第八話:改竄
お待たせしました、第八話です。毎日更新をやめた途端にお気に入り登録が十件くらい減ってビビりました。これからは四日に一話更新です。
「僕は一度、ログアウトしていたんだ」
「はぁあ!?」
一通り暴れた挙句、こちとらまだまだ取り乱しているというのに、勝手に一人で落ち着いたらしい優樹がふと思い出したように呟いた。その言葉を受けて、一旦沈静化されかけた俺のテンションがまた、変な方向に飛ぶ。
☆☆☆
――――――圧縮されたファイル、項目「対人関係」の一部の解凍を完了しました。
――――――異常ありません。
☆☆☆
良いかいとりあえず最後まで聞いてくれ、と優樹は前置きすると、ウィンドウを操作し着ていた服をすべて脱ぎ去った。場所は依然、硫黄の温泉である。ちなみに虎姫は俺を背後から抱きしめていた。頭の上に顎が乗せられているせいで、実はさっきから身動きが取り辛い。あと諸事情により立てません。別のところは、とかテンプレな下ネタを考える程度には余裕は出て来たのだが。
さて、現実逃避はここまでだ。
「何、おま、なんで服脱いで!?」
「何ってほら、せっかく温泉があるのだから、入って話しても罰は当たらないよ。……ん、ちょっと温いかな? 長風呂にはちょうど良い」
「我が王。ボクは空気読んで消えとくべき? 一応背は向けているけれど紳士だから」
「必要であればあとでクロウに説明させるから、すまないがドラキュラ、今は席を外してくれ」
俺が何か言うより早く、優樹がそう言った。
ドラキュラは、了解、ボクは物分りは良いんだぜ、と言い残すと地面に溶けて見えなくなる。
「さて、それじゃあその前に、クロウ、言い訳とそれなりの説明をしてもらおうかな」
「え、さっきの爆弾発言――」
「その説明を聞きたければ、まずは話したまえ」
優樹のあまりの笑顔に、俺はただがくがくと首を縦に振ることしかできない。ちなみにその度に虎姫の顎が脳天に突き刺さり、豊満な胸が背中に押し付けられることには、まったくちっともこれっぽっちも毛の先ほども何も感じないぞー!
とりあえず一旦意識をそこから逃す。いつか読んだ本に、肌のことを指して「触る麻薬」などと謳っていたものがあったが、なるほど虎姫の肌がまるでその通りである。脳髄が痺れそうなほど甘美な感触――おっと。これがそうだというのだ。うっかり気を抜けば意識がすぐにそちらに向いてしまう。
「えっと、自警団隊長こと虎姫です」
「…………」
優樹さんは無言で、俺に続きを促しました。顎だけの指示です。やはり怒っていらっしゃるようで。
「御主人とは昨日結婚した」
虎姫が、おそらく悪気無く言ったであろう言葉に心臓を鷲掴みにされたがごとき寒気を覚える。温泉に浸かっているというのに。
ほう、と優樹はとても興味深そうにうなずいた後、こう言い放った。
「それじゃあクロウは、僕より先んじて既婚者になってしまったというわけだ。僕を置いて結婚したというわけだ」
「あ、いや、違――わ、な、いけど……」
「ふぅん。そう。ごめん泣いていいかな」
うわあこれってどうやって声かければ良いのかが分からない……
虎姫は我関せずで俺の頭に顎を乗せているし、眼前の優樹は、泣いていいかな、とか言っている割にもうすでに泣いているし。
「クロウは、僕のことが好きじゃなくなったということで良いのかな?」
別にしゃくりあげるでもなく、こう、さめざめと、っていうか、涙だけが頬を伝っている。彼女がこんな風に泣いているのを見るのは初めてで、心臓が撃ち抜かれたような気分にさせられた。
「そんなわけないダ、だろ!」
力強く叫び過ぎて声が裏返ってしまう。
というかそもそも、俺はずっと優樹一筋であり、虎姫との結婚だって――
「そうだ、嵌められたんだよ! 酒に酔ってる隙に気付いたら夫婦の誓いとかいうのを立てられたらしくて!」
「団長――えっと、虎姫だっけ、クロウはこう言っているが、間違いはないかい?」
「ある。合意の上」
「ちなみに夫婦の誓いというのはどんなことを?」
「べろちゅー」
甦れ俺の記憶……! 結構真剣に! それかリプレイを要求する! ゲームなんだからできるんじゃないの!?
…………おっと、おもわず取り乱してしまった。
二つ三つ咳払いをして、俺は身の潔白を訴える。
「昨日は前後不覚になるくらい酔っぱらっていたから、ほとんど覚えていないんだ。……だから、嵌められたんだって! この手錠だって俺の手首か虎姫の首を切り落とさなければ取り外しできない仕様だし」
「御主人。嵌められたとは心外。繰り返すけれど両者合意の上でだった」
「ちょっと黙っていてもらってもよろしいでしょうか――!」
「ねえクロウ。僕の何がいけなかったというんだい? やっぱりむ、胸……?」
「御主人。わたしの胸は気持ち良い?」
「虎姫さん何!? 俺に恨みでもあるの!?」
「ない。愛してる」
「うわああ離れたまえ! 抱き着くな! クロウは僕のクロウなんだから!」
頭の両横から手を回して、丁度俺の胸の前あたりでその両手を絡みつかせるようにした虎姫は、俺の首筋に舌を這わせてきた。それを優樹が手で押しとどめる。ちなみに言うと、視界の八割を優樹さんの胸が塞いでおります。非常に絶壁……じゃねえ字面似てるから間違えた、絶景であります。本当もうこれ、どうやって収拾つければ良いのかな!
「そもそも客人。どうしてわたしと御主人の結婚に反対」
虎姫と力負けして、実は最初からずっと正座していた俺の膝の上に座ることで良しとしたらしい優樹に虎姫が言った。というかなぜ優樹さんは俺の膝の上に座ることで一回良しとしたんですかね。絶対に当ててはならない棒があるからもう緊張で心臓が破裂しそう。
「ど、どうしてって、当たり前だろう! 僕はクロウと恋人関係にあるんだ! だからもし仮にクロウが結婚するのだとしたら、僕とに決まっているだろう!?」
「客人。わたしも、御主人とは夫婦関係にある。これは恋人なんかよりももっと上の関係であるといっても過言ではないはず」
「そんな関係破棄だ破棄! 僕は認めない!」
俺の背後で虎姫、前面で優樹が言い合いを続ける中、俺は口を挟めない。下手に口を開けば割られそうだ。口を。物理的に。
優樹は鬼の形相で虎姫を睨んでいるが、当の虎姫はどこ吹く風で、優樹の視線を涼しげに受け流していた。本気で疑問に思っているらしき表情すら浮かべている。何をこの女は怒っているのだろう、とでも言いたげだ。
「客人。それなら客人も御主人と結婚すれば良い。虎人の一族は強い力を好む。強いオスのところにたくさんのメスが集まるのは当然のこと。重婚には何の問題も無い」
「ふざ――け、いや、いい。……それだ」
再び激昂したように叫びかけた優樹であったが、頭のところでいきなりそれをやめてしまい、何事か納得したように頷いた。
「僕が一番妻だ。クロウ。結婚しよう」
☆☆☆
「Treasure Online」内において、プレイヤー同士の結婚は、世界の各所に設置されている教会にて行うか、ダンジョンの宝箱やボスからドロップする「エンゲージリング」を交換することで成立する。結婚することのメリットはアイテムボックスが共用になることだ。今までは一人分の容量しかなかったが、二人分の容量を二人で使用することになる。
例えば俺と優樹の場合だと、俺のアイテムボックスに入りきらないアイテムを、これまでだったら一々優樹に手渡して、彼女のアイテムボックスに入れてもらっていたものが、その手順を必要としなくなるのだ。しかも俺と優樹が傍にいなくともそのすべてのアイテムが使えるため、例えば、回復アイテムをすべて優樹に預けていたのに彼女とはぐれてしまったという場面でも、結婚していなかったときは絶望的だが、これからは大丈夫だということである。その反面、お互いに秘密でアイテムを所持しようと思ったらずっと実体化させておかなければならなくなるのだが。
「エンゲージリング、僕は持っているよ。先ほど強制ログアウトさせられたときに、AIから受け取ったものだ。お詫びアイテムらしい」
「俺もそういえば――」
鉱窟で巨虎を倒した時に手に入れたような気がする。
「ときに虎姫。今この時点で、君とクロウはもう結婚しているのかな? 婚約じゃなく」
「客人。正確には、結婚式は今夜だから、それまでは、御主人とわたしはただの婚約者」
「そうかい。それなら、これで――と」
優樹が、俺の左手の薬指にエンゲージリングをはめた。
「え、ここでやるの?」
「む、どこでやっても同じだろう。良いから早く、クロウの結婚指輪を僕の指に」
なし崩し的に夫婦の誓いを立ててしまった虎姫より、当然俺は優樹の方が好きだ。なにせ三歳からの付き合いである。ゲームの中とはいえ、やっと結ばれた、というべきか。
ウインドウを操作して、エンゲージリングを実体化させる。
「病める時も健やかなる時も――えっと、なんだっけ」
「多分、最後だけ覚えてる。愛することを誓いますか? ――誓います、だ」
優樹の左手の薬指に、エンゲージリングをはめた。
☆☆☆
いい加減のぼせそうだったので、温泉から上がり、脱衣所。
用意されていた浴衣に三人身を包んだのは良いが、左手の枷のせいで左半身だけ浴衣の袖を通せず、俺は今、片肌脱ぎという非常にワイルドな格好となっている。虎姫は首枷なので、その辺りは問題なさそう。
優樹はご機嫌さんで、鼻歌をこぼしながら左手の指輪を眺めている。どうやら虎姫との結婚の件は――
「クロウ、虎姫との結婚は一生許すつもりはないけれど、でも虎姫は可愛いし許す」
「客人。ありがとう」
考えていたことが筒抜けになってやがる。心臓が止まるかと思った。
「それにしても、そうか、やっぱり虎姫は女の子だったのか」
「やっぱり?」
優樹の物言いに疑問を覚え、聞き返す。
やっぱり、ということは、優樹は以前より、自警団隊長が女であるかも、と疑っていたわけだ。やはりあれだろうか、女のカンとかいう――
「僕はクロウと女体にしか性的興奮を覚えないってことは言っただろう。それなのに、まだ隊長――つまりは男だと思っていた時に、虎姫の胸やお尻に興奮したものだから」
「いやあほんとに女のカンってすっごいなあ!」
「だから僕は別に、虎姫のことはむしろ好きだよ。エロい体つきだね」
それは褒め言葉なのか?
「客人……照れる」
虎姫もまんざらではなさそうだし、「エロい体つきだね」は褒め言葉なのか!?
「あとで揉ませてくれ」
「わかった」
「わかったの!?」
☆☆☆
「さて、それじゃあ、鉱窟で僕がいなくなってからの話をしようと思う」
それからしばらく戯れた後、優樹はおもむろにそう言った。
「そうだね、出血表現で前後不覚の錯乱状態に陥ったわけだけれど、僕はどうやら気絶してしまったらしいんだ、その時」
相槌を打つ。
「で、次に目を覚ましたらD.F.S.の船の上だった。もちろんログインしたときの状態のまま、身動きできないように拘束されてはいたけれど、すぐ目の前に、AIがいてさ。
彼曰く、僕達のことをずっとモニタリングしていたら、正体不明のバグ「出血の追加」によって、僕の精神状態がよろしくなかったため、やむをえずログアウトさせた、って説明されたよ。……そういえばクロウは大丈夫なのかい?」
優樹の問いに、俺はそこまで酷くなかったから、と答えて、話の続きを促す。
「そう、それは良かった。……それでね、AIから出血について、というか、現状のトレジャーオンラインについての説明を受けてきたんだ。
まず第一に、製品版――つまりはデスゲーム化する前の「Treasure Online」には、NPCが自我を持っている仕様と、出血・流血表現の仕様がプログラムの時点で存在しなかった。また、デスゲームと化してから、ゲーム内時間で半年間も、そのような現象は見られなかった、らしい。デスゲーム化から半年経ったある日、突然NPCが自我を持ち始めたそうだから」
「データが改竄された、とかか?」
「どうやらそうみたいだ。しかも、内部の人間――つまりはプレイヤーだね――によるものと見てほぼ間違いが無いらしい」
待てよ。
ということはつまり、である。
「ってことは、そいつと接触すれば、ログアウト不可のゲームをログアウト可能に改竄してもらうなんてことが……」
「あるいは、ね」
俺たちがこのゲームから脱出する方法に、「ゲームクリア」以外の選択肢が追加された、ということだ。そういえば別に、デスゲームに閉じ込められたからといって絶望なんてしなかったな、などと楽観的にこれまでを振り返る。
ゲームクリアよりも先に、データ改竄者を探す選択肢。しかしそれは、一見簡単そうに見えても、その実難しいだろう。なぜなら、ログアウト可能にデータを改竄できるということは、裏を返せばつまり、今まで、「できるのにやらなかった」ということになるからだ。何らかの意図があってこのゲームをログアウト可能にしないどころか、流血やNPCの自我などを追加する辺り、むしろ悪意あるプレイヤーである可能性が高いのである。
ただまあ、選択肢の一つとして手持ちにおいておくのはありかもしれない。
「それから、そうだな、流血表現の追加なのだけれど――これはやっぱり、ドラキュラがクロウの血を吸ったのが最初に確認された流血だ」
優樹はそう言って、俺を見たのだった。
説明回がもう少し続きます。ちなみに、虎姫はクロウと優樹が会話している時、隅の方でぼーっとしてます。
――次回――
「そうして僕は再び、このゲームに帰ってきたわけなのさ」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
誤字脱字、変な言い回しの指摘、感想、評価、レビューお待ちしております。




