崩壊
それから、数日が経った。
おっさんだったはずの俺は、すっかり生活に順応し、
今では女子高生の仕草になれた。
椅子に座っている時は、足を閉じるようになったし、
階段の上り下りでは、スカートを気にするようになった。
襟首が空いている服の時は、前にかがむ時に胸元を押さえるようになり、
男どもの視線を感じると気持ち悪いという意識よりも、
モテる女ってことを実感でき、優越感に浸れた。
ついこの間まで、女のことなんか全く知らなかったというのに、
なんだか、不思議だ。
土曜日のこの日、俺は、優子、小森、橋本と、
街に遊びに出かける約束をしていた。
学校で、相変わらず俺は、無視されていたが、それとは対照的に、
3人とは親密になり、腹を割って話せる友人となれた。
「おはよう!」
「おはよう」
「おっす」
待ち合わせ場所のショッピングモールに着くと、3人は既に来ていた。
優子と橋本が笑顔を俺に向ける。小森は何やら、携帯ゲームに夢中だ。
俺が画面を覗き込むと、小森はハンティングモンスターをやっていた。
あれ? 太刀使ってんじゃん。ガンランスはどうしたんだよ?
「メガネ君、太刀じゃん。どうしたの?」
「いや、いろいろ使ってみようと思って」
「へー。やっぱ、立ち回り変わる?」
「はい。ガードできないから、回避行動の練習になりますよ」
なるほどなー。俺も、片手剣だけじゃなく、他の使ってみるかな。
優子と俺は手を繋ぎ、その後を橋本と小森が歩く。
どっちも、凸凹コンビなのになんだか納まりがいい。
優子が太っていて、俺はすごくスリムだ。
橋本はがっしりと筋肉質で背が高い。小森は細く、背が低い。
なのに、女二人と男二人の並びは、不思議とバランス良く感じる。
専門店街を歩いていると、冬物セールをやっていて、
目移りしてしまう。
優子が俺の手を引いて、ところどころの店で立ち止まる。
「わー。これ、可愛いね! なっちゃんに似合いそう!」
「うわー。これ、高っ!」
「ねね、このバッグ良くない?」
その度に、俺も生地を確かめたり、体に当ててみたりする。
なかなか楽しい。
橋本が、呆れた顔をする。
「かー。女って、なんでこう買い物好きなのかねえ?
俺なんて、服買うときは、
パーっと選んで、さっと買っちまうぜ。なあ、小森?」
「うん。僕なんて、通販で済ませてるもの。着れたら、なんでもいいよ」
俺は、二人の方に振り返り腕を組んだ。
「貴方たちね、そんなこと言ってると、彼女なんてできないわよ?
身だしなみに少しは気を使いなさい。今日だって、
こんな可愛い女の子たちと一緒だっていうのに、
橋本君はジャージだし、小森君のトレーナー、襟がよれよれじゃないの」
「そんなこと言ったってよー」
「襟は伸びてるけど、まだ着れますし」
「全くもう。いい? あなたたちは、中身はいいと思うのよ。
橋本君は、乱暴なところもあるけど、男気があるし、
小森君は、オタクっぽいけど、いろんなことを知ってるわ。
でもね、女の子ってまず、最初に外見で選ぶのよ。
その第一関門を突破するためには、小奇麗にしないと」
「めんどくせよー。そんなのよー」
「僕、そういうの興味ないんで」
「恋愛は、戦いなのよ?! その戦いに……」
あれ? 俺、何言ってんだ?
こんなこと、男だった時に思ってたか?
なんか、おかしい。変な感じだ。
今の言葉、前から思ってたみたいにスラスラと口からでてきた。
「ちょっと、なっちゃん、大丈夫?」
優子に体を揺らされ、俺は、はっとした。
「あ、うん。だ、大丈夫」
「そか。じゃあ、次は下着みにいこ!」
店の前で、橋本と小森が立ち止まる。
「どうしたの?」
「どうしたのって……」
「奈津美、俺らは外で待ってるから」
優子が俺の手を引く。
「男の子は、恥ずかしくて入ってこれないよ。いこ」
店内には、色とりどりの下着があり、目移りしてしまう。
お尻をすっぽり覆う方が、安心感があるけど、
小さめの方が可愛いしなあ。
あ、こっちのフリル可愛い。
やっぱ、ピンクだよね。選ぶなら。
「なっちゃん、見て見て! これなんて、スケスケ!」
「きゃー、やらしい」
優子ときゃっきゃと言い合っていて、ハタと気付いた。
俺は、心から楽しんでいる。下着選びを楽しんでいる。
おかしいよな。俺、男なのに。なのになんだ? この感情は。
下着の店だっていうのに、全然恥ずかしくないし、
むしろ楽しいじゃないか。
俺って、女化してる? いや、まさかな。
そんなこと、あるわけない。
下着のお店から出ると、小森と橋本が所在なさげに、
2階の吹き抜けから下を並んでみている。
「ごめんね。待たせて。一緒に入ってくればよかったのに」
二人共顔を赤らめて、顔をブンブンと振る。
「入れねえって。俺が、もし女になったとしても、あんなとこ入れないよ」
「そうですよね。奈津美さん、それは無茶ってもんです」
ふーん。そんなもんかねえ。女になった俺は、入るの平気だけど。
あれ? 昔もこうだった? 下着店の前を通り過ぎるだけで、
なんか恥ずかしくなかったか?
「今度、家電店行こうぜ! 新しいipod見てえんだ」
「よし、行こ。行こ」
橋本と小森は、音楽製品の方へ行き、私と優子は、
ドライヤーの方に行くことにした。
優子が、ヘアアイロンを手に取る。
「いいなあ。私、欲しいんだけど、お母さんが許してくれなくって」
「そっかー。そういえば、家にあるけど使ったことないよ」
「なっちゃん、巻き髪にしたら絶対似合うよ」
「そう? やってみようかな?」
鏡を見て、毛先を触る。
何やってんだろ? 俺? こんな仕草、完全に女子高生じゃねえか。
まだ、女子高生になって、1月ぐらいだぞ?
それなのに、意識もしないでこんな動作するなんて。
なんか変だ。今日は特に変だ。
思い出せ。自分を。
よしまずは、36年間共にした自分の顔と体を思い出そう。
えっと、確か禿げてて、ヒゲがこゆかっただろ?
腹は出てきてたよな。空手やめてから。
あれ? 目はどんなだった? 鼻は?
俺、いつの間にか自分の顔忘れてる……。
背中に冷たい物が走る。
俺は、俺じゃ無くなってきてるのか?
だとしたら、俺はどうなるんだ?
消えちまうのか?
鼓動が速まり、背中にじっとりと嫌な汗をかく。
優子が心配そうな顔で、俺の肩を覗き込む。
「なっちゃん、顔、真っ青だよ。大丈夫?」
「う、うん。大丈夫。ちょっと疲れたみたい。
お店の外のソファのとこいるね」
俺はフラフラと店を出て、通路に設置してある、
休憩用のソファに腰掛けた。
俺が俺で無くなる……。俺という存在が消えてなくなるのか……。
心にまるでモヤがかかったみたいに、頭が働かなくなる。
どれぐらいそうしていただろう。
気が付けば、みんなが俺のそばにいて、心配そうな顔をしていた。
「奈津美、気分わりいのか? 歩くのきつかったら、
俺、病院までおぶっていくぜ?」
「奈津美さん、顔色が悪いですよ。事故の後遺症とかじゃないですか?」
「なっちゃん、お医者さんに行こ? みんな、付いてくから」
「あ、ありがと。な、何でもないから、だ……」
俺は、口を手で押さえた。涙が頬を伝う。
止めようと思っても、後から後から溢れてくる。
俺は両手で目を覆い、顔を伏せる。
くそ。このままじゃ、嗚咽を漏らしてしまいそうだ。
俺は、自分の命なんて、価値がないってずっと思ってた。
人の役に立つなら、死んでも構わないって思ってるつもりだった。
両親も兄貴も、親戚も、俺のことは嫌ってた。
あんなに好きだった空手も、事務員の佐々木さんに陰口言われて、
師範や木村、伊藤なんかも本当は俺のこと嫌ってるって思ったんだ。
それが、俺は寂しかった。辛かった。
でも、俺は価値のない人間だから、仕方ない。
そんなの平気だって思い込もうとしてた。
俺は、自分に嘘をついてた。
本当は、誰かに必要とされたい。愛してほしいってずっと思ってたんだ。
奈津美の体になって、この3人と出会った。
この3人は俺のことを本当に必要としてくれてる。
愛してくれてるって感じるようになったんだ。
俺は、その感覚を失いたくないって思ってる。
このまま、この3人とずっと一緒にいたいって思ってる。
でも、俺は俺じゃ無くなっていってるみたいだ。
この3人と別れるのが辛い。
愛されてるって感覚が無くなってしまうのが、恐ろしい。
この体は、俺のじゃないっていうのに、俺はなんて勝手な奴なんだ……。
優子が俺の頭を優しく撫でてくれる。
橋本と小森は黙って、じっと見守ってくれている。
しばらくして、落ち着いた俺は、顔を上げた。
「ごめんね。急に泣いたりして。ちょっと場所変えてもいいかな?
みんなに話しておきたいことがあるんだ」
俺たちは、俺の家に行くことにした。




