第一話:大虎
新章イエー!
虎姫編、開幕。
「あ、ちょっと待って」
優樹に言われるがままになっていた魔王ドラキュラが、急に顔を引き締めるとそう言った。眼光は鋭くなり、纏う空気も弛緩したそれとは打って変わって、触れれば斬れるような気――これが殺気なのだろうか、押し潰されそうなプレッシャーを発し始めた。
「なんだい」
優樹が不機嫌を隠そうともしないで、ぶっきらぼうにそう言った。ちなみに彼女の怒りの対象が上手い事魔王ドラキュラに移動したので、先程から俺は、彼女の写真を取るのに忙しい。写真撮影用の水晶は、魔王ドラキュラがくれたものだった。動画撮影用の水晶も持っていたが、どうして彼がそんなものを持っていたのかはこの際気にしない方向でいこうと思う。役に立ったから良し。怒り顔の優樹さんも可愛い。
さて、そんなドラキュラは素早く辺りを見回すと、油断なく構えた。いつでも飛び掛かる事が出来るように、自然体にしか見えないながらも、両足にわずかに力が入っている。よくよく観察していても気付かないような戦闘準備であった。
「ボク達は今――囲まれている。相手は獣人で数は十八、だ」
遅ればせながら、俺と優樹の間にも緊張が奔った。
☆☆☆
「我が王、戦える?」
「……敵の強さは」
「個体の強さはアイズと同じくらいか少し劣る程度。でも、恐らく群れでの行動に習熟していると思うから、アイズの単純戦闘力と比較すると、大体百倍くらいは強い、と思う」
「百倍!? 俺、普通にアイズにすら勝てねえぞ!?」
アスファノンにちょっかい出したらアイズに張り倒されて殺されかけるし……
アイズには勝てる気がしないのは事実。
それとほぼ同等の戦力を持った――獣人、がなんと十八人もいるという。それも連携に習熟しているから、アイズなんかよりも百倍は強い。なるほど死んだな。
「ドラキュラ、憑依だ!」
「我が王の意のままに」
魔王ドラキュラの体が溶け、霊魂に変換されると同時に洞窟の蝙蝠のゾンビが俺の周りを飛び回った。
呪文の詠唱をできるだけ早口で行っていく。まだ視認できる範囲ではないが、敵は俺たちに近づいてきているという。自然と焦りが募っていった。視線だけで優樹に俺の後ろに居ろ、と合図を送る。
呪文の詠唱が完了し、魔王ドラキュラの憑依に成功した。その時点でMPポーションを二本開けて一気に煽る。一本では憑依による消費量に間に合わない。
空へと逸る気持ちを抑えつけて、優樹を抱えると空に飛びだした。
ジャングルの高空まで飛ぶと、悪魔の羽を全開にして先ほどまでいた場所を中心に旋回を開始。
蝙蝠のゾンビも俺について空へと羽ばたいていた。日光を浴びても平気なのだろうか。魔王ドラキュラは吸血鬼である前に空の神であるから太陽に焼かれる心配はないらしいが、蝙蝠はどうなのだろう。普通に明るいところは苦手なイメージがあるのだが。
とりあえず無駄なMP消費は押さえておこうと、右手を蝙蝠に伸ばし、霊魂に戻す呪文を唱えようとしたところで、蝙蝠が動きを見せた。
発したのだ。言葉を。
「我が王我が王、ボクだよ、ボクボク! 消さないで!」
「ドラキュラか……?」
だが、魔王ドラキュラなら俺に憑依しているはずであり、蝙蝠がドラキュラであるはずは……
「ボクは我が王に憑依したら、意識だけが閉じて、一時的にこの蝙蝠に封印されるんだよ。さっきの憑依の時はいきなりだったから抵抗できなかったけれど、今回は無理矢理意識を覚醒させてみたんだ」
「それで……初めて俺に憑依した時に喋らなかったのか?」
「そうだよ。意識を失っていたんだ」
なるほど。把握した。
本来なら憑依状態にあるモンスターは意識を失うらしいが、ドラキュラは無理矢理力技でそれを克服したらしい。空の王の座を冠していることといい、つくづく規格外な奴だ。憑依状態のモンスターが意識を失うことが決まっているのなら、それに逆らうということはつまり、このゲームの基本構造そのものに逆らうということなのだから。
それはさて置き。優樹を担ぎなおす。お姫様抱っこの姿勢は腕が疲れてしまった。実際にやってみると優樹の顔は吐息が顔にかかるくらいの凄く近くにあるし、体も密着しているし、なんだか良い匂いもするしと良い事ばかりだが、一つだけ腕が疲れるという欠点がある。ここは上空、ついうっかり、手が(腕が?)滑ってしまった、では済まないのだ。
「ユージュ、俺の首に自力で掴まれるか?」
「ムムムむむ無理む無理無理だってば!」
「とりあえず俺の首に手を回してくれ」
言いつつ、彼女の両手が俺の首に回りやすいように身体を捻る。
弱々しい動きとは裏腹に首に回された腕の力強さは――
「ちょ、痛い痛いって、ユージュもう少し緩めて!」
「え、あ、ご、ごめん……」
「……よし、うん、それくらい」
優樹が俺の首に手を回して全力で身を委ねてきたものだから、彼女の吐く息が首筋に当たってなんだかくすぐったい。
しかしこれで右手が空いた。左手は優樹の両膝を支えたままではあるが、彼女の肩辺りを支えていた右手が自由になったからである。
「グングニルで空から狙い撃ちすれば――」
「お言葉だけど我が王、グングニルは通用しないよ、敵には」
蝙蝠の姿のドラキュラがそう言って、俺は危うくグングニルを取り落としそうになった。
「どうしてそう言い切れる?」
俺がそう聞き返すと、魔王ドラキュラは器用にも蝙蝠の姿のままで溜息をついて見せた。
「やっぱり我が王はグングニルについて何も知らないのか。不肖ながらボクが説明してあげるよ」
確かに、俺はグングニルについてはその名前しかわからない。ふつうあるはずの武器や防具についての説明欄が激しく文字化けしているからだ。
「まず神槍グングニルは、投げたら対象に必中し、そして投擲者の手元に戻る正真正銘神の武器、伝説級宝とは別カテゴリのアイテムだ。神話級宝っていう名前なんだけど――今は関係ないかな。要は手に入れるのが「不可能」なシロモノが神話級宝だって思ってくれたら」
「不可能といっても、俺はこうやって槍を」
「そう、神話級宝は、誰がどのようにすれば手に入れられるかが分からないんだ、それこそ誰にも。でも、一つだけわかっていることは、神話級を手にした者は世界の存亡をすら左右する力の持ち主に成長するらしい、ってことだ。実際我が王は、今この状態、ボクを憑依させてグングニルさえ十全に使えたら、三千世界で三桁くらいには食い込む程度の実力はあると思うよ」
いまいち実感が湧いてこなかった。
グングニルを握る右手が汗ばみ、滑り落ちないように気を付けて握りなおす。
「さて、それでその槍だけれど、その神槍グングニルの特徴は大きく四つだ。一つ、絶対に壊れない。二つ、投擲すると敵に必中する。三つ、投擲された後は対象に突き刺さった後、投擲者の手元へ戻る。四つ、これはメリットではなくて負の特徴だけれど、槍で敵を斬り付けた時に敵と槍の所持者の戦力差を測り、その戦力差に応じて攻撃力が増す――つまりは自分より数段も上の敵相手じゃないと使えないことで、そのせいで雑魚相手にはまるで役に立たないただの棒と化してしまうところにある。さらに、どんな敵でも一度は斬り付けていないと、槍の効果が発動しない」
「なるほど――槍に対しての疑問は大体全部……解けた、のかな」
「つまり我が王よりは数段弱い獣人どもには、打ち込んでも何のダメージも与えない」
なるほ――って、ん? ドラキュラの言葉におかしな部分を見つける。
「アイズとほぼ同等の戦闘力の獣人が俺より数段弱い?」
「うん? うん。実際、今の我が王なら、別にグングニルなんか使わなくっても、ボクのスキルだけで敵を掃討できると思うよ」
それなら、優樹をどうやって守るかが重要だった。
だったらと俺はドラキュラ(蝙蝠の方)に言って、彼女を背中に乗せる。
「ずっと空を飛んでいれば安全だろ?」
「まあ、地上よりは格段に安全だろうけれど我が王、この蝙蝠の膂力じゃちょっと――」
「クロウ!? 僕をこんなところに置いていくつもりかい!? しかもドラキュラと二人きりで!」
文句が止まらない蝙蝠と、不服を申し立てる優樹、それぞれの両肩(蝙蝠は……羽の付け根?)に手を置いて、俺はこう告げた。
「一瞬で終わらせるから大丈夫」
☆☆☆
ついでにグングニルも蝙蝠に引っ掛けぶら下げておいて、完全に手ぶらの状態で俺は空から地面に向かっての急降下を開始した。その途中、MPポーションをもう一本開けてMPを全回復させておく。全身憑依状態である今、何もしなくともMPはじわじわと減っていくのだ。気付いたら補充するくらいでないとすぐにガス欠を起こしてしまう。
その空き瓶を先程俺たちが立っていた辺りに投げつける。
すると計算通り、それに飛び掛かる影が二つ――体高三メートルはあろうかという、巨大な虎が二匹だ。あれが――獣人? 見ると確かに、片方は二本足で立ち上がっている。
視界の隅に表示される、使用可能スキル一覧の中から、魔王ドラキュラを憑依させたことで追加された能力の項を読んでいく。
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装備スキル メイスLv1 ワンドLv1 魔道書Lv1 魔装Lv74 槍Lv321
職業スキル 操魂Lv67 使役Lv68 闇魔法Lv52 魔装術Lv49 憑依Lv48
特殊スキル 吸血《敵の血を啜り、ダメージを与えると同時にHPを回復する》
飛行《空を飛ぶ事が出来るようになる》
変化・蝙蝠《蝙蝠に変身できる》
凶爪《異常に硬化した爪の一撃は岩をも切り裂く》
血脈魔法《血に関する魔法を習得する》
夜歩く《太陽が沈んでいる時、全ステータスが二倍、満月の時全ステータスが四倍》
吸血鬼《血を吸った相手を自分の眷属にして、隷属させる事が出来る》
制空権《空において全ステータス二倍。この場合の空は落下ダメージ適用高度とする》
空の王《空において敵の全ステータス半分。この場合の空は落下ダメージ適用高度とする》
空の中《飛行中、一秒につき1、HPを回復する》
裂空波《空を裂く一撃。中距離攻撃》
割空波《空を割る一撃。遠距離攻撃》
空に咲く黒色の翼《吸血鬼の身で空の全権支配権を得たことにより使えるようになった。その一撃は空に己以外の存在を許さず、地表の下等種が空を見上げることを許さない》
補助スキル MP+1000
HP+1000
Sp+1000
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吸血鬼としてのスキルと空の王としてのスキルが半々くらい、か。空の王の方のスキルは攻撃魔法にかなり寄っているようだ。空に咲く黒色の羽……羽? 間違えた、翼だ。なんとも既視感を覚える名前――
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――――――システム、オールグリーン。問題ありません。
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空に咲く黒色の翼という技は、明らかに他の能力とは一線を画している。消費MPも数字じゃなくて残りMPすべてと表示されているし、説明を見る限りでもかなりの高威力が想定される。だがこれはとりあえず今は良い。というか今使えば、優樹を巻き添えにする可能性が非常に高い。空に己以外の存在を許さず、とまで書いてあるのだから。
自分たちが飛びついたものがポーションの空き瓶であったと気付いたや否や、とっさに周囲へ警戒の視線を送り始めた二頭の巨大虎に、ジャブ代わりに割空波を打ち込むうことにする。野球の投球フォームと同じように、右手を後ろに振りかぶって振り下ろすと、大体手首のスナップを使うあたりで右手の肘から先より、半月の形をした超大のエネルギー刃が飛んだ。
それは音速で飛翔すると、二頭の虎に直撃する。爆発。衝撃波の通り道にできた真空に周りの空気が流れ込む音と共に、土煙が立ちこめた。
土煙が視界を遮り、二頭の虎がどうなってしまったかまでは分からないが、戦闘後のリザルトが表示されないということは、まだ敵は生きているということだ。注意深く辺りを確認しつつ、ゆっくりと高度を落としていく。こうも土煙が立ち込めてしまうと、空からのアドバンテージなんてほとんどなく、どころか他所から遠距離攻撃で狙い撃ちされる恐れもあったので、初撃を繰り出したら高度を下げるよう、ドラキュラに言い含められていたのだ。派手な遠距離魔法は、威力はあるが術者の位置を教えてしまうことと大差ない。
「酷い有り様……でも、ないな」
自分でやっておいてなんだが、割空波を打ち込んだあたりの地形は酷いことになっているものだとばかり思っていた。土煙も立ち込めているし。しかしなにぶん木々が破壊不可能の固定オブジェクトであり、地面やなんかも地表数センチからは固定であるから、エネルギー刃が巻き上げたのはそのあたり、わずか数センチの土だけだったのだ。
検分はそれくらいにし、周囲の状況を探るべく行動を開始する。
唱える呪文は変化・蝙蝠――吸血鬼の専売特許みたいなスキルだ。呪文の完了と同時に、四肢の末端から皮膚が剥がれていき、それらの破片はすべて小さな蝙蝠になった。それは徐々に体の中心へと向かっていき、俺の意識がある一回り大きい個体と、その周りのスズメ程度の大きさの蝙蝠の群れがそこに誕生していく。
「――――――!」
超音波。
全方向に可聴域外の高音波を放ち、反射してくる音波を拾ってソナーの代わりにする。
十二時の方向に虎が二体、三時に人型が二人、五時に虎が八体、八時と十時に虎が三体ずつだ。魔王ドラキュラは彼らを獣人だと呼んだが、今の俺と同じように、人から虎になれる亜人のことを指すのか?
あとでドラキュラに聞こうと脳内にメモしつつ、俺は無音で虎狩りを開始したのだった。
今回はなんだろう、虎? 的な? ……さって章タイトルどうすっかな(ネタ切れの兆し
今の予定では「仲間にしますか」で、実際もう設定してあるけれど、もしかしたら変わるかもしれない。「Do_you_make_a_friend_?」だな。これにしよう。あ、うん、もうこれで決定で。
では、次回ちょっとだけドンパチ。ちょっとだけ(フラグ
ではたしぎでしたノシ
――次回予告兼チラ見せ――
「お前は――お前はいったい何者だ! どうして空から降りてきた!」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
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