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友達はいないけどゾンビなら大勢いる  作者: たしぎ はく
Story_of_the_small_tragic_love_
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第十四話:四つ巴

サブタイトル「第十四話:ヨンミー」にしようか本気で迷ったけどやめた←

「ああ……ああああ……あああああああああああああ――――ッ!」


 部屋中を、目も開けていられないほどの砂嵐が吹き荒れていた。


「これ――砂って」


 迂闊に口を開けようものなら口内砂まみれになってしまう。だからと、手で抑えてしゃべると声がくぐもった響きを得た。剥き出しの上半身に当たる砂がチクチクと痛みを与えてくる。


「そうだよ。彼女こそが」


 優樹も同様に、服の襟で口元を隠しながら言葉を返してきた。


「彼女こそが、真の地の王。地の王ゲブだ」


 虎姫が吠える。曰く――「大地の激怒ハイ・ガイア・コマンド」と。

 一瞬のうちに、彼女の体が毛に包まれて巨大な虎に変身する。天井が砕けてもなお、質量の膨張が止まらない。もはや部屋の中からでは、右前足だけしか見る事が出来なかった。


「結婚首輪がすべての鍵だったんだよ。枷を壊したから、彼女は自分を取り戻した。…………いや、まずはそんなことより、先にここから脱出した方が良さそうだね」


 ほら――言って彼女が指さしたのは、天井。瓦礫と化した石が崩落しかけている。確かに危険だ。


「フェアリーテイル――マント。これで体を隠したまえ」

「ありがと」


 短パンにマントだけってのもなかなか変態なのだが、とりあえず前をきっちり閉じておけば問題ないだろう。ないはずだ。


「それじゃあ、飛ぶよ。掴まって――」


          ☆☆☆


 優樹の跳躍に引っ張られるように部屋から飛び出す。どうやらあそこは地下室だったようで、道の上だ。

 周囲の建物を粉微塵に粉砕しながら、虎姫が暴れている。町にあるどの建物よりも巨大な彼女の質量は、その粉塵を取り込んでどんどん大きくなっているようだった。今もなお大きくなり続けている。いつか虎の集落で長老が見せたスキルと似たような魔法だ。似たような、というより、「ハイ」がつくから上位互換の魔法か。

 真の地の王としての力を取り戻した彼女の体毛は、黒と白銀の縞模様。取りこまれた砂は白銀に染まっていく。


「優樹。お前はどうして、結婚首輪を壊したんだ」


 虎姫の方に向けていた視線を、背後の優樹に向ける。

――彼女は、見たことも無いくらい凄絶な笑みを浮かべていた。

 見る者の寒気を呼ぶような、凄まじいまでの笑顔。笑っている――んだよな。


「どうして? どうしてってかい? それは――」


 その時だ、その瞬間。丁度何か言った彼女の言葉を遮る様に、大音声の叫びが町を震わせたのだ。虎姫が、悲鳴を上げたのだ。咆哮でも雄叫び(雌叫び?)でもない――悲鳴。その声は悲しみを含んでいるように感じられた。

 一瞬、優樹から視線が逸れた。そして彼女の元いた位置に目を戻した時――彼女の影はもう、そこには無かった。


「は……?」


 自分の意識に反して半開きになった口から、吐息が疑問の形をとって出てくる。優樹は、どこに――


「クロウ! 探したのだし! 無事かしら!?」


 頭上に声が生まれた。聞き慣れた声、むしろ今まで会話していた人物の声。優樹の声だ。しかし口調は? 口調はどうだ。この独特な喋り方は優樹に非ず――旧・空の王、ユージュのそれだ。

 どうして。疑問符が脳内を奔る。どうしてユージュがここに?


「ユージュ、お前、さっきまで普通に優樹だっただろ?」


 虎姫が建物の一つを右腕の一薙ぎで破壊してしまった。その余波でマントがはためく。このマントもそうだ。優樹に出してもらった――つまりは優樹が先ほどまでいたことの証拠に他ならない。


「何を言っているのかしら!? この非常時に! 私は、そこで虎姫が暴れてるから真っ先に駆けつけてきたというのに!」

「……ちょ、ちょっと待て。じゃあ、お前は、先程まで俺と一緒にいなかったんだな?」

「ふざけているのかしら? そんなわけないのだし」


 それなら――今まで俺と一緒にいた優樹、彼女は一体、何者なのだ――?


「それじゃあお前は――」


 虎姫が壊した建物の残骸は、すべて砂礫となって彼女に吸収されるため、破片が飛んでくることはない。しかしその爪が、牙が躍動するたびに巻き起こる風が、頬を浅く裂いた。視界の端で血が噴き出る。


「お前は、目覚めてからずっとユージュ――間違いないな? 途中で優樹――お前の宿主には戻っていないんだな? 意識が」


          ☆☆☆


 間違いない、と、ユージュは頷いた。

 これ以上疑っても仕方ない――もし本当に違うのなら聞くだけ時間の無駄だし、嘘であっても、ここまでしらばっくれるのならこれ以上食い下がったところで意味はないだろう。そう判断。


「とりあえず、虎姫はどうしたのかしら!?」

「これだ!」

「左手……?」

「枷が外れてるだろ!」


 水が流れ込んできたのでバックステップで飛びのき、ドラキュラを憑依させて建物の上に乗った。彼の意見も聞きたいので、意識も洞窟の蝙蝠の姿をもって顕現してもらう。


 地上五階。この高さに上ってなお、虎姫の肩くらいの高さでしかない。ざっと百メートルは距離を取ったはずなのに、その圧迫感たるや並の比ではなかった。

 彼女はどうやら、首輪が失われたことで我を忘れて暴れまわっているらしい。

 シープラの捜索よりも先に……彼女をどうにかしなければならなかった。別に主従関係でもなければ飼っているわけでもないし、ペットでもないけれど――飼い虎の不始末は、飼い主の不始末。俺がどうにかしなければならない。


「――つまり、怒りで我を忘れてる――ってことかしら?」

「我が王我が王、結婚首輪が失われたくらいで――って言ったら言葉が悪いけど、まあ、その程度のことでここまで怒ってくれる嫁って嬉しくない? 実際どう?」

帰還(リターン)


 見た目は蝙蝠であるのに、声にニヤケを滲ませてきたドラキュラを還す。蝙蝠が分解されて黒い人魂になり、足元の建物の中に沈んでいった。


「どうすれば、あの怒りを鎮められると思う?」

「それは……やっぱり、その結婚首輪をもう一度嵌めることじゃないかしら……?」

「結婚指輪が壊れたんだー、じゃあ次新しいの買ってあげるから良いだろー? って、納得すると思う? 我が王。我が王は嫌でしょ、そんなの。人間は結婚するときに指輪を贈るけど、首輪だって似たようなもんでしょ?」


 当然の様にドラキュラが会話に加わってきた。死霊術師(マスター)たる俺の意思に反して自由に顕現できる死霊(サーヴァント)って一体どうなのだろう。

 しかしそのことは一切口に出さず、一瞥するだけにとどめておいた。


「私は……結婚とか、そういうのはわからないのだし」

「じゃあ、同じ"王"として何かわからないか?」

「陸の王の事なんて私が知っているわけがない――」

「我が王、あれ! あれ見て!」


 ドラキュラが(せわ)しくはばたきながら叫んだ。指差そうとしているのだろう――その翼の延長線上には、壁のように巨大な虎姫。

 そして――


「あれ、シープラだよね!?」


 ドラキュラのその声とほとんどタイミングを同じくして、俺の目も、その小柄な体躯をとらえていた。水のヴェールを幾重にも纏い、宙を飛んで虎姫と相対しているのは――目下捜索中の人物、シープラである。

 海の王の力だろう、彼女を中心に海水の大瀑布が生まれ、渦巻く。その水がカーテンのように広がり、虎姫目掛けて集まってくる砂を阻んだ。虎姫の成長が止まる。


「合流する――」


 ぞ、と、続けようとした、そのタイミングで。


「うぉぉぉぉお――――! 海の王! やっと見つけたぞッ!」


 叫び――鳥の鳴き声の様にも聞き取れる、甲高い叫びが俺の初動を遅くした。


「ガルーダ!」


 地の王(トラヒメ)と対峙する海の王(シープラ)の背後から、全身に炎を纏った鳥の王(ガルーダ)が飛び蹴りを放った。水の壁と激突し、超高熱の炎が水を蒸発させて、視界が真白く染まる。触れるだけで皮膚が焼けただれるような高温の水蒸気だ。構わず飛び込もうとした旧・空の王(ユージュ)の首根っこを掴んで止める。


「何をするのだし!」

「その体はユージュのもんだぞ!?」

「怪我をする――かしら!? そんなの、ヒールでも唱えれば一瞬で回復するのだし!」


 猫みたいに首根っこでつりさげられたまま、ぶらぶらと暴れ、抗議するユージュ。言われてみればその通りだが――だからといって、どうしてお前に俺の大事な優樹の体を預けなければならない。それに、今お前の正体は非常に揺らいでいるのだ。先程俺の前に現れた「優樹」の正体だってわかっちゃいない。だから――


「だから、お前は下がってろ。いいか、むやみに突っ込むな、無茶はするな、怪我をするな。わかったか」

「……心配、してくれるのかしら」


 ユージュの問い。さすがにあれは……と、思わず半目になって怪獣大戦争を見やる。

 好き勝手に暴れていた虎姫が、己に危害を与えんとする迦楼羅天とシープラを相手取り。

 迦楼羅天――ガルーダは町を破壊せんと暴れる虎姫の撃破を狙いながら、シープラのことも視野に入れて殺害を狙い。

 そしてシープラは、虎姫の攻撃による被害が町に向かないように注意を払い、その圧倒的な大破壊力を何とかいなしながらも――たまにガルーダが放つ豪炎への対応を余儀なくされている。

 地の王であり蜜の女皇(クイーン・サキュバス)な虎姫と、海の王かつ人魚の女王(セイレーン・プラント)であるシープラ、鳥の王にして炎を操る迦楼羅天――ガルーダ。

 その三者による、圧倒的な力を持った三つ巴の戦いは、もはや戦争といえるであろう。人数的にはごく小規模な戦争、被害的には地図の書き換えが必要な程度の――大規模すぎる、戦争。


「良いかしら、クロウ。私はこれで旧・空の王にして幻想種(フェアリーテイル)の織り手なのだし。心配は無用かしら」


 隣のユージュが、ただそこにあって、立って、俺の方を見据え、覗き込んで諭すように、あやすように、柔らかな笑みを浮かべた。

 俺はそれに、困惑の表情を返す。つまり、何が言いたいのかが分からない。

 ……いや、何が言いたいかはわかる。


「クロウは空の王の運命共同体にして人間。肩書は二つ、私たちと同等なのだし」


 人間って……

 この面子の中じゃあ究極に見劣りする種族だなあ、と、嘆息。


「いいか、もう一度言っておくけど、その体は借りものなんだから――」

「壊すな、かしら」

「怪我するな、だ」


          ☆☆☆


 憑依させたドラキュラの翼ではばたきながら、現状について整理する。

 この三つ巴、いや、これから四つ巴となる戦いは、一体どうなったら収束するのか、その条件を各人の勝利条件として考えてみたら、こうなった。

 まず、シープラの勝利条件が、一番簡単。虎姫とガルーダの無力化。

 ガルーダの勝利条件は虎姫を倒すあるいは殺す、シープラを殺す。

 虎姫の勝利条件は無し。怒りが収まるまで暴れ続ける、といった感じであろうか。

 で、俺たちの勝利条件が一番複雑かつ困難を極め――


「虎姫を大人しくさせて、シープラを守り、かつあのガルーダ(やきとり)を倒す、か」

「口に出さないでくれるのかしら!? 私たちの絶望的状況が浮き彫りになるのだし!」


 ユージュの出した隠蔽の雨合羽(レインコート)により、気配を消しての接敵。合羽タイプでも動きを阻害しないように、背中には翼用の穴が開いている。合羽に包まれている部分の気配が薄くなるとか、そういった類のアイテムではないので、特に問題は無かった。着ているだけで気配を遮断できる。

 俺たちが攻撃できるのはガルーダだけ。俺たちを攻撃してくるのはガルーダと虎姫。シープラとは、虎姫に危害を加えない限り――すなわち今のまま、攻撃を防ぐだけの防戦一方に専念してくれるのならば戦う必要が無い。


「裂空波・連ッ!」


 右腕左腕、と、連続で鞭のように振ると、その軌道上にかまいたちのような空気の斬撃が飛んだ。中距離用の魔法であり、遠距離用魔法「割空波」よりは威力が高い一撃となる。

 ドラキュラを憑依させたおかげで、空にいる間は、俺にかなりの分があった。スキル「制空権」により俺の全ステータスが二倍になり、同じく「空の王」によって、空中の全ての敵のステータスが二分の一になる――つまり、彼我の実力差が同等であった場合、その差は四倍にもなるのである。

 だから、裂空波は、いともたやすく動きの鈍く(二分の一に)なったガルーダに着弾した。背後からの不意打ちかつステータスが下がったところに強烈な一撃を叩き込まれたガルーダは、なすすべもなく地面に墜落する――


「クロウ! 虎姫!」

「わかってる!」


 ――すると、これまでガルーダが防いでいた分の虎姫の攻撃が町に向かった。俺は左前脚による踏みつぶしと建物の間に飛び込み、その足を受け止めんと構え――衝撃。必死で羽ばたくもじりじりと後退する。足が建物につく。押される。罅が入る――


「がぁあ――!」


 短く叫んで気合を入れ、虎姫の足を持ち上げ跳ね返した。

 すかさず俺は、体勢を崩した虎姫の――虎の鼻の真ん前まで飛び上がり、指を突きつけて言う――


「虎姫ッ! お座りッ!」

――次回――

「伏せ! 待て! ちょ、待って! 待ってってうわああ――!」

―――(予告は変わる可能性アリ※今回は確率高め)―


では。

誤字脱字、変な言い回しの指摘、感想、評価、レビューお待ちしております。


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