死亡
会社帰りに、コンビニに寄って弁当を選ぶ。
レジにミックスフライ弁当を置くと、それまでおしゃべりをしていたバイトの女の子が、
露骨に嫌な顔をする。
「あっためますか~」
「は、はい。お願いします」
くそ。バカ女が! 茶髪なんかにしやがって! しゃべってねえで、仕事しろ! ボケが!
弁当が温まるまでの間、微妙な空気が流れる。
バイトの19~20ぐらいの女の子たちが、俺の容姿をジロジロと遠慮ない目で見る。
こいつらの頭の中はわかってる。どうせ、ハゲ、デブで女と縁がなさそうとか思ってるんだろう。
ちくしょう、そのとおりだよ! 今日も女と会話したのは、さっきの会話が最初で最後さ!
悪いかよ! 誰かに迷惑かけたかよ! ふざけんな、バカ女!
温められた弁当を入れた袋が無造作にカウンターに置かれる。
俺は、それを手に持って店を出る。
「見たー、今の? キャハハハ」
店を出る前に、バカ女共の嘲笑が耳に届いた。
俺は、手をギュッと握り締め、足を進める。
くそ。何なんだよ。ちくしょう! ちゃんと仕事して、税金納めてんだ。
何で笑われないといけないんだ? 俺がハゲでデブだからか? 不細工だからか?
36にもなって、一度も女と付き合ったことがないからか?
お前らなんて、ロクな人生送れないぞ! 俺がそうなるように呪いかけてやる!
アパートまでの道をとぼとぼと歩く。
いつから、こんな人生になったんだろう。
俺の人生、このまま終わってしまうのか。
なんだか、虚しく感じてくる。
高校の時はよかった。バカを言い合える友人達がいたし、
空手に熱中していた。
なにかおかしいって思い出したのは、20も後半になってからだったろうか。
友人たちは、次々に結婚していき、相手もいないのに、自分ももうすぐかな? なんて思ってた。
しっかりした会社に就職した自分なら、相手も簡単に見つかり、
幸せな家庭を築けると何の根拠もなく思ってた。
しかし、現実は甘くなかった。会社で可愛い子達は、次々と結婚していき、
会社で無理ならばと思って、見合いをしてみたが連続で断られた。
派遣の子を飲みに誘ったら、セクハラだと上司に注意された。
女に縁が無いのは、20代半ばから髪が薄くなったせいかと思って、
かつらを作ってみたりもしたが、何ともならなかった。
俺は、自分で思うよりずっと不細工だったらしい。
30歳になってからは、小学生から続けていた空手の道場にも通わなくなった。
運動しなくなったせいで、あっとういまにこの三段腹だ。
ブサイク、ハゲに加えて、デブになってしまった俺を相手にしてくれる女なんて、
この世に存在するわけがない。
今では、会社の派遣の女共も、仕事の用件だっていうのに嫌な顔しやがる。
顔がもっとよかったら、違った人生だったのになあ。
がっくりと肩を落としながら、アパートにもう少しというところまでくると、
人だかりができて、何だかざわついている。
あれは火? 火事か?
2階建ての民家から、激しく煙が上がっている。
窓の奥には、激しい炎も見える。
野次馬達が、消防車はまだかと言っている中にまぎれて、泣き叫ぶ女の人がいた。
「誰か助けてー! まだ娘が中にいるのー!」
野次馬たちは、皆、顔を見合わせる。
真っ黒い煙が、夜空に立ち上っている。
あの中に入るのは、自殺行為と誰もが考えている。
俺の中でかっと火がついた。
次の瞬間、弁当を投げ捨て、煙が吹き出している玄関目指して、
駆け出していた。
室内は、煙が充満していた。1M先も見えない。
俺は、なるべく姿勢を低くし、ハンカチで口を押さえながら、1階を手探りで進む。
どうやら、火元はキッチンだ。そこは火が強すぎて進むことができない。
「助けてー! 熱いよー!」
声がした! 2階だ!
俺は、階段を駆け上がる。子供部屋に、4歳ぐらいの女の子がいた。
「もう、大丈夫だ! さあ、おじさんの方へ!」
その子を抱きかかえ、階段に戻るがすでに火の手が回っていた。
子供部屋に戻り、窓を開ける。
窓めがけて、煙がわっと殺到する。
どうする? 飛び降りるか? この高さなら、足を骨折するぐらいで済むかもしれない。
えーい、躊躇してたら、二人共煙に巻かれて死んでしまう!
俺は、女の子を抱きかかえ、2階から飛び降りた。
ガツンと鈍い痛みを足に感じた次の瞬間、俺は後方に倒れ、後頭部を強打した。
薄れゆく意識の中で、母親が女の子を抱きかかえるのが見えた。
よかった。でも、こりゃ、入院コースかな……。
視界が真っ暗になり、俺は気を失った。