いていない振りをして、
俺は平然と背中のファスナーを下げ、ワンピースを床に落とす。
『おー!』
記者たちから歓声が沸き起こる。
俺は、ワンピースの下にブルーのノースリーブ、
黒のスパッツを着ていたのだ。
少しは、サービスしてやらないとな。
体重計に載ると、45.6kgと表示された。
身に着けている物の分、増量されるわな。
計量係が俺の体重を発表しようとしたので、
俺は係の口を手で押さえた。
「もががっ」
「女の子の体重を声を張り上げて、読み上げるって
どういう了見ですか?」
俺が手を放すと、計量係はいやそのと困った顔で、
目を泳がせる。
「冗談ですよ。冗談。自分で発表します。
皆さん、私の体重は服を着た状態で、45.6kg。裸なら43.5kg。
男子でいったらミニマム級以下です。
その最軽量級の私が、ウエルター級の選手をどう料理するか、
明日を楽しみにしていてください。
あ、ちなみにウエストは、57cmです」
そう言って、くびれを強調するように、手でシャツを押さえると、
再びどよめきが起こった。
男って、どうしてこうエロイんだろうね?
さて、対戦相手はどうかな?
山中の様子を横目で見るが、特に感情は出していない。
少し揺さぶるか。
俺はワンピースを身に着けつつ、山中に話しかける。
「あーん。ファスナーが閉まんないー。
山中さん、あげてくださる?」
そういって、髪をかき上げ、山中の方に背中を向けると、
ざわついた会場内でもはっきりと山中が生唾を飲み込む音が聞こえた。
「さぁ、早く上げてください。風邪を引いちゃいます」
振り返ると山中は、ガチガチに固まり、
震える手で俺のファスナーに触れようとしていた。
思った通り、女に縁がないらしい。
「う、うん」
「山中さんって、彼女いるんですか?」
「い、いないっ」
「うふふ。そうなんですかー。
ボクシングは何年ぐらいされてるんですか?」
「こ、高校卒業してだから、じゅ、十年」
「うわー。ベテランなんですね。
いま、日本ランキングは?」
「さ、さささ、三位っ!」
山中がやっとのことで、ファスナーを締め終わる。
俺はくるりと振り返って、微笑んだ。
「三位ですかー。10年やって日本三位じゃ、才能ないですね」
真っ赤な顔で、うんうんと頷いていた山中が、驚いた顔で、
固まった。
「私の彼、大平君はご存じですか?
彼、才能があるんでしょうね。
デビューして1年ちょっとで、
もう世界チャンピオンに手が届くところまできています。
それに比べて、10年経ってるのに、ボクシングだけでは食べていけないなんて、可哀そう」
わなわなと震える山中に見せつけるように、俺は自分の体を右手で撫でる。
「私って、綺麗でしょう? 大平君はこの体を好きにできるんです。
いつだって、抱きたい時に抱けるんです。
彼は1年ちょっとで、金も名誉も女も手に入れているというのに、
10年やってるあなたには何もない。うふふ。惨めねー」
さあ、殴りかかってこい。
試合前に、足を利かなくさせてやる。
手打ちのパンチなら、怖くない。
俺にも十分チャンスがある。
山中が拳を握り、怒りの表情で俺にかかってこようとした時、
矢野が山中の前に立ちはだかり、顔を張った。




