スパーリング2
大平が心配そうな顔で、近付いてくる。
「あんま無理すんなよ? はい、ヘッドギア」
渡されたヘッドギアを被ると、視界が狭まり、
なんだか、息苦しく感じる。
俺はヘッドギアを脱ぎ、大平に返す。
「いらない。視界が狭まる。それに感覚が鈍りそうだ」
「いや、危ないよ。試合前に怪我とかさあ」
俺たちのやり取りを見ていた北野が、ケタケタと笑いだす。
「はははは。いつも殺気立ってるあの大平君が、こうもねえ」
大平が、北野をギロリと睨んだ。
「北野さん、何が言いたいんですか?」
「いやね、こんな可愛い彼女なら当然かなって話さ。
心配せんでも、ちゃんと手加減するって。
逆恨みされちゃかなわない」
俺は10オンスのグローブをつけ、リングへと上がる。
それを見て、北野もリングにあがってきた。
会長も少し遅れてリングへと上がってくる。
「準備はいいね? じゃあ、始めるよ」
大平がゴングを鳴らすと、北野は体を小刻みに揺らしながら、
近付いてきた。
蹴りの間合いだが、蹴りは出せない。
何とももどかしい。
北野はファイタースタイルに構えているが、
顎や腹、金的がガラ空きだ。
跳び膝蹴りを顎、鳩尾に前蹴り、金的に蹴りを入れれば、
即座に勝てるというのに、それができないとは。
俺は右のボクサースタイルで構え、軽くジャンプしながら、ジャブを打つ。
北野の右のグローブに、ジャブが当たる。
「ほー。鋭いね。女にしては」
北野が距離を詰めてくる。下がろうとした俺の左足を、北野が踏む。
北野の右ボディが、迫ってくる。ガードするが、ズシンと内臓に響く。
左に逃げようとした俺に、北野は右手を引っかけて、強引に引き戻し、
左のボディを打ってきた。
ガードしようとした右手をすり抜け、左わき腹に突き刺さる。
「ぐふっ!」
北野が連打してくる。
右フック、左フック、右アッパー、左フック、右ストレート。
何とか両手をあげるものの、ガードの上からでもダメージがたまっていく。
右のボディをダブルで入れられ、俺は溜まらずダウンした。
息ができない。
手足がしびれ、自分のものではないかのように、自由にならない。
会長さんが、驚いて俺を抱きかかえる。
「北野! お前、何考えてるんだ!」
「会長~。俺はボクシングの厳しさ教えてやっただけですよ。
プロのリングじゃ、こんなの当たり前。
空手ができるとかって、天狗になってる女子高生にお灸をすえただけですよ」
俺は腹を押さえながら、何とか立つ。
「会長さん、いいんです。北野さん、まだお願いできます?」
北野は、少し驚いた顔をしたが、こくりを頷いた。
それから、10R北野に相手をしてもらった。
俺のパンチは当たっても、北野には効かず、
俺は何度もダウンさせられた。
リング横のベンチに座り、大平に氷で腹を冷やしてもらっていると、
北野がドリンクを飲みながら近付いてきた。
「動きはいいけど、奈津美ちゃんはパンチが軽いね。
これで、わかったろ? 空手なんて所詮、そんなもんさ。
ボクシングをやれば、ちゃんと強くなれるよ」
北野の言葉に、俺はかちんときてしまう。
殴られすぎて、ストレスが溜まっているのか。
「あははは。比較になりませんよ」
「そうだろ? プロとアマチュアだとレベルが違うからね」
「はぁ? 北野さん程度の腕で、語ってくれますね」
北野の頬がピクリと動く。
「さっきまで、俺にボコボコにやられてたくせに、よく言うよ」
「試してみます?」
「やるっての? 今だって、彼氏に手当してもらってんのに」
大平が俺の肩に手を置く。
「大野、やめろって」
「ほらほら。彼氏が心配してくれてるよ? 最強だとか何だとか言っても、
こけおどしってことだろ? 痛い目みないうちに帰りなよ」
俺はにやりと笑って、立ち上がる。
「構えて」
「本気かよ。しらねえぜ」
「いいから、構えろよ」
口調を変えた俺の言葉に、北野が両手をあげて構える。
俺が自然体のままでいると、北野は怪訝な顔になった。
「やらねえの? 挑発してきといて」
「お前程度に構える必要あるか?」
トイレに行っていた会長が、驚きの声をあげた。
「やめろ! 何やってる?!」
その声を合図に、北野が殴りかかってきた。
俺は、スパーでさんざんくらった右ボディを、左手の平で受けてから、右に逸らし、
右の膝蹴りを腹に入れ、右手で北野の頭を抱え込んでから、
左の跳び膝蹴りを、こめかみに入れて倒した。
会長は、顔に手をやり、天を仰ぐ。
「ごめんなさい。やりすぎました?」
俺の言葉に、大平と会長は苦笑いを浮かべていた。




