第一話:退屈退屈
新章にして第二部最終章、開幕ッ!
「どうかなクロウ! こんなちんちくりんと違って僕の胸は!」
「あんまり変わらんだろ……」
ヤマト・タタールは海中にある町だ。
ゆえに、特殊な道を通らなければ辿り着く事が出来ない。
その特殊な道がある場所が、ここ――アノーズ・コリ海岸だ。露天商が幾つもあり、また大勢の人が行き来している。
海中にある町ということで俺たちは全員水着に着替えたのだが、虎姫にだけは、もっと肌の露出面積が少ないものを買い与え、着替えさせた。さすがに衆人環視の中でスリングショットは、俺の趣味と思われそうで怖いし。普通の赤のビキニだ。
ちなみにシープラは、優樹が出した競泳水着に身を包んでいる。俺が肌の露出面積を抑えろと言ったら、今度は着エロにまで手を出してきやがった。ちなみに優樹よりシープラの方が胸があるのは秘密。思っても口に出してはいけない。多分殺される。
「ここじゃここじゃ! 早く来んか!」
優樹の出した競泳水着は、やたらに背中が開いているわけでもなければ股の角度が急すぎるわけでもない、いたって普通の競泳水着……あれ? 着エロにまで手を出してきやがったって、俺が勝手に思っただけじゃね? 俺ってもしかして競泳水着にそんなイメージ……
一旦考えなかったことにして、思考を放り投げる。
「おい、あんまり先に行くとはぐれるぞ!」
なら早く来んかー! と叫んでこちらに手を振るシープラは、白の競泳水着に……おっと。おかしいな。競泳水着にどうしてここまで目が引きつけられるのだろう……?
見るなら優樹のスクール水着だって、虎姫のビキニだってあるのに。
「御主人。水着……嬉しい」
「水の中にいないときは着替えて良いからな? 別にずっと着ておけってことじゃないからな?」
「違う……の……?」
俺のことをなんだと思っているのですか。というかやっぱりそうだったのか。自分でもまさかと思いつつの注意だったのだが、当たっていたのか……
「で? ここからどうすれば町に行けるんだ?」
手を振りながらぴょんぴょん跳ねていたシープラの元まで辿り着いたので、聞いてみる。俺や優樹は初めて行く町だからもちろん知らないし、虎姫も多分、初めて山奥から出て来たから知らないだろう。
だから、シープラに聞いたのだ。彼女が唯一、このアノーズ・コリ海岸からヤマト・タタールまでの道筋を知っている。
「あれを使うのじゃ」
あれ――そう言って指差した先には、穴があった。波が寄せてくるあたりにいきなり土の山が出現し、そこに穴が開いているのだ。寄って中を覗いてみたが、ずいぶん長く続いているらしく、先が見えない。辛うじて光源はあるようだった。
トンネルの中はゆるやかに傾斜していて、スロープの様に海底にまで繋がっている。
「これを通っていくと、ヤマト・タタールまでの近道となるのじゃ」
「近道? 近道ってことは、正規の道もあるってことかい?」
「正規ルートは船で行くのじゃ。町の上まで船で行って、後は泳いで潜る。以上じゃ」
「俺たちは泳げないからなあ……」
そういえばシープラに「泳ぐ」スキルについて聞いていなかったな。まあ今から海中に行くんだし、言ってから聞けば……
「ん? 町は海中にあるんだよな? 俺たち泳げないけど、大丈夫なのか?」
町が海中にあるということは、町中水浸しってことだよな? 当たり前だけど。それなら、「泳ぐ」スキルを持っていない俺たちは町に入ることすら適わないのではないか?
「それについては儂に方法があるから大丈夫じゃ。さっさと行こうぞ。このトンネル、長いしの」
まあシープラが大丈夫というのなら大丈夫……なのかな?
☆☆☆
トンネルを歩き始めてから、三日が経った。
三時間でも三分でもなければ、三秒でもない。三日だ。七二時間こと三日。
三日間もの間、まるで景色の変わらない土肌の一本道を歩き続けた結果――まずシープラが倒れた。
「あと……数時間で出口が見えるはず……じゃ」
背負ったシープラが息も絶え絶えに言う。どうも熱が出たみたいだ。素肌の背中に直接触れる彼女の体はとても熱い。
「寝とけよ、シープラ。俺が背負っていくからさ」
「うん……そうする……」
言うなり、シープラは小さく寝息を立てて寝始めた。次に目を覚ますまでにはこの洞窟を抜けてしまいたいものだ。
「クロウ」
眠っているシープラに気を遣ってか、小声の優樹。なんだ? と、こちらも小声で返答。
「多分疲れてたんだと思う。疲れによる熱だね。寝たら治ると思うよ。次に目を覚ますころには、案外ぴんぴんしているかもしれない」
「そうだと良いんだけどな」
「まあとにかく、早くこの洞窟を抜けてしまおう」
それから黙々と歩き続けて一時間。
今まで下り続けていた道の傾斜が無くなった。
そこではたと気づいたのだが。
「俺たちこれ、別に水着に着替える必要なかったんじゃないか?」
「た……確かに。シープラちゃんが水着に着替えておけって言ったからとりあえず着替えたけれど、まさかこんなにトンネルが長いとは思わないし……」
優樹も言われるまで気づかなかったようだ。彼女の場合、どうせ、水着が見られるならとか思っていたのだろうけど。俺の優樹への信頼はゆるぎない。
最初の方こそはしゃぐシープラがいたから楽しかったトンネル行脚も、さすがに一日で飽きる。一日というか三時間くらいで飽きた。
「御主人。それはおそらく、このトンネルがいつ崩落してもおかしくないからだと思う」
俺と優樹の疑問に、少し遅れて虎姫が答えてくれた。
「……え? 今、なんと?」
聞き間違いじゃなければ、俺たちは今結構危険な状態にあると思うのだけど……?
「このトンネル、恐らく何の補強もされていない。たぶん、わたしが全力で殴れば穴が開くと思う」
「どうしてそんなことが分かるんだ?」
「実際にやってみればわかる。やろう……か?」
「いやそっちじゃなくて! 壁殴る方じゃなくて!」
「トンネルの補強が為されていない方の事だろう?」
その通りである。
とりあえず虎姫には、振りかぶった右拳を下ろしてもらう。
「このトンネル、波に合わせて振動してる。たぶん……脆い……」
「振動? 俺にはそうは思えないけど……」
「ごく微弱。たぶん御主人には感じられない。鋭敏すぎる感覚のおかげ」
「すげーな」
「もっと……褒めて……」
後でな。
「ん……御主人、潮の香りがする」
「海底トンネルなんだから、俺にもわかるぞ?」
俺がそう言うと、虎姫はウサギの様に鼻をひくつかせてから、首を横に振る。
「違う。このトンネルの先からする匂いが急に強くなった。たぶん、もうすぐ出口」
「本当かい? だとしたら、そこはさすが虎人ってところかな。羨ましいよ、その嗅覚」
「まあ確かに、ずっと単調でしんどいもんな」
ずっと歩いているが、洞窟の壁は均一に広がっているばかり。また、照明であろう青白く発光する何かも、ずっと等間隔に並んでいる。単調なのだ。ずっと同じ景色の繰り返し。歩けども歩けども何の変化も無く、ともすれば自分が進んでいることさえ認識できなくなってくる……
そんなことが続いたから、シープラも倒れたのかもしれない。
せめて虎姫みたいに、視覚は無理でも嗅覚くらいは変化があれば……
どこかの軍隊では、真っ白の部屋に入れ続けておくとか、目隠しして明かりを亡くした部屋の中で、額に水を垂らし続けると言った拷問があったらしい。処刑だったかも。まあそれはこの際どっちでも良いとして、とにかくそれらをやられた人間は発狂するらしい。
えっと、例示が大袈裟すぎたかもしれないが、つまり何が言いたいのかというと、飽きるのだ。景色に。進めども進めどもいっこうに変わらない景色にすっかり参ってしまう。
「羨ましいな、確かに。虎姫のその嗅覚」
「どこに居ても御主人の匂い……わかる。でも、この前つけた匂いが消えかかってる。この洞窟を出たら、またつける」
「それは許さないよ虎姫! だって建前が無いじゃないか! 建前が無かったらクロウは接触を許してくれないんだよ!」
「あ、こらユージュ、シープラが起きるから」
俺が注意すると、おっとすまない、と優樹は声を潜めた。
それきり、俺たちは無言で歩を進めていく。
しばらく歩いたころだった。
「ひゃうんっ!?」
優樹がやけに可愛らしい悲鳴と共に飛び跳ねた。
「どうした?」
いい加減、疲れが溜まってきた俺はつい適当な返事を返す。俺の斜め前辺りを歩いていた優樹の方なんて、一瞥したくらいだ。本当にもう疲労困憊で、普段ならなんだかんだ言いつつも、やっぱり一挙手一投足を注視してしまう最愛の優樹に対して、何らかのアクションを起こす気になれない。虎姫と繋がれた、質量なんてほとんど感じられないはずの鎖でさえ重く感じられる。
シープラを背負いなおすと、立ち止まってしまった優樹の方を振り返った。
当の優樹は背後の空間を見上げて固まっており――
「首筋に水滴が落ちてきて――って、え? ……で、で、ででっででで」
「大きい……」
「ででっでで出たぁぁ――!」
優樹の叫びが洞窟内を通り抜けて行った。
「ついに出たな変化! 喰らえ僕の必殺技! 退屈してたんだ丁度良いところにやって来たねさあ一緒に遊ぼうよ! ねえ!」
あまりの退屈に耐えかねてか、優樹さんが尋常じゃないくらいのハイテンションでおられる……
虎姫もふんす、と鼻息荒く構えを取った。
俺は今回シープラを背負っているので傍観ということで。ゾンビを出すにしろこんな巨大な敵と戦えるような奴は生憎手持ちにいなかったように思う
巨大な――カニ。
洞窟は大体五メートルほどの正円の形状をしているのだが、そのすべてを埋めてなお体が壁をひっかく程度の大きさの、大きな大きなカニだ。頭上に表示される名前が「ジャイアントアワガザミ」であるそいつは、カニというよりヤドカリみたいな、どちらかと言えばザリガニに近い形状をしている。
「フェアリーテイル・拳!」
「ぐる……」
巨大な拳を召喚した優樹が、まず嬉々としてガザミに打撃を打ち込んだ。ステータスが所詮初級職のシャーマンのものだからか、ガザミのHPゲージは微動だにしないが凄まじいノックバックが発動し、ガザミが二〇メートルほど後方に吹き飛ばされる。当然優樹のこと、壁に傷をつけないように計算しているようだ。
防御も取れないまま弾き飛ばされた巨大ガザミを追いかけ、カニが着地する前に駆け込んだのは虎姫だ。それはつまり、優樹に殴り飛ばされたカニより速く走り、かつカニの巨体と洞窟の隙間を高速で掻い潜ったということを意味する。ちなみに俺はそれに引きずられて結構な距離転がった。
虎姫が動き出した瞬間、呼び出した洞窟の蝙蝠の上にシープラを乗せておいたから、まあ彼女は大丈夫だろう。ちなみに蝙蝠にドラキュラの意思はない。今回はドラキュラとセットで喚び出したのではなく、あくまで「一個」のモンスターとして喚び出したためだ。
「痛ぇなおい。おいカニさん。丁度退屈してたところでさ。俺たちと遊んでくれなぁぁぁい?」
退屈には勝てませんでした。楽しそうだったので参戦した。
一方優樹の一撃で片方のハサミがもげ、虎姫に三本ほど足を食いちぎられたガザミは小さく、きゅう、と鳴いた。
俺は足にいつぞやの巨虎を憑依させる。途端足は毛むくじゃらになり、俺のものとは比べ物にならないくらい硬く太く逞しくなった。黄色と黒の縞模様、強靭な脚力をもって洞窟の地面を消し飛ばさんくらいの勢いで駆ける。
一歩、二歩、三歩目で踏み切り、空中で回転。トンネルの天井ギリギリを通って勢いを殺さずに――両足揃えてのかかと落とし!
残っていたもう片方のハサミが爆散し、カニの体液が飛び散った。
「御主人。ちょっと……興奮してきた」
「奇遇だな。俺もだ」
「ははっ、なんだか楽しくなってきたね!」
そのままやけにハイテンションな俺たちによる、やけに残酷なカニの解体ショーは進んで――
カニの右の眼球への俺のローリングソバットがガザミの残りのHPバーを消し飛ばした。せっかくなのでゾンビにしておく。
「あははははは――はあ。なんか、余計に疲れた。賢者モードみたい。怠い……」
「御主人。おんぶ……」
「俺も疲れたっての……」
シープラを乗せた蝙蝠が飛んできて、俺の傍らに寄り添う。虎姫と優樹は背中を合わせて座り込んでいて、俺はトンネルの地面に倒れ込んだ。
今まで三日間、延々と景色の変わらない洞窟内を歩き続けたのだ。目の前に変化があれば、それがどんなものであれ、つい喰いついてしまうしテンションも上がる。だって他にすることが無いのだもの。
だからそれが終わってしまった今、高揚していたテンションは、さっきまでが嘘だったかのように下がり、むしろ反動で今までよりも道を進もうという気概が失せてしまったというかなんというか、もう考えるのも怠い。
「ねえ虎姫、あとどれくらい歩けば出口かわかるかい?」
「……たぶん、あと一、二時間くらいだと思う」
「遠いな……」
「だね……」
しばらく蝙蝠の羽ばたきの音しかしなくなった。
一話にしてこのダラケ振り……大丈夫かこいつら。この章は全部こんな感じで行きたいと思います。嘘です。次話ではトンネルを抜けます。
――次回――
「へー、すげーな」
―――(予告は変わる可能性アリ)―
では。
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