第二話:尻
もっと良いサブタイトルあったんじゃねえのとか思ったけれど、でもこれしかないなとも思った、まる。
虎はその図体に反して俊敏で、俺が地に下りた時にはもう、その姿をくらませていた。これはつまり、それだけ考えられる能力があるということも表している。
ドラキュラは獣人と言ったか――虎達も、あるいはドラキュラの様に知能の発達したタイプのモンスターなのではなかろうか。
その俺の読みは正解であった。先程のソナーで人型を探知した辺りに、地表すれすれを滑る様に飛んで、それと接触したのである。
「俺の言葉が分かるか」
人型のそれ――黄色と黒の縞模様の髪をざんばらにした、男性型獣人とのコミュニケーションを試みる。髪の色とか、確かに虎っぽいかもしれない。あと、眼も、真っ黒の眼球に黄金の瞳が浮かんでおり、どことなく宝石の方のタイガ-アイと似た光を放っていた。
「お前は――お前はいったい何者だ! どうして空から降りてきた!」
低い声で、目の前の獣人は答えた。
なるほど意思疎通は可能なようで、そのことに少し安心する。同時に、俺はいったい何者なのか――その質問に何と答えたものか、とも思った。
このゲーム内での俺の肩書は「トレジャーハンター」であるから、そう答えれば良いのか、それとも死霊術師ですと答えるべきなのか。まさか空の王を従える者であると答えるのが正解なわけがない。
逡巡の末、選んだのは前者だった。
「トレジャーハンターと? なんだそれは」
端正に整った顔が不思議そうに傾げられる。やや童顔であることも相まって、どう見ても「格好良い」タイプのイケメンであるのに「可愛らしさ」が強調された。どことなく愛嬌のある奴だ。
「トレジャーハンターは……えっと、なんだろう。なんかアレだ、アレだよほらアレ」
「アレ? アレとはなんだ」
身長は俺より大きい。二メートルは無いにしても、それに迫るくらいにはあるのではないだろうか。もしそうだったら俺より二〇センチくらい高いことになる。一七〇センチメートルの俺が見上げなければならない人物であるのに、やはり感じたのは可愛らしさであった。
これ、虎の人たちの集落とかあるのかな。めっちゃ行きたくなってきたんだけど。女の子とかいるのかな。優樹という彼女はいるけれど、それはそれとして、可愛らしい生き物を愛でたいのは人間の性のハズ。
さておき、俺も、実はトレジャーハンターが何なのかよくわかっていなかったりする。俺と優樹を拉致してきて、ロクな説明も無しにこのゲームに放り出しやがったAIのせいだ。伝説級宝とかいうのを集めればこのゲームはクリアできるらしいのだが、そもそも伝説級宝からしてわからなかったのである。先程神話級宝の説明と共にドラキュラから補足で説明してもらって、やっと把握した。
「宝を見つけることを生業とする人たちの総称らしいです」
「おお、なるほど。つまりお前はこの辺りにも宝とやらを探し求めてきた。そうだな」
「いや、ちょっと違うというか」
ちょっとというかだいぶ違うというか。宝を探す気なんてさらさらなかったし。ただ単に空を飛んでみたかっただけで。浮遊島から降りてきたところが、たまたまこの場所だったわけで――というようなことを、時々質問を受けながら、虎の獣人に説明する。
「わかった。つまりお前は、鳥族の奴らではない」
「違うぞ。人間だ」
「人間……? お前は人間なのか? 羽が生えているではないか」
羽、そういえば、悪魔の――蝙蝠の形をした羽をずっと出しっ放しだったことを思い出す。木が乱立するような地形においては、力強くスピードに乗れるもののあまり小回りの利かない堕天使の羽と違い、あまりスピードは出ないものの小回りが利き、かつ森の中という障害物だらけのコースでもぶつからないコンパクトさを兼ね備えた悪魔の羽の方が便利なのだ。
「これは俺の魔法だ。友達から力を借りているだけ」
友達、で良いのか? 魔王ドラキュラと俺の関係は。主従関係の方が正しいのか。でもまあ別に、その辺りはあまり詳しく説明することも無いだろう。
「わかった。お前は我らを攻撃しない。そうだな?」
「そのつもりはない」
まあ、危害を加えてくる気が無いのなら、別に積極的に戦闘したいとも思わないしな、特に意志を持っているモンスターとは。
「わかった。お前、我らの集落に来るか? 長老、お前を歓迎すると思う」
「嬉しい申し出だ。でも、さっきも言ったが、あと二人仲間がいる」
「構わない。お前悪い奴じゃ……ない。お前の仲間、きっと悪い奴じゃない」
どうやら、俺たちのことを、彼らの集落に案内してくれるらしい。
断りを入れてから一度空に舞い戻り、優樹とドラキュラに事情を説明した後、また取って返すと、森の中に散っていた大虎達が、ちょうど集まったところだった。直後に虎達は次々に人型に変身していく。皆屈強な若者たちで、髪の色や瞳の色などは共通していた。
「我らは虎人。客人三名を歓迎する」
☆☆☆
道幅が数十センチもないような獣道でも、平均身長が二メートルを超すような彼らの後について歩くと、何の苦にもならず、悠々とついていけた。俺と優樹が横に並んで歩いても、道幅は数十センチしかないというのに不自由しないほどだ。木々が、そして背の高い草が、彼らに押しのけられて――道が拡張されるのである。
ちなみにドラキュラは人型の姿で、汗もかかず涼しい顔で、俺たちの後を歩いている。聞けば、暑さ寒さはあまり感じない体質らしい。まあ――吸血鬼であるわけだから、当然といえば当然、なのだろうか。対する俺たちも、現実ではありえないことに、こんな道なき道を歩いているのに汗もかいていないし、互いに支えあわなくとも歩けるし、ゲームってすごいと再認識しているところではあるが。
歩き始めてから十数分で、獣道は途切れ、少し開けた所に出た。
周囲に幹は見当たらないがしかし、広間全体をどっぷりと影が満たしていて、ふと不思議に思い上を見上げると、何かが天幕の様に、広場と森の境界に生えている木々に張り巡らせてあった。木の蔓――だろうか。自然に生えたものにしては、いささか細かく絡まりすぎている。まるでなにかから、それも上空から、この場所を隠すような配置だ。上から見てもきっと森の一部にしか見えないだろう。よく見ると上だけでなく、俺たちが来た獣道以外の全角度においても、同じような処理が施されてあった。だが唯一開いている獣道も、俺の後ろの獣人が蔦を絡めて隠してしまい、少し不安な気分になった。
「我らの敵、鳥族。奴らのせいで我ら、太陽を拝めない。だからこうして、集落の入り口まで蔦で隠してある。集落も同じことした。今から少しだけ洞穴を通る。はぐれないで」
☆☆☆
トンネルを抜けるとそこは。
引用元は、ここから先はなんだったか。古典の教科書の隅々まで読み込んでいるわけではないので、忘れてしまった。古典の先生が現代語訳を黒板に書きながら説明し、書き終わってから同じ説明をし、説明し終わってからもう一度説明をしている時に、暇だったから教科書の斜め読みをしていた記憶だけしか残っていなかった。トンネルを抜けるとそこは――
暗闇だった。
否、別に何も見えないほどに真っ暗というわけではない。数メートルごとに松明が設置されていて、それらが煌々と光を放っているために薄ぼんやりとした視界だけは確保できたのだ。だが、何故だ。なにゆえだ。
俺の体内時計が、修理に出しても新品に交換されて更にそのお代を取られるほど致命的に壊れていなければ、洞窟に入ってからは五分ほどでここに出たはずだ。ついでに言うと、朝宿屋を出たのが午前八時。アスファノンやアイズと別れたのが午前十一時半。虎と接触したのが大体午後一時少し前くらいで、そこから多く見積もっても、大体一時間以内にはこの場に辿り着いているはずだ。
つまりは、今は大体午後二時から三時の間くらい――
「……あっ」
よくよく考えれば、ステータスウィンドウの右下に現在時刻が表示されているのだった。時間を確認すればまだ、午後三時になる直前くらいである。
とにかく、まだ日が昇っているであろう時間帯であるのに、この暗さはおかしい、ということが言いたいわけである。
「客人。まずは長老に会う。そのままついてきて」
俺が最初に話しかけた虎人は、少し背が低い……のか? 周りの虎人に比べると、明らかに背が低い。それでも俺よりはかなりデカいのだから、彼らの平均身長の高さが窺える。
「むむむ……」
「どうしたユージュ」
いや……、と、優樹は口籠る様に言った。
「なんでもない」
何かを言いかけて、やっぱりやめた彼女の視線は、先頭を行く童顔の虎人の尻をロックオンしていた。……何か気になることでもあるのだろうか。女体と俺の体にしか性的興奮を覚えないと真顔で言ってのける彼女であるから、彼の尻自体に興味があるというわけでもないだろう。だからと俺も優樹に習い、彼の尻を観察してみたが、なにもおかしなところは見つからなかった。歩いて揺れる尻に合わせて、太い尻尾が左右に揺れているだけである。
「客人。早く歩く」
☆☆☆
ところで虎人は、硬そうな布で作られた、ちょうど軍服のような服を着ている。ゴツいコンバットブーツに真っ白のズボン、それから各人によって色が異なる上着。立場によって色が決まっているのだろうか。古来日本に実在したという聴覚の神様、聖徳太子が制定した冠位十二階みたいに。先程ここに来るまでに、すれ違った虎人たちに敬礼されていたので、童顔の虎人が上のものであることだけはわかった。
そして俺たちが通された、長老がおられるという部屋には、真っ白の上着に身を包んだ偉丈夫が、椅子に掛けた状態で、遥か高みから俺たちを見下ろしていた。椅子に座ったまま、俺たちを見下ろしている。
地面についた足から膝まででさえ、俺より既に大きい。膝を見るのですら見上げねばならないというその体躯が放つのは、圧倒的な存在感、それからプレッシャー。ちょうど空の王オシリスたるドラキュラが放つものとよく似た威圧感だ。息苦しさを感じる。
「――か」
咳払いの様に一音置かれたその言は、童顔の虎よりもさらに低い音をもって響いた。そもそも童顔の方は、女性にしてはハスキーだな程度にしか低くないので、男性としてはあまり低くはない。俺よりは確実に低いのだが。
大きい。口の話だ。真っ赤に裂けたその口からは、俺の上半身ほどもありそうな真白い牙が覗いている。
「我は。地の王ゲブの襲名者である」
――地の王。
明らかに、空の王オシリスと対になるべき存在だ。どうやら今俺の目の前に鎮座する巨躯の虎人こそが、地の王であるらしい。先程、空の王と同種の威圧感を感じたと思ったのは正解だったのだ。
ところで当の空の王はというと、どこ吹く風で笑顔を顔に張り付けている。どうやら自分が空の王であることを明かす気はないらしい。面倒くさいのだろう多分。
「我が子よ。客人の案内、ご苦労であった」
我が子、と呼ばれた童顔の虎人は地の王ゲブに一礼すると、部屋を出ていってしまう。これで、俺たち三人と巨躯の虎だけがこの部屋に取り残されたことになった。
「客人よ。我らの集落はもう見たであるか」
「見たよ。真っ暗だったじゃないか。どうしたんだい?」
「やはり気になるのであるな。順を追って話すのである。少し長くなりそうであるので、夕餉を共にしながら語らおうと思うのであるが、客人よ、どうであろう」
「俺は構わないぞ――あ、いえ、構わないです」
恐らく地の王は、普通に俺の方を見ているのだろうが、それだけで視線に射すくめられたように感じて、自然と言葉を敬語に修正してしまっていた。優樹はよく平気で喋れるな、とわりかし本気で思う。
「そうであるか。夕餉の時刻まではまだ少しある。部屋を用意させるから、そこで休むのが良いのである。なんあら、集落を見回ってみるのも良いであろう。なにせ客人は久しぶりなのである。我が子たち総員、精一杯のもてなしをしようぞ」
「助かるよ。ありがとう」
地の王が手を叩くと、童顔の虎人が再びやってきた。どうやら、俺たちがこの集落にいる間の案内役は彼に決まったらしい。童顔虎髪で金眼の彼と、透き通るような黒髪と冷たい彫刻のような美貌を持つドラキュラ。俺のパーティにイケメンが増えつつあるのだが、これは一体どうしたことか。優樹はやはり、前を歩く童顔虎人の尻を凝視していた。もしかして彼女は俺より彼の方が良いのでは? と、少しだけ不安な気持ちになったのは秘密である。
前半でも触れたけれど、今回は「尻」が結構重要な伏線だったり。エロい意味じゃないよん。「アッー」でもないです。はい。
てなわけでまた次回。
次回は多分街の散策と夕餉、あわよくば虎の集落の現状の説明……かなあ。
――次回予告兼チラ見せ――
「やっぱり暗いなあ」
「客人。集落の空は、すべて蔦で塞いでしまったのだ。光すら通さないように、蔦の隙間には土を詰め、そしてその上には更に木を植えて森を作ってある」
「どうしてそのようなことを?」
「それについては、夕餉の席で父上がお話になると思う。わたしに話せるのはここまでだ」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
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