表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

黒猫伝言板

作者: 蒼月 六花

 片岡由紀(かたおかゆき)には変わった習慣があった。

学校が終わった帰り道、一人で通学路から外れた道を歩いていく。

しばらく進んで行くと、右手に霊園が見えてきた。

彼岸や盆でないせいか、人の姿は見えない。

お墓の中を歩いていくと小さな声が耳に届いた。

「由紀ちゃん。こっちこっち」

 自分を呼ぶ声について行くと一つの墓石に辿り着いた。

両側の水立てには花が飾られている。

蕾の混ざっている様子から、新しいもののようだった。

誰かが小まめに訪れているらしい。

「こんにちは、由紀ちゃん」

「こんにちは」

 親しげに由紀を呼んだ声は、少年だった。

姿は見えない。

しかし、声ははっきりと由紀に届いていた。


 きっかけは通学路とは別の道で帰ろうと思い立ち、霊園の前を通り過ぎようとした時だった。

奥から声が聞こえてきて、返事をしたら応答があった。

霊感を持ち合わせていない由紀にとって、珍しい出来事である。

寂しがっている様子だったので、話し相手になってみたのだ。

それが現在に至っているのである。

墓石の前にしゃがんで挨拶を返した由紀に声は問いかけた。

「今日は学校で何したの?」

「特別なことはしてないよ」

 いつも通り、という答えに「何それ」と声は不満そうに言った。

「そんな毎日変なこと起きても困るでしょ?」

 そうだね、とおかしそうに笑う声を聞きながら由紀は聞き返す。

「で? そっちはどうだった?」

「え、僕? う~ん」

 何したんだったかな、と小さく呟いて沈黙が落ちてきた。

思い出している仕草でもしているのだろうか。

自分の想像に小さく笑っていると、弾んだ声が聞こえた。

「今日は天気が良かったから散歩したかな」

「いつもと変わらないこと言ってるね」

 お互い様か、と付け足した由紀に、納得するように声が笑う。

「ねえ、いつも思うんだけど」

「なに?」

 話題を変えたことに、声は語尾を上げる。

「何で、いつもこの場所なの?」

 この場所とは当然墓石の前。

場所が悪いと言えば悪い。

しかも、同じ人のお墓の前なような気もするのだ。

「同じ場所のような気もするし……」

「由紀ちゃんって記憶力良いんだね」

 褒めてるのか分からない言葉に、苦笑いで返事をした。

由紀の問いに、声は困ったように呟いた。

「ここじゃないと困るからかな」

「何それ、意味が分かんないよ」

 笑い混じりに返されて、「だよね」と答えた瞬間、高い音に変化した。

「もう時間来ちゃったか」

 意味深なことを呟いた由紀は手を二回ほど叩き「おーい」とお墓に呼びかけた。

すると返事をするように高い声が返ってきた。

先刻の少年とは別の『鳴き声』だった。

墓石の後ろから顔を覗かせたのは金色の目をした黒猫。

にゃあ、と短く鳴いて由紀の足元に座った。

「話が中途半端になっちゃったね」

 頭を撫でると猫は気持ち良さそうに目を細め、喉をグルグルと鳴らしている。

「なんで、この時間だけ話せるようになるんだろうね?」

「にゃあ」

 鳴き声で返され「やっぱりダメか」と残念そうに呟いた。

「じゃあ、明日も同じ時間に来るからね」

 立ち上がって猫に手を振った由紀は、急な坂を下って行く。




 残された黒猫は由紀の姿を見送ると、墓石に向き直る。

「行ってしまわれましたよ」

 黒猫の口から出たのは落ち着いた女性の声だった。

「ごめんね。毎日毎日」

 墓石から聞こえてきたのは、由紀と話していた少年の声。

「謝る必要など、ありませんよ」

 でも、と言いかけた少年の声を猫は静かに遮った。

「貴方に助けて頂かなければ、私の命が無かったのですから」

「そんなこと言われてもな。あれは事故だったんだし」

「私を助けなければ、貴方は車に轢かれることは──」

「もう、その話はやめようよ」

 少年の声に猫は「わかりました」と静かに言い、由紀が歩いていった坂を振り返った。

「明日も彼女は来るそうですね」

「うん」

「生前、あの方とお友達だったのですか?」

 猫の質問に少年は「どうだったかな」と曖昧に返す。

「不思議な縁ですね」

「う~ん、そうなのかな」

 困ったように零す少年に猫は優しく言った。

「この場所を貴方が離れるまで、貴方の声は私がお伝えします」

「ありがとう」

「どういたしまして」

 金色の目をした黒猫は、にゃあと短く鳴いて墓石の後ろへと消えていったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 恩をしっかり返そうとするネコは新しいですね。 こんな不思議なら体験してみたいです。 [一言] ネコとおしゃべりしているって思うと、普通の会話もより楽しくなりそうですね。
2013/06/10 17:19 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ