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第三話:シープラ

おっとっと、前回のまえがきがフラグにならなかったみたいだ。たぶん次話でこの章最終話。

「クロウ! たぶん二〇秒くらいで蘇生不能なまでに溶ける!」

「どうにかならないか!?」


 焦る優樹に叫び返す。

 酸の湖……酸性。


「中和だ!」


 酸性なら塩基性の水溶液を混ぜることで化学反応が起こり、pHが上がってくれるはず。そうすればこの湖も有害ではなくなるだろう。

 そう思ったのだが、しかし優樹はこちらに怒鳴った。


「無理だ! この湖の成分が分からない! 何酸なのか不明!」

「じゃあ薄めろ! 水だ! ありったけの水! 濃度を下げるんだ! 早く」


 濃度を下げてもまた、pHを下げる事が出来る。一時的でもいい、とりあえず先ほどの女の子を助け出せるくらいにまで濃度を薄められればそれで。


「フェアリーテイル! 大雨(スコール)! 台風(ハリケーン)! 水位が上がるから流されないように気を付けて!」

「憑依、自分憑き・全身(フリー・オープニング)!」 


 瞬間的にドラキュラを憑依、優樹が生み出した台風(ハリケーン)の風圧に必死に抗い、二人を抱えて飛んだ。


「ダメだ! まだ水が足りない! フェアリーテイル! (シー)!」


 砂浜くらいなら簡単に出せるとそう言っていた優樹だが、まさか海自体をも作り出すとは思わなかった。圧倒的質量を伴って、多量の水が湖に流れ込む。本来の海水なら不純物だらけだろうが、そこは優樹のこと、濾過(ろか)済みの海水とか、そういうのを生み出したはずだ。まあ、塩、つまり塩化ナトリウムとかと変に反応してしまう可能性も考えての話。


「これでたぶん大丈夫のはずだ! クロウ! 飛び込め!」

「スキルが無いぞ!?」

「沸かした! お風呂と同じだから大丈夫!」


 優樹の言葉を聞いて、返事もそこそこに湖に突っ込む。天使の羽も悪魔の羽も、両方を全力で駆動しての正真正銘全速だ。

 湖のすれすれを羽ばたいて、先程女の子が飛び込んだあたりを探す。


「御主人あれ!」

「飛び込むぞ!」


 局地的に発生した大嵐と大雨により水かさが増え、しかも温泉と言い張れる程度には湧いている湖。決して穏やかとは言えないその水面に、後先考えず、俺は飛び込んだ。


          ☆☆☆


「これでなんとか。危なかったね。二〇秒が限界だと踏んでいたけれど、どうやらその読みが外れてくれたらしい。本当に良かった」


 それが、少女の、もはや残骸としかいえないモノを蘇生させた優樹の第一声だった。

 俺は、それに対して何の反応も返せなかった。少女は、完全に死んでいたのだ。それを、優樹が無理矢理蘇らせた。人間の能力を超越したその行為は、越権ではないのだろうか。傷を回復させる程度ならまあ魔法スゲー、で終わりだが――一度死んだ命は蘇らないという「不可逆」を「可逆」にしてしまうという行為には、疑問を投じずにはいられなかった。

 デスゲームという特異な環境に身を置いているがゆえに、余計にそう感じられる。今まで人死にには人一倍気を付けていたために、こうして目の前で失われた命がいとも簡単に蘇ってしまうと、どうしても……なんというか、言葉が見つからない。


「クロウ?」

「え、あ、いや、悪い。なんか――肩透かし喰らったみたいでさ」


 自分で言葉を紡いでから、納得した。なるほど、肩透かしを喰らった気分だったのか。だってそうじゃないか。今まで別に、デスゲームだからとそんな悲嘆した覚えはないが、ゲームオーバーにはならないように細心の注意を払っていたというのに。


「でもまあ、こんな簡単に蘇生できるなら、別にゲームオーバーになっても大丈夫だよな」

「いや、それは違うよ、クロウ」


 違う?

 何が? 


「この女の子は、プレイヤーじゃない。おそらく、モンスターか何かだと思う。プレイヤーじゃないからこそ――デスゲームという縛りが無いからこそ、こうして蘇生させる事が出来たんだ。まあ、モンスターなら別に転生なり再湧出(リポップ)なりするだろうけれどね」

「じゃあ、死んだプレイヤーは、やっぱり死んだままなのか?」


 別に、周りで誰かが死んだわけじゃ――ないが。

 思わずそんなことを聞いてしまった。

 それに対して返ってきたのは、


「その通りだね。死んだ人間は、生き返らない」


 という、優樹の言だった。


「御主人、ユージュ。取り込み中。でもちょっと見て。目を覚ましそう」


 その時、ずっと女の子の様子を見ていた虎姫が割り込んでくる。

 二人してまったく同じタイミングで、優樹が作ったベッドに寝かせてある女の子の方を見ると、確かに目を覚ますところだった。薄ぼんやりとあけられたエメラルドの瞳が、どことなく精彩に欠ける動きで辺りを見回す。


「あ……」


 そして、俺と目が合ったかと思うと、その両目は大きく見開かれた。見れば見るほどに深みのある碧眼で、宝石と比べても何ら遜色ない美しい目だ。


「な、なんじゃお前らは! 儂をどうするつもりか! た、食べてもあんまりうまくないのじゃ!」


 一人称が……儂? 語尾が「じゃ?」 えっと、日本語のどっかの方言だったような気がする。もうほとんど絶滅したとされる方言。

 海藻のようにウェーブした緑の髪、ところどころに蒼が混じっている。その髪を割る様に細長い耳が飛び出していて、ぴょこぴょこ揺れる。エルフ耳っていうのは日本だけの文化で、ヨーロッパとかだと人間と同じ耳らしいですね。なんか思い出した。


「食べないよ。僕たちは怪しい(にん)げ……者じゃない。さっきはどうして、この湖に飛び込もうとしていたのかな?」


 優樹が、ベッドの横に椅子を作成して、それに座りつつ言った。

 女の子は、目を逸らすだけで何も答えない。

 ちなみに湖は、優樹が何もかもを無かったこと(めでたしめでたし)にしたため、大嵐や大雨などなかったかのように、凪いだ湖面が広がっている。


「うーん。ねえ、君、名前は?」

「……シープラじゃ」

「へえ、シープラちゃんか。可愛い名前だね」


 優樹がナンパ師にしか見えない。


「それで、シープラちゃんは、どこから来たの?」

「それは……何故言わなければならん」

「言わなければわからないだろう?」

「貴様に分かってもらわなくとも、儂は困らんのじゃ」


 ほう、と、優樹の目が怪しく光る。


「僕達は君を助けてあげたんだよ? 命の恩人じゃあないか。少しくらい話を聞かせてくれたって良いんじゃあないかい?」

「それじゃ。そもそもなぜ、儂はこのようなことになっておる? 儂は先ほど貴様らに声をかけられて、湖に飛び込んだ辺りから記憶が無いのじゃ」

「んー? この湖、ね」


 優樹の指の動きに連動して、湖の水がここまで運ばれてきた。今度はなんだ、「力場」を作り出したっていうのか。もはや優樹のおとぎ話は、物質を生成するだけでは飽き足らないらしい。


「ちょっと見ててねー」


 言って優樹は、湖の水を女の子――シープラが見える位置の地面に垂らした。途端に土が焼け、溶けはじめる。


「これは、焼ける水!?」

「そう。酸だよ。これに飛び込んで、シープラちゃんは一回死んで――ああ、いや、死にかけたんだ。危ない所をそこのお兄ちゃんが助けてくれて、僕が手当てしたんだよ」


 優樹が指差すとシープラがこちらを向いたので、軽く会釈してみたら睨まれた。どうしてですか。


「つまり儂は、貴様らに助けられたということじゃな? それは……すまなかった。この通りギッ!?」


 この通り――体を起こしかけたシープラだったが、その直後悲鳴を上げてまたベッドに倒れ込んだ。ベッドの角度は六〇度くらいなのだから、わざわざ体を起こさなくとも良いのに。


「大丈夫か? 傷自体は治っても、しばらく後遺症はあるんだろ。気をつけろよ」

「まあ、そうだな、一週間くらいで日常生活に支障をきたさない程度には回復するんじゃないかな? 根治は一か月くらい? まあ、別に医者とかじゃないし分からないけれど」

「あー、すまんが貴様らの名前も教えてくれんか」


 それでも体を起こして、シープラは言った。顔は苦痛に歪んでいて、せっかくの愛らしい顔が台無しだ。しかしそれを見かねた優樹が寝かしつけようとした手を振り払ったところを見ると、よっぽど意志が強いらしい。

 だから俺たちは、そのことについてこれ以上何も言わずに、それぞれ自己紹介をした。


「そうか。では、クロウ、ユージュ、虎姫。礼を言う。その、ありがとう、なのじゃ」

「僕的にはそんなお礼より君の体の隅々まで」

「年下にちょっかいかけるのはやめましょうねー」


          ☆☆☆


 そこまで言うと力尽きたのか、糸が切れた人形の様に、シープラは眠りについてしまった。

 今は、このベッドを中心にユージュが簡易的なログハウスを組んでくれたので、その中にいる。


「御主人。日が沈んだ」

「了解ありがとう」


 夜がやって来たのだ。


「まあ別にそれほど急いでいたわけでもないし、シープラちゃんが動けるようになるまではここに住むよ」


 ずっと付きっきりでシープラの面倒を見ていた優樹が、額の汗を拭いながら言った。

 シープラが寝付いて容態も安定したので、一旦休憩として夕食を摂る。


「それにしてもクロウ、ドラキュラの憑依状態って、僕と虎姫二人も抱えて飛べるほど力が強かったっけ? 僕の記憶では、そんなことは無かったと思うのだけれど」


 少し疲れた表情を浮かべて優樹が言った。確かにまあ、その通りである。


「火事場の馬鹿力、的な?」

「データがすべての世界なんだよ? そんなことは……いや、ありえるのか。流血しかり自我しかり、この世界はもう、単純なゲームの世界ではないんだ」


 それなら、火事場の馬鹿力なんてものがあっても不思議ではないかもしれないね。そう言いつつ優樹は大皿のソーセージをフォークで刺した。

 持って来た食糧で作ったホットドッグである。まあ、パンにソーセージを挟んだだけの簡素なものなのだが……

 調理の時間が無かったので、手巻き寿司よろしく目の前に配られたパンに、大皿に並べられたソーセージを挟む方式である。


「さっきは一週間くらいって言ったけれど、この様子だとまあ三日もすれば歩けるようになるんじゃないかな? シープラちゃんの回復力は凄まじいよ。多分もう、体を起こす程度ならほとんど痛みが無いはずだ」

「御主人。あれ、人間の匂いじゃない。たぶん、亜人」

「我が王我が王! ボクが! ここはボクが説明するよ!」


 大声で賑やかに、突然現れたドラキュラを三人で殴って黙らせる。シープラが起きるでしょうが。


「我が王、なんか最近ボクの扱いが酷くない!? あ、ちょ、今のナシで! 別に大声とか出してな――」

「一旦落ち着け」


 グングニルを構えつつ、ドラキュラに言う。

 一度この槍に貫かれた経験があるからか、引き攣った笑みを浮かべながらドラキュラが両手を上げた。


「え、えええっと、わ、我が王? 落ち着いたから、ちょっとその物騒なのを下ろしてくれないかなー、なんて。えへへなんでもないです」

「それで、亜人ってのはなんだ?」


 亜人っていうのは人間じゃないが人間に近い生命体、みたいな意味だ。だから正確には、この問いはTreasure Onlineにおける「亜人の定義」を聞いたことになる。


「ボクや虎姫みたいな、人外って言ったらわかりやすいよね。基本形態が人型の人外は、基本的に全部亜人だよ。人語を解するか解さないかでも亜人かそうじゃないかを分けることがあるね。例えばゴブリンとかだと人型だけど人語を解さないからただの人外」

「人語を解するけど人型じゃないモンスターとかはどうなるんだ?」


 その区分だと。


「そういうのは全部神獣に分類されるのかな? 正確には、そういう奴らは人型の声帯を持たないし、そもそも言葉を持たないから、人語を解しているわけではないのだけれど。テレパシーなんかで、相手の脳内に直接自分が脳内で考えていることを投射しているだけに過ぎない。テレパシーが人語に聞こえるのは、与えられた情報に対して脳がそういう解釈をするからだよ」


 腕が疲れてきたのでグングニルを壁に立てかける。


「それで、シープラはなんの亜人かわかるか?」

「さあ。それはちょっとボクには」


 困った様に肩を上げて、ドラキュラは言った。結局シープラが何なのかはわからないのか。


「でもほら、耳が尖っているからエルフとかじゃないのかい? 髪も何となくそれっぽいカラーだし」

「多分そうだろうけど、別に耳が尖っている亜人なんて珍しくもなんともないし、どうとも言えないんだ。もし仮にエルフだったとしても、エルフだけでも何十種族とあるし、いまいちどれか明言できない」

「じゃあ、それについては、本人に話してもらえば良いのか」


 それもその通りだな、ということで結論とする。


「シープラちゃん可愛いし、これから楽しくなりそうだね……!」

「怪我人の看病に(よこしま)な感情持ち込まなーい」

「つまり怪我が治ればオッケーということ……わかった、三日で完全に治療してみせようじゃないか」


 いやまあ……うん。怪我が早く治るんなら別に良いんじゃないでしょうか。


 12日投稿だから、4日8日12日投稿ってことで四日起きのペースは崩してないね☆ っていう解釈はあり(ry


――次回――

「それじゃあ次の目的地はそこだな」

―――(予告は変わる可能性アリ)―


では。

誤字脱字、変な言い回しの指摘、感想、評価、レビューお待ちしております。

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