最終話:卑怯者は
あれ、おかしいな。
最初の予定では主人公こんなのじゃなかったのに……。
今回、リメイク元「死体が無いなら作ればいいじゃない♪」の、敷里 来というキャラが登場しますが――、外見、喋り方、アバター以外は別人ですな。
「もう知るかこのやろぉぉぉぉぉおお!」
叫んで、ドアに体当たりを敢行する。姉の部屋のドアだ。
せめて病院に移さなければ、部屋で寝かせているままだと衰弱して死んでしまう。
そろそろ脇腹の打撲と右肩の裂傷、そして右拳の出血がヤバくなってきた頃、ドアの蝶番が外れ、内開きのドアが姉の部屋内部に倒れた。
己の目で見るまで信じないつもりだったが、案の定、姉のやや中華系じみた吊り目を、ゴツイヘッドギアのような、ファッション性の欠片もないようなものが覆い隠している。
くそ、畜生が!
なにが、なにがゲームだ……! こんなもの、ゲームなんかじゃねーよ!
被害者の、残されたものの気持ちを考えろ!
開発部の自己満足でしかないだろ!? ただの自慰行為だ! ふざけるな!
――本当にそうか?
そうだ!
姉と妹がいなくなったら――そんなこと、考えられない。
精神が持つ自信がない。
幸い今はまだ二人共生きているが、もしも片方でも死んだら、両方なんて失ってしまった時には――
自分を自分で抑えられない。多分、後を追うことになるだろう。それも、最高に苦しめる方法で、だ。
「ははっ、まるで異常者だなぁ!」
地団駄踏んで、目尻からは涙が溢れる。頬は狂気の笑みに歪む。
――そうだ、いっつもそうじゃないか。
昔からそうだ。ちょっと親しくなったと思ったら、置いていかれる。この人は友達だ、そう思ったら、俺はいつも取り残された。
どれだけ長いこと隣にいてくれても、姉や妹だって変わらなかったのだ。
――俺は、いつも置いていかれるんだ。
☆☆☆
小学校の時もそうだった。
遠足の班決めになると、いつもみんな率先して俺のところに来て、仲間に誘ってくれた。でもそれは、いつもはぶれて可哀想、という哀れみからだった。
その目に浮かぶのは、白髪赤目の異形に対する奇異の視線だった。
中学校の時だってそうだった。
文化祭のクラス劇で主役に抜擢されたが、それは小道具や大道具なんかを下手に任せたら一人であぶれるだろう、という思いと、白髪赤目だから舞台映えするという理由からだ。ただ、表向きの理由は後者でも、本音は前者だ。つまり、それは可哀想だ、と。
クラスメイトの目には、憐憫の二文字が浮かんでいた。
今は高校に通っている。
ああ、今ならカミングアウトできるが、高校で女子が俺を見る視線は好意のものなどではない。
一見すると俺のことに好意を持ち、アプローチをかけているようにも見える。
男子は、きっと本気で嫉妬の視線を向けているのだろう。女子の視線を独り占めする程度には美貌であることは理解しているが、実際はそんなものではない。
女子の視線――
それは紛れもない、観察のためのものだった。
本来黒髪黒目の日本人に混じる、白髪赤目の異形の人間。
結局のところ、どれだけ取り繕おうと俺には「異形」のレッテルがつきまとうのだ。
☆☆☆
――本当に、置いていかれるとでも思っているのか?
何が言いたい?
――お前は、失うことが怖いのか?
当たり前だ!
――本当に?
もちろんだ!
――うそだ。本当は――自分にまともに接してくれる人間が、自分のことを覚えてくれる人間が減るのが怖いだけなのだろう。自分のことを覚えていてくれるのなら、別に姉や妹でなくても――、誰でもいいんだろう? 違うか?
「違う! 違う違う違う違う違う!」
内心での葛藤に耐え切れなくなり、声を上げる。このままふさぎこんでいたら俺は狂う。狂ってしまう――
☆☆☆
とりあえず救急車を手配し、俺も軽い治療を受け、注射で精神安定剤を打ってもらう。
姉と妹は同じ病室で、俺は二人に軽い別れを告げたあとに錠剤型の精神安定剤を処方してもらい、病院をあとにした。精神安定剤は、いくら副作用と依存性がカットされているとはいえ、一日に一錠以上飲むな、と厳命された。
それぞれバラバラの外国で働いている両親に電話をかけたものの、繋がらない。
ちなみに、母はイギリスで働いており、父に至っては海外を飛び回りすぎてどこにいるのかすらわからない。一体何をやっているんだか。
「あー、くそ、一人暮らしじゃねーか」
☆☆☆
下駄箱に手紙が入っていた。
なんの変哲もない――ラブレターあるいは果たし状の類だろう。というかいまどき下駄箱にって。ちなみに、今だと「果たし状」率の方が高い。毎週一通か二通の割合だ。
翌日、水曜日。
とりあえずと、惰性で学校には登校してきた。
そして手紙を発見したわけだが、無駄に広いエントランスホールの昇降口から見て右から二番目の棚、左から一番目、上から二番目が俺の下駄箱であり、まさか間違っているわけでもないだろう。
だからこの手紙の宛先は間違いなく俺であり、差出人は――、と。
桜色の封筒を裏返す。
「二年三組……、敷里 来……?」
聞いたことのない名前だ。
というか上級生であるから当たり前か。一つ上で三組ってことは、成也と同じクラスだ。
やはりVRMMOのデスゲーム事件のせいか、いつもなら登校ラッシュのピークであるこの時間帯に、周囲に人影はなかった。
早速封を切る。丁寧に糊を剥がしての開封だ。
手紙には、
====
明野黒羽様へ
本日放課後すぐに、特殊教室棟屋上でお待ちしております。
====
果たし状じゃないタイプの下駄箱レターは久しぶりだった。
……ただまあ、ラブレターを装った果たし状なんてのも何十通か受け取ったことがあるから、と微妙に警戒心を抱きながら、自分の教室に向かう。
☆☆☆
クラスの半数以上が欠席なせいで、いまいちやる気の感じられない先生たちの授業を受け、先ほど、最後の授業が終了した。
手紙の呼び出し先は特殊教室棟屋上だ。精神安定剤の錠剤をバリバリと噛み砕いてから向かう。
うちの学校は、上を東にして鳥瞰すると、ちょうどワイングラスを置いたような形をしていて、東側、ワイングラスの口が正門、左が三年棟、持ち手と繋がる校舎が一年棟、右側の校舎が二年棟となっており、持ち手の部分が特殊教室棟だ。
特殊教室棟には、一階に音楽室や美術室、図書室があり、三階と四階には各種文化部の部室がある。二階には購買、生徒食堂があり、一年棟の二階と渡り廊下でつながっている。
屋上には簡単なビオトープがあって、ど真ん中を蛇行する川が流れている。屋上入口周辺は二〇メートル四方くらいの広場になっていて、長ベンチが四つ設置してある。
その広場から奥に行くには、「生物生息空間研究部」の許可が必要で、細長い屋上の五分の四以上が立ち入り禁止エリアになっている。
学校の七不思議の一つに、屋上の立ち入り禁止エリアにはエイリアンやUMAを飼育している、なんてのがあるせいで、ここを訪れる人間はそういない。
せいぜいが密談したい生徒だけであり、常に密談し続ければならない生徒はどうやらいないようで、今、屋上には俺と、俺を呼び出した敷里しかいなかった。
「…………」
「…………」
まさか俺が、初対面の人間に話しかけるなんて気さくなことができるはずもなく、さりとて向こうから話しかけてくるわけでもないので、互いに沈黙したまま見つめ合っている。
敷里先輩は、身長が百七十センチメートルちょいある俺から見ても、かなり大きい。流石に俺より大きいことはないが、百六十~百六十五センチ、ってとこだろうか。
自然に明るい茶髪を右耳の後ろで一つにくくり、肩から前に垂らしている。髪色は地毛だろうか、あまり不自然な感じはしない。
先輩にこんな人がいただろうか。
やや細く尖る眉毛は力なく垂れ下がり、黒目の部分は明るい鳶色の、大きな瞳。なにより、バツグンのプロポーションだった。女性にしては長身な体躯に、弱々しく控えめながらもしっかりと自己主張する胸はモデルを思わせる。
ときおり、何か言いたそうにその桜色の唇がモニュモニュと動くのだが、やはり言葉を発することはなかった。
そうだ、とびきりの美人がそこにいた。
このような美人が同じ学校にいたら、誰かが話していたり、噂にしているのを耳にする機会があるはずだ――、と、そこまで考えて、気づく。
よく考えてみたら、そもそも俺に噂話を披露してくれるような友達は、いや、それどころか普通の友達すらいないのだった。
「…………」
「…………」
相変わらずだんまりを決め込む敷里に対し、しかしこちらは動けない。まるで蛇に睨まれたカエルの気分だ。帰りたい。帰りたいが、今ここで背を向けて帰って、彼女とのあいだに角を立たせないようにするだけの対人スキルは生憎と持ち合わせていなかった。
「…………」
「…………」
いい加減声かければ? と俺の内心で誰かが囁く。
いや、無理だから。ここで声かけられないから俺なんだし――なんて情けないことを考えていると、反対に彼女が言葉を発した。
「あの……」
初めて聞いた声は、やや落ち着いたハイトーンボイスだった。矛盾しているが、発する雰囲気が「落ち着いた」というフィルターになっていた。かなり高い声だが、脳に突き刺さるわけでもなく、成也の好きそうなロリボイスってわけでもない。
クリスタルの鈴でも転がしたような……、「イメージとしては」そんな感じだ。
「えっと……明野黒羽くん……ですよね?」
耳朶をくすぐる心地よい声に、半ば心酔するような気持ちで頷く。
「えっと……はい、そうです」
「あの……お話が、あります」
☆☆☆
彼女は、そう言ってはにかむような笑顔を見せた。
黙って立っているうちは美しい、そう思ったのだが、笑えば、少し残る幼さが強調され、可愛らしさが浮き彫りになった。
「なんでしょうか」
向こうはこちらに用が有り、俺に話しかけてきている――
そんな事実があるだけで、俺の口はいくらでも饒舌になってくれる。ような気がする。全く面倒臭い、といつもどおり辟易する。
「あの、お話が、あ、あるんです!」
「ぃ、いや、あの……聞きましたが。そのっ……お話の内容を」
よっぽど緊張しているのか、どもりながら言う。
「その、前に校内で見た時から、あなたに目をつけていました」
日本語がおかしくなっているのは、緊張ゆえか。はたまた――
「あなたのことが好きです」
俺がどう返事を返そうか思案し、口を開いた瞬間。
被せるように、敷里は言った。
「――だから、その、お願いがあります」
一瞬足元に落とした視線を、再度上げ、こちらを見据える。
視線にこもる強い“ナニカ”に押され、わずかにたじろいだ。
「ト、「Treasure Online」に、あたしと一緒にログインしてくれませんか――?」
背を向けて屋上から退出しようとしたところ、右手の袖を掴まれ、思わず足が止まる。ただいま夏服と冬服の衣替え期間であるが、夏服出すのがめんどくさいからと無精したことが災いした。学ランの袖、ややもすれば手をつないでいるように見える体勢だ。
敷里の手を、注意して柔らかく振りほどき振り向く動きとする。
「その、私、……ゲームの中に忘れ物をしたんです」
だからどうした、と視線に剣呑な“圧”がこもってしまい、敷里も首をすくめたが、気にせず話の続きを促す。
俺の中で、「トレジャー・オンライン」はトラウマにまで登り詰めていた。タブーと言い換えてもいい。理不尽な怒りが行き場をなくして渦巻いた。
「とっても、とっても大事なものなんです……!」
何をそんなに必死になっているのだろうか?
俺にはよくわからない。そう、まるでTVを眺めているみたいに音が濁り、物の輪郭線はぼやけ色だけが鮮明になった。
「だったら、自分で行けばいいじゃないですか」
ゾッとするくらい、冷たい声だった。
それが自分の口から発せられたものだと気づくまでに、わずかに時間がかかった。
見やれば、敷里は目に涙を浮かべている。
「あ、す、すいません! 言い方が悪かったですよね!? ……ちょっと待ってください」
精神安定剤の錠剤を噛まずに飲み込む。本日二錠目だ。
ふと敷里の疑問の視線が、手に持つ錠剤の入った箱に突き刺さったのを感じたので、口の端に自嘲を浮かべながら言う。
「精神安定剤ですよ。――姉と妹が、「トレジャー・オンライン」にログインしてるんです」
とても一錠では足りそうにない。
精神安定剤を乱暴に手のひらに乗せ、口に放り込もうとする。
「や、やめてください! 薬物乱用ですよ!? 体に良くありませんっ!」
手にした固形物はすべて、屋上の硬い床材の上に音を立てて散らばった。こつっ、と軽い音が三つ鳴る。
「その。変なことをお願いしてごめんなさい。――私、一人でログインします」
そういって敷里は屋上を後にし――かけて、再度こちらに顔を向けた。屋上のドアのところから顔だけ出した状態で、相変わらずハの字に歪ませた眉毛はそのままに、言い残して姿を消した。
「あなたに好きだと伝えたので、もう、未練はありません。本当に、あなたのことが好きでした――」
いまや居心地の悪いものにしか思えない屋上に取り残された俺は、追いつかないように五分待ってから、屋上の階段を下りた。
☆☆☆
敷里のことは気になったが、告白されて、付き合うような関係に発展するほどには心が動かされなかった。
今は、そんなことを考える余裕もないし、今日あったばかりの人間が自殺するといっても――多少心は傷んだのだが――、俺には関係のないことだ。
ただ、心にわだかまる靄は、いくら精神安定剤を噛み砕いても消えてくれなかった。
副作用はギリギリまで抑えられ、依存性もなくなった精神安定剤といえど、二週間分の一四粒を一日二日で全部消費したのはさすがに体に悪いだろうか。
部屋の電気もつけず、ベッドに背中を預けていると、このまま死んでやろうかなどという暗い考えが脳をよぎり、精神安定剤の箱に手を伸ばすが中身はカラッポだった。今の俺はこの箱と同じだ。中身に何もない――
『うるさい! 妹のために自分の身を危険にさらせないくせに、黙っててよ!』
『あなたに好きだと伝えたので、もう、未練はありません。本当に、あなたのことが好きでした――』
あまりにダウナーな気分でいたからか、はたまた精神安定剤の乱用による副作用か、幻聴が聞こえてきやがった。
ああ、ビルの屋上から飛び降りて自殺するのがいいかもしれない。
ただ――
「俺は、卑怯者だからなあ……」
唇のあいだから音が漏れ、それは不思議と言葉となっていた。
ようやく精神安定剤が効いてきたのか、思考は至って冷静で、冷え切っている。
俺は、卑怯者だから――
どうせ死ぬのなら、楽な方を選ぶ。
☆☆☆
『――よかった、お前は「Treasure Online」にログインしてないんだな!?』
父から電話がかかってきた。
姉と妹が「トレジャー・オンライン」にログインしたことを告げた。
『いいか、お前だけはログインするんじゃないぞ!?』
コンセント――問題なし。
『おい、聞いてるのか!?』
「聞いてるよ」
『いいか? お前には大事な話がある。今、そちらに向かっているところだ。絶対に――』
「ごめん、父さん。それと、いままでありがとう」
『お前、何を言って――』
「母さんにも、ありがとう、と伝えて。――それじゃあ」
携帯電話からはいまだ父の声が漏れていたが――
「ログイン、『Treasure Online』――」
はいはい、次からゲームでございます。
まさに「死ぬ気」のゲームですな。
ではしばしお待ちくださいませ。
追記:今見たらちょうど文字数が39600文字でした。おおうキリ番。←だからどうしたというツッコミはナシの方向で。