スパーリング
ジムの前まで来ると、リング下で大平が、苦悶の表情を浮かべていた。
ブリッジした状態で首を回し、腹筋に会長がメディスンバッグを落としているのだ。
見ているだけで、首が痛くなってくる。
扉を開け、笑顔で挨拶する。
「こんにちはー」
「奈津美ちゃん、いらっしゃい。奈津美ちゃんが来ると、華やかになるねー。
大平! 休むな! 首を動かせ!」
「か、会長、休憩、休憩にしましょう」
「休憩だー? このぐらいで根をあげるようでは、お前、
ロドリゲスに殺されるぞ。
ロドリゲスに殺される前に、俺がお前を殺してやる!」
「やる。やるっす」
「やれ! 全身の力を出し尽くせ! あと、たったの10回だ!」
大平が首を回すと、会長は容赦なく、メディスンバックを叩きつける。
全身を汗まみれにしながら、大平は必死に首を回す。
やっとのことで、残り10回を終えると、大平は床に大の字になった。
会長は汗を拭きながら、にこやかに近付いてくる。
「今日は、またどうしたんだい?」
「ちょっと、スパーの相手をしていただけないかと思いまして」
会長はにわかに、渋い顔をする。
「喜んでと言いたいところだが、奈津美ちゃんとやると怪我がなあ」
「あ、いえ、完全なボクシングルールでスパーがしたいんです」
「ボクシングルール?」
会長は、一瞬笑顔になったが、またすぐに渋い顔をした。
「いや、ダメダメ。年末に見せたパンチは、命にかかわる。
矢野はムカつく男だが、今回ばかりは、奴に同情しとるよ」
「あ、いえ、実はボクシングのグローブつけると、あの突きは打てないんです」
「打てない? あのすごいパンチを?
なら、矢野のところとやるときは、空手でやるのかい?」
「いえ、行きがかり上、ボクシングルールでやることになりまして」
「おいおい。それはちょっと」
会長さんがジロジロと俺の体を見る。
「無理してるのはわかっています。ですから、できだけのことをしておきたいんです」
「ははは。若い時は冒険しないとな。そうさなあ、相手は誰にするか」
会長がジム内を見回すと、さっきまで床に寝そべっていた大平が、シャドーボクシングを
始めていた。
「会長、俺やります!」
「馬鹿かお前は! ウェイトを考えろ!
奈津美ちゃんを壊す気か!」
「ちゃんと手加減しますよ。会長やらせてください」
「ダメダメ。お前じゃ。うちにはミニマムはおらんし。
北野、ちょっとこい!」
会長に呼ばれて、サンドバックを殴っていたエラの張った男が、こちらに近付いてきた。
身長155cm、体重は52Kgか。なかなか筋肉質だ。
「なんすか?」
「北野、奈津美ちゃんの相手してやれ」
「俺がすか?」
北野は俺の足を見て、いやらしい笑いを浮かべる。
「いいすけど、俺、手加減できませんよ?」
北野の表情が馬鹿にしたようなものに変わる。
俺は北野に微笑む。
「本気だしてください。でないと練習になりませんので」
「泣いてもしらないよ」
「じゃあ、着替えてきますね」
更衣室にいき、制服を脱ぐ。
黒のスパッツに、Tシャツ着て、シューズも履き替える。
髪をまとめ、ポニーテールにして更衣室を出ると、
北野が、にやにやと笑っていた。




