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最終話:寝たい

 虎姫編改めユージュ編、完結。


 それからこれで80部です。

「君は意識が飛んでいたからもちろん覚えていないだろうけれど、僕とクロウとの戦いは七日にも渡ったんだよ? もう正直な話――寝たい。そうだなあ、柔らかい布団が良い」

「うわあ全然覚えてないわぁ……」


 七日間も俺は意識を失っていたのか? 血神、どんだけだよ。


「虎姫を抱きながら……」

「抱きながら?」

「だ、抱っこしながら寝ると気持ち良いんじゃないかな! ちょっとえっちな感じになったから言い直しただけだし」

「自己申告しなきゃ良いのに……」


 右、左、右と見せかけて左のフック。

 右の直蹴りを虎姫との鎖で絡めて拘束するが、反対側の足を顔面に貰い吹っ飛ぶ。


「君の高速駆動に大変な思いをしたのは、なにも僕だけじゃあないんだぜ? というかむしろ、私なんかより彼女の方が被害者なのだ。なにせ首を繋がれたままで引きずり回されていたんだからねえ。彼女のHPを気にかけながら戦うのも、なかなかこれで大変だったよ。本当は二週間くらいは持つかなあ、って思ったんだけれどその半分だったし」

「えーっと、虎姫、迷惑かけて悪い、ごめん。優樹(ユージュ)も。ありがとう」


 空気を裂くようなローリングソバットを無理矢理受け止めた右腕に痺れが奔る。光にドップラー効果を起こすような速度って一体どれだけ、って話だ。まあそれを受け止める俺も俺だが。


「御主人。わたしはその……御主人にいたぶられている時、興奮してたから……別に」

「このタイミングでまさかのカミングアウトいただきました!」

「わー、虎姫えろーい。ねえねえクロウ、彼女ってやっぱりマゾだよね? 僕的にはあの鎖はポイント高いかな! だって首輪だよ!?」


 これでもかというくらい大振りな右ストレートを放つと見せかけて左足で足払い。……を、すると見せかけてやっぱり普通の右ストレートを放つ。もちろん優樹はこれに反応して、半歩だけ浮かした俺の足を踏み、右ストレートはダッキングしてかわしてみせた。


「でも御主人。いたぶってくれるのは嬉しい……濡れる。けれど、たまに優しくしてくれたら嬉しい」

「クロウ僕虎姫飼う!」

「飼ーいーまーせーんー」


 少し優樹との距離が開いた瞬間を見計らって、彼女の腰に抱き着くようにして飛びついた。いとも簡単に避けられるが、悪魔の羽をはばたき体の向きを急転換、追いすがる。

 空を飛んで小刻みに加速と制動を繰り返し、ショートジャブのような攻撃を連続で繰り出していく。そのほとんどは優樹にガードされてしまうが、顔面に打ち込んだ時、両腕によるガードが甘かったので無理やり押し込んだ。


「……ッ! くっ!」

「俺も別に意識が無かったわけだから当然記憶はないんだけど、体は疲れてるなあ。眠い。今夜はよく眠れそうだ」

「御主人。わたしを抱き枕に」

「クロウばっかりずるいぞ! 僕も混ぜろ!」


 別に気を抜いていたわけではないが、彼女の鋭く素早いパンチに対応している隙に足払いをまともに喰らってしまう。

 咄嗟のことで受け身もろくにとれず、衝撃に空気を吐き出した。肺の中が空になり、息苦しさに一瞬、体の動きが止まる。

 そこに彼女の踵落としが決まった。HPバーの実に一割が減少する。


「僕は踏むのも好きだよ? クロウが望むのなら、マゾにもサドにもなる。いやまあ、エロければ何でもいいんだけれど」

「……ッ当に見境ないのなお前」


 俺の胸に乗ったままの彼女の足首を右手で掴む。細い。こんな細さでよくこれだけの威力が出せるな。驚異以外の何物でもない。


「へーいそこの美人なお姉さん。ぱんつが丸見えだぜー」

「はっはっは、嘘ばっかり。ぱんつなんて元から履いてないよ」

「マジで!?」


 覗きこんだ。顔面を踏まれました。裸足で。あ、なるほど、ちょっと興奮するかも……!


「ところでそこの紳士様は、こんな風に見境のない僕のことは嫌いかい?」


 顔面に乗せられた足は左手で掴んで、舐める。執拗に。もちろん逃れられないように両足は掴んだままで。


「ぁ……ダメ……汚いよ、そんなトコ、舐めちゃ……」

「…………さて」


 優樹の両足を振り上げ、引きずり転がすのと同時に立ち上がる。今度は俺が、彼女に対してマウントポジションを取ってやった。

 拳を振り下ろす前準備として、振り上げる――


「この体勢はなんだか興奮するなあ。襲われてるみたいだ」

「そうか」

「あーあ。僕は――私はもう、ダメなのだ。全然。全然敵わないのだ。空の王だって、私よりも優秀な奴が生まれたから交代しただけで、それは当然のことで……!」


 振り上げた拳の指を開いてしまって、彼女を抱き起こした。


「空の王はお前に任せるのだ、新・空の王。それから、"私"も。これは「僕」じゃなくて「私」の言葉だと思って聞いてほしい――」


 旧・空の王は、俺の胸に顔を埋めながら言う。


「マジで惚れたぜ――なのだ」

「ああ、俺も好きだよ」


          ☆☆☆


「まったく、これはさすがに人使いが荒すぎるんじゃないかなあ」

「お前がやったんだろ」

「僕じゃないよ、旧・空の王だよ」


 一緒みたいなもんだろ、と、優樹に返すと彼女はあからさまに嫌そうな表情を浮かべた後、そっぽを向いた。


「ああ、俺も好きだよ」

「あ――! わ――! ぎゃぁああ――!」

「なんで旧・空の王まで口説いてるの? ちょっと説明が必要かなあ、と僕は」

「というかなんでお前は覚えて、えっと、旧・空の王の意識は消えたんじゃあ……?」


 消えるわけがないよ、と、彼女は言ったあと、悪戯な笑みを浮かべてみせた。悪寒が走る。


「だって僕と彼女――旧・空の王は、依然として同一人物なのだから」

「あ、じゃあやっぱりお前が悪い。おら、働け」

「え、なんで……あ! く……! 僕を相手にこんな回りくどい論法を駆使するようになったかクロウめ……! う、腕を上げたな?」

「いいから早く」


 働く。

 優樹は俺から離れて二、三歩進むと立ち止まり、やおら目を瞑った。


「フェアリーテイル、グラウンド! それからえっと、ハウス! ハウスハウスハウス……」


 彼女が呪文を唱えるごとに、虎の集落が元通りになっていく。クレーターだらけでひどいところはマグマすら見えている(どれだけ深く掘れたんだって話だ)地面はまったいらに埋めなおされ、廃材の塵すら残っていない家々もどんどん建設されていった。

 そうして集落の建造物のみが完璧に整った時――


「まあ鳥人たちは僕の幻想――つまりは僕の一部みたいなもんだから、消しちゃってもいい……かな?」

「いいんじゃないか?」

「うん。じゃあ――フェアリーテイル、ハッピーエ(めでたし)ンディング(めでたし)


 宣言と同時、優樹が生み出した魔物たちの死体が一瞬で消滅する。


「虎人たちは、まあみんな死んじゃったけれど、彼らは転生するから構わないよね。彼らが生殖を放棄した代わりに得た能力さ。転生するときに、前世の知識と能力をすべて受け継ぎ、そして死んだ時と同じ状態で生まれる」

「それ、もう不死身じゃねえか」

「どうせ未完成の人工知能――旧・空の王が作ったものだからねえ。この集落全部」

「設定が現実的じゃないのか……」

「それに、大事なのは空の王の座の奪還だけだったろうからね。設定はそれっぽかったらどうでも良かったんじゃない? まあその適当な設定のおかげで虎の集落が復興できるんだから、御の字じゃないか」


 それもその通りである。

 虎の集落の住民たちは、地の王含めて全員、死んでから十日で転生するらしいから、あと三日程度でこの集落も元に戻るだろう。


「よーしもう働かない今日はもう働かない。疲れた。オーバーワークだよ。クロウ労ってー」

「はいはい、よーしよしよし」


 なんとなく気恥かしくて乱暴に頭を撫でてやっただけなのに、それでも優樹はくすぐったそうに目を細め、らしくもなく、えへへ、と笑った。

 それを見た虎姫も、俺に頭を突き出してくる。今まで集落が復興されていくさまをぼーっと眺めていただけだったのだが、彼女的にはどうなのだろう。自分の住む場所が完膚なきまでに破壊されて、今度はそれが寸分の狂いなく元に戻っていく様子……。自分に置き換えて考えてみても、いまいち実感が湧かない。

 なので表情には出さないまでも不安を感じているであろう虎姫の頭も撫でてや――

 撫でて――

 撫で――

 …………身長の、差。

 精一杯手を伸ばしても、結構ギリギリ。やっぱり虎姫はデカい。身長が。だから俺の肩から虎姫の頭までの距離を近づけようとしたら、彼女にもっと接近しなければならなくなり、だがそうすると彼女の巨乳に阻まれ――


「手が、届かない」

「うー」

「虎姫がそこに跪けば良いんじゃないかな」

「いやそれはなんか違――やるの早!」


          ☆☆☆


 それから一週間が経過した。

 虎の集落の住民――虎人たちも、もうみんなすっかり「転生」してしまって、昔の活気を取り戻している。変わったことはといえば、地の王ゲブが、本物ではなかったということ。旧・空の王に偽りの地の王の力を植えつけられていた彼が転生して生き返った時、彼はただの、一人の虎人だった。集落の長老というだけの、いたって普通の虎人である。

 優樹曰く、地の王は別にいる。らしい。それがどんな奴でどこにいるのかまではさすがに知らないらしいが。


「元・地の王ゲブ――っていうかなんだ、この集落の長老か、虎人たちが転生するときに持ち越せるのは、本来の自分の能力だけらしいね。だから転生した時にその能力は失われてしまった、と」

「なるほどね。……ところで優樹、俺のこの鎖――」


 切れる道具ってフェアリーテイルで出せないの、と、言い終わるか終らないかのタイミングで、虎姫が激しく反応した。


「御主人はわたしと結婚している今の状況――嫌?」

「あ、やっぱりいいです。鎖切らなくてもいいです」

「そうかい? まあ、どっちにしろ、紛い物とはいえ地の王並みの力を付与されていた術者が作った鉄の鎖だからねえ。壊すのは無理だと思うよ。良かったね、お風呂もトイレもいつでも一緒だよ。フェアリーテイル、首輪(カラー)


 優樹さん!?

 首輪なんか出してどうするつもり!?


「僕もクロウのペットにしてくれ。御主人様ぁ……」


 こちらに首輪を差し出しながらそういう優樹の吐息は蕩けるように甘く、語尾にハートが見える。なんでこいつはこう、性に対してここまでアクティブなのだろう……


「む。ユージュ。御主人のぺっと、は、わたしだけ。飼い猫の座は譲らない」


 そういえば虎姫は、優樹の名前を覚えた。名前という概念を持たない虎人として、これは凄い事らしい。ちなみに転生したゲブこと長老は、俺や優樹のことを人間って呼びます。いっしょくたです。


「我が王我が王! なんか楽しそうだから出て来たよ、ボクだよ!」

「ややこしいのが一人増えやがった!」

「我が王、ボクは狼にもなれるんだよ、一応。ベースが蝙蝠だからあんまり得意じゃないけど――えっと、飼い犬の座はボクが取った!」

「猫と犬……そ、それなら僕は鳥で良いよ! うるせぇ……(さえず)るな……とか言ってくれたらそれだけで足りるから」

「何が?」

「ナニが」


 俺がどんなボケにでもツッコミを入れると思うなよ。

 ……優樹の場合はボケじゃなくて本気だから余計に反応しづらいという。

 俺が助けを求めて視線を巡らせると、丁度良い所に丁度良い野郎がいたので声をかけた。


「よう、ルネ。見送りに来てくれたのか」

「おうよ、客人(・・)! 隊長のことはよろしく頼んだぜ!」


 それから、見送りに来たのは何も俺だけじゃあねえ。ルネはそう言うと、背後を指差した。


自警団隊長(・・・・・)……達者にな、である」


 そこには、長老をはじめとする虎人たちがいた。

 ……ちょっと待て、先ほどまでのやり取りが全部衆人環視の中で――!?


「ああ、クロウ。見られると興奮するね」

「ユージュ。わたしも、見られると興奮する」

「なんか意気投合した!」


 ともあれまあ、旅立ちである。


「ありがとうな、客人。また暇があったら、いつでも遊びに来てくれ。俺たちは別に、客人が暴れたことなんて気にしてねえからさ。どうせ転生するんだし。――達者でな!」


 俺たちは、虎人たちの見送りを背に受けながら、虎の集落を出発する。

 もう集落に天井は必要なく、俺たちの旅路を祝福するかのように、空は青く晴れ渡っていた。


          ☆☆☆


「おっと。いきなり分かれ道か」


 集落を出て歩き始めてから数分で、道が二股になっているところに辿り着いた。

 それぞれ北東と南にまっすぐ伸びている。


「ところでクロウ、行先は?」


 優樹が問うた。

 そうだなあ――天空島、山里と来たのだから、やっぱり海、かなあ?


「虎姫、どっちに行ったら海かわかるか?」

「う……み?」

「あー、わからないか」


 優樹に棒を出してくれと指示。


「良いけれど――何に使うの? えっと、フェアリーテイル、ロッド」

「こうやって――使うんだよ」


 道のど真ん中に慎重に突き立てて、手を離した。すると棒はいとも簡単に倒れ――北東の方を指す。


「よし、じゃあ、北東に進みます」


 俺はその、棒倒しの結果を以て、皆――優樹に虎姫、ドラキュラにそう宣言したのだった。

 えー、次回投稿予定は三月四日……だ、け、れど。学年末テストが明日まであるので、未定です。三月も四日に一話更新でストックを作れたら……

 次章はどうしよう、何編になるのかな。海編(仮)の前に、閑話的なゆるーいライートな章入れようかな……←フラグ


――次回――

「この道を進むと、近くに湖がある」

―――(予告は変わる可能性アリ)―


では。

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