第七話:結婚
というわけで、一月分は無事終了!
次は二月四日投稿を目標としていますが、まだ未定です。三日までテスト期間なので。遅くとも八日には投稿します。
確かに言われてみれば。
童顔の虎人――虎姫を、女であると認識したうえで見れば確かに、なるほど整った外見をしている。
スラっと伸びる手足は健康的。まるでカモシカのようにしなやかな筋肉がついている事が、服の上からでも見て取れた。体の動かし方で、それがもう、わかってしまう。
真っ黒い眼球に嵌っているのは黄金の瞳で、豪奢な姫を連想させた。タイガ―アイという宝石があるが、あれ以上の輝きを放っている。
虎に変身した時と同じ髪色は、白と黒の縞模様。
「さっき、髪を切った」
「ああ、うん」
「似合う」
断言の形で放たれた言葉が疑問形のニュアンスを含んでいることに気付き、遅ればせながら、似合うよ、と返す。
よく似合っている。
無造作にざんばらにしていた髪は耳の下くらいで切り揃えられ、シャギーが入っている。それに反して背中にはゆるく結んだ三つ編みが垂れていて、それがアクセントとなっていた。
とてもよく似合っている。
服装こそ無骨な軍服のままであるが、それが逆に、首に鎖が繋がれたままであることへの背徳感を助長していた。
「どうであるか。我が自慢の娘である。客人に任せたのであるぞ」
地の王がそう言って。
それに対して俺は、頷きを返していた。
「任されました」
何かが、足りない。
ふとそう思ったが、何が足りないのか、見当もつかない。
だからと一回忘れることにして、俺は虎姫を呼び、こちらに来てもらった。
「えーっと、結婚したことは全然覚えてないんだけど、その、ごめん」
「御主人。わたしは気にしない。わたしは御主人にすべてを捧げたのだから。この体も、心も、すべて御主人のもの。好きにして」
ここまでの態度を取られると、逆に結婚のことを覚えていないのが非常に心苦しいのだが……
そんなことはお構いなしで、地の王は朝食を用意してくれた。
「客人。結婚の誓いは昨日行ったのだが、披露宴がまだである。今日の夜行うであるから、昼間は準備に当てるとして――朝は、夫婦二人で話してみると良いのである」
朝食の味なんてわからなかった。
☆☆☆
さて、俺の左手の枷と、そこから伸びる鎖なのだが、これは見た目に反して非常に軽い。直径なんて五センチくらいありそうな鎖であるのに、大縄跳びでもできそうな軽さだ。かといって重さが全くないというわけでもないのだが。常に左腕にだけ錘をつけているようだ。体感で大体一キロくらい。
取り外しは不可能。ただ、首や手首が太くなっても対応できるように、内側の大きさに合わせて自動でその直径は変わるらしいので、虎姫が人から虎に変身するときに首が締まる恐れはないとのこと。内側から膨張させて破壊、というようなことはできなさそうだった。
それから、地の王の恩寵を受けた地上最強の仮想金属を使っているらしいので、外部衝撃で壊れることも無い、万が一にでも無い、らしい。やたらと念を押された。
つまり外す事が出来ないのである。
これは由々しき事態だ。寝る時も風呂に入るときも一緒であることを示しているのだから。
何が言いたいのかと問われれば、俺はシャワーを浴びたいのである。風呂でも可。二日酔いをリセットしてしまいたい。
虎人たちは酒に異常に強いようで、残っている記憶だけでも、ルネは樽から直飲みで八個くらい開けていたし、地の王なんかだとその五倍くらいの酒を浴びていたような気がする。浴びるように飲む、というか、浴びながら飲んでいた。虎人怖い。
とにかく俺は人間であり、酒には相応の耐性しかない。それなのにその耐性を超過する量、酒を飲まされたわけだから、二日酔いに悩まされるのは当然のことなのだ。
風呂にでも入れば頭がシャッキリするだろうと思ったのだが、ここで問題が発生する。
そう、手枷である。
「御主人。わたしは構わない。一緒に湯殿に」
「俺が構うの!」
「背中を流す。前も流す。御主人は座っているだけで良い。どうして拒む」
俺に拒まれる理由が本気でわからないらしく、少し首を傾げながら、傍らの虎姫は問うた。ちなみに場所は脱衣所であり、彼女は俺の服を脱がす、というか破いている。手枷があるせいでシャツを脱ぐ事が出来ないのだ。とにかく破かれたシャツは諦めて、残るズボンだけはと必至で守る。
俺が本気で抵抗すると、虎姫も観念したように手を離してくれた。
「わかったこうしよう。虎姫、先に湯を使ってくれ。俺はその間脱衣所で待ってるから」
「御主人。残り湯はどうすれば良い」
「残り湯? いや、別に、そのままでも良いよ」
俺がなんで? と聞くと、虎姫は一瞬不思議そうな表情を浮かべた後、こう返してきた。
「御主人。わたしの残り湯を飲みたいから先に入らせる?」
「違うわ!」
思わず大声を出してしまった。頭が痛いんだって。
「夫婦というのは難しい」
「その点は全面的に同意する」
「御主人。それならこうしよう。御主人が先に湯を使って欲しい。わたしは御主人の後で」
さすがにそれは悪いと思う。
なんというか、女の子を待たせて俺だけ風呂に入るというのも。かといって一緒に入るという選択肢はあり得ないし。でも、二日酔いを吹き飛ばすために湯船にはゆっくりと浸かりたい。それなら結局、後にしろ先にしろ、虎姫を待たせることになってしまう。それなら、俺が先に入った方が良いのではないか? 俺が後に入ったら、湯上がりの虎姫を長時間脱衣所に待たせることになってしまうからだ。
できるだけすぐ上がれば良いんだと自分に言い聞かせ、虎姫の提案を呑んだ。
☆☆☆
湯殿、と地の王は言った。言ったはずだ。
湯殿、と聞いて、俺は風呂のことだと解釈した。集落の首長の所有する風呂であるから、結構デカいのだろうなということも想定済みだった。
だがこの大きさは、さすがに想定外だった。
温泉、である。温かい泉と書いて、文字通りの温泉である。
岩肌をくりぬいて作ったのであろう――奥行き百メートルの空間。アホか、と思った。デカすぎるだろ。
そういえば地の王は身長十メートルを優に超していたわけだから、これくらいなければ風呂に浸かれないのか。いや、でも、入口の大きさは精々三メートルくらいしかなかったような。だとすればここは、もしかして客人用の風呂なのか?
それにしても限度というものがある。脱衣所のドアから温泉までの間には、木製の簀子が設置されていて、濛々と立ちこめる湯気がサウナ代わりに体を温めた。立ち込める硫黄の匂い。
この温泉は地下にあるわけだから、硫黄がどこにも逃げずに充満し続けるんじゃないかと最初は思ったが、良く見ればはるか高くにある天井には、無数の穴が開いているようだった。通風孔もどこかに設置されているようで、あそこから時折風が吹く。
また、地下にあるにもかかわらず、天井から射す光と、壁に掲げられた石(鉱窟で産出するものだ)のおかげで、向こう側の壁までよく見通せる。地下にあるから暗いと思い込み、シャドウスネイクを憑依させて来たおかげで、煙が立ち込める状態でも向こう側の壁まで見通せた。
それにしても、脱衣所から湯殿までが遠い。五十メートルくらいあるか。この辺りはなんだろう、サウナ代わりか? 見渡してみるとなるほど、簀子の上に布が敷いてあった。二百人くらいは楽々寝ころべそうである。ここはあれか、地の王のプライベート風呂ではなく、一般に開放したりする風呂なのか。集落の全員で来てもまだまだスペースは余る。
温泉は、壁の隙間から湧き出していた。
ヒノキによく似た木でできた浴槽は、三〇メートル四方くらいありそうだ。奥にももう一つ、同じような湯船がある。
手で掬って温度を確かめてから、置いてあった木桶で駆け湯。少しぬるめで、いつまでも浸かっていたいと思える温度だ。あんまり熱いとすぐにのぼせてしまう。もしかすると、奥の湯船はそうなのかもしれない。少し温度が高めなのだ。
とにかく手前の湯船に肩まで浸かり、一息ついた。左手の枷は水に濡らして良いのかわからなかったので、湯船の外に出しておく。
硫黄が溶け込んだ湯船に浸かっていると、ふとした瞬間に意識を手放してしまいそうになる。さすがにここで寝るわけにはいかないので、意識を保つべく素数を数えていると、身動きを取ったわけでもないのに鎖が擦れて音が鳴った。
不思議に思い、左腕の鎖を視線でたどる。視線の先には――
「御主人」
「のおう虎姫っ!?」
変な悲鳴が出てしまった。
燻る湯気の中、そこにいたのは、全裸の虎姫だった。
一糸纏わぬ姿だった。つまり全裸だった。ヤバい二回目だ。思考が混乱してる。
「なんで入って……っ!」
「御主人、鎖の長さが足りない。脱衣所で全裸で待機していたら、引っ張られた。やむを得ず入ってきた」
「全裸で待機……!?」
戦慄した。
それから虎姫の体に視線が流れていった。曲線を転がる様に、丸みを帯びた体の輪郭を視線が滑っていく。桜色……っ! どこがとはあえて言わないが、まるで隠そうともしないので、何から何まで丸見え――
「いくら御主人と言えど……その、は、恥ずかしい……」
「うわっ、可愛い!」
もじもじと体を揺らすが、手は決して体を隠さない。頬を赤らめて羞恥に身を悶えるさまを、素直に可愛いと思いました。首に枷がついてるのがポイント高いよね。キーワード並べると地下、全裸、首枷、羞恥プレイ。うっわ倒錯的!
じろじろ見るのもあれなので、っていう言い回しが不可能なくらいにじっくり見てしまってから、慌てて視線をずらした。
「いやあ堪能した」
「御主人……その……」
「あ、いや悪い! 声に出ていた気がしなくもない!」
「子供は何人欲しい」
「気が早いんじゃないかな!」
そういえば鎖の長さは十五メートルほどしかない。ということはつまり、当たり前だが俺から十五メートル以上離れられないということを意味している。なるほど、根本的に片方が脱衣所で待機するという選択肢は無かったわけだ。
それなら、風呂に入らずに外で待っておけ、というのは酷過ぎる。
「一緒に入るか?」
酷過ぎる、が、一応聞いた。
虎姫はこくんと一つ頷くと、湯船に入ってきた。背中をこちらに向け、右足で温度を測るようにしながらゆっくりとぉおお――!?
全力で目を背けた。体ごと振り向いて虎姫に背中を向ける。理由は語るまい。
心臓の早鐘を耳で聞いていると、かすかな水音でさえ鋭敏に聞き取れてしまい、余計に鼓動が早くなった。顔が熱い。超熱い。
背後で虎姫が移動する水音。
体育座りで背中を丸めていると、なにかが俺の背中に当たった。それが肌であることに気付くには、結構な時間を有した。毎日硫黄の温泉に入っているからか、剥いたゆで卵の様にすべすべぷるぷるの肌の感触のせいで、湯船から立ち上がれない状態に。
「なナなナな何何を何をして……ッ!」
声が震えまくり。動揺しすぎて心臓が口から飛び出そう。
「御主人。わたしのおっぱい、気持ち良い」
語尾にクエスチョンマークがつかないからわかりづらいが、これは虎姫のおっぱいが俺の背中に当たっていることに対して気持ち良いですか? と聞いているわけだよな? 虎姫が、胸が気持ち良いです、と宣言したわけではないんだよな!?
「普段服を着ている時はサラシを巻いている。けれど、実は虎人の中で一番の巨乳。嬉しい」
「嬉しいです!」
いかんつい!
背中に当たる肌の面積が、どんどん増えていく。胸だけだったのが、お腹まで押し付けられる。肩甲骨の辺りに何か硬いものが考えるのはよそう。というかよくよく考えてみろクロウ。虎姫は俺の嫁であるわけで、つまりこの状況になにか文句を言われる筋合いはなく、またそんな無粋なことを言うものは集落にはいないわけであってつまり――
「御主人。下の毛は、ある方が嬉しい?」
「ししししもの」
いきなりのディープな話題に思いっきり噛んだ。そろそろ呂律が回らない。別にのぼせたわけじゃあないのだが。
「今はないけれど、その気になれば生やせる。虎耳とか虎尻尾も。フェチシズム完備。御主人満足。わたし興奮。ウィンウィン……!」
「そういえば虎人っていうんだから、虎耳とか虎尻尾を想像したんだが……」
余計なことには触れない! 理性! 理性帰って来い! 給料上げるから!
「わたし達は基本的に人間と同じ。人間だけど、虎に変身する事が出来る人たち。それが虎人」
虎姫が喋る度に背中で巨乳が形を変える。俺の背中との間で押し潰されたその胸は、集落一を自称するだけあって、なかなかのボリュームだ。なんかもう、別に我慢する必要性ないんじゃね? とか思い始めた時間帯。
「御主人。……えっち……しよ」
「が……は……ッ!」
俺の右耳を食み、軽く牙を突き立てながら、虎姫は俺の耳元でそう言った。俺の理性は故郷に帰った。あいつはもうクビだ帰ってくんな。
理性の手綱を放り捨て、虎姫を押し倒したその瞬間である。
「我が王我が王、あのさ、別に一夫多妻は構わないけれど、なんならボクも妻にしてもらっても構わないけれど、一応言わせてもらうね。我が王のガールフレンド、ユージュのこと。彼女のこと、失念してはいないかい――って、あ、ごめん取り込み中だったんですね失礼しました」
「わああ――!」
突然顕現して声をかけてきたドラキュラの声に驚き、虎姫の上から飛びのいた。
それから虎姫を背中で隠し、ドラキュラの方に体を向けて「な、なんにもしてないですよ」と言う。しかし、シャドウスネイクを憑依させたままだった目は、ドラキュラの奥に、もっと大変なものを捕らえてしまった。
「ゆ、ユージュ、さん」
「クロウ。僕ともえっちしよう。それですべてが解決する」
「解決するわけあるか! あ、いや、ごめんなさい!」
物凄い笑顔だ。だが目が笑っていない。
物凄い提案だ。だが目が冗談ではないことを示している。
「その女は誰なんだいクロウ――!」
そういえば、俺は一体、どうして。
今この場面に至るまで、優樹の存在を忘れていたんだ?
その問いに答えられそうな人物は生憎この場ではバーサーカーと化していて、そして俺はその彼女に蹴られて、浴槽の底に沈んだ。あ、死んだかも、そう思った。
虎姫エロ可愛い。彼女には優樹とは別ベクトルでエロさを……あれ?
気付けばエロコメになって……る……?
そ、そんなことはないはずだ(震え声
――次回予告兼チラ見せ――
「僕は一度、ログアウトしていたんだ」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
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