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第十二話:新旧

「この体は私のものなのだぁぁぁ! 空の王の座も"私"も、誰にも渡さないのだぁぁぁああ!」


 旧・空の王ユージュこと優樹は、俺の背中から生える血の檻の中でもがいた。その度に彼女の鍵爪が俺の体内で暴れ、五臓六腑が引き回される。肺が破壊されたのか呼吸が苦しいし、心臓がダメになったのか視界が掠れて四肢の末端が冷え、痺れて震えだす。破けた腹腔からはとめどなく内容物が零れ落ちていて、視界の隅のHPバーは目に見えて削れていく。ポーションを何本飲んでも回復が間に合わない。

 

「御主人! 御主人ッ!」


 虎姫が俺にポーションを渡してくれるが、指の震えが酷くなりすぎてうまく受け取れない。


 まあ普通なら死んでいるだろう。

 それがこうして生きながらえているのは、血脈魔法のおかげだった。血液自体を操り流動させて、破けた心臓の代わりとし、血管が無くなった部分は、血液を宙に浮かせることで無理矢理につなげている。酸素と二酸化炭素の交換は、むしろこっちの方が効率が良いんじゃないかという気さえしてくるがこれは気のせいです。

 血の檻の中で暴れる優樹を押さえつけるべく、檻に使う血の量を増やしていく。幸い血は出放題で、材料には事欠かない。とめどなく溢れ出してくる。まあどれだけ血が流れても、HPバーがゼロになることにさえ気を付けていれば死にはしないだろう。

 もはや肉や骨よりも、血脈魔法で操る血液のみで上半身を操るような状態になっても尚、優樹の鍵爪は俺の体を内部から滅茶苦茶に引っ掻き回す。俺の上半身と下半身はもはや繋がっていなかった。不思議体験である。繋がっていないのに下半身の感覚が残っているのだ。まあ血液で繋がっているといわれたらその通りなのだが……

 せっかく上半身と下半身がバラバラになったので、優樹の鍵爪が体内から抜ける位置に上半身を移動させる。下半身はつながる血液に引き寄せられて、自動的について来た。ずる……と、嫌な音を引きながら優樹の鍵爪が滑って抜ける。すかさずポーションを飲むとHPバーの八割まで回復した辺りで効果が切れた。丁度良い塩梅だ。HPバーに余裕を残しながらも出血状態であるから血脈魔法を維持できる。出血状態を治療するにはHPの完全回復か専用の回復魔法が――


「しまった!」

「フェアリーテイル! ヒール!」


 HPバーが全回復するのと同時、血の檻が解除された。


 優樹――旧・空の王ユージュが、再び野に放たれたのだ。


          ☆☆☆


「つまりこういうことさ」


 と、優樹は表情一つ変えず、そう言った。

 向こうは俺に攻撃すれば血脈魔法での反撃を食らうことを警戒し、俺は血脈魔法やグングニルに頼らないとほとんど戦えないが故の膠着状態の最中である。


「僕はクロウを逃さないために、両手の鍵爪を体内に食い込ませる形で固定させた。けれどそのせいでクロウは出血状態になり、僕の知らない血脈魔法で僕を拘束した」


 グングニルを構え油断なく彼女を睨みつけながら、虎姫に指示。今目の前にいる優樹が、一番初めに集落を襲い、空に咲く黒色の翼を喰らって消えた旧・空の王の様に幻想である可能性を否定できないので、俺の死角のカバーを命じたのだ。


「血脈魔法は出血状態時のみ使用でき、出血状態はHPバーの全回復、あるいは専用の呪文でのみ回復する事が出来る。しかし僕の鍵爪がクロウの体内に癒着している状態ではクロウの出血状態は回復できない――」


 じり、と、旧・空の王が一歩を踏み出した。


「ゆえに僕は、クロウが自力で僕の拘束から逃れることを選ばせたのさ。僕がクロウの拘束から逃れられるように。ややこしいね」


 優樹が二歩目を踏むのと虎姫が御主人ッ! と叫ぶのはほぼ同じタイミングで、それに一瞬遅れて俺のグングニルを振り下ろす動きが追随した。

 直線――俺に向かってひたすら真っ直ぐに飛び出した優樹を真上から叩くような位置にグングニルを叩き込む。初動から目に見えないようなスピードの優樹の突進にグングニルの振り下ろしが間に合わない。


「――か」


 優樹の突進に下半身が千切れて飛び、上半身が地面に叩き付けられた。今まで見たことも無い速度でHPバーが縮み、残り数ドットのところで意識が完全に飛ぶ。

 場面は暗転して俺の視界は闇に閉ざされた。


          ☆☆☆


 誰かが泣いている。

 どうして、うちの子が。


 誰かが謝っている。

 一生をかけて償います。


 誰かが諭している。

 償ったら……償えば、元に戻ると、意識が戻ると思っているのですか。


 誰かが必死に謝っている。

 本当に……本当に申し訳ありません……! 私がしてしまったことは私の残りの一生を費やしても……


 誰かが厳しく宥めている。

 君の一生なんて費やされても、私の息子はもう目を覚まさないんだ。現代医療でも助からないよ。


 誰かが泣いている。

 万能を謳う現代医学でもさすがに治療不可能と言われたわ……従来の脳死ならともかく、脳自体が潰れてしまって……ああ、可愛そうに……


 誰かが泣くように謝り倒している。

 本当に……本当に……


 誰かが怒りを隠して諭している。

 完全に制御された現在の車が交通事故なんて、故意にじゃないと起こせないんだ……それだってのに、どうしてお前はわざわざ、手作りの車になんて乗って……


 誰かが平に謝っている。

 どうしても……車の改造がやってみたくて……


 誰かが泣いている。

 そんなことって……そんなことで……うちの息子が……


 誰かが話している。

 大変申し上げづらいのですが……お子様の目が覚めることは今後一生、無いでしょう。こうして心臓が動いているだけ奇跡で……。生きるのに最低限必要な機能以外は全部死んでしまっています。


 誰かが泣いていた。


          ☆☆☆


「――んッ! 御主人ッ!」


 虎姫が俺を呼ぶ声で目が覚める。

 やけに高い視界には、クレーターだらけになった虎の集落の跡地と思われる更地と、死屍累々、積み上げられるモンスターの死体の山、同様に虎人の死体の山。

 俺の右腕が抱えているのはぼろ雑巾のようなナニカで、左腕は泣きじゃくる虎姫に齧り付くようにして抱き込まれていた。


「御主人……それ以上は、死んじゃう。御主人のお嫁、一人。わたしは客人――ユ、ウジュ、が、嫌いじゃない! 御主人!」


 俺が抱えるボロ布のような物体が微かに動き、声を発した。


「…………か、はっ、ぜ、ぜ、は……ふ、ふふ、僕もどうやら、君という男を読み違えていたようだね……私はこんなところで死ぬわけにはいかない、空の王は私なのだ、と主張するけれど……僕としてはこんなところで死ぬのは御免だ。死にたく――死にたく、ない」


 はは、と、弱々しい笑い声が空気を揺らし、困ったような笑顔を浮かべた優樹の目に光は反射していなかった。目が――潰れている?


「もう、ポーションを取り出すのも面倒なくらいに体がダルいよ。僕の旧アバターだったらとっくの昔に死んでいたころだろう。そうだなあ、君がそうなって(・・・・・)しまった、七日(・・)前くらいにはもう死んでいたんじゃないかなあ……」

「今回復させるから諦めるな! なんでも良いから喋っていてくれ!」


 虎姫が離してくれた左手でポーションを掴みだすと、瓶の蓋を開けるのももどかしく、口ごと(・・・)噛み切った(・・・・・)。硬い瓶の口は吐き捨てる。


「そうだなあ、口移しが良いかなあ、はは。もう何もかもがダルい」

「わかった、口移しだな!? わかった!」


 ポーションの中身を一気に口に含み、彼女に口づけで飲ませていく。一秒、二秒……そうしていくうちに微量ながらも彼女のHPバーは伸びていき、やがて半分くらいにまで戻った時、やっと彼女は自分で体勢を維持できるまでに回復した。


「やあ、HPバーが回復しても、怪我が酷過ぎて後遺症は残っているみたいだねえ。まだ左目は見えないし左耳も聞こえない、左手も動かないし両胸に至ってはまったいらじゃないか」

「胸がまったいらなのは元からだろうが」

「ハハッ、その通りだ」


 あー、疲れた。もうなんかどうでも良いや! そう言って優樹は、地面に大の字に寝転んだ。


「ねえクロウ、その恰好」

「あ? どの――」


 優樹に言われて、初めて自分の体を見下ろして。

 俺は絶句した。

 下半身が見たこともないような異形と化していたからだ。龍に似ているかと言われれば似ているし、イノシシにも狼にも似ているし、とにかくぐちゃぐちゃと混ざり合った姿がそこにあった。俺はそれを見て絶句したが、それと同時にこれが何であるかも理解した。血の眷属・焉、血神。

 血の眷属はそれぞれの体の部位に対応していて、例えば左腕の怪我だと一の狼、腰の傷だと二の虎、といったふうな眷属が召喚される仕組みとなっている。だが、体の半分が吹き飛ぶような重傷を負った時は別だ。眷属の番号の番外、終焉の「焉」である神が召喚される。狼は破壊、虎は捕獲。そして神の役割は虐殺である。召喚者が重傷を負い、かつ意識を失うような状況下において詠唱無しで自動で呼び出され、圧倒的な力を持って敵を殲滅する。

 血でできた神の脚の長さは二メートル程度か。基本的に二足の形をしているが、モチーフはやはりなんなのかわからない、異形。龍の脚に見えるかと思えば獅子の脚にも見えるのだ。

 ちなみに一撃貰えば死ぬような状態であり続けるため、その極限と引き換えに、MPの消費量はゼロである。HPを数値で確認すると残り「1」となっているのだから恐ろしい。なおこの状態のときは攻撃を受けたら全自動で対応し、敵を殺すまで体の操縦権が召喚者に帰ってこない。

 虎姫が必死で止めてくれなければ、(おれ)は本当に優樹を殺しただろう。未遂とはいえ恐ろしい。

 

 ポーションを一気に五本ほど飲み干してから、神の召喚を解く。ここにはもう敵はいないだろう。まだ不完全な脚では立ち上がれず、優樹の横に寝転がった。虎姫も優樹と反対側に座り込む。


「疲れた」

「僕も疲れたよ。フェアリーテイル。ヒール。ヒール。ヒール。これで全員全回復だね」


 そういえば、と不思議に思い、聞く。


「ユージュ、お前……えっと、優樹の方な、空の王じゃなくて。旧・空の王の意識はどうなったんだ?」

「まだあるよー。というか今の状況、これ、私――旧・空の王の意識の方が強いのだ――って」


 空に向かって右の拳を突き出しながら優樹が笑みをこぼした。その後力無くその拳は降ろされ、俺の胸をこつんと叩く。


「もう空の王の座はいらないのだし。強すぎ。勝てない。私にも無理なのだし、もちろん僕はもとからそんなものには興味はないよ」


 そうか、と、頷いて体を起こす。完全に傷が癒えていることをざっと確認してから、胡坐をかいた。


「うん。それじゃあ、クロウ」

「ああ、そうだな」


 優樹が体を起こし、立ち上がる。


「いい加減さ。もう、終わりにしようよ。ねぇ。ねえ、クロウ!」

「ああ、その通りだな――ユージュ!」


 俺と優樹は対峙した。


「御主……え、え?」


 虎姫が狼狽えている。


「ケジメだよ、ケジメ。いくら僕がクロウの唾液を飲めたとしても、一度吐いた自分の唾は呑み込めないのさ」

「格好つけたのにそういう発言やめてもらえません?」

「まあ、僕達らしくて良いじゃあないか。決着、つけよう」


          ☆☆☆


「フェアリーテイル! ドレス!」


 優樹がそう叫ぶと、ボロボロに破けていた彼女の衣装が修復され、一番初めに集落を襲った旧・空の王と同じ衣装になる。胸の先端と下腹部を申し訳程度に隠すだけの、異常に露出の高い衣装だ。羽があしらわれていて、どことなく空の王の気品をうかがわせる。


「正装でなくて悪いな! そんな便利な魔法は持ち合わせていないんだ」

「なんだ、言ってくれれば出してあげるのに。フェアリーテイル! タキシード! マント!」


 優樹が宣言して、俺の服装――といってもまあ、腰回りを辛うじて隠していただけの布――が焼け落ち、真っ黒い上質なタキシードに変わる。それから、裏が真っ赤な黒いマントも出現した。

 髪を後ろに撫でつけて、オールバックの形に固める。髪型の変更はシステムウインドウをタッチするだけで容易に行えるのだ。


「えーっと、お嬢さん、今日はどちらまで?」

「そうだなあ、ちょっと空の王の首を取りに」

「そんなことより一曲どうですか?」

「お相手お願いいたします」


 突然。瞬間。刹那。

 優樹の拳が眼前に出現する。それを危うくスウェーでかわし、続く右足の蹴りを、左足を開いて膝で受け止める。

 勢いを殺され完全に動きの止まった旧・空の王の腹に、右の掌底を放った。その時左腕を掴んで引き寄せておくのも忘れない。彼女と距離が開かないようにするためだ。距離が開けば彼女の急制動について行くことが難しくなる。


「私が勝ったら空の王の座は返してもらうのだ」

「それじゃあ俺が勝ったら、旧・空の王、お前は――」


 優樹、でもなくユージュ、でもなく、旧・空の王と呼びかける。


「――俺の、下僕(ゾンビ)だ」


 

――次回――

「君は意識が飛んでいたんだろうからもちろん覚えていないだろうけれど、僕とクロウとの戦いは七日にも渡ったんだよ? もう正直な話――寝たい。そうだなあ、柔らかい布団が良い」

―――(予告は変わる可能性アリ)―


では。

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