第三話:疑心
みんなうれしい肋骨の時間だ。
さておき、これで七十部目、かな? かな?
「やっぱり暗いなあ」
「客人。集落の空は、すべて蔦で塞いでしまったのだ。光すら通さないように、蔦の隙間には土を詰め、そしてその上には更に木を植えて森を作ってある」
「どうしてそのようなことを?」
「それについては、夕餉の席で父上がお話になると思う。わたしに話せるのはここまでだ」
集落のどこにあるのか全く見当もつかない長老の家を出た後、俺たちは、隣接する建物に案内された。地の王のいた場所を母屋とすると、俺たちが案内されたのは離れとか、そういう感じだろうか。
下は固く踏み固められた土で、直接カーペットが敷かれている。靴は脱ぐらしい。童顔の虎人に習い、靴を脱いで部屋に上がる。ドラキュラだけが。
「なにか足を拭くものはないかな」
「拭くもの? 何を拭く」
「俺たちずっと裸足だったからさ」
優樹と俺がそう訴えると、虎人はすっくと立ち上がり、部屋の奥に引っ込んだ。水音が響いた後、すぐに俺たちに布きれを渡してくれる。
「ありがとう」
「どういたしまして。客人、もてなすのが我ら虎人の誇り。鳥人と違う」
「そういやさっきから、鳥人鳥人って――」
「とりじん。正式にはハーピィという名前。ボクは見たことが無いけれど、上半身は女性体で、下半身は大鷲、腕は鳥の羽と同化している怪鳥らしい」
「客人。知っているのか」
「空の事なら何でも、ボクなら知ってるぜ」
ドラキュラが得意ぶるでもなく、あくまで当然のことを述べる様に言った。一足す一の答えを、自分の名前の読み方を、教える時の様に――って、魔王ドラキュラは空の王なのだった。鳥人といえば、そのものずばり自分の配下みたいなものではないか。
これはあとで聞いておく必要があるな。わざわざ黙っているようだし、部外者がいる状態で彼が空の王であることを明かす必要もないだろう。もしかしたら何か考えがあるのかもしれないし。
「客人。ここは暗い。外も暗いが、ここよりはマシだ。良ければ集落を案内するが、着いて来るか」
☆☆☆
集落の様子は、簡潔に、たった一言で説明する事が出来た。
――暗い。
空が封鎖されていることにより日の光が入ってこないのは当然として、電気なんてあろうはずも無く、光源はあろうことか松明だけなのだ。火の光程度では光量に限界がある――それこそ至る所に設置されているというのに、あまり明るくない。
「これ、この松明、煙が出ていないようだけれど」
その松明を、注意深く観察していた優樹が、ふと気づいたように言った。
とりあえず目的地があるらしく、着いて来てと言ったきり無言で先頭を歩いていた童顔の虎人が振り返る。その様でさえ、たったそれだけのことしかしていないのにも関わらず、非常にサマになっていた。ドラキュラが「飄々としていて格好良い」だとしたら、この虎人は「颯爽としていて格好良い」である。一挙手一投足に「凛」というオノマトペまで見えるようだ。口を開く。牙が覗く。
「この松明、魔法の道具。木で挟んだ石が燃え続ける。この集落の地下から大量に発掘される石を使っているけれど、燃えても無くならないし、火も消えないし、煙も出ない。便利」
虎人の回答に対し、優樹先生はふむ、と頷いた後、やがて興味を失ったのか、松明の観察をやめてこちらを向いた。なるほど、と一言だけの返事。何かを考えていらっしゃるに違いない。彼女の視線は、童顔の虎人の胸元に注がれていた。
「おかしいなあ、やっぱり」
「どうした?」
「ああ、いや、なんでもない」
☆☆☆
集落の虎人たちと交流しつつ歩いていくと、大きな洞窟に辿り着いた。
「ここが、さっき言った炎の石の採掘場。危ないから立ち入るのはダメ。地の王が一緒にいる時でなきゃ入れない。いくら客人でもここは死守」
「興味が無いでもないが、そこまで言うのなら、まあ、行かないことにする。良いか? 優樹、ドラキュラ」
問いを振ってみると、それぞれ肯定を示す返事が返ってきたので、もしどうしても中に行きたくなったら、地の王に来てもらえば良いということにしてこの洞窟の探索は一旦終わりになる。
次はどこに行くんだ、と、虎人に聞くと、
「この集落は、これで終わり。我らは元から数が少ない。集落は狭いし、子供たちも十数人しかいない。一族の存亡が危機。父上はきっと大丈夫なフリする。客人危険な目に合わせられない。でもわたしは知ってる。客人はとっても強い。だから――」
だから、と、もう一度、念を押すように付け足して、ハスキーな声で、子供の様に、続けた。いつも抱えているぬいぐるみを取られて泣きそうな――つまりとっても不安げな表情である。不覚にもドキッとした。同性にときめく自分にラリアットかジャーマンスープレックスでも喰らわせてみたくなる。どちらも日本の超古流武術の伝説秘伝の技とされているため、やり方は知らないのだが。
「我らの――わたしたちの集落を、助けてほしい。鳥人を追い払ってほしい」
普段なら。かつ現実なら。龍聖と一緒になってイケメン死ねザマァ! とか言う場面ではあるのだが。あいにくここは現実ではなく仮想であり、更に普段ではなくゲームなのだ。
男に心躍らせてしまったことはおそらく気のせい不整脈なんだと自分を無理矢理納得させて、その上で、それを隠すようにして――俺は、こう言ったのだった。
「俺に――いや、間違えた。俺たちに、任せろ」
何せこちらは、空の王御一行様なのだから。
☆☆☆
「集落の様子はご覧になられたのであるか」
「はい、先程案内してもらいました」
敬語――というか、丁寧語。
わざわざ本気の敬語を使うまでもない、と思っているわけではなく、優樹やドラキュラが思いっきりタメ口なのに、俺だけ敬語であるのがなんだか恥ずかしかったからである。丁寧語程度なら、年上を敬っているのだからと当然使うべきだと主張できるし――というか、優樹も敬語を使うべきだろ。なんで地の王に対してため口? 何様?
などと、内心半錯乱状態で優樹を半目で凝視していると、視線に気づいたらしい優樹が首を傾げて見せた。微かに動く唇、な、ん、だ、い。
愛してるのサインでも送ってやろうかと思ったが、テールランプがなかったので諦めて、視線を地の王に戻す。
「そういえば集落の空を塞いでしまったのは……」
「そんなことより、先に夕餉である。冷めると美味しさが半減してしまうのである。さあ食すが良い」
「……いただきます」
手を合わせて宣言、いただきますの唱和。これももはや、なにがどうして生まれたのかが伝わっていない謎の文化だ。二五世紀ころに当時のアメリカから伝わったとされているが、それ以降遡るには文献が残っていないのだ。ちなみにだが、食べ終わったら「御馳走様でした」と宣言するルールも存在する。この場合料理を作った人間は「お粗末さまでした」と明らかに日本語で答えなければならないことから、「いただきます誕生」は、一説では発祥は日本なのではないかとも言われている。だが、その真相はもう誰にもわからない。
虎人はやはり猫なのだろうか。それとも獣なのだろうか。虎「人」とつくくらいだから人と同じ食文化か――? そう思っていたが、どうやら三番目が正解であったらしい。恐らくイモとニンジン、あるいはそれに類似した何かのソテーに、少し硬めの真っ白のパン。それから――厚さが五センチはありそうな、強烈にデカいステーキ。何の肉なのだろう。これほどまでに分厚いというのに、ナイフを入れると遮るものなくスッと肉が解け、口の中にはベタベタと油を残さない。それをシンプルに塩コショウとニンニクのようなものでのみ味付けしているのか。美味い。まだ一口しか手を付けていないが、もうこの段階で言える。美味い。めちゃくちゃ、美味い。
何の肉であるかは――だがしかし、怖くて聞く事が出来なかった。虎は肉食獣である。稀に人間をさえ捕食してしまう、獰猛な狩人なのだ。人間だったらどうしよう、この肉。
「口に合ったのであれば僥倖である」
「あ、うん、どれも美味しかったよ」
満足げに優樹が答える。
ステーキの後も、次々と料理が運ばれてきたが、どれもこれも大変申し分ない美味しさで、普段は小食であるところの俺や優樹でさえ、かなりの量食らった気がする。さっきの食事だけでもう半年分くらいのカロリーと栄養を取った気がするのは俺だけじゃないはずだ。
ふと、ドラキュラの方も見やると、顔を真っ赤にするほど酔っぱらったらしく、ワインの瓶を片手に抱きながらソファーに横になっていた。
もう動きたくないなあ。腹が膨れたら、今度は眠たくなってきた。地の王に話を聞く予定であったのに、それすら億劫になり始めた。瞼がするすると閉じていってしまう。
「客人、今日はもう遅いから寝床で眠ると良い。先ほど案内した場所で良いか?」
「うん……大丈夫れ、す」
どことなく呂律の回らない言葉が自分の言葉であることに気付くか気付かないかと言ったタイミングで、俺は意識を手放していた。
☆☆☆
「……きて。クロウ。起きて」
目を開けても、目の前には暗闇が広がっていた。瞼を手で触って確認してみるも、完全に目自体は開いている。欠伸が漏れた。良く寝た。とても良く寝た気がする。気が、する。
目覚まし時計や急な物音なんかに無理矢理起こされたのではなくて、朝、ごくごく自然に目が覚めた時の爽快感が頭蓋骨の隙間を満たしていた。寝惚け、ナシ。なんともしゃっきりとした目覚めである。ここ数年で最高の目覚めであるといっても過言ではない。
暗闇に段々と目が慣れてきた。
どうやら俺は情けないことに、地の王と夕餉を共にした時、満腹になるや否や眠りに落ちてしまったらしかった。起こしてくれれば良いものを、わざわざベッドのあるという部屋まで運んでくれたらしい。纏う覇気とは違って、なんとも細やかな心配りが出来る御仁である。
さっぱりパッチリ目が覚めてしまったものだから、いつものように二度寝する気分でもなく、俺は体を起こした。視界の隅に表示される時計を見ると、時刻は午後三時半を超えたあたり。
「――って、午後!?」
午前ではなく!?
これはさすがに寝過ごしとかそんなレベルじゃねえだろ!
寝床を用意してもらっている身分でこれほどまでに寝坊するのは、さすがに忍びない。忍びなさすぎた。出会い頭に土下座を決めたくなるレベル。
「おはよう、クロウ」
「ユージュか……? おはよう」
目が闇になれた状態でも、元から日の光が指さない集落の、更に室内では、ほとんど何も見えない。声のみで判断する辺り、優樹は俺のすぐ隣にいる。座っているのだろうか。声は近くなのに体温は感じない。
「そんなことよりクロウ、おかしなことがあるんだ」
「あん? なんだ」
「まずはクロウ、手を貸してくれ」
こうか? と、言われたまま、声の方向に手を伸ばす。
暗闇であるので、そろそろと、亀のようなスピードで手を闇に呑み込ませていく。
ゆっくり、ゆっくり――
そして。何か硬いものに触れた。
それが何であるかを把握するために、表面を撫でて、指の腹で感触を確かめる。表面は布、温かい。そして硬い。小さい突起物のようなものが中にある。後は硬い棒のようなものが並んでいる?
「鉄格子……?」
「僕の胸だよ!」
優樹の胸をまさぐっていた手に、思い切り噛みつかれた。
「……ぁ……が……っ!」
小説やなんかを読んでいる時に、「痛い」とか「痛てててて」とかいうようなことを言う登場人物がいるが、あれは本当に痛くない時だ。本当に痛いときはもう悲鳴すら出ない。
ゲーム内という痛みを全カットする空間においてなお痛みを感じるくらいに、優樹は俺の指に齧り付いていた。噛み千切られるんじゃないかというような痛みは未来永劫続くかのように錯覚されたが、しかし痛みは唐突になくなる。優樹が口を離したのだろう。唾液だろうか、指がぬめる。
唾液に濡れた指を俺は引き戻すと、痛みを緩和するために口に含んだ。甘い。甘いってどんな感想ですか。思わず自分に脳内ツッコミを入れてしまう。
痛みを与える元が離れてしまえば、その痛みはその瞬間に消えてしまうのがゲームの特性であるが、そんなことは知らなかったことにして、俺は戦前に伝えられていたらしい秘術――通称おばあちゃんの知恵袋――のうちの一つ、「唾つけとけば治る」を実践していた。だから、そこにはやましい気持ちは一切ないことを宣言する、とか言ったら優樹にまた噛まれそうなので黙っておくことにする。
ちなみに、おばあちゃんの知恵袋という技術は、頻発する世界大戦の影響で、継承者と治療法が記されていたという書物がすべて失われてしまったため、現代日本にまで残っているものはかなり減ってしまっているらしい。俺が知るものも、インクが出なくなったボールペンを復活させる方法と、それから、唾つけときゃ治る、のたった二つだけである。
「僕が触ってほしいのは胸じゃないよ。少なくとも今はね。今は」
優樹の唾液を味わいながらだと俺が変態さんみたいな表現になるので、脳内であれど表現を変更――指を咥えて痛みの緩和をはかりながら、彼女の言に相槌を打った。
ちょっと長くなったので、後半削って次話に持越し。そのため中途半端になってる――かも? まあ、明日には投稿されるから関係ないね! ハハッ!
――次回予告兼チラ見せ――
「口調が変わるくらいにマジだ!」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
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