第七話:燃える炎の
祝☆五〇万文字!
百万文字までに終わると良いなあ……
終わると思うんだけどなあ……←
「誘い込まれたのか……ッ!」
絞り出すようにして優樹が叫び、虎姫が犬歯を剥いて唸る。
「抵抗しても無駄ですよ、侵入者。この施設内において、海の王育成に携わる者はすべて、海神の加護を最大限に受けられるのですから」
そう言った女が手のひらから水の束を生み出し、こちらに向けて放ってきた。飛びのいて躱したが、追いかけてくる。だからと、着地と同時に抜いたグングニルで水を払った。いつどこに出かける時でも、神槍は常に身に着けている装備の一つである。
俺のレベルが上がってきたから、「使用者より強い敵に対して必殺の一撃を放つ」効果が発動しづらくなってきたために最近出番が少ないグングニル。しかしこういう風に、水や火などを払うにはちょうど良い得物なのだ。なにせ柄は木製であるのにも関わらず絶対に燃えないし、水は言わずもがな。雷なんかは木が通さないし、当然無機物である穂先や石突きに毒は効かない。つまり、ありとあらゆる属性攻撃に対して耐性を備えているのだ、この槍は。
「なかなか良い槍をお持ちのようですね」
「それはどうも」
周囲、俺たちを囲む人数は四六人。うち半分が得物を構えていないため、魔法職であると推測。残り半分は各々武器を構えている。それらの武器を目を凝らしてよく見ると、刃の周りを粒子が渦巻いている……魔法武器だ。
幸い相手には、その正体まではわからなかったらしいグングニルを油断なく構え、背中を優樹と虎姫に預ける。
「とにかく脱出するぞ!」
「了解!」
「わかった」
☆☆☆
力付くで押し通る。
宣言通り、海の王の加護を受けた彼女たちの魔法や身体能力は凄まじいものがあった。あの虎姫でさえ反応速度が追いつかないことがあるほどなのだ。
足を止めずに建物の奥へ奥へと逃げ込んでいるのは――敵に誘導されているからだろう。まずいとは頭の片隅で思っていても、目の前のこの状況の方が差し当たっては「まずい」ため、つい優先してしまうのだ。いや、優先せざるを得ないのだ、か。
「ふふ、もう逃げられませんよ」
「お前は……」
ついに行き止まりにまで追いつめられた俺たちの前に現れたのは、昨日シープラを見つけた妹――「探し物が絶対に見つかる」能力を持つあの子だった。
徐々に人が増えていき、人垣が形成されどんどん高くなっていく。その中心――俺たちから見て正面に、その子はいたのだった。
「あなたたちは一体、何をしに来たのですか? 大人しく話せば拷問はしません。こちらとしましては拷問できなくなるので、話さないでいてくれた方が嬉しいのですが。死ぬ間際まで、頑張って情報は吐かないでくださいね? テロリストさん」
「僕たちはテロリストじゃない」
優樹の言葉に、ほぅ? と片眉を上げてみせる妹。やや表情が薄い傾向にある彼女が先ほどの言葉を発した時の怜悧さには、かなりの恐怖が伴った。
それでは、と、妹は口を開き。
「あなたたちがテロリストではないのだとしたら、一体何をしに来たのですか。答えなさい」
その言葉に対して、優樹は不遜に頤を上げ――こう、言い放った。
「決まっている。シープラちゃんに夜這いをかけに来たんだよ」
「ですからシープラなどという者はこの施設にいないと……あなたたちですね? 昼間来たという不審者は」
「不審者扱いとはひどいなあ。僕たちはただ、友人を探しているだけなのに。――この施設に連れ去られたはずの、ね」
「ちょっと待ちなさい。私たちに連れ去られた、とはどういう意味ですか」
どういう意味も何も、と優樹が繋げる。そのまんまの意味さ、と。
「今日――ああ、いや、時間的にはもう昨日か、とにかく昨日の昼間、この施設の人たちは女の子を追いかけていた。間違いはないだろう?」
「あります。私たちが女の子を追いかけていた? 私たちが追いかけていたのは、世間一般で女の子と呼ばれるようなお方ではありません」
「は?」「え?」
妹の発言に、思わず発した疑問の声が優樹と被った。
「女の子じゃないだと? じゃあお前らは、一体誰を捜索していたんだ?」
「まず整理しますと、昨日の昼間に私たちが捜索していた人と一緒にいたのがあなたたちですね?」
「そうだよ」
ふむ、なるほど、妹がそう頷いた瞬間であった。
「シルフェリアさま! シルフェリア・プラントさま! お控えください!」
「ああ……その、この人です」
痛いとでも言うかのように頭を抑え、そう呟いて。
俺たち三人を包囲していた人垣が崩れ――誰かが姿を現した。
「シルフェリア……海の王」
海藻のようにウェーブした緑の髪、ところどころに混じっている蒼。その髪を割る様に細長い耳が飛び出していて、ぴょこぴょこ揺れる。
綺麗なエメラルドの瞳は爛々と輝いていて、さくらんぼ色の唇はきゅっと結ばれていた。瑞々しい頬は赤みを帯びて健康的に尽き、小柄な体躯は愛らしさを発散している。
その身に纏いしは豪奢でいながらも質素で落ち着いた雰囲気が損なわれない、修道服風の衣装。
「わたしたちが探していたのは、女の子ではないと言ったでしょう。このお方を探していたのです。姉さん――海の王、シルフェリア様を」
「シルフェリアって……シープラ、だよな」
俺たちの前に現れたのは、誰あろう――シープラ、その人であった。優樹も驚きが隠せていない。開いた口が塞がらない、っていうのはなかなか上手い事言ったもんだと思う。二五世紀の詩人が考えた表現だったか。
「……そうじゃ。騙しておってすまなんだ、クロウ。儂は――"シープラ"ではない」
だからこそ、「女の子と呼ばれるような存在」を探していたわけではない、と。シープラの妹は上手い事を言ったものだ。何も嘘を述べていないのだから。
「妹たちよ。この者たちは信用に値する――儂の客人じゃ。文句はあるまい」
妹たちが深く首を垂れる。肯定のサインらしい。
☆☆☆
「まずはそうじゃの。改めて自己紹介じゃ」
場所は変わらず、廊下の突き当たり。他の修道院の女たちに形成された円の中に、俺たちとシルフェリア――シープラは対峙していた。
「儂はシープラ。シルフェリア・プラント――略してシープラじゃ」
「シルフェリアってことは――」
落ち着いたらしい優樹が、腕を組みながらそう言った。
「そう、海の王じゃ。黙っておってすまんの。儂は海の中でしか役に立たん。陸上で素性がばれると、海の王の座を奪われてしまう可能性があるでの」
「海の王は、もうすぐ死ぬ……って聞いたけど、シープラちゃんは……」
「死なぬ。海の王は、先程継いだところじゃ。先代が昨日の夜、亡くなったからの。儂はその時点をもって"海の王"を継いだのじゃ」
シープラが手のひらを上に向けると、水が溢れ出してくる。その水はたちまちのうちに部屋を満たし、俺の脛くらいまでの高さになった。ただ、不思議なことに――
「濡れていない?」
「完璧な水流操作がこれじゃ。今儂が生み出した水は、儂の意のまま思い通りに、寸分の狂いも無く動かす事が出来る。これがあれば、陸に家出しても生きていけるじゃろうと思う」
シープラの妹の一人――探し物が絶対に見つかる能力者の彼女だ――が何か言いたそうに表情を歪めたが、結局口を挟んでこなかった。そりゃまあ、次の海の王候補が何度も家出するんじゃあ心配だよなあ。
結局こうして、シープラは海の王になったらしい。しかし、俺から見れば昨日まで一緒にいたシープラと何ら変わりが無いように見える。
「水? どういうことだい?」
「儂は人魚の女王の末裔。水――正確には海水が無いと、二、三週間ほどで段々と衰弱していってしまう。まあ、淡水でも水さえあれば五週間ほどは持つかの? 試したことは無いから知らんがの」
海水――いかに陸地の二倍程度の面積が海といえど、海水を安定供給しようと思えば、陸に上がることはほぼ不可能であるわけだ。
「思い出すのじゃ。儂がクロウらに助けてもらった時のことを――」
脳裏に、シープラの言葉に合わせて、彼女を助けた時の映像がフラッシュバックしていく。
酸湖の畔で、ひどく衰弱した様子で俺たちの前に現れたシープラ。彼女はおもむろに湖に飛び込もうとした。そう、水を浴びるために。しかしその湖は酸で満たされた酸湖であり、俺たちの制止も間に合わないままに――シープラは、飛び込んでしまった。
懸命に助け出そうとした俺たちは、湖の酸を中和させたり、濃度を薄めたりした。その過程で優樹が創り出したモノが――『フェアリーテイル! 海!』そう、海水。偶然にも、生きるのに必要な海水を手に入れる事が出来たのである。
つまりそう言う風なことを語って、シープラは己の唇を舌で湿す。
「ちなみに、耳も良いぞ。クロウの下僕の空の王がおるじゃろ。儂のことをフォーンエルフとか見当違いなことを言っておった、あの。奴が儂に対して嫌悪感を抱くのは、儂が海の王――まあ、まだ候補じゃったが、とにかく奴が空の王で、儂が海の王だったからじゃ。元来、陸海空三種の王は、相容れない」
「ちょっと待って。あの距離での会話が聞こえていたということは、俺と優樹と虎姫によるあまり教育によろしくないやり取りも……?」
「ばっちりじゃ」
何がばっちりなんですか!?
予習復習とかってわけじゃあなさそうだ。
「そ、その、儂はまだ十歳じゃから、そういうのはわからんが……儂の処女は、いつかクロウにや、やろう。いや、その……なんだ照れるな。貰ってください、じゃ」
苺のように顔を赤らめて、シープラ。発したその言葉に俺凍結。優樹さん恍惚。
恋人が浮気を誘われているのに、怒る気配どころかむしろ逆に萌えちゃう優樹さんに今日ばかりは感謝。たぶん優樹が普通の女の子であったら、俺が虎姫と婚約したとかそんな時点で別れ話を切り出されていたに違いないだろうから。もちろん俺は、そんな彼女のことだけを見ていきたいし、愛している。虎姫はなんだろう、よく懐くペット感覚……?
「そうじゃの、とりあえずこんなもんじゃ。何か質問があれば、後で聞こう。また明日、昼頃にこの屋敷に来て欲しい。もう時間が遅いでの、儂は眠いのじゃ……」
ふわあ、と大きく欠伸を漏らすシープラ。口調に反して年相応の、その仕草は妙に愛らしかった。
☆☆☆
蜃気楼の話をしようと思う。
ただ、俺が蜃気楼について科学的な見地からの説明をする事が出来るのかと問われれば無理なので、感覚的な話だ。
それが何なのかと問われれば、俺は幻みたいなものだと答える。
そこにあると思ったものが実在せず、先程まであったはずのものがそこにはない。そんな謎かけみたいな存在が蜃気楼だ。
また、蜃気楼のように、という言葉があるように、実態を掴めなかったという風にも使ったりするように思う。
つまり何が言いたいのかと言えば、だ。
「施設が、建物ごと無くなっている……?」
「完全な……更、地」
シープラに夜這いをかけ、彼女が海の王であることを知ったその日から一夜明けて。
昼ごろに来てくれという言葉通り、こうして施設を訪ねて来てみれば――それこそ蜃気楼のように、施設の影は無くなってしまっていた。ちょっと混乱で思考が支離滅裂だ。蜃気楼のように、ではなく陽炎のように、の方が正しい気がしてくる。どうも正常な思考は望めそうになかった。
「ちょっと優樹、なんか下ネタ言ってみて」
「下ネタとはちょっと違うかもしれないけれど、僕、最近野外露出に興味あるよ。犬らしくマーキングしてみろとか」
「オッケー落ち着いた。ありがとうユージュ愛してる」
「御主人と……ユージュの愛の形は……特殊」
聞こえない。
「現状整理をしないか。ちょっと言葉にして確認したいことがある」
「奇遇だね。僕もだよ」
優樹が施設跡地に入り込み、しゃがんで土を拾う。
「昨日僕たちがこの施設に侵入した時点では、この場所に"海の王候補を育成する施設"があり、そこに海の王シルフェリア・プラントことシープラちゃんがいた。そして僕たちは、シープラちゃんの言葉の通り、昼頃に訪ねた……」
「俺の記憶とも合致するな」
違っていることはと言えば。
「僕達が建物があったと認識していた場所は、そんな建物は元から無かったかのように更地になっていたということだね?」
優樹が俺の言いたいことを代弁してくれる。
そのタイミングで、鎖を引きずって離れていった虎姫が、何かを拾って帰ってきた。
「御主人。これ……羽根が落ちてた」
「羽根?」
燃える炎のような色をした、深紅の羽根。光を反射して、見様によっては七色に輝いている。
「鳥の羽根か? こんなきれいな羽根は見たことないけど――」
と、その時であった。
背後――耳の真後ろで、囁くようにして声が発されたのは。
「それは俺の羽根だよ。お・に・い・ちゃんっ」
未だ声変わりのしていない小さな子供のような、キーの高い声。当然聞き覚えのないその声に、全身の毛穴が開き、脳が振り向くな、と全力で警鐘を鳴らす。
しかし体の震えを意志の力で押さえつけ、なんとか視線を背後に向けることに成功した。
そこにいたのは――
――次回――
「お前は……!」
―――(予告は変わる可能性アリ)―
では。
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