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友達はいないけどゾンビなら大勢いる  作者: たしぎ はく
Story_of_the_small_tragic_love_
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第三話:隠蔽の茶会

「御主人。わたし、この町……嫌い」


 ヤマト・タタールの町へ入ってすぐ、虎姫がふと漏らしたその言葉は、たぶん俺にしか聞き取れなかったはずだ。それくらい小さな小さな呟きだった。


「理由はわからないけれど、なんとなく、苦手……かも」


 まあ虎姫がそう言うのなら、一応気に留めておくくらいのことはしないとな。動物的な勘のようなものを持っているのは確かだし。


「それにしても、凄い人だね」


 隣で優樹が言った。


「この辺りはヤマト・タタールでも一番栄えておる場所じゃからのう」


 ヤマト・タタールの町には水が無かった。

 いや、海中に沈んでいるのに水没していないという意味であって、別に乾燥しているとかそういうわけではない。むしろどの道にも通路と同じほどの水路が引かれ、今も人魚や魚人などが通過している。

 どうして水が無いのかというと、ぐるりと町を囲む城壁から城壁に、目の細かい網が張ってあるからだ。表面張力を利用して水が落ちてくるのを防いでいるらしいが、深海三千メートルの水圧を支えられる強度の網ってどれだけ硬いんだろう。その網を支える城壁も言わずもがなだ。

 そして何より驚くべきが、空中にも水路があることだった。太さ十メートルほどの水路が空を縦横無尽に走っている。海底にある町の上方を「空」中と表現して良いのかどうかはいささか疑問だが。


「で?」

「ん? なんじゃ」

「シープラは、この町に来て何をするんだ? 俺たちはお前について来たんだからまあ手伝えることなら手伝うぜ」


 良いよな?

 俺の事後承諾に、優樹と虎姫が頷いてくれる。


「ああ、いや、儂はこの町の住人なのじゃ。この町に行きたかったんじゃなくて、帰ってきたかった」

「え? ……それなら、どうしてわざわざこんな、隠れるようなことをしなければならないんだい?」


 隠れる――そう、俺たちは今、隠れているのであった。

 何から隠れているかは知らないが、町に入った瞬間からずっと建物の陰に隠れたり、時には水路の中を通ったりとまともな道を通らない。おかげで水着を着替えられないもんだから余計に怪しい一行となっているのだが、シープラはこれで良いのだろうか。いっこうにそのことに気付く気配が無い。指摘するべきか?


 いくら海中の町であっても、水に満たされているわけではない以上、水着で往来を行き来している者はかなり少ない。せいぜい一人か二人いる程度だ。


「それは――」


 シープラが口を開いた瞬間だった。


「姉さん!」


 突然声が割り込んできた。


「まずいっ! 逃げるのじゃ!」

「え、おい、ちょっと待てって」

「いいから早くするのじゃっ!」


 走れっ!

 そう叫ぶように言うシープラの後を追い、俺たちも走り始める。


「なあ、良いのか? さっき姉さんって」

「構わん次の角を右じゃ!」

「姉さん! 一体今までどこに行っていたのですか――!」

「シープラ、お前、あれ家族なんじゃないのか?」


 角を曲がる。

 巨大な水路と交差していた。


「飛び込んで右じゃ!」

「あ、おい!」


 とにかくはぐれるわけにもいかないので、凄まじいまでの速度で泳いでいくシープラを必死に追いかける。シープラの水中適応のスキルがあってもついて行くのでいっぱいいっぱいな速度だ。とても会話なんかできない。というか今更だが水中でも会話できるようになるって、水中適応便利すぎだろ。

 

 町の上空を編む様にして浮かんでいる水路を、時に一本下の通路に空中を飛んでジャンプしたり、垂直な水柱を上ったりしながら一時間。

 俺たちは、壁の一番上まで上ってきていた。


「ここなら……た、ぶん、大丈夫じゃ」


 呼吸を整えつつ、シープラが言った。


「さっきのはなんだったんだ? なんであんなに逃げるんだ?」


 髪から滴る水が目に入らないように、髪を掻き上げる。真っ白の髪が水の重さで潰れ、うなじに張り付いた。

 俺の横では優樹が大の字になっていて、虎姫がその介抱をしているところだ。どうも優樹は体力が持たなかったようである。俺も大概無理だったけど。虎姫だけは呼吸一つ乱れていない。ちなみに、今もなお水が滴るスクール水着で呼吸を荒げている優樹さん、エロかったです。ごちそうさまでした。


「さっきのは、儂の妹みたいなものじゃ。その……まあ、そうじゃな。ここまで付き合ってくれたから、少しだけ話すとするのじゃ」


          ☆☆☆


 その前に、と、優樹が言った。


「とにかく、さっきの彼女たちに見つかったらまずいんだよね?」

「まあそうじゃの」


 それじゃあ。

 そう言って、優樹は大きな日傘を出した。


「魔法の傘『隠蔽の傘ハイディング・アンブレラ』。この傘が作る影の中にいる間は、影の外にいるものに認識されなくなる」

「フェアリーテイルもそろそろ何でもアリになってきたよなあ……」


 今回は必要だろうけど、そんなに無駄遣いして大丈夫なのだろうか。減らない? 何かが減ったりしない?


「まあ座りたまえよ」


 続いて優樹が出したのは、洋風の陶器のテーブルとチェアで、日傘の影がちょうど重なる位置にセットして置いた。

 四つある椅子の一つに腰掛け、追加でティーポットとカップを人数分。


「さすがに中身まで魔法で出すなんて無粋な真似はしないよ。茶道は僕のフィールドだ。本当は日本茶の方が得意なのだけれど、紅茶にも一応、ね。知識としてさ」


 まあ茶葉が蒸れるまで待っていてくれたまえ。

 そう言って優樹はポッドにティーコゼーを被せた。お茶そのものを出すのはアウトなのに、茶葉・水を魔法で出すのはセーフらしい。まあ細かいことはいいか。


 シープラ、虎姫の椅子を引き、二人が座ったのを確認してから優樹の正面に座る。

 普段俺が虎姫に優しくするとすぐに機嫌を悪くする優樹だったが、今この瞬間はその限りでは無いようだった。


「さあ、ここからは僕のターンだ」


          ☆☆☆


 紅茶が蒸れるまでの間、水着を着替えるついでに茶会にふさわしい格好に着替えることになった。俺は普通のタキシードを着ることに……タキシードってそもそも普通じゃねえな。

 女性陣も仕切りの向こう側で着替えていた。今度は隠蔽のカーテンらしい。ただの一周する目隠しなのだが、まあ例によって例のごとく、外からは絶対に見えないし、中に誰かが入ったことを知っているもの以外には認知されなくなる、安心の覗き対策済みだ。

 一回濡れた水着で座った後に、思い直して着替えることになったのだ。それゆえチェアが濡れてしまったのだが――水を拭き取るのが面倒臭いということで、新しいテーブルに着いた俺たちに優樹がカップを配り、紅茶を注いでくれた。


「どうだい?」


 優樹が得意げに聞く。


「うん、美味しい」


 一口飲んで答えた。

 紅茶独特の渋味というか苦味というかがあまりなく、お茶本来の甘みを引き出している。


「熱くて……飲めない」

「儂も猫舌じゃからのう」

「ふふ、そんなことはもちろん織り込み済みさ。飲んでごらんよ、一度」


 スコーンでも出すのかと思ったが、意外なことに出て来たのは練り切り餡だ。

 まあ作法なんて面倒なことはこの際どうでも良いじゃないか、という茶道家の娘としてどうかと思うような優樹の発言に甘えて、先に練り切り餡を頂きながら、紅茶と苦戦する虎姫とシープラの様子を見やる。

 まず虎姫が、おっかなびっくりと言った様子で紅茶を口にした。


「あ……美味、しい」

「お口に合うようで何よりだ」


 それを見てシープラが続き、


「……あ、美味し……ふ、ふん。まあまあじゃの」

「そうかい? ふふ、それは良かった」


 それにしても優雅だなあ、と、優樹を見て思う。

 作法やなんかは今回全部無視して、楽しくお茶を飲もうというコンセプトでいくらしい。

 わざわざ着替えた優樹の現在の格好は控えめなイブニングドレス。小柄な体に黒いドレスが似合う。胸元のフリルがボリュームをえっと、ここはあんまり言及しない方が良いでしょう。同色のドレスグローブが肌の白さを際立たせていた。

 そして、本来夜に着るものであろう「イブニング」ドレスを真昼間から着ているのは、難しいマナーなんて今回はナシだという、優樹のまさしく真意を表しているに違いない。決して肌の露出が多いからイブニングドレスを選んだわけではないだろう。時間帯的にはアフタヌーンドレスだが、確かこれは露出が少なかったはずだ。露出量で決めたんじゃないよな。ちょっと不安になってきた。


「ん、どうしたんだい? クロウ」


 あんまり長く見蕩れていたものだから、優樹に気付かれてしまったらしい。


「ああ、いや、に……似合ってるぞ、その服……」


 なんとなく恥ずかしくなって、目を逸らしながら言う。

 そのあと思い直して、言葉を付け足した。


「可愛いと思います」

「か、かわいくないよ!? ぜ、全然! 僕なんか全然!」

「そんなこと無いって。そのドレス似合ってるし、手袋の刺繍、カラスの羽だろ?」


 カラス。世界で最大級に縁起が良いとされる鳥だ。神話では赤ちゃんを運んでくる鳥であったり、足が三本あったり、それから神の使いでもあったらしい。

 最近の研究では実在した動物なんじゃないかという説もあるらしいが、実際はまだわからないという。ただ、過去の文献より黒い羽を持っていたということはわかっている。

 何を隠そう俺の本名「黒羽」も、カラスにあやかってつけられた名前なのだ。

 だから手袋の刺繍がカラスというのは、俺を意識してくれているということで。

 こうして、こんなことをしてくれると本当に嬉しい。


「手袋の刺繍なんて、よ、よく見てるじゃないか」


 まあ、そりゃあ。虎姫との重婚もあったが、俺と優樹は両想いのカップルなのだ。ゲーム内では結婚の儀を済ませた夫婦でもあるし。つい目で追ってしまう。俺が虎姫に抱く「好き」と優樹に抱く「好き」はまるで別物なのだ。最愛の人は優樹で譲らない。


「好きな人の格好は気になるもんなんだよ」

「す、す、好き!? い、いきなり何言ってっ」


 慌てふためく優樹。やっぱりこういう姿の方が可愛いよなあ、と思ったり。


「じ……」

「こやつらはいつもこんな感じなのかの?」

「アツ……アツ……クロウはわたしの夫でもあるのに」

「貴様も大変じゃのう」


          ☆☆☆


 気を取り直して。

 というか、シープラが手を叩いたことにより我に返り、なんだか急に恥ずかしくなったので一旦仕切りなおし。咳払い、意味も無く前髪をいじる。


「それじゃあ儂の話を聞いてくれんか」


 優樹が出した薄桃色のドレスに身を包んだシープラが言った。こちらは優樹と対照的に肌の露出の少ないドレスだ。たぶんコスプレ感覚で服を選んだに違いない。小さなティアラのような髪飾りが緑青の頭に映えている。


「悪いなシープラ、話の腰を折って、というか遠回りして、か?」

「構わん。が、その前にユージュ! クロウは儂のものじゃ! たとえ結婚しておっても譲らんからな!」


 びしっと指を突きつけての発言に優樹の表情が笑顔で固まる。


「ほぉう良い度胸じゃあないかシープラちゃん。この僕からクロウを盗ろうってのかい? そんなことをしてみろ……」

「したらなんだというのじゃ?」

「虎姫との結婚だって本当は納得がいってないんだ、そんなことになったら、クロウを殺して僕も死ぬ」


 笑顔が一ミリも崩れない!

 そのあまりの本気具合にちょっと引き攣った笑顔を浮かべ、シープラが言った。


「そ、そうか。それはえっと、その、難儀じゃのう」

「大丈、夫。わたしが御主人、守る」


 こちらはなぜか和装の虎姫が、はにかんだ笑みを見せながら言った。山吹色のシンプルな着物だ。緋色の帯が意外に似合っている。


 シープラがうむ、と一つ頷いた。


「それじゃあ本題に入るとするか」


 ああ、無かったことにする気だ。

 俺も聞かなかったことにしよう。優樹に寝首を掻かれるかもとか考えると夜安眠できなくなりそうだ。


「そうじゃな、まず、儂の出身から話そうか」


 先ほども言ったと思うがの、と前置きしてから、シープラは腕を組んだ。


「儂の生まれは正真正銘ここじゃ。ヤマト・タタールじゃ。親の顔は見たことはないがの」


 いたか!? 見つかりません! と叫びながら、俺たちが座るテーブルを避けて神官らしき服装の女二人が駆けて行った。さすがに真横を通るときは肝が冷えたが、優樹の出した日傘の効果は確かに機能しているらしい。まるでこちらに気付いた様子が無い。


「先ほどのは儂の妹みたいなモノと言ったが、つまりそう言うことじゃ。儂のような者が共同生活する場所の……まあ、家族のようなものじゃの。ちなみにさっき通っていった二人の女も儂の妹分じゃ」

「妹? 姉じゃないのかい? どうみてもシープラちゃんより年上だったように思うけど」

「うむ。姉とか妹とかいうのはあれじゃの、年功序列じゃなくて「家族」になった順番みたいなものなのじゃ」


 優樹がカップに再度紅茶を注ぎなおした。


「ありがとう。えっとそれでじゃ、儂はそこでの生活に嫌気がさし、家出したのじゃ。それが大体二週間か三週間前くらいかのう」

「そして僕たちに出会った、と」

「そうじゃ。持ち運べる「水」の量にも限界があるしの、しばらくぶりにやっと見つけた湖に、つい飛び込んでしまったのじゃ。その節は、本当に世話になった」


 それは構わないよ、と言って、優樹が自分のカップを手に取った。


「でもさ、シープラちゃん。それじゃあ、どうして町に帰ってこようと思ったの? 家出したんでしょ?」

「うむ。クロウじゃ」

「え、俺?」


 完全に聞き役に徹して、優樹の紅茶を堪能していたのに、突然話が振られて戸惑う。とりあえずカップを置いた。


「うむ。貴様じゃ。クロウ、貴様、空の王を従えておるじゃろう?」


 俺シープラの意識があるときにドラキュラを顕現させたことあったかな……

 憑依した時はシープラは死んでいたし、看病中に喚び出した時はハウスから出たしなあ。それ以来呼びかけても返事してくれないし、シープラがドラキュラの存在を知るはずがないのに。普段からゾンビの霊魂は地面の中に隠してあるからなおさらだ。


「うん、まあそうだな」

「それから、地の王の気配も漂わせておる。だからじゃ。だから、この町に呼んだ。つまらん家出などどうでも良くなるような収穫があったでの」

「ん? ああ、なるほど。シープラちゃん、君の家ってさ」


 優樹は合点がいったらしい。俺にはさっぱりわからんぞ。虎姫も同じような感じ。表情にクエスチョンマークが張り付いている。


「うむ、そうじゃ。儂の所属する「家」というのは、ずばり海神(ワダツミ)――つまりは海の王を祀る施設なのじゃ。海の王候補を選出・育成する施設じゃな」


 そして、とシープラは続けて。


「もうそろそろ海の王の交代の時期が来る。今年の候補選抜は荒れそうじゃぞ」

「ふうん。それで?」

「それで、とはなんじゃ?」


 うん、あのね。

 優樹はそう言って、手に持っていたカップを置く。


「それならどうして、シープラちゃんは施設の人間たちから隠れまわっているんだい?」

――次回――

「さあ、観念してください、姉さん」

―――(予告は変わる可能性アリ)―


では。

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