温かい料理~魔法のスパイス~
小さな村にユーリという少女が住んでいました。ユーリは幼い頃に両親を病気で亡くし、おばあちゃんと二人で静かに暮らしていました。
ある日、村中が大騒ぎとなっていて、何事かと人ごみの輪の中へ入ると、そこにはこの国の美しい王子様が立っていた。
「レナルド王子よ!どうしてここに!?」
「とても素敵!」
「こっちを向いて!」
あちこちで黄色い声が飛び交っている。
王子様が口を動かすと、それまで騒いでいた人達が静まり返った。
「今日ここへ来た理由は私の結婚相手を見つけるために来たのだ」
それを聞いた村の女性達は満面の笑みを浮かべ、興奮していた。
「だけどこれだけ女性がいると、誰が自分にとって一番いい相手なのかわからないので、あることをしてもらいたい」
あることって何をさせるつもりなの?
「私は食に強いこだわりがある。だから今日から二週間までに私の舌を満足させるものを用意してほしい」
ユーリは料理をするが、自分の腕に自信がなかった。たまに魚を焦がしたり、味付けを間違えることがあるから。
たった二週間で王子様の好みのものを用意するなんてできない。
ユーリがそう思いながら顔色を悪くする一方で、女性達は必ず自分が結婚相手になるとはりきっていた。
「では二週間後に再びここへ来る。楽しみにしているから」
王子様は側近の人たちと村を去った。彼らが見えなくなると、女性達は大慌てで食材を求めにそれぞれどこかへ走った。
あんなにたくさんの人達がいたのに。
「ユーリ」
呼んだのは同じ村に住む少女ロベルタ。
彼女は金持ちのお嬢様で着るものや食べるものなど、高級なものばかりでいつも自慢をしている。
「あなた、王子に何を食べさせるつもり?まさかあなたがいつも食べるような味気ないものを食べさせるんじゃないでしょうね?」
「そんなことない」
「どうだか。私はこれから王子のためにとびっきりいい食材を用意するの。都会に住んでいれば、わざわざ足を運ばずに済んだのに。お母様たちがこんな村を気に入ったものだから・・・・・・」
ロベルタの両親は自然が大好きで、この村へ引っ越し、娘のロベルタは現在もそれについて不満を大きく抱いていた。
「選ばれるのはこの私なの!ユーリなんて勝負をしても意味はないのよ!」
散々言いたい放題に言って満足したロベルタは踵を返し、村を出て行った。
一人残されたユーリはどうしようと悩みながら、ひとまず家へ帰ることにした。ユーリは家に帰ると、さっそく今日の出来事をおばあちゃんに話した。
「そういうことなの。おばあちゃん、どうしたらいいと思う?」
話を聞いていたおばあちゃんがにっこりと笑いながら、ユーリに話しかけた。
「ユーリ、この世に食べ物は数え切れないほどあるわ。私達も今まで生きてきてたくさんの食べ物を食べてきたけど、全てを食べ切ることはできない。あなたはあなたができることをすればいいの。お母さんにもそう言われ続けてきたでしょう?」
「言われた」
目を閉じると蘇る懐かしい記憶。ユーリにとって大切なこと。
「お母さん、お腹が空いた」
「あら、もうこんな時間ね。ユーリ、一緒に作りましょう」
「私、何を手伝えばいい?」
お母さんは細い指先を口元に当てて、少し考えてから卵とボウルを渡した。
「まずは卵を割ってくれる?」
「まかせて!」
お母さんの邪魔にならないところで卵を割ると、卵の殻も一緒にボウルの中に入ってしまった。
どうしよう、殻を入れてはいけないのに。
「あ!」
ユーリの叫び声にお母さんは振り返り、娘に歩み寄った。
「どうかした?」
「これ・・・・・・」
ボウルの中を見せると、お母さんは私の目線に合わせた。
「心配いらないよ。これはスプーンで取ることができるから。見ていて」
スプーンをボウルの中に入れ、そっと殻を取っていった。
「すごい!」
ユーリが大きく目を開けてみていると、ボウルの中は殻が取り除かれて卵を綺麗にパカッと割った状態になっていた。
「お母さんもね、小さい頃はよく失敗したの」
「嘘・・・・・・」
「嘘じゃない、本当の話よ。だけど何度も料理の練習をしたから、こうして美味しいものを作れるようになったの」
「練習さえすれば美味しくなるの?」
ユーリの問いかけにお母さんは首を横に振って否定した。
「それだけじゃ足りないね」
「足りない?」
「何が必要だと思う?」
ユーリは小さな頭をクルクルと回転させ、答えを導き出した。
「魔法のスパイス?」
ユーリの答えにお母さんは花が咲いたように娘に笑顔を向けた。
「そう、『愛情』という名のスパイスよ」
「愛情?」
「そう。自分の作ったもので誰かに喜んでもらいたい、笑顔にしたいという気持ちは必要不可欠なことなの」
そういう気持ちがあるからお母さんはいつも一生懸命、私達に美味しいご飯を作ってくれるのね。
「だから忘れては駄目だからね?ユーリ」
「はい!お母さん!」
ユーリはキッチンに目を向けた。母とよく料理をしたキッチン。
「おばあちゃん、私、頑張るよ。この二週間でやれるところまでやってみる!」
「応援しているわ」
それからユーリは毎日料理をし続けた。分量を量ることや時間を確認すること、味見などをしながら。
もちろん愛情をたっぷりと。
そして約束の日になり、王子様の周辺に女性達がいて、それぞれ食べ物を用意して持っている。
「約束どおり、用意をしてくれて感謝する」
女性達はまるで突進するかのように王子様に近づいていた。
「王子様!このお菓子、私が用意しました!」
「抜け駆けしないでよ!私はこのパンをご用意いたしました!」
何十人もの女性達が同じようにする中、一人だけ鍋を大事に持っている少女を見つけて彼女の前まで歩き出した。
「名前は?」
「ユーリです」
「ユーリ、その中身を見てもよいか?」
「もちろんです!」
蓋を開けると、まだ温かく、匂いで食欲をそそられた。
「これは・・・・・・」
「クリームシチューです!ここのところ、さらに気温が下がり、寒くなってきたので、温かいものがいいと思い、ずっと練習しました」
「ずっと?」
「はい」
「食べていいか?」
「もちろんです!」
ユーリはすぐにシチューを器に入れ、王子様に渡した。
王子様の口に合うかな。
ドキドキしながら待っていると、王子様はゆっくりと顔を上げた。
「美味しいな。とても」
その言葉をもらえて、ユーリは嬉しくて胸がいっぱいになった。
「ありがとうございます!」
ユーリは深々と頭を下げ、お礼を言った。
王子様がユーリを優しく見つめていると、一人の少女が割り込んで入ってきた。
「レナルド王子!こんな子のものだけでなく、私のものも召し上がってください!」
割り込んだのはロベルタで、ユーリを鋭い目つきで睨んでいて、怯えるユーリを背で隠した。
「それは君が作ったもの?」
「はい!そうです!」
それを聞いた王子様は怪訝そうな顔をして、ユーリの肩を引き寄せた。
「決めた」
「何をですか?」
「ユーリを結婚相手に決めることにした」
「王子様!?」
目をクリクリと丸くさせて驚くユーリに王子様は何も言わずに笑いかけた。
「納得できません!どうしてよりによってこの子なのですか!?」
ロベルタはカンカンに怒っている。自分が高級なものを用意したのに、王子様はそれに惹かれることはなかった。
「実は一週間前にここでこっそりと君達の様子を見に来ていたんだ」
私を含め、他の人達も驚いて口が開いた状態になっていた。
「君と同じように他の女性達も高級なものや腕がいいシェフに用意してもらったものばかり。だけどユーリだけは違っていた。ユーリは失敗しても諦めないで料理をしていた。自分の力で頑張っていたから決めたんだ」
王子様、見ていてくれていたんだ。
「さっきの質問を投げかけたとき、君は堂々と嘘を吐いた。そんな人を結婚相手に選ばない」
ロベルタは悔しそうに爪を噛んでいる。
「指に貼っている絆創膏は食材を切っている間に指を切ってしまったから」
王子様はユーリの手をそっと握った。
「ユーリ」
「はい」
「素敵なものを作ってくれてありがとう。これから私と共に生きてくれるか?」
ユーリは嬉しくて涙が零れ落ちそうになっていた。
「はい!喜んで、王子様!」
「レナルドと呼んでくれないか?」
「レナルド様!」
こうしてユーリとレナルド王子は多くの人達に祝福された結婚式を迎え、ユーリはこれからも大好きな人を笑顔にするために料理をするのでした。