最終話:全権支配
詰め込んだらめっちゃ長くなった。
毎話大体五千文字プラスちょいを基準にしているのですが、今回は少し多めで6841文字あります。千五百文字だけ次話に持って行っても良かったんですけど、章をまたいでしまうので、やっぱりキリが良いところで終わらせることにしました。魔王ドラキュラ編、完結です。
地面が途切れているところからはものすごい急勾配の坂になっていて、立つことはもちろん、そもそも上に乗ることすら不可能。斜面というよりはもはや崖だ。
そこから視線を先に進めると、崖も唐突に途切れ、驚くことに雲が広がっている。
その雲の切れ間から見下ろすと、見えたのは大地だった。緑色の広大な大地。
「島が……これ……飛んでる、のか?」
「物凄い高い何かの上に、今僕たちがいる地面があるだけかもしれないよ、クロウ」
「は? 何を言っているのですか。私達がここにいるということはつまりD.F.S.からログインしたことの証明に他ならないのです。D.F.S.すなわち移動巨大飛行艦の国なのですよ? 空を飛んでいるのは当たり前なのです」
「……聞いていないぞ……」
「何か言ったか、ユージュ?」
「別に何も」
ということはつまり、この島は空を飛んでいるということなのか?
「だったら、飛び降りてみるか」
「お、お前はアホですか!?」
☆☆☆
「真下に広がる大地も、このゲームの一部じゃないのか?」
「それは……そうなのですが」
それなら。
別に飛び降りても大丈夫なのではなかろうか。ゲームのフィールド外だからと身動きが取れなくなるようなことも無いはずである。
というかそもそも、俺達が今いるこの島が浮いているということは、飛び降りなければ眼下の大地には辿り着けないということに他ならないはずだ。
「でも、落下ダメージというものがあって」
「そうだよクロウ、ここから飛び降りるのは得策じゃない」
アスファノンとユージュが口々に俺の行動を止める言葉を放ってくる。
まあ、それだけ二人が言うのなら、別に逆らおうという気など起きないわけなのだが。
――その時だった。
俺達のことなどお構いなしで、自前の羽で空を飛びながら崖を検分していた魔王ドラキュラが、声を上げたのは。
「看板があったぜ、こんなところに」
「看板? そんなものがそんなところにあるわけないのです。ふざけたことを抜かしていないで、お前もさっさと上がってくると良いのです」
「文字が書いてあるようだから、今から読むねー」
アスファノンはドラキュラの行動も制したが、当の本人はどこ吹く風で、見つけたらしい看板の文言を読み上げていく。ちら、とアスファノンの方を見やると、どことなく焦った様子で爪を噛んでいた。焦った――様子? 何に?
「有翼のものよ空駆けるものよ、ここは天魔の地」
声質だけはやたらと綺麗なドラキュラの声が下から届く。
「行きは良い良い帰りは恐い、降りるものは用心しながら降りるが良し」
だってさー! という、魔王の声と共に、彼は俺たちのいる地面にまで上ってきた。ちなみに俺達地上組は、崖から一定距離を保って地面に座り込んでいた。
眼下に広がる崖と雲と別の大地には驚かされたものの、一瞬驚いただけで、変わらない景色にすぐに飽きてしまった結果である。
アイズはドラキュラから身を隠す様に、アスファノンの後ろに座っている。どうやら彼女の中では、NPCである魔王ドラキュラでさえも恐怖の対象であるらしかった。人見知り――彼女も、アルビノである事が原因なのだろうか。俺も中学校くらいまであんなんだった気がする。もしかしたら、昔の自分を見ているみたいで嫌だったのかもしれない。俺はやはり彼女のことを好きになれない。
「降りられるみたいだよ、下まで」
「……余計なことを……」
「本当かドラキュラ? 降りられるんだな?」
嬉しさで若干テンションが上がっている俺にしかし静止をかけたのは、やはりアスファノンであった。
「お前は空を飛べるのです?」
「は? 何を、いきなり――」
「飛べないのです」
当たり前だろ。
現実ではありえない跳躍力こそあれ、それが浮遊能力かと問われればノーだ。
「お前は、飛べないのです。このゲームでの落下ダメージは十四メートルプラス自分の身長で致死なのです。こんな高さから飛び降りたら、万に一つだって死ぬのです。――死ぬ、のです」
アスファノンが最後に付け足した言葉が、やけに重たく響いたように感じられて、身震いする。
「だってさ、クロウ。僕も落下ダメージのことは知らなかったけれど、まあ、そもそも下りるのには反対だったのだけれど、降りるのはやめた方が良い」
優樹もアスファノンの言葉を継ぐように言った。
続く。
「しかしここから降りることが理論上可能だということは、何らかの方法によって合理的に降りられるということだ。つまり降りる方法はどういった形であれ用意されているということになる。なら、その方法とやらを先に見つけるべきではないかと僕は思うよ」
「まあ、確かにそうだな」
「じゃあ、さっさと先に進むのです」
と、言って。
言葉通り右に反れる獣道に二、三歩踏み出したアスファノンの歩を遮ったのは、魔王ドラキュラの言葉だった。
「待って待って、つまり我が王が空を飛べたらすべてが解決するわけだよね?」
「違うのです。聞く耳を持たないのです。さっさと進むのです」
あー、もう、埒があかないや、と、そう言い残して、魔王ドラキュラはその姿を消した。いや、違う。霊魂の状態に戻ったのだ。
光を飲み込む漆黒の霊魂が揺らめきながら近づいてきて、俺に言った。
「我が王、ボクが君に憑依すれば、万事解決すると思うよ」
「クロウ、ドラキュラ。馬鹿なことを言っていないで、次に進まないか?」
優樹まで、何かに急かされるように俺の手を引っ張り歩き出すが、しかし俺の後ろ髪を、先ほど見た広大なる大地が引っ張った。
先程最初に崖から見下ろした時、眼下の光景に、完全に目を奪われたのだ。
どこまでも広がるぼやけて霞む地平線に、もはや一色にしか見えない緑――森。黄色く見えたのは砂漠だろうか。
つまり俺は、宇宙から見た地球的光景に、目を、そして心を、完全に奪われていたのだ。
崖がある分を引いて百八〇度に広がる星のパノラマを、三百六〇度で眺めてみたかった。眺めて見たかった。
何もない空間に、身を投じてみたかった。
どうしても、ここから。
飛び降りて、みたかった。
何も死のうというわけではない。方法が無ければすっぱり諦めるつもりであったし、方法を探し見つけ出せたら今度こそ飛び降りると今日はここを後にしても良かった。
だが、それでも。しかし、それゆえに。
魔王ドラキュラが囁くその方法に、俺が心を躍らせないわけがなかった。
「憑依――自分憑き・全身!」
☆☆☆
――――――システム、オーバーライト。
――――――上書き中です……
――――――上書きを完了しました。
☆☆☆
自分憑き・全身――先のドラキュラとの戦いの後、一気にスキルレベルが上がったことで使えるようになった、自分憑き・怪物の手などの最上位魔法である。効果は文字通り、モンスターを全身に憑依させること。
モンスターによって、憑依させられる箇所というものは異なる。ハッコ・ゴブリンは腕、シャドウ・スネイクなら目という風に、それぞれモンスターの特徴を最大限生かせる場所に憑依箇所が対応しているのだ。ゆえに、全身憑依に対応しているモンスターというのは非常に珍しいようだ。俺の今の手持ちでは、魔王ドラキュラのみである。ちなみにだが、全身憑依が可能なモンスターは全身どの部分にでも、部位を区切っての限定憑依が出来る。例えばドラキュラを腕にだけ憑依させる――とか。
「やめろ! クロウ!」
何も怒鳴らなくとも。
そんなにここから下りたくないのか――もしかして優樹、高所恐怖症?
視界の隅にウインドウが立ち上がり、俺の見かけが変化したことを知らせる。
瞳の色は変わらない。血のような赤は俺と魔王の共通項だ。しかし魔王の髪は漆黒で、俺は白髪。相反するそれらは、顔の右半分を隠すくらいに伸びた漆黒の前髪というところで収まったらしい。髪の変化はそれだけしかない。
服装も、ほとんど変化していない。麻の上下。変わったことはといえば、色がやや黒みがかったくらいか。
マイナーチェンジも良い所である。前髪伸びただけじゃねえか。
魔王ドラキュラは、二対の羽を持っていた。堕天使の羽と、悪魔の羽を一対ずつだ。
なんとかして出せないものかと肩甲骨の辺りを動かしてみるも、現れない。
――出ろ。
なので、念じてみたところ、これが正解だった。肩甲骨の辺りから堕天使の翼が、腰骨の辺りから悪魔の翼が、それぞれ生えたのである。
上の堕天使の羽は肩甲骨を意識すると、悪魔の羽は動きを想像するだけで、それぞれ動くようだった。
堕天使の羽を羽ばたかせて、体を浮かばせてみる。
「お――おお? 飛んだぞ」
わずか数メートルといえど、確かに飛んだ。
しかし維持が意外に難しく、空中でバランスを崩すと顔面から地面に突っ込んでしまう。
「ほら見たことか。そんなので降りてもパラシュートなしのスカイダイビングと何にも変わらないよ」
優樹が勝ち誇った様に言うが――いや、と、首を振る。
「今ので大体分かった」
飛べる。
☆☆☆
「それじゃあ私たちはこのまま旅を続けますので、お前たちはそこからでもどこからでも、好きに飛びおりるが良いのです」
「…………」
アスファノンとアイズが、ここから飛び降りることに対しての巻き添えを嫌ってか、あるいは本来の目的とは違う脇道攻略に傾くことを恐れてか――俺の意志が固いと見るや、あっさりと手のひらをかえして見せた。アイズは最後まで喋らないようである。
「ちょ……ファノ――アスファノン!? 逃げるつもりかい!?」
「すいませんなのです、ユージュ。私には、アイズの――アイズがいますので」
「でもこれはプログラムにない行動だろ――」
「ん? プログラム?」
優樹の言ったその言葉に疑問を覚え、つい口を挟んでいた。プログラムにない、行動?
どういうことだ? 予定にないということか?
俺が聞くと、優樹はあからさまにしまった! という顔をしてみせたが、咳払いでそれを誤魔化した。
「アスファノン、アイズへのフォローは任せた」
「任されたのです」
何事か、優樹とアスファノンとの間で声を潜めて言葉が交わされたようだが、俺の立ち位置ではうまく聞き取れなかった。
優樹が俺のところまで歩いてくる。
彼女は、俺の目の前まで来ると、左手をこちらに伸ばしてきた。
「Initiali――」
「捕まえた」
俺は伸ばされた左手を掴むと、優樹の体を一気に抱き寄せる。そのまま膝の裏に手を入れると、抱き上げた。お姫様抱っこ――男が女の子にしてみたい行動ここ数百年不動、堂々の一位。
「え、あ、ちょ、クロウ、ちょっと待、あ、や――」
「じゃあなアスファノン」
「また会える日が来ないことを心から願っているのです」
そんな憎まれ口を叩く彼女の顔には、諦念が浮かんでいた。少し気になったが、それよりも、空への渇望が俺を駆り立てていた。
魔王ドラキュラを憑依させてから、飛びたくて仕方がないのだ。空に身を投げ出したい。全身で風を切りたい。引力に逆らいたい、あるいは重力に引かれたい。空への憧れが、無限に湧き出て枯れることが無い。
とにかく俺の意識はもう、空に夢中だった。ゆえにか、アスファノンの諦念に対する疑問もすぐに忘れてしまい、そして。
「俺はまた会えることを楽しみにしてるけどな――!」
「ぎゃあ――っ!」
最後までアスファノンに体を向けたまま――つまりは背中から、空に飛びだしたのであった。
☆☆☆
地表が星であると定義すればの話である。
それなら、空は宇宙ということになるのであった。
だから俺は今、宇宙と同化していた。宇宙の一部だった。
翼で落下に制動を掛けることなく、自由落下の速度で落ちる。みるみる地面が近づいてくる。
一番最下層の雲を突き破ったところで、徐々に羽を広げ、スピードをだんだん殺していった。悪魔の羽で舵を取りながら、空を滑空する。
しばらくそのままでスピードを殺し、充分にスピードが死んだところで今度は堕天使の羽を広げる。これをパラシュート代わりにして、着地するつもりであった。
地表が詳細に見える位置まで落下していた。
先ほどまでの針葉樹林とは違い、今度は熱帯のジャングルといった感じ、か。トラでもいそうである。猛獣型モンスターとかがメインになるのかな、と適当に当たりをつけてみた。
両羽を駆使して最大限勢いを殺し、音を立てずにふわりと地面に着地する。
それから、恐怖のあまりか悲鳴すら出なかったらしい、若干朦朧としている優樹の肩を揺すり、意識の覚醒を促す。同時に、MPの消費量が半端じゃないので、魔王ドラキュラの憑依も解いておいた。
「ん……」
「おはよう、優樹。昨日は激しかったね」
「そうだね……クロウ。気持ち良かった……」
寝惚けてる寝惚けてる。
とろんと半分程度しか開いていなかった瞳が、一瞬後急に見開かれた。その眼には憤怒の炎が宿っている。炎が幻視できるほどに、人は怒る事が出来るのですね。俺は今日ひとつ賢くなり――
「クロウの――馬鹿者っ! あ、阿呆か! し、し死ぬかと思ったんだよ!?」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい。あまりに高いところにいたものだからテンションが上がってまして」
「どうしてあのような凶行を!?」
今にも掴みかからんばかりの剣幕で言われ、今回ばかりは怒っている優樹さんマジ可愛いとか余裕こいてられるわけもなく、本気で反省しているのだった。誰がどう見ても俺が悪いし、下手すれば心中だったのだ。
どうして――
俺は高いところが好きだ。訳も無く飛び降りたくなる。実際にやりはしないが、なんとなく。だから先程、浮遊島からこの大地を見下ろした時も、テンションが上がったのは確かだ。だが、普段の俺ならまずそんなことはしない。実行は絶対にしない。
「その疑問にはボクがお答えしよう! 呼んだかい――ボクだよ!」
魔王ドラキュラが、空気を読まない、底抜けに能天気な声と共に勝手に顕現した。
「我が王も、これは結構大事なことだから、ちゃんと聞いておいてね」
「うん? うん」
「まずはボクの本当の名前を名乗っておくね。必要なことだから。通称魔王ドラキュラであるところのボクは、昨日蝙蝠から進化した際に、空席であった空の支配権、天空王の座を賜りました。その時襲名した名前が空の神オシリスです。まあ、神ってのは名前だけだけどね」
「……続けたまえ」
「つまりボクは空におけるすべての庇護を受ける事が出来るわけで、ということは三千世界全てにおいてボクの一番居心地の良い場所というのは空、ということになるわけなんだ。ここまではオッケー?」
なんとか、と返事をする。
つまり魔王ドラキュラは、吸血鬼の王であると同時に、空の全権支配者にまで上り詰めたというわけだ。空の神オシリス。魔王ドラキュラよりも、こちらで呼ぶべきなのだろうか、なんてこの際蛇足なことを無駄に考慮してしまう。
「だから、ボクを従える我が王にとっても、空というものは居心地の良いものに感じられるんだ。ボクが憑依して疑似的に空の王となっていた時は、より顕著にその影響が出ていたはずだよ」
「……なるほど、確かにそうかも」
先ほど、異常なまでの空への渇望があった。それはつまり、魔王ドラキュラ――空の全権支配者オシリスを憑依させていたから、ということになる、のか?
というかドラキュラが憑依している時は、俺が空の支配者になるのか。衝撃の事実だ。ゲームの世界の空すべてを手に入れてしまった。スケールが大きすぎて実感がわかない。特に感想も出てこない。
「つまりだ、ドラキュラ。誠に勝手ながら僕が結論を出してしまっても構わないね? いいや文句は言わせない」
「えーっと、まあ、どうぞ、我が王の妃よ」
「きさ……っ! ん、いや、うん。クロウが飛び降りようとか言いだしたのも、僕を巻き込んで実際に飛び降りてしまったのも、こうしてどこだかわからないところに着地したのも全部――お前のせいだという、ことなんだね……?」
「我が王の妃よ。お言葉通りであります」
冷や汗が顎を伝い、地面に落ちたのを見逃さなかった。魔王ドラキュラの顔色が、見るからに青白く――って、元からこいつは青白いのか。しかし怯えは伝わってくる。いつの間にか口調も敬語になっていたし。
優樹が丁度俺に背を向けて、ドラキュラとの間に立つような位置取りなものだから、彼女が今どのような表情を浮かべているかは知る由も無かったが、ドラキュラがここまで怯えるとは、是非見たくないものである。横顔は見えるが、可愛いなあ、という感想しか出てこない。今頬擦りしたら殺されるだろうな、でも。
「やっぱり――やっぱり、お前なんか嫌いだ!」
顔を真っ赤にして叫んだ優樹を見て、あ、可愛いとか思ってしまう自分は、魔王ドラキュラに対しても、空気が読めないやつだなあ、とか言う資格が無いのかもしれないなんて、優樹が魔王を責め立てる姿を見て、そんなことを考えている俺なのであった。
優樹を怒らせたら怖い――魔王ドラキュラにも、さぞかし良い経験になったことだろう。ふと、そんなことを思った。
アスファノンとアイズは、しばらくしたらまた登場します。する予定、とかじゃなくて。します。絶対に。何せ彼女たちにはいろいろと役目がありますから。
さておき、魔王ドラキュラが気付いたら空の全権支配者になってました。おっかしいな。プロットには「空最強のイメージ」としか書いていないのに。何をどこで、どう間違えたのかしら。
次はプロットに「陸最強のイメージ」と書かれた女の子が登場する章です。コイツも書いてるうちに化けるんだろうなあ……(/_;)
ではではこの辺りで。
――――ボツカット――
「漏らしました」
「ウ、ソ、だ、ろっ!」
「冗談です」
「なんで敬語」
「いや、本当冗談なんで」
「いや口調変わってるし」
「うるさいな! あんな高いところから背面フリーフォールしたら誰だって!」
――――
あまりに長いので、泣く泣くカットされたシーンでした。
――次回予告兼チラ見せ――
「我が王、戦える?」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
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評価、感想、レビューなどして下さったら、いつもの八倍泣いて喜びます←ここ大事




