第一話:英雄に背を向ける卑怯者
え? リメイク元「死体が無いなら作ればいいじゃない♪」?
なにそれ。
こっちは「友達はいないけどゾンビなら大勢いる」略して「ともゾン」なんですけど。
もうリメイクとかじゃねーよマジで。
では本編どうぞ。
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「我々は、真に面白いゲームを探求し続け苦節30年。
ついにVRMMOゲームを発売したのが十年前である。
だが、それでも当初こそ売れたVRMMO第一作『Magic and Sword Online』は、開発二ヶ月で発売停止になった。
ユーザー曰く、
「イマイチ緊張感に欠け、なんだかお遊びにしか思えない」
「せっかくのVRMMOなのに臨場感が溢れない」
我々が苦心の末には開発したVRMMOゲームは、あろうことかバッシングを受けた。
ただ、そのことの文句を言うことはできない。
ユーザーがそう感じそう思うということは、つまり我々のVRMMOが「足りなかった」ということなのだ。
それから再度、我々は一からVRMMOゲームの企画を練った。
被ダメージ時にうける痛みを百パーセントカットからカットなしにしてはどうか。
現実世界での運動能力――プレイヤースキルをゲーム内に反映させてはどうか。
様々な案が出、上記はそれらのうちの一つだ。
だが、どれもいまいち決め手に欠けた。
痛みをカットなしにした場合のデメリットは、脳が錯覚し神経系が麻痺する恐れがあること。
プレイヤースキルを反映させた時のデメリットは、ゲームスタート時に均一化をはかれないこと。
これだ! と思えるものが会議に上がらないまま一年が過ぎ――、二年が過ぎ――
我々開発陣も匙を投げようとした、その時だ。
開発中枢グループ一五人のうち、シナリオ担当グループのリーダーだった。彼が、こう言ったのだ。
『ゲーム内での死を、現実世界に反映してやればいい』
我々は、それに難色を示した。
当たり前だ。「皆が楽しく遊ぶためのもの」こそが「ゲーム」なのであり、我々が開発する「VRMMO」なのである。それなのに、死人を出してどうする。そんなものは楽しむことができないのではないか?
しかし、彼は我々にこう提案したのだ。
『常に死ぬかもしれないという恐怖と隣り合わせなのは――ものすごい緊張感だ。
常に死ぬ可能性がつきまとう世界は――臨場感が溢れ続ける』
悪魔の囁きだった。
度重なるユーザーからのバッシング、上部からの催促、そしてなにより、最高のゲームを作れない。そんな焦りが、知らずのうちに我々を疲弊させていたのだろう。
制作していくにつれて、迷うことはなくなっていった。
そうだ、これこそが最高のゲームだ。
そう思えるものを、企画に三年、制作に七年費やして仕上げた。
『Treasure Online』だ。
このゲームにおいては、ゲームオーバーしたからといって復活できない。現実世界にコンティニューできない。
我々が追い求めていた臨場感はこれだ! このスリルこそが本物のゲームだ!
……だが、世界中の人間を死に貶める可能性があるこのゲームを発売することには、さしもの私も良心が傷んだ。
――ゆえに宣言する。
このゲームはデスゲームと化した。
臨場感に溢れ、常に緊張感と隣り合わせで、ほかのプレイヤーすらも敵となるこのゲームで、思う存分に楽しんでほしい。
我々は、胸を張って叫ぶ。
これこそがゲームであり、そして我々の誇りだ。
我々のゲームだ!
――GCN「Treasure Online」開発部一同」
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これが、「Treasure Online」開発部が発表したデスゲーム宣言の全文だ。
ゴールデンウィークが開け、翌七日の火曜日。学校に登校した俺達生徒に、このプリントが配られた。
だが、マスコミと警察、GCN――つまり中津先輩の家――に送られたものには、まだ続きがある。
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追伸だが、
VRギアを外すのはやめたまえ。
今VRMMO「Treasure Online」にログインしているユーザーたちは、脳死の状態に近い。半脳死といったところだ。
なにせ、五感――味覚、触覚、聴覚、視覚、嗅覚――すべての電気信号をカットしている状態なわけなのだから。
つまりなにが言いたいのかというと、だ。
最低限の生命の維持は「VRギア」が行っている。つまりは「五感」、そして「命」を人質にしている状態である。
もし外せば――そのユーザーには、脳死という結末が待っていよう。
また、ゲームオーバーになったときにも同様の結末が待っている。
健闘を祈る。
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だそうだ。
後半は成也に見せてもらった。
高校は今日はこのプリントを配り、それについての注意だけをしたら終わりのようで、成也とともに下校した。
それもそうだ。
クラスでは半分以上、学校ではその六割がVRMMOゲーム「Treasure Online」に取り込まれているのだから。
内心では、俺をハブにしたり、やたらと突っかかってくる奴らばっかりだったので、嬉しく思うのだが――、まさかそんなことを表に出せる訳もなく。
俺の――クロウの所持する「伝説級宝」は、とりあえずは保留にしていた。
クロウのプレイヤーデータを消せば「伝説級宝」のデータも自動的に消えるかと思ったが、データを消すためには一度ログインしなければならない。そうなればデスゲームの虜囚だ。
だから、今は「トレジャー・オンライン」ごとVRギアを成也に預けている。
下校してすぐ取って返し、学校をはさんで俺の家の反対側にある成也の家まで向かう。
もうすぐデータの削除が終わるかもしれないとのことだった。
だから、俺はその足でさっさとVRギアを売りに行こうなどと考えていたわけだが。
「すまない、黒羽。これなんだが――」
噂をすれば、ってやつだろうか。成也が自室に帰ってくる。
ああ、今俺がいるのは成也の自室だ。しばし待て、とのことだったので、やたらと妹モノ、ロリものが多い本棚を眺めて時間を潰していたのである。
「消去できましたか?」
「いや、それがな、なにか強力なプロテクトがかかっているようで、データの削除どころか電源をつけることすらできない。どうも誰かが被った状態じゃないと電源が入らないように設定が変更されているみたいだ」
やれやれ、といった感じで肩を竦めて言う成也。こういうのが似合うのは日本人としてすごいよなぁ。ロリコンじゃなければ。
なんでそもそもここまでの完璧超人がロリコンなんだ。適当にキャラ付けしすぎだろ。
「それで、どうする? このままデータが削除できないとなると、一年ログインせずに、そのままアカウントが自動削除されるのを待つしかないわけだが」
「でも、そんなことしたら百万人のうちいったい何人が死んでしまうのか……」
「そうなんだよなぁ……」
「先輩、代わりにログインします?」
「嫌だよ。というか嫌以前に無理だよ」
「どうしてです?」
「ん? 知らないのか? 作ったアカウントは、その個人の脳波パターンが記録されるから、他人がそのアバターを動かそうとしても誤動作するんだ」
ああ、そういえばVRギアの説明書に書いてあったな、そんなこと、と、脳内図書館の記憶を掘り返していると、成也が何か言いにくそうにしている。
あからさまに俺とVRギアとを往復する視線。きっとこれはまあ、
「俺はログインしませんよ。救世主にも、ヒーローにもなる気はありませんから」
そういうのは、全部警察に任せておけばいい。
☆☆☆
「そうか、そうだよな。すまなかった」
成也が心なしかホッとしたような表情を見せてから、頭を下げた。
別に成也が悪いわけではないのに、と、少し心が痛む。
言ってみれば、俺の行動は百万人を見殺しにする行為だ。それでも、俺は特撮やアニメ、漫画の主人公のような「ヒーロー」なんかにはなれない。
いや、見た目――白髪赤目――だけなら主人公だな、と自嘲を口の端に浮かべ、息を吐き捨てる。長い溜息だ。
やれやれ、俺はただの凡人なんだ、期待しないでくれ。
「うちでも対策を考慮しておく。お前は、絶対にログインしないでくれ。いいな、絶対だ」
まるでログインしろよ、とそう言っているみたいだ。
しないってば。
別に――
『買った』
そう言ってラッキーは薄く笑った。
『大丈夫か!?』
そう言ってリードは俺を助けてくれた。
ハラとヒット、セカンドはよくわからないが、もっと長く一緒に過ごしたなら良いところもいっぱい見つけられたろう。
でも――
『君とはもう、一緒にやっていけそうにない』
『なんでそんなのがおるんや』
『あれには耐えられない』
『生理的に受け付けないんだ』
『……キライ』
ああ、そうだ。
――別に、「Treasure Online」に俺の友達、いや、知り合いがいるわけでもない。
というか現実世界にも友達が……
「それじゃあ、俺は帰ります」
「ああ、気をつけてな」
☆☆☆
馬鹿でかい門扉をくぐり、自転車にまたがる。
頭痛がしてきたので今日は帰って寝ることにし、VRギアのことは後日考えることにした。
☆☆☆
「ただいま、と」
妹はいつもどおりならまだ帰っていない時間で、姉もまだ大学だろう。
もとより返事が返ってくることは期待していなかった。が――
「黒くん……。大変なことになっちゃった……!」
「姉ちゃん!?」
二階の階段の上、姉ちゃんが顔を出した。その頬は泣き濡れており、一体どうしたのだろうか、今も涙を流している。
……くそっ、もう二度と姉ちゃんの泣き顔なんて見たくなかったのに……っ!
「どうしたんだ!?」
尋常ならざる様子に、声を荒げてしまう。
普段の姉なら亀のように首をすくめるのだが、今日は違った。
「沙羅が……、「Treasure Online」にログインしてたの!」
世界の色が抜ける。
視界が狭まる。
音が消える。
「……ぁ……?」
喉から空気が漏れ、それがかろうじて疑問の形を作った。
「は!?」
脳の理解は追いついていない。けど、置いていく。置いて聞く。
「だって、朝……、あ」
そうだった。今日、我が妹は小学校の創立記念日で休み、と言っていたはずだ。
いつも姉弟妹三人一緒に食べる朝ごはんだって、今日は姉弟二人だった。
姉も創立記念日だから、と妹を起こさずに大学に行ったのだろう。
妹は、家にひとりで留守番できるくらいには大人で、ニュースを見ない程度には幼かった。
「くそ……、警察は!?」
「電話した! でも繋がらない!」
「俺がもうちょっとしっかりしてれば……っ!」
「ちょっと黒くん! 今は自分を責めても意味がないよ!」
そんなことはわかってる……! と叫び返しそうになって、自制する。姉に八つ当たりしたところでどうなるのだ。そうだ、それは本当に八つ当たりでしかない。非生産的だ。
「ねえ、黒くん、VRギアと「Treasure Online」!」
「駄目だ! 今行くのは危険だ!」
長年共に生活した姉弟による、単語数の少ない会話だ。意味は通じる。いまログインするのは自殺以外の何者でもない。
そうだ、自殺行為だ。
正直、死ぬこと自体は、怖くなかった。ただ、今死んだら誰の記憶にも――せいぜい家族と成也くらいにしか――残らないのだ。そんなのは嫌だ。
死ぬのは怖くないが、自分がいた証が残らないのが、自分が誰の記憶にも残らないことが、怖かった。
だから、俺は卑怯者になろうと思う。
そうだ、人間のプライオリティ最上位は常に自分なのだ。
「でも、沙羅が!」
「それならもう自分で行けよ……!」
やっちまった。思考の横槍を入れられたせいで、つい思ったままの言葉が口から洩れてしまう。
ああそうだ、人生にいくつかある間違ってはいけない選択肢のうち、その一つを、俺は確実に選び違えたのだ。
「黒くんのバカっ! もう知らない! もうお前なんて弟じゃない! 私が、私が沙羅を助けに行く!」
――そして往々にして、そういう選択肢に限って、リカバリーができない。
☆☆☆
姉も、VRギアを持っている。
俺の「Treasure Online」をVRギア内蔵メモリを大量消費する代わりにインストール済みであり、ログインはいつでもできた。いままでログインしなかったのは、大学が忙しかったからだ。
姉は自室に駆け込むと、部屋に鍵をかけた。
「待って姉ちゃん! 落ち着け! いま姉ちゃんが行って何になる!? 何か意味があるのか!? 落ち着――」
「黒くんはどうして落ち着いてられるの!? 沙羅の命が危ないんだよ!」
「だからといって……俺たちが行ったところでどうなる!? 沙羅は助かるのか!?」
「わかんないよ!」
ドアノブを意味もなくガチャガチャするが、開くはずもなく。
「それなら、姉ちゃんが危険に身を晒す必要は――」
「うるさい! 妹のために自分の身を危険にされせないくせに、黙っててよ!」
「――っ!」
なにも、言えなかった。
姉は、それきり沈黙する。
「Treasure Online」に旅立ったのだろう。
「んだよどうしろってんだちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおっ!」
思わず姉の部屋のドアノブを、拳が割れるのも気にせず殴りつけながら、俺は、近所迷惑なんざまったく顧みずに吠えた。
「どいつもこいつも自分勝手しやがってよぉぉぉぉぉぉおお!!」
どいつもこいつも、には、きっと自分も入るのだろう。
自嘲の形に、口角が上がる。力無い咆哮は、窓ガラスを揺らした。
どうしてマンガや小説の主人公たちは、あんな簡単に死地に飛び込んでいけるのだろう。
彼らは葛藤しないのか?
それとも、そこで飛び込めるから主人公なのか?
葛藤して、悩んで、苦心して、這って進む「卑怯者」な主人公がいてもいいんじゃないでしょうか。
「ともゾン」の主人公、黒羽くんは、拙作の中で一番感情がはっきりしてます。
では、次回。