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第十一話:混在

 それは羽を衣服のように身にまとった少女の姿をしていた。胸と下腹のみを隠すような、いやに扇情的な衣装である。


「そもそも鳥人(ハーピィ)は、温厚で他の種族とも友好的な種族なのだしっ!」


 彼女が身動きするたびにその衣装はずれて、危ないところのギリギリまでが露出する。その度に、隣で優樹が感嘆の声を上げた。

 手足がある。

 鳥人のボスであろう旧・空の王には、両手足があった。鳥人とは全然違う形をしている。


「余裕綽々、つまりはお前たちよりも圧倒的に強い私は自分の能力を見せびらかす様に自慢するのだ。幻想種(フェアリー・テイル)――つまり、実態を持つ幻を生み出す能力なのだっ!」


          ☆☆☆


 地の王の崩壊が止まらなかった。

 結局元の十メートルにまで縮み、地の王は元の姿に戻った。右肩から腹部までが大きく欠損しており、見るからに痛々しい。


「フェアリーテイル! 鷲獅子(グリフォン)っ! 鳥人(ハーピィ)っ! それからウィル・オー・ウィスプにワイバーン! そらそらそら――! 空を飛ぶものならなんだって出せるのだっ!」


 旧・空の王が生み出す魔物でどんどん空が埋まっていく。飛行手段を持たない虎人たちは、黙ってそれを見上げるのみだ。

 MPポーションの残り本数を確認すると、虎の集落で補給した分を合わせて百本分ある。普通のポーションも同じくらいあるな。虎の集落では、というか虎人たちはMPポーションを使う必要が無いらしいので、集落にあったMPポーションをすべて譲り受けた次第である。だから優樹も俺と同量程度ポーション類を持っていることになる。


「御主人! なんとかならない!?」


 珍しい、虎姫の焦りの声。語尾が強まるような話し方なんて、むしろ初めて聞いた。

 なんとか――ならないこともない。

 吸血鬼の空の王だからこそ使えるスキル、空に咲く黒色の翼だ。ただし、詠唱が長すぎる上に術後硬直時間も桁違いに長く、その上MP全消費と、ハイリスクすぎる仕様なのだ。それに説明を読んでも、いまいち効果を理解しづらいという特典付きである。

 だからどうしても、この手段しかないとは思えども二の足を踏んでしまうのだった。


「御主人はわたしが守る。から!」


 了解、任せろ。

 詠唱を開始する。


          ☆☆☆


 空に真っ黒の花が咲いた。それに一瞬遅れて、真っ赤な花も咲く。黒い羽根が空中に幾本も幾本も生成され、魔物の血が噴出して咲き乱れ咲き誇る、壮絶に美しい花だ。

 空に咲く黒色の翼が発動した時、俺の視界に表示される攻撃の連続ヒット回数――つまりコンボ数がおかしなことになる。一秒間で八桁を叩きだしたのだ。約八千万回の攻撃がヒットしている。ちょっと待て。

 このゲームでのコンボは、攻撃を受けたところにもう一度、一定時間以内に同じ場所に攻撃を受けた時に数えられる。例えば腕を斬り付けた時に一、もう一度同じ場所を斬り付けて二、だ。

 つまり、コンボ数が八千万回ということは、実質もっと多くの回数ヒットしていることになる。

 その上コンボが重なればその分与えるダメージも大きくなっていくので――八千万回のコンボが重なれば、そのダメージも恐るべき倍率で上昇したはずだ。おそらくダメージ千倍とか、それくらい。

 さらに驚くべきことは、そのコンボ数が、複数の敵ではなく一体の敵に対して行われたということである。空を覆う魔物の群れの中、すべてのモンスター達に等しく八千万回の攻撃が加えられており――なんと今も尚、攻撃が継続している。


 ――吸血鬼の身で空の全権支配権を得たことにより使えるようになった。その一撃は空に己以外の存在を許さず、地表の下等種が空を見上げることを許さない。


 という説明文の中、注目すべきは「空に己以外の存在を許さず」の部分だ。

 壮絶の一言に尽きる。空に己――俺以外の存在を許さないということは、空を飛ぶ敵が一体でもいる限り、攻撃を加え続けるということなのだろう。その証拠に、旧・空の王の生み出した幻想の魔物たちも、そのHPバーはとっくにゼロになっているというのにコンボ数が伸び続けている。

 それは全部、旧・空の王がまだ生き残っているからに相違なかった。ちなみに現在十六桁コンボである。旧とはいえさすがに空の王、攻撃の半分は防ぎ残り半分はガードしているようだ。彼女のヒット数のみまだ七桁に差し掛かろうかというところである。


「あぁぁぁぁぁぁぁああ――ッ! き、効かないのだしッ!」


 そう叫ぶや否や、彼女は動いた。すなわち体を変形させたのだ。


「フェアリーテイル! グリフォン・ライダー!」


 下半身が鷲獅子のそれに「変形」し、腕が羽に変わる。変形が終わった時、そこにいたのは異形の魔物だった。鷲獅子とヒトガタを無理矢理ぐちゃぐちゃに捏ねて体裁を整えたような、そんな形成である。


「フェアリーテイル! グリフォングリフォングリフォングリフォングリフォン……」


 旧・空の王がグリフォンを連続で召喚し続ける間にも、黒の羽根は彼女に突き立ち続けた。HPバーはじわじわとながらどんどん減っていって、そしてコンボ数が四〇桁を超えたあたりで、彼女のHPバーがゼロになった。同時に黒の羽根の生成も止まり、俺のMPの消費も止まる。MPポーションの消費はここまでで優樹の分も合わせて約百九〇本だ。これ以上粘られたらどうしようと思っていたので、倒した時には心底ホッとした。

 息を吐く。もうMPポーション入らない……。たらふく飲んだ。途中から味に飽きたので、昨日の香草を入れたりして無理矢理流し込んだという経緯もあったりする。なんか微量に効果が上がったときは驚いたり。

 虎姫から先に降り、優樹が降りるのに手を貸す。ありがとう、どういたしまして。


「御主人」


 戦後の高揚が冷めぬ中、集落内はいやに静かであった。


「御主人! ありがとうっ!」


 虎姫のその声が起点となって、集落全体を割れんばかりの歓声――が……


「フェアリーテイル、おとぎ話。勇者は悪い魔女を倒し、お姫様を助け出した後、末永く幸せに暮らしましたとさ――。めでたし、めでたし。な・の・だ」


 腹から鷲の鍵爪が生えていた。

 背後から聞こえたのは旧・空の王の声。

 そしてその声を発した者は、優樹と同じ顔をしたナニカだった。


「ねえクロウ。答え合わせをしよう。全部の、種明かしをさ」


          ☆☆☆


「ねえクロウ」


 優樹は言う。


「き、聞かないぞ」


 俺はそう返していた。今目の前にいるのは優樹ではない――そうだ、フェアリーテイル。旧・空の王の生み出した幻想だ。

 その証拠にほら、優樹の腕は今、鷲獅子の鍵爪に変形しているではないか。彼女の職業(ジョブ)祈祷師(シャーマン)、そのようなスキルを持たない。


「僕はもともと、ゲームの運営の人間なのさ。一般応募の中から選ばれたゲームマスター役で、与えられた役割(ロール)は空の王・ユージュ――つまり旧・空の王を動かすプレイヤー、だった(・・・)


 静かに厳かに、優樹は語る。

 尋常ではない様子の彼女の声に、耳が、そして脳が犯される感覚を得た。気持ちが悪い。


「まあ別に、僕だけがやっていたわけではないけれどね。十二人で二時間交代制でやっていたよ」

「それがどうして今」


 この状況に、と言おうとした言葉は喉の奥に突っかかり止まる。優樹がもう一本、俺の腹から鍵爪を生やしたからだ。左半身に至ってはもはや皮一枚も繋がっていない。優樹が手を離せば背骨が自重を支えられなくなって折れる。


「えっとね、空はそもそも、僕のものなんだよ、クロウ。僕は空の王、ユージュ。断じてお前の、ドラキュラのものではない。お前のせいで、お前のせいで……私は空の王の座を……!」

「げ……は……ゴホッ」


 粘っこいものがせり上がってくるが、何も吐き出さない。内容物はすべて腹の風穴からこぼれ放題だ。出血大サービスである。ちょっと上手い事言ったかも。あまりの激痛に感覚がマヒしているようで、逆に何の痛みも感じない。無駄に余裕である。


「フェアリーテイル。ヒール」


 何もしなくとも削られていくHPバーが、一瞬で最大にまで回復する。同時に傷口も癒着する――ということはつまり、俺の腹の中に差し込まれている異物、優樹の手――鍵爪も一緒に俺の腹に内蔵される。とてつもない異物感に鳥肌が立った。


「簡単には死なせないのだ――ってね。取りあえず僕の一人語りが終わるまではこのまんまだよ。逃げられないでしょ?」


 ぐちぐちと、内臓が潰れる音を聞いて半ば以上意識が飛びかけるも、優樹の即座のヒールと気付けの魔法で強制的に覚醒させられる。俺の体内で手を握ったり開いたりさせながら、優樹は語り始めた。


「そもそも!」


 優樹を敵と見るや否や牙を剥いて威嚇し、まさしく飛び掛からんと身を屈めた虎姫の機先を制して優樹が睨みを利かせた。


「この虎の集落自体が、僕が作り出した幻想だよ! 虎姫だって地の王ゲブだって、全部全部おとぎ話(フェアリーテイル)なのさ!」


 まず、大前提としてね。

 優樹はそう言うと、俺の腸を握りつぶした。激痛なんて走らない。痛みを超越した痺れのようなものだけが鈍く響いてくる。


「ああ、いや、取り乱してしまってすまない。ちゃんと順を追って話すよもちろん。えっとね、まず僕は、最初――つまりはクロウと一緒にログインした時だね、その時点では普通のアバターだったよ」


          ☆☆☆


「まったく新しく作成された、ね。

 それから虎の集落はずれの鉱窟で一度ログアウトさせられたときまでは、僕は普通のアバターを使っていたよ。でも一度ログアウトしてカウンセリングを受けて再度ログインした時、僕のアバターはこの旧・空の王アバターに変わっていたんだよ。そのあたりはまあ、AIにしてやられたって感じかなあ。

 僕の意志ではないんだ、これ。こうして喋っているけれど、半分以上は僕の意志ではないよ。人工知能、旧・空の王に無理矢理割り込んだ形でログインしているからね。君を憎む気持ちは主に旧・空の王の者――自分が自分で気持ち悪いよ。


 まあともあれ、僕の意識でこの状況はどうこうできるものじゃないんだ、唯一自由に動く口で状況の説明をさせてくれ。たまに悪態が出るかもしれないけれど、普段僕が言わないようなことは全部、基本的に僕の意志ではない。


 これは旧・空の王の記憶なんだけれど、彼女はどうやら、洞窟の蝙蝠が魔王ドラキュラに進化した瞬間に、空の王の座から陥落したらしいんだ。

 ……おっと、これは僕の意思じゃないんだ。ちゃんとヒールもかけているだろう? ああ、いらいらする。言葉に感情がこめられない。旧・空の王のプロテクトがかかっているんだ。本気で済まないと思っているんだよ?

 閑話休題だ。

 彼女は新・空の王――つまりはドラキュラに呪いをかけたんだ。空に張り付けられるという呪いをね。彼はそんな素振りを見せなかったけれど、実際、かなり疼いていたはずだよ、空への渇望で。クロウに憑依した時も同様だろう――喉の渇きと同じかそれ以上に、空を飛びたいという意識が勝手に割り込む。

 それによって、クロウは予定通りD.F.S.――天空島から飛び降りた。旧・空の王の思惑通り、彼女の作り上げた舞台、虎の集落に飛び降りたんだ。

 もうわかるだろうけれど、旧・空の王は別に虎の集落を狙っていたわけでも地の王を殺したかったわけでもないんだよ――自分から空の王の座を奪ったドラキュラを殺したかった、それだけで。

 さあ、クロウ。ドラキュラを差し出してくれ。僕はクロウを殺したいわけじゃないんだ。というか、空の王の座さえかえってくればもう後はどうでも良いんだ。

 さあ、さあ――!」


          ☆☆☆


 優樹はそこまで言って、再度回復魔法の詠唱を唱えた。

 そして俺はその瞬間を待っていた。彼女の詠唱に重ねるようにして、血脈魔法の詠唱を積み重ねていたのだ。


「血の眷属・二、血虎」


 背中から生えた血脈の(アギト)が、優樹――旧空の王を噛んだ。


「な――ぁ、が、なん、の……なんのつもりだいクロウ! まさかこの期に及んで反抗する気かしら!? そんなのは無理なのだしっ!」

「ドラキュラは俺の下僕(ゾンビ)だ! 優樹であっても渡すかよ!」

「ほざくなひよっこ空の王のくせして! 僕――私の方が強いのだし!」


 あらんかぎりの力を持って優樹を噛み砕くつもりで顎を閉じる俺に対して、優樹はその羽で必死に抵抗する。

 二番目の眷属血虎は攻撃用ではなく捕縛用であるから、攻撃力自体はあまりない。しかしその代わりに一度閉じ込めた獲物は逃しにくい性質を持つ。


「だからお前は逃がさねえ……!」

「こうなりゃクロウごと……なんて僕がさせない! ……言うことを聞くのだ私……!」


 なんだ?

 必死に顎を閉じた状態を維持しながら疑問に思う。


「優樹とユージュの意識が混在してるのか?」

「その通りのようだね黙れ私! この体は私のものなのだし! 譲らない! 譲らないからなあぁぁぁ!」

 というわけで虎姫編改めユージュ編、佳境に差し掛かりました。プロットにないよぉ(/_;)

 最初は地の王ゲブが裏切り者の予定で、でも空の王に引き続き地の王まで手に入れたらクロウのパワーインフレが大変なことになるうのでとりやめました。

 次に裏切り者の予定だったのがルネで、この話書いている途中でもずっとそのつもりだったのに……

 どうして優樹はまたそうやって……! 

 そのせいで虎姫の設定も変わったし「あの人」の設定もちょっと変わったじゃないか……! グッジョブ優樹。


 というわけで次回。


――次回――

「いい加減さ。もう、終わりにしようよ。ねぇ。ねえ、クロウ!」

「ああ、その通りだな――ユージュ!」

―――(予告は変わる可能性アリ)―


では。

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