第四話:童顔の虎人
最近ビビるくらい書く時間が無い。禁断症状でそう。
「もう一度腕を伸ばしてくれ。次僕の胸を鉄格子とか言ったら殺す」
「口調が変わるくらいにマジだ!」
思わず咥えていた手を離して叫んでしまう。
さておき、今度は少し大胆に、俺は優樹のいるであろう方向に腕を伸ばした。今度も同じような、硬い感触に突き当たる。肋骨と似ている、が、そこにあったのは冷たさだった。
俺は先ほどの二の轍を踏まないよう、言葉を選んで優樹に言った。
「結構なお胸で。巨乳だな」
「鉄格子だよ! 今度こそな! 今度こそなあ!」
「鉄格子? そんなことないって、自分を卑下しすぎだよ、自分の胸を鉄格子とか、大丈夫だってユージュさんマジで。いやあ手に吸い付くようで気持ち良いわあー」
「棒読みだけれど! それ以前にさすがに自分が巨乳じゃないことを自覚しているから余計に悲しいけれど! でもそこじゃなくて僕の胸を鉄格子だと言ったのはお前だ――! ……あ、違う、ツッコミ箇所が多すぎるんだよ! さばけないよ畜生!」
「落ち着けユージュ。深呼吸だ」
「ひっひっふー」
「まさか誘導していないのにラマーズ法で深呼吸する人がいるとは思わなかった! こういうのは俺がラマーズ法を進めて深呼吸だろって突っ込まれる流れなのに!」
「う……産まれる」
「なんだってー!」
「ってそんな場合じゃないんだった! 一回落ち着こう! 一旦落ち着こう!」
優樹が、大事なことだからか二回言ったので、逆らわずに口を噤み静かにする俺。後半積極的にボケていたのはお前だろうに。
今度は本当に深呼吸をして、乱れた息を整えると、言った。
「これは本当に本物の、格子だ。クロウが起きるまでの間、確認してみると本物の鉄だったよ。……舐めて確認していたんだけれど、段々興奮してきたのでやめた」
「鉄格子……ってことは、檻? 俺たちは……なんだ、捕まっている、のか?」
後半部分は無視して、優樹に言う。
「……その通りみたいだ。こっちは一畳半くらいの空間しかないよ。横になるだけで精いっぱいだ」
俺がいる方も手探りで確認してみるが、大体同じ感じである。
鉄格子の隙間は、頭の大きさの三分の二くらい開いている。先程俺の手が格子をスルーして優樹の胸に行き当たったのも、これだけの隙間あればこそだろう。
「これは……どういうことだろう」
「この鉄格子、壊せないか?」
「無理じゃないかなあ。檻やなんかは多分、破壊不能オブジェクトに指定されているような気がするよ」
それにしても落ち着いているものだ。彼女も、俺も。
「なんでだろうね、監禁されているのに、あんまり危機感を感じないんだ。やっぱりクロウと一緒にいるからってのが大きいのかなあ」
そう言って、俺と優樹のスペースを隔たる鉄格子の一本に優樹は背を預けた。俺も反対側から背を預けつつ、言う。
「俺もあんまり不安じゃないぞ。ユージュが――ってやっぱり無理、この鉄格子痛い」
「まあ、確かに。これ普通アレだよね、薄い壁を隔ててやる奴だよね。なんとなくやってみたくなったのだけれど、場所を誤ったかな。クロウ、これからは場所選びから尽力したまえ」
「今回は俺の意志が介在する余地はねえよ」
言いつつ鉄格子から背を離し、その場に胡坐を掻いて座る。
「そういやクロウ、ドラキュラは?」
「……あっ」
完全に忘れていた。目覚めてから今まで、一度も思い出すことが無かった。
ドラキュラ、と虚空に向かって呼びかけてみる。すると、地面から漆黒の霊魂が染み出してきた。それに引っ張られるように他の霊魂も現れる。彼らに暗闇を照らす能力はないが、そうであるがゆえに、ドラキュラの漆黒の霊魂は、やけに明瞭だった。
☆☆☆
「ダメだ」
「僕も同じだ。どうやら魔法は、どんな些細なものでも、例えば回復魔法なんかでも発動しなくなっているようだよ。ほぼ確実に、この檻が関係していると考えられる」
ドラキュラを檻の外に顕現させようとしたのだが、それには失敗した。外から鉄格子を開ける方法を探してもらおうと思ったのだ。その試みは、結果不発に終わってしまったわけだが。
ドラキュラは霊魂状態でも、念話のような形で意思の疎通はできたのだが、どうやらそれも魔法であると認識されてしまうらしく、こちらの言葉は届くようだが向こうからの声は届かない。
これは困ったぞと、優樹と二人して黙りこくっていると、それは唐突にやって来た。
「……客人。騒がない」
暗闇に唐突に表れた足と、それから急に投げかけられた声に悲鳴が出そうになったが、聞いた声だったので何とかとどめる。あの童顔の虎人の声だ。向こうの方で優樹が悲鳴を噛み殺す音も聞こえてきた。
依然場は暗闇が支配しているため、虎人は足しか見えない。
「客人。わたしはあなた達の味方。助けに来た。だから――我らを助けて」
☆☆☆
童顔の虎人に檻の鍵を開けてもらい、脱出に成功する。とりあえず、この場では彼女を疑う時間は無駄だ。俺達に振る舞われた料理に睡眠薬のようなものが盛られていたことは疑いようのない事実だからである。しかしそれを疑ってここから出ないというのも、愚かな選択だ。この場での最良は童顔の虎人に従い檻を脱出することだと判断する。
「我らの中に裏切り者がいる。わたしはそれが誰かが分からない。客人たちを夕餉の席に案内した後、気付いたら寝ていた。ついさっき目覚めて、檻を引きちぎって逃げ出したところ」
「ひ、引きちぎって……?」
「鉄は柔らかい。虎人の中では非力な方のわたしでも、充分に引きちぎる事が出来る」
改めて虎人のスペックの高さを思い知った。重機みたいな腕力である。
「裏切り者っていうのは――虎人の集落の中に、ハーピィに与する者がいた、という認識で構わないのかい?」
「構わない。父上は多分大丈夫だと思う。客人は無事だったから、集落のみんなも大丈夫だとは思う。我ら、とても力が強い。鳥人には負ける要素が無い」
「……でも、虎人と虎人の中で敵対の構図が生まれてしまうと、その勢力のバランスが崩れてしまう? そういうことかい?」
「そう。だから虎人の中に裏切り者がいた場合は、そいつがどれだけ偉い者でも捕まえて八つ裂きにするのが我らの掟。今回も裏切り者を処刑しなければならない」
それはつまり、身内を自分の手にかけるという宣言だったのだが、眼前を歩く虎人の背中からは、悲しみや躊躇いなんかは、まるで感じられなかった。ただそうであると決められたことを、ルーチンワークの様にこなすだけという、作業でもしているかのような雰囲気。これが虎人の本質なのだと考えるとゾッとする。
「客人。我らを、いや、わたしを。わたしを助けてくれ。裏切り者の処刑を、正義の制裁を。巻き込んでしまったのはごめんなさい。謝る。だから」
「任せろ」
なおも言葉を続けようとした虎人がいい加減面倒であったので、言葉を重ねてその言を封じる。
「断るわけがないだろ。一宿一飯の恩は返せって言葉がだな、俺の故郷にあったようななかったような……」
「まあ、一宿というには手荒い宿だったけれどね。食事には睡眠薬で強制睡眠、ベッドは鉄格子。まるでVIPじゃないか」
「それは……ごめんなさい」
再度、わざわざ足を止めてまでこちらに頭を下げる童顔の虎人。俺は彼の肩に手を置くと、頭を上げさせた。両肩に手を置いて、虎人の目をまっすぐ見据えるようにして言い放つ。
「いいか、俺はトレジャーハンターらしい。別に今まで宝を探したりしたことはないけれど、トレジャーハンターというのは宝を探すものなんだってさ。宝を探すのが、危険じゃないわけがないだろ? これからなにかしら宝があれば、俺たちはそれで満足なんだよ」
満足なんだよな?
別に俺たちはこの世界に生まれ育ち、なるべくしてなったトレジャーハンターではないし、いまいちよくわからない。宝を集めなければならないという使命でさえも。なんとなく、伝説級宝というものを集めなければこのゲームから出られないらしいことはわかっているが、それだってあまり危機感を抱いていない。理由はわからないが。
とにかく俺が言葉を紡いだ後、虎人は驚いたように目を見開いていたが、しかしその直後には大きく頷いてくれた。
「つまりクロウは、何か見返りが無いと働きたくないー、ってことだね? 自重し自嘲したまえ」
「お前はまた急に言葉に棘を……」
「何となく危機感を覚えるんだ」
「は?」
「その、ツーショットは。特に僕のアングルからだと……」
アングル?
俺と虎人のツーショット……いい加減ツーショットって死語じゃないの? いやともかく、俺と虎人のツーショットが何だって言うつもりなのだ。
「なんでもない」
ああ、そう。
ヘソを曲げられても困るので、俺はこれ以上食い下がるのをやめた。
☆☆☆
「集落の外れの洞窟に、裏切り者は潜んでいるらしい。これは客人たちのおかげでわかった情報らしい。感謝するし、囮のように使ってしまってごめんなさい」
俺や優樹、それから地の王は夕餉に盛られた睡眠薬で眠ってしまった。中から何の物音も聞こえず、不思議に思った護衛役の虎人が俺たちがいた部屋に入ったところ、丁度俺と優樹を運び出す影が見えたという。慌ててその影を追ったところ、影も見られて動転したのか俺たちを地面に落として逃げだしてしまった。護衛は迷ったものの、俺たちを放置して影を追った、ということらしかった。護衛の虎人は、まずは影の正体を突き止める方が先だと判断したらしい。俺たちはその隙に移動させられていたわけか。
いいって別に、と虎人に言う。すると彼は、では、と返してきた。
「今から自警団と合流する」
「自警団?」
自警団というのは、集落を守るために虎人の若者たちで組織されている組織の事らしい。俺たちを乗せて走っている虎人――今は形態変化して大虎となっている――童顔の虎人が教えてくれた。了解、と舌を噛まないように短く告げる。
白と黒の縦縞が彩るのは、上質なビロードのような肌触りの毛皮。そこには躍動する筋肉が押し込められている。先程俺と優樹が監禁されている場所から脱出して、集落の地表に出た瞬間に、こちらの方が早いから、と、俺たちに搭乗を促したのである。
自警団の詰所は、地の王の住む家の隣、俺たちにあてがわれていた家とは反対側にあるらしい。言われてみれば大きな建物があった気がする。
大虎にしがみつく優樹を、更に上から被さる様にして俺は大虎に張り付いていた。優樹が振り落されるのを防ぐためにこの体勢になったわけだ。しかし何か専用の器具があるわけでもなく、握力だけで大虎の背中に張り付いているので、曲がり角などで大きく揺すられたときはうっかり腕を離してしまいそうになる。
だがそんな時間もわずか数十秒で終わり、大虎は唐突に走るのをやめた。急制動に体が投げ出されかけるも、ともすれば毟る様な強さで毛を掴み、体を停止させる。
「客人。円形脱毛症になったらどうしてくれる」
人型に戻った虎人が、少し悪戯な表情を浮かべながら俺に言った。これから味方の処刑があるのだと思うと、内心そんな気分でいられるはずがないのだから、これは彼なりの現実逃避なのかもしれない。あるいは場を和ませようとして放ったジョークなのかも。笑顔こそ浮かべてはいないけれど。
「その時は俺が一生飼うよ、ペットとしてな」
だから俺も、彼にはジョークで返した。
「…………」
俺の言葉にはその場にいる誰の返答も無かったのだが。
童顔の虎人は顔を真っ赤にして怒っている、ように、見える。うん見える。ちょっとジョークが酷過ぎたかもしれない。そりゃ自分をペットにするとか言われたら怒るよなあ。先程大虎になったいるところを見てしまったがゆえに、つい、なんかこう、動物的に飼えるかもとか考えてしまったのが原因だと思われます。
☆☆☆
謝るのもなんだか躊躇われたので、何事も無かったかのように振る舞い、童顔の虎人に詰所の中に案内してもらう。催促すると、切り替えたのか普通に応対してくれたので内心で胸を撫で下ろす。彼の顔は出会った時から一貫して表情に乏しく、何を考えているかをその表情から読み取るのは難しいが、あまり怒っていないような気がする。
詰所に入ると、そこには十数人ほどの長身の青年たちが控えていた。必要ないためか武器こそ持ち合わせていないが、いつでも戦えるという風なピリピリした空気が部屋に充満している。
髪の色は皆同じ、白髪と黒髪が縦縞に混じった、まさしく虎模様。
そして、ギラギラと闘志を滾らせているのは、黒の中に浮かぶ黄金。まるで夜闇の中に、満月だけが浮かんでいるみたいだ。人間でいうと白目のところは黒く、瞳の部分は金色で細長い。
「みんな。仲間を連れてきた。客人たちだ」
自警団のトップらしい童顔の虎人が、部屋全体に聞こえるような透き通る美声で言った。対して音量がデカいわけでないのに、声質が良いのでよく響き、虎人たちの闘志を完全に包み込んでしまう。
場を掌握する能力に長けた人間。違う、虎人か。
「地の王の許可は取りました。鉱窟、入れます」
虎人の一人が言った。自警団の中でも、一際大きな一人だ。二メートル半くらいあるんじゃないだろうか。座っているから正確にはわからないけれど。
「わかった。それじゃあ、今から鉱窟に侵入する。裏切り者らしき奴らはそこに出入りしているらしい。気を付けて」
虎人が立ち上がる。
すると俺達人間は、必然的に、その巨躯に圧倒された。
次話未定。
多分明日に投稿すると思いますけれど、まだ未定。
――次回予告兼チラ見せ――
「客人。わたしに乗れ」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
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