初対面
2月下旬の試合前日。
計量のために、会見場へ出向いた。
もともと体重が違う者同士が戦うのだ。
計量の意味はあまりないように思うが、
形式的に行いたいらしい。
対戦相手は普段ウェルター級(66.678kg以下)でやっている
山中という男で、日本ランキング3位のハードパンチャーだ。
数試合の映像を確認したが、派手なKO勝ちが多く、
負ける時もKO負けで、防御はあまり得意ではないらしい。
普段の試合のように減量してこないことを考慮すると、
体重43.5kgの俺とは、30kg弱の差があると考えていいだろう。
会見上の脇に、体重計が置かれていて、矢野が俺を見て、
近寄ってきた。
矢野は、山下師範に軽く頭をさげる。
「ご足労いただいて申し訳ない。
伊藤さんや木村さんまで来ていただけるとは。
お二人の相手ができるような重量級の選手が、
うちにはいないのが残念です」
肌寒い室内だというのに、半そで短パン姿の伊藤が、
大口をあけて笑った。
「矢野さん、心配しなさんな。チケットは売り切れてんでしょ?
うちの大野みたさに、明日は満員になりますよ。
テレビもバーンと数字とれますって」
俺は伊藤の服を引っ張り、顔を下げさせて耳打ちする。
「そんな勝手なこと言っていいのか?
結構な金がかかってるんだ。この興業失敗したら、
矢野は路頭に迷うぞ」
「まーた、磯野さんの心配性が始まった。
年末の視聴率25%超えてたんですよ?
なーんも心配いりません。
こんな急な話なのに、テレビ局はすんなり乗ってきたでしょう?
誰も損しませんって」
「そうか。ならいいけど」
俺が伊藤から離れると、矢野が俺をジロリと見た、
「今から計量だが、その恰好でいいのかね?」
俺は、青のワンピースの上に、ピンクのダッフルコート、
黒のストッキングにショートブーツといういで立ちだ。
底冷えする会場にあって、空手着姿の木村と、半そで短パンの伊藤は、
論外としても、そんなにおかしな服装ではない。
俺は首を傾げて、微笑みながら、コートの前を開いた。
「変ですか? 記者会見もあるというから、
お気に入りのワンピースで来たんですけど」
「いや、おかしかないが、今から戦う者の服装ではないだろう?」
いやに自信たっぷりだな。
さてはこいつ、俺がグローブを着けると、
真正の突きが打てないって知ってるな。
「矢野さんは、大した情報網をお持ちのようで」
矢野はにやりと笑った。
「何の話かね?」
「矢野さん、あなた最初から私狙いだったんでしょ?」
「ふふふ。まったく大したお嬢さんだ。
その体で、ヘビー級の猛者を倒すだけはある。
今更、隠しても仕方がない。その通りだよ」
「なら、私の対策もできているというわけですね」
「そうだね。手に入る映像は全て集め、
徹底的に分析させてもらったよ。
自慢にはならないが、私はね、選手としては大したことなかった。
やっとのことで日本タイトルに2度挑戦して、2度ともKO負け。
パンチ力が無くてね。勝った試合は判定しかなかったよ。
だからなんだろうね。才能の無かった私は、観察眼だけは鍛えられた。
君のフィニッシュブロー、あれは特定の状態じゃないと、
打てないと考えたんだ。全身の筋力をパンチに集中させるため、
下半身と上半身の連動と、特に肘から手首にかけての捻りこみが重要となる。
そのためには、拳が余計なものに包まれて、手首の動きが
邪魔されてはダメだ。
例えば、試合で着用する8オンスグローブとかね」
「すごい観察眼ですね。
ほぼ正解です。
自分でもついこの間まで、そのことに気付いていなかったというのに。
明日は楽しめそうですね」
「正直言うとね、伊藤さんに言われた通り、
今回の試合は、金のために仕組んだんだよ。
しかし、君を調べれば調べる程、興味が湧いてきた。
気付けば、どうすればうちの選手が君を攻略できるか、
そのことばかり考えていたよ。
悔しいが、君は強い。類まれなスピードに、そのウエイトからは、
想像できないような破壊力の一撃を繰り出す。
だが、脆い。絶対的な耐久力がない」
「ええ。その通りです。自覚してます。
この細い首では、頭部に受けた衝撃を支えられません。
薄い体では、胴体に打撃を受けると、衝撃が内臓に伝わります」
「弱点を自覚しているからこそ、君は勝ち続けてきたか。
面白い。こんなに試合が待ち遠しいのは久しぶりだよ」
「うふふふ。案外、私たち似た者同士かもしれませんね」
「そうかもしれんな。おっ、君の相手をする
山中がきた。山中!」
173cm、70kgか。脂肪をつけての体重増加じゃない。
筋肉をつけてきている。
面長の山中は、鋭い目つきで俺をまっすぐにみたまま、
近寄ってきた。
ライダースの上着にジーパン姿で、ライダースのポケットに、
両手を入れている。髪は短くソフトモヒカン風だ。




