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第九話:香草

「クロウがドラキュラに血を吸われた瞬間から――このゲーム上に、流血・出血表現が追加されたんだ」


 優樹が言った。


「当然、僕の様に、精神状態がよろしくなくなるプレイヤーも大量に出た。その数ざっと五〇万人――デスゲームに囚われたプレイヤーの、実に半分だ」


 でも、幸いにして、僕は。

 優樹が続ける。


「まあマッチポンプだが、AIのおかげで一時的にログアウトできて、精神状態の回復が出来たわけだけれど。……自己暗示とカウンセリングで、今は流血・出血表現は何とも思わなくなっているよ」


 腕を組む。

 ……別に胸は強調されない。


「閑話休題。僕は幸いにしてログアウトできたわけだけれど、一般のゲーム機を使ってログインしたプレイヤーは、不幸なことに精神状態に異常をきたしたまま――あるいはそれを自覚しながら、あるいは無自覚に、このゲームに囚われ続けている。まあ、宿屋に閉じこもり続けるとかならまだ健全な方で、血に興奮するようになってプレイヤーキルを働き始めたような輩は最悪のケースだね」


 別に俺の視線に気づいたわけではなかろうが、優樹はすぐに、腕を組むのをやめた。


「そうして僕は再び、このゲームに帰ってきたわけなのさ」


 そう言って、優樹は説明を終えたとばかりに一息ついた。


「あ、そうだ、今僕は自己暗示とカウンセリングで自己を保っており、他のプレイヤーは異常をきたしたままだと言ったけれど、僕ならそんなプレイヤーに暗示をかけることで、完全にとは言わないけれど症状を緩和する事が出来る。事態を重く見たらしく、AIが方法を教えてくれたよ」


 これでAIの立場がはっきりしたね、と優樹は言う。


「彼は、このゲーム――それも、デスゲーム運営の立場の人間だろう。原因不明のバグで起こる異常に対して対応するくらいには、まだまともな部類なんだと思うよ」


 やれやれ、といったジェスチャーで、今度こそ、優樹は説明を終えた。


          ☆☆☆


 そんなわけで結婚式である。


「…………」

「ユージュ、ごめんなさい」

「…………いやわかってはいるんだけれどね? こればっかりはどうも、どうせゲームのイベントじゃないかって割り切れるものでもなくってね?」

「客人。ごめんなさい」

「許す」

「許すの!?」

「いいやクロウは許さない」


 ですよね。

 優樹が許す許さないは別にして、俺と虎姫の結婚式の準備は着々と進められていった。まず俺が、左袖だけボタンで留められるようになっている軍服もどきを着せられ、虎姫が前開きのドレスを着る。

 両方とも真っ白の衣装、意匠で、虎姫にはメイクが施された。俺は長めの白髪を、後ろに撫でつけられただけ。いつも前髪はおろしているので、少し変な気分だ。

 俺たちの準備はこれだけらしい。虎の集落の結婚式がどのような様式なのかは知らないが、たぶん神前式ではないだろう。軍服もどきのような燕尾服もどきのような、そんな服が用意されたわけだし。

 結婚式はあと数分で始まるらしい。


「おー、客人、見違えるじゃねえか!」


 新郎新婦控室――といっても、四方を布で囲まれただけの場所に、ルネが入ってきた。彼も正装なのだろうか、軍服に折り目正しい筋がついている。軍服であることには変わらないのだが。

 ちなみに優樹は、彼と入れ替わるようにふいっと出ていってしまった。彼女には、後で謝り倒さないといけない。


「隊長も! 俺ァやっぱり、隊長は女として生きるべきだと思ってたんだよ! すっげえ別嬪さんじゃねえか! お似合いだよお二人さん!」


 がっはっは、という気持ち良くなるような笑い。

 虎姫はただ赤面して俯くばかり。……やだ可愛いんだけど。


「で、何の用だよ」

「おうおう照れるな照れるな、ただ単に式の準備が出来たから呼びに来たってだけだぜ! 新郎新婦、同時に入場だってよ」


          ☆☆☆


 結婚式は、虎人たちの父にして地の王、ゲブのいる部屋を開放して行われる。

 なんでも、空の王が空に縛られるように、地の王は、その強大な力と引き換えに大地に縛り付けられるのだそう。つまり、虎人の最高権力者にして父だった彼は、地の王ゲブを襲名したこの場から、以来一歩も動いていないのだそうで。

 ゆえにこその、この結婚式なのだった。ゲブのいる部屋の、ゲブの背後にある壁以外、三方を取り払って広間とし、集落全体の虎人の参列を可能にしている。


「新郎新婦、入場ッ!」


 俺と虎姫の前を歩いていたルネが、人垣を割るように叫ぶ。モーゼの十戒の様に虎人の群れが割れ、地の王ゲブまでの道が開けた。

 その花道を、ルネの先導について歩いていく。虎姫は俺の左腕を抱いて、すぐ横を歩いていた。今更だがリハーサルとかナシなんだな。式の段取りとか、一切知らないのだが。


 広間を、沈黙が支配していた。

 整列する虎人たちは身じろぎ一つせず、口も開かない。さらに虎姫は無音で移動するし、ルネも同様で、地の王は座して微動だにしないわけだから、つまりは俺が歩く音しかしないのだ。どうにか足音を殺そうとするのだが、ここまで静まりかえられると、ブーツが床を叩く音がやけに響いてしまう。


 心臓が痛くなるような静謐の中、地の王の前まで歩み出る俺たち。ルネは俺たちをここまで連れてきた後、参列する虎人の中に加わってしまった。

 地の王が動く――口が開く。


「クロウ。虎姫との婚姻を認めたお前は、虎姫に多大なる幸福をもたらす存在である」


 地鳴りのような厳しい声も、今は少し優しく聞こえ。


「虎姫。クロウとの婚姻を認めたお前は、クロウに多大なる幸福をもたらさなければならないのである」


 す、と息を吸い。


「ここに、クロウ、虎姫の結婚を認めるのであるッ! 皆の者ッ! 今宵は――宴であるッ! 一族の新たな門出に祝福をッ!」


 大音声で、そう叫んだ。

 一瞬場が静まり返った後――祝福をッ! という、虎人たちの大合唱が場を揺らす。同時に、場の静謐は一気に取り払われた。机が何台も用意されて、次々と料理が運び込まれる。

 俺と虎姫は地の王の隣に用意された席に座らされた。立食パーティの様になっているのに、俺たちは取りに行ってはダメらしい。別の料理がフルコースで運ばれてくるから座って待つのである、とゲブにたしなめられる。そんなに物欲しそうにしていただろうか。


「客人――クロウ。娘を……頼んだのである……ッ!」


 地の王ゲブが、前を見据えたまま、俺だけに聞こえるような大きさでそう言った。号泣していた。生物的な意味での父ではないのだとしても、やっぱり親子なんだなあ、と、思い――少しだけ、虎姫との結婚を、良かったと感じたのであった。


          ☆☆☆


 式はその後つつがなく進行――と言っても、立食パーティがあっただけだが――し、終わりを迎えた。式の間中、優樹は立食パーティに参加して豪華な料理に舌鼓を打っていたらしい。虎姫が運ばれてきた肉料理を食う中、俺だけ滋養強壮だのなんだのでやたら苦い草のスープやら香草の姿焼きやらを相手に苦戦していたというのに。そもそも香草の姿焼きってなんだ。草を焼いただけじゃねえか。やってくれるぜ虎の集落……! と、料理が運ばれてきた瞬間に思った。それから、良かったと感じはじめた結婚式が、一気に最悪の印象に変わった。


「僕というものがありながら結婚した報いだねこれは!」


 爆笑しながら優樹が言った。こいつ、酒飲みやがったな……! よく見たら背中に一升瓶隠し持っているし。 

「いやあ、それにしても美味しかったなあ、ステーキなんか三センチくらいあったんじゃないかなあ、分厚かったなあ」

「に、日本人なら米を食え!」

「ああ、バターで炒めたご飯とかもあったなあ。美味しかったなあ、とっても」

「香草のスープ香草の照り焼き香草の姿焼き香草の煮つけ香草のステーキ香草の練り物香草の炒め物香草の煮物香草の刺身香草の……」

「ご、ごめん」


 俺が食べさせられた料理(くぎょう)の数々はまだまだ続くのだが、優樹が謝ったのでこれ以上はやめる。いやあ、香草のかき氷とかは斬新だと思ったんだけどなあ! 恨み骨髄だ。実はもう少し愚痴っていたかったり。また今度暇が出来たら、一晩かけて語ってやる。


「そんなことよりクロウ、露天風呂だってさ! 昼間入った地下温泉だけじゃなくって、露天風呂もあるらしいよ!」


 やはり優樹は酔っているようで、いつもとは打って変わったハイテンションだ。頬も上気して目は潤み、色気が三割増しとなっている。

 持っていた一升瓶に直接口をつけて、中身を一気に嚥下していった。いい加減取り上げた方が良いか……? でも、飲まないとやってられないという彼女の気持ちもわかるし……たとえば優樹が、俺の知らない間に誰かと結婚した、あるいはすることになったと言われれば、俺だって。

 しかしそんな彼女のテンションに、同じくほろ酔いの虎姫が水を差した。


「客人。露天風呂はダメ。鳥人にわたしたちの空が奪われてから、真っ暗で何も見えないし、空を塞いだ弊害で湧いていた温泉も止まってしまっている。入ればたちまちのうちに怪我が治るという逸話が残っているのに、幼少のころに数回しか入れなかったから残念」


 すると優樹は、驚いた様子でこう言った。


「裏切り者は倒したんだろう? それでめでたしめでたしじゃないのかい?」


 優樹の疑問に、虚を突かれたような気分になる。俺もめでたしめでたしだと思っていたからだ。虎人の集落内で裏から鳥人を手引きしていた裏切り者を粛清したから、集落には平和が訪れました……とばかり。

 虎姫は、やはり上気した表情で言った。表情に乏しい事には変わりないが、虎姫も酔っている方が可愛さ増しである。


「確かに裏切り者は倒した。でも、裏切り者が寝返ったのはつい最近のこと。空を閉鎖してからではない。つまり――鳥人は、裏切り者の有無に関係なくわたしたちを襲ってくる。今は嵐の前の静けさのようなもの。明日からは、また警戒態勢に入る」

「つまりまとめると、今僕たちは、鳥人のせい()露天風呂に入る事が()来ないということ()ね?」


 優樹の呂律が回らなくなりつつある。さすがに酒瓶を取り上げたが、特に抵抗も無くあっさりと渡してくれた。そのまましなだれかかってくる。


「客人。その通り。全部鳥人が悪い」

「それ()ら、鳥()んを全部やっつけちゃえ()良いん()よ!」


 鳥人を滅ぼせば良いんだ! 侵略だ!

 すっかり酔いが回ってしまったらしく、もはや悪酔いの体を為してきた優樹が、やけにはっきりとした声で、そう言ったところまでは覚えている。何気なく、優樹から取り上げた酒を飲んでしまったところから先の記憶はここでぷっつりと途切れ、ここから先はごく断片的にしか残っていない。優樹に引き続き抱き着いてくる虎姫と、飲めや歌えの虎人たちが騒ぎ歌い、笑う声。

 それから、虎人たちも皆酔い潰れてしまったところで、俺たちは虎人の誰かに助け起こしてもらい、部屋に運んでもらったのだった。


          ☆☆☆


 朝。

 目を覚ましてすぐに、窓から射す日差しに顔をしかめる。日光を遮るために手をかざそうとすると、左手を虎姫が、右手を優樹が抱きかかえて眠っており、断念。虎姫は俺の左腕を、抱き枕の様に太腿で挟み、胸に押し付ける様に両腕で抱いている。優樹は俺の腕を枕にして眠っていた。


「う……」


 呻く。頭が痛んだ。二日酔いだ。二日連続で二日酔いだ。お酒は義務教育が終わってから――一六歳から飲んでも大丈夫だという風になっているものの、これはさすがによろしくない。ゲームの中といえど、二日酔いになるほど酒を飲むというのは歓迎すべき状況ではなかった。今日からは気をつけよう。

 それにしても眩しい。まともに目も開けていられない。

 瞼を閉じても、日光は遠慮なく目を突き刺してくるし、何かで覆うにも、両手は今動かせない。

 昨夜俺以上に、下手すれば五倍六倍のペースで酒を飲む虎姫と同じペースで飲んでいた優樹はもちろんのこと、虎姫も依然目を覚ます気配は無い。まあ無いなら無いで良いかと、もう一度夢の世界へ――

 夢の世界へ――


 明るい?


 日の光が、差し込んでいる?


「鳥人が攻めてきたあああああああ!」


 叫びは、俺の目が覚めるのと同時に、外から聞こえてきた。声に反応して、虎姫はさすが飛び起きたものの、優樹はやはり起きられない。仕様が無いので抱きかかえ、着替えもそこそこに部屋を飛び出した。

 虎姫も、ドレスの裾を引きちぎり、無理矢理にスリットを入れると走って着いて来る。そういえば俺もタキシードで、どうやら昨日の結婚式の衣装のまま眠りこんでいたらしい。

 そうして俺の横に並ぶと、虎姫は言ったのだ。


「御主人。おかしい。宴の後で我らが同胞たちが眠りこけている瞬間を狙っての奇襲なんて」


 御主人、つまり。そう言って、俺の方を見る。


「裏切り者は、他にもいる」


 集落の空を覆っていた天井の、実に六割は剥がれ落ち、数個体で一小隊の鳥人(ハーピィ)たちが複数、飛び込んできた瞬間であった。

 仲間から裏切り者が出るのはとても悲しい事……そう言って、虎姫は顔を伏せてしまう。

 そんな彼女に対して俺は、かける言葉を持たなかった。

――次回――

「なんで」

―――(予告は変わる可能性アリ)―


では。

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