第十五話:肋骨
フェチじゃないよ(サブタイトルの話
魔王ドラキュラを下し、二回目の蝙蝠との戦闘も終えた後のことである。
昨日はその時点で、深夜一時だった。だから、ボスを倒したことで進む事が出来るようになった洞窟の奥へは、今日、これから、進むことになっていた。アスファノンの提案だった。
ボスを倒して先に進む――アスファノンとアイズ、彼女たちの本来の目的である。
「一応聞いておくのです。準備はできていやがるのです?」
「大丈夫だよ」
優樹が言う。俺は首肯するだけにとどめた。
洞窟の蝙蝠の索敵範囲を超えて、奥へ。どうやら、まだリポップはしていないようだ。索敵範囲を超えるまで、蝙蝠に襲われることは無かった。それにしても、アスファノンの能力が羨ましい。モンスターの索敵範囲が地面にマーカーされて見えるらしいのだ。ちなみに中ボスなんかだと、リポップしていなくとも索敵範囲は固定なので、蝙蝠のいない今でも範囲が分かったらしかった。
「誰かがさあ、中ボスを倒した直後とか、ボスモンスターがまだリポップしていない時に違うプレイヤーが来たらどうなんだ? ボスと戦うことなく素通りできることになるけど」
ふと気になったことを口に出してみた。
もしそれが可能なら、戦わずしてボスを攻略できるようになるわけだが。
「それは無理なのです。中ボスのリポップにかかる時間がたとえまだ残っていたとしても、そのモンスターと一度も戦ったことのないプレイヤーがいれば、残り時間を無視して湧出するのです」
「なるほど」
「こんなこと、ちょっと考えればわかるのです。これだからトサカは」
「鶏頭ってことね……」
☆☆☆
そんな益体の無いことを話しつつ洞窟を進み、いくつめかの角を曲がったところで、遠くに光が見えた。あそこで洞窟は終わりらしい。出口だ。
「この先って何があるんだ?」
「私たちも行ったことが無いのでわからないのです」
「呼んだー? ボクだよ!」
「出たな吸血鬼! ここで会ったが百年目! 僕が直々に――もうすでに一人称から被っているだと……!?」
一人で掴みかかって一人で戦慄している優樹はとりあえず放置の方向性で、突然何の前触れも無く現れた魔王ドラキュラに聞いた。
「この先に何があるのか、お前は知っているのか?」
「もちろん知ってるよ! この洞窟の周辺のことなら、地図に載っていない道から何から全部」
「物知りキャラが僕の手から……!」
「どうしてお前はそこまでドラキュラに対抗意識を燃やしているのです……?」
「僕はこいつが苦手なんだ! 昨日だってクロウとデキると思ったのに!」
「お前は本当にそのことしか頭にないのですね」
外野のことはこの際、聞かないことにする。
中途半端に、というかもはや、ツッコミを入れればそれだけで火傷しそうだ。
「例えばねー、えっと……ストップ。ちょっと止まって我が王」
「あ? なんだ」
魔王ドラキュラに言われたとおりに立ち止まる。それにあわせて優樹やアスファノン、アイズも立ち止った。
特に何もないのだが。五人が手を繋いだら端から端まで届く程度の幅に、上級職の膂力で全力ジャンプしたら天井にぎりぎり到達できそうな高さの空間。この洞窟内にならいくらでも目にする事が出来た洞窟の通路の実に半分をも塞ぐ巨岩。先ほどまでに何度も目にし、特にめぼしいものも無いと通り過ぎてきた地形だった。
ここに何が?
そう問おうかと思ったその矢先――魔王ドラキュラは、言葉ではなく行動で、その答えを示してくれた。俺はその答えを、言葉による説明ではなく、現象を見て、把握した。
「百聞は一見に如かず――ってね。ここ、ほら。この巨岩、隠し通路の目印なんだ」
どこにそんな力があるのか、巨岩をまるで苦にもせず転がし、魔王は巨岩を数メートルほどずらしてみせた。巨岩が先ほどまであった位置に、下向きの階段が出現する。
「行く? 頂上級ダンジョン魔属性・邪神祭壇「三つ首犬の守り場」。攻略可能人数目安は全スキルがカンストしたトレジャーハンターが三六人だってさ」
「三六人って……六パーティなのです! 私たちなら入った瞬間に死ぬのです」
「僕は遠慮しておくけれど、ドラキュラ、君だけで行ってくると良い。僕とクロウは――僕と! 僕のクロウは! 悪いけど先に進ませてもらう」
せっかく岩を動かしてくれたところ悪いんだが、俺だってできればそのような地獄には潜入したくない。そもそも俺はゲームを始めたばかりの初心者だし、いきなりそんな、最終ダンジョンみたいなところに行けるわけがない。即死する自信すらある。最悪階段を降り切る前に死ぬ可能性も。
「我が王のグングニルとボクさえいれば、一レイドしか必要ないようなダンジョンなら余裕でクリアできるよ? 本当に行かないの?」
「ああまあ、俺だけしかいなかったら行ってたけど、ユージュがいるしなあ。アスファノンとアイズも」
「私は少なくともお前よりは強いのですよ?」
「聞いたかドラキュラ! クロウは僕のことを心配してくれているんだ! つまり僕のことを見ている! お前じゃ無くてな!」
「つまりそれは、君が心配されるくらい弱っちいってことだよ」
☆☆☆
しばらく優樹はドラキュラに突っかかっていたが、俺としては優樹がドラキュラに取られた様な気がしてあまり気持ちの良い時間ではなかった。ので。
魔王ドラキュラの方に完全に体を向けてしまっている優樹の背後からにじり寄っていく。
……背中がガラ空きだぜ!
俺はおもむろに両手を開くと、優樹の体に触れないように両脇を通して彼女の身体の前に出した。この時点で、優樹はまだ俺の行動に気付いていない。
前を歩くアスファノンとアイズも気付いた様子は無かったが、正面にいるドラキュラだけは気づいたらしく、一瞬瞳の動きだけでこちらを視認した後、ニヤリと笑ってみせた。俺がこんなことをしているのはお前のせいなんだからな。
俺がこんなことをしようとしているのはお前のせいであり俺の意見は一切介在しないということをお前はわかっているのかいないだろういいか優樹は俺のものだ俺の彼女だ愛すべきガールフレンドだそこまではわかるな昨夜確認もしてたしでもなそれがわかってるなら優樹がいるときには必要あるとき以外出てくるな優樹がお前に食って掛かっていくからなんか彼女を取られた気がして寂しいでしょうがアンダスタン――!?
「――だから君のことは嫌いなんだとひゃう! 黒羽ウ!? やめ……クロウ! な、あ、だ、ちょ、力……ぁ……が……」
「…………」
周囲に第三者がいる中、交際関係にある女性の胸を無言で揉んでいる男がいた。揉みしだいている男がいた。俺である。しだけるほど胸は無いが、だがそこが良い。揉むというより、なんだ、肋骨を擦っている……的な。まな板。だがそこが良い。
よく貧乳の方が感度が良いとか何とか耳にするのだが、それが関係あるのか優樹は敏感なようで、肋骨に手を這わせているだけだというのに、へなへなと洞窟の床に座り込んでしまった。
崩れた正座――アヒル座りで胸と同じく慎ましいお尻を地面につけてしまい、手は腿の間。その状態で彼女は、首だけでこちらを振り向くと、言った。
「クロウ。人が見てるけど……良いよ」
「良いわけあるかアホ――っ! ですっ!」
下手すれば優樹よりも頬を紅潮させたアスファノンが石を投げてきたが、これは首を横に振るだけでかわした。ちなみにだがアイズはアスファノンに目隠しをされている。
「さて」
「起こしてくれ、クロウ」
「了解、っと」
優樹の脇に手を入れている状態だったので、そのまま体を引き上げて立たせる。
「アスファノンさんアスファノンさん」
怒髪天を突かん勢いでいまだ憤怒の表情のアスファノンを、手で制しつつ名を呼んだ。
それから魔王ドラキュラを指差して、彼女の視線を誘導する。
魔王ドラキュラには、あらかじめあるものを持たせてあった。昨日宿の女将とアスファノンにこっぴどく怒られたものだから、なんか逆に俺と優樹、魔王の間に仲間意識みたいなものが生まれた結果のこの作戦である。
「ドッキリ大成功ー。イエー!」
ドラキュラが掲げるその紙には、「ドッキリ大成功」と記してあるのだった。
「アスファノンは道案内の係だから僕たちよりも先行するのは必至だ。アイズがそのすぐ後ろにつくことも想像に難くない。だからその背後で僕とクロウが情事に及んだらどういう反応をするかのドッキリ」
「ちなみに一部始終の動画もボクが撮ってあるぜ」
ドラキュラが動画を撮影する事が出来るアイテムを揺らす。断面が六角形のクォーツと似た形をした、白色の水晶である。
「ちなみに俺は、実際に胸を揉んでいたわけじゃあないぞ」
「打ち合わせでは肋骨辺りを、って手はずになってたんだけど、クロウの手は秒間三回くらいのペースで僕の蕾に」
「当てててててねえよ」
「僕から擦り付けていました」
「痴女がいる!」
そして俺と優樹は、これは本当に打ち合わせしたわけではなく、たまたま偶然ぴったり息が合い、その結果として同じ行動を取った。異口同音。俺と優樹の指は魔王ドラキュラを指差して、そして。
「首謀者はこいつです」
言った。
その直後、もはや脊髄反射でもないと不可能な反応速度で、アスファノンの飛び蹴りが入っていた。
「裏切ったな……我が王……!」
鳩尾を抑えながら、魔王は地に伏せたのだった。……お前の犠牲は無駄にはしない。
☆☆☆
「やっと出口か」
「お前らが余計な茶番を仕込まなかったら、もっと早くについていたのです。反省しやがれ、です」
「魔王ドラキュラ……良い奴だったのに」
「ああ。僕は一生、君のことを忘れないよ……!」
さて。
「一通り茶番を終えたので、切り替えていこうと思います」
一回指を鳴らすと、魔王ドラキュラが再び顕現した。
「この先は高いところにつながっているから、しばらくは気を付けてね。飛び出さないように」
「休憩は無くてもいいですね? ……それじゃあ、行くのです」
アスファノンの後に続いて、出口から外に出ると、そこには、入口とまるで同じような風景が広がっていた。洞窟の入り口――降り積もる雪と、針葉樹の森、わずかに露出した寒々しい岩肌。
唯一違うのは、空模様だった。洞窟に入る前は雲一つなくスカッと抜けた快晴の空だったのが、今は分厚い雲に覆われている。身を切るような冷たい風が吹きつけて来て、麻の服をはためかせた。
「寒いですね」
「雪が降っていないだけマシかなあ。ボクはあんまり外に出たことないけれど、雪降っている時はゴブリンが氷漬けになったりするんだよね。吹雪にやられて。相当寒いはずだよ」
「まあ僕達はあんまり寒さを感じないわけだけれどね」
このゲームでは、あらゆる苦痛というものは最大限カットされている。温度による暑さ寒さもその排除されたものの一つであった。今も精々、風が冷たいなあと感じる程度で、薄い麻の服しか着ておらず靴すら履いていないというのに、凍えて死にそうだ! と震えるような寒さではない。
「いつまでも呆けていないで、さっさと進むのです」
「まあ、そうだね。この辺りは何もなさそうだし」
裸足で雪を踏むのは初めての経験だった。ふわふわと柔らかい雪で、溶けて硬くなっていない、降り積もったままの雪。その感触に、思わず無駄にステップを踏んでしまう。ふと隣を見ると優樹も同じようなことをしていて、見ていて微笑ましかった。一歩一歩を踏みしめるように、大事に大事に雪の上に足を乗せていく。口を閉じていれば可愛らしいのになあ、とは常に思う。口を開けば飛びだすのはとんでもないピンク台詞だが。三割くらいの確率でものすごく頭の良いことを言うからギリギリ保っているようなものだ。
そのまましばらく進む――と。
「なんだこれ」
「どういう――ことだい?」
道が――否。
道が、ではなく。
地面そのものが。途切れるでも塞がるでもなく。
そこで両断されたかのように、スパッと終わっていた。
「道自体は右に逸れているのです。獣道みたいなものが真っ直ぐ」
アスファノンがさすがのガイドの能力を駆使して、道を教えてくれる。
俺は道の断面で腹這いになると、恐る恐る顔を出した。
「落ちないでくれよ、クロウ」
そんな優樹の心配も程々に、しかしあまり大胆に動くと落ちてしまいかねないのは事実なので、じわじわと前に進んでいく。
地面が途切れているところからは徐々に滑り台のように滑らかな斜面がしばらく続いているが、そこが途切れた先の光景を見て、俺は自分の目と脳を信じられなかった。
俺の目と脳のどちらか、あるいは両方がおかしくなっていなければ、そこには雲があった。いや、ここの頭上にも雲はあるから、どちらかというと、俺が今いる地面そのものが、雲の中にいた。
そしてその眼下に広がる雲の切れ間から更に下に見えたものは、なんと――別の陸地、だったのだ。
よっしよし。
次こそ! この章を! 終わらせたい!(希望)
――次回予告兼チラ見せ――
「飛び降りてみるか」
「お、お前はアホですか!?」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
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