第十三話:仲間がいるから
この章。
この話で。
終わらなかったorz
魔王ドラキュラは宙に浮いた。
俺は槍を構えなおすと、今までを一度なかったことにし、気持ちをリセットする。
現状、俺の残りポーションはあと二九本。ドラキュラの残りHPはバー丸々一本プラス少し。
「あー、なんかだんだん体の使い方が分かってきたよ」
「俺にやられる言い訳か?」
「ん。そうかもね。でもほら、ボクってついさっきまで一介の蝙蝠だったし」
魔王ドラキュラは、それはもう凄絶なまでに美しい顔で笑ってみせた。笑って、魅せた。背筋も凍ろうかという、無機質的な笑み。本来笑うという行為が内包するはずであるところの温かみと言ったものがまるで感じられない――血が通っていない笑顔だった。
まあ――ドラキュラってのはそういうものなのか。
「それじゃあせっかく魔王になったことだし、ちょっと付き合ってくれ」
ドラキュラは言う。
油断なく槍を構えたままで、先を促した。なんだ。
「勇者よ! 世界の半分をやるからボクの配下となれ!」
「ハッ! お前の方こそ俺に負けたら絶対服従だ! お前も俺の配下にしてやるよ!」
☆☆☆
世界の半分なんかいらない。
というか四分の一でも十分の一でも、別に世界なんて欲しくない。
「まあボクも世界征服なんて退屈なことをする気はないけれどね」
様式美だよ、様式美、と、悪戯っぽく笑ってみせるもやはりその笑みはどこか冷たくて。
そして次の瞬間には、魔王ドラキュラはその場から姿を消していた。
更にそして、そのことに気付いた時には俺の体は弾き飛ばされていた。弾丸のように一直線に、今まで魔王を追って走ってきた洞窟内を逆戻りするように、数十メートル単位で飛ぶ。
「が、は」
肺の空気が漏れる――錯覚。
ゲームだから肺は存在しない。しかし呼吸という概念は存在するので、肺(が本来ある辺り)を圧迫されると息が漏れたように感じられ、普通に苦しかった。
朦朧とする意識、霞む視界で、ポーションを着地予測地点に計算尽くで投げつけるのを忘れない。
着地、ポーションを全身に浴びつつ、後頭部を擦ってさらに数メートル後退。
受け身を取るのは無理である。
すさまじい衝撃に両腕が中途半端に曲がった状態で硬直し、槍を手放さなかっただけで僥倖と言えるのだ。
追撃を警戒し、右に回転する動きを立ち上がるものとして、魔王ドラキュラの方を見た。遠い。自分の放った蹴りの威力に驚いたように呆然としている――らしい。
さすがに遠くて見えない。いくら暗視能力があっても――というか、暗闇でまったく光源が無い洞窟の数十メートル奥がこれだけ鮮明に見えている時点でかなり優秀な視力ではあるのだが。今度望遠スキルでも使えるモンスターを探そう。
「今度があったら――な!」
呆然としたのも束の間、自分の実力を正しく把握したらしいドラキュラの姿が霞んだ瞬間を見計らい、槍の先端を左に構え、思い切り突いた。
魔王は先ほど俺の後ろに回らなかった――自分の実力を把握していなかったからだという可能性も考えられるが、恐らく性格的に正面を狙ったものだと推測する。
しかし二撃目も同じ攻撃を繰り出すほど愚かでもないだろうから、俺は攻撃は左右のどちらかに来ると踏んだ。
だがここで推測は行き詰まってしまう。ドラキュラが右か左、どちらに突撃してくるかが分からなかったのだ。ここはちょうど天井が低くなっているので、上からの攻撃は想定していない。
果たして突き出した槍は、ドラキュラの右脇を通していた。腕と脇腹の間の空間を貫いている。
驚いた顔のドラキュラが一瞬静止する。俺はすかさず、その隙だらけとなった魔王に対し槍の穂先を振り上げ、脇を下から切り上げた。
切り落とす。右腕が落ちた――落ちた?
「なんだか体に血が馴染んできたみたいでさ。ボクに負けたら君はボクの奴隷だ。一生血を吸うために飼ってあげるよ」
「それは光栄なことだな!」
落ちた右腕と残された体はバラバラと解け、小さな無数の蝙蝠に分裂した――当然のごとく、ダメージは通っていない。
「それにしても、どうして僕が左側に回るとわかったんだい?」
「左足だ。お前は一歩目を左足で踏んだ――あとは、簡単な数学の話だ」
目測で彼我の距離を測り、力の使い方を習得した直後のドラキュラの全速力の歩幅を測り、後は何歩で俺のもとに到着するかを計算で出してやれば良い。
その結果、左足が俺に一番肉薄する場所に踏まれることになり、つまりは右足で蹴りを放つことになるか、あるいは右の抜き手が来るかのどちらかだろうと予測し、よってあとは、右手あるいは右足で攻撃をしてきたドラキュラを――つまりは俺の左側よりに出現するであろうドラキュラの正面に槍を突き込んでやれば良かったのだ。
もちろん賭けだった。魔王ドラキュラがまっすぐ飛び蹴りを放ってくる可能性もあれば、中距離から魔法攻撃を行う可能性、俺の読みが甘く後ろから攻撃してくる可能性――計算ミスで右側から攻撃してくる可能性もあったのである。
しかし俺は、賭けに勝ったのだ。
計算と予測だけで難局を防いでみせる――こうして一度防げたのだから、もう二度と防げないということも無いだろう。
蝙蝠が集束し、再び魔王ドラキュラを形作った。
☆☆☆
――――――システム、一件のバグ。対処しま――――――システム、オールグリーン。問題ありません。
☆☆☆
戦場は後ろへと――つまり、優樹やアスファノン、アイズ達がいる方向へと移動しつつあった。
ドラキュラの攻撃は基本的にインパクトされると吹き飛ぶのだ。背後に。これは魔王が正面からの攻撃ばかりを放ってくることを示している。すさまじい速度、力で攻撃されていることも。
ポーションの空き瓶が地面に落ち、粒子となって消える。
魔王は余裕すら滲ませる表情・立ち姿でこちらを見据えていたが――眼だけは虎視眈々と俺の隙を狙っていた。まるで隙を感じさせない。対し俺は、心中穏やかではいられなくなっていた。
息が荒れている。肉体的なものというより、むしろ精神的なものだ。呼吸が乱れ、冷静な思考が出来なくなっている。落ち着け、と自分に言い聞かせるが、なお白銀光を放つ槍を握る両手は、がたがたと震えていた。
さあ――と、血の気が引く音を聞く。幻聴。
「んー調子が悪いのかなあ? 顔色が悪いよ?」
「お、お前に血を吸われたからな。ちょっと貧血気味なんだ」
声が震えるのを精一杯に抑えたつもりだったが、喉が震え結局つっかえてしまった。
魔王ドラキュラはおもむろに右手を持ち上げると、顎に添えて首を鳴らした。それだけの動作に怯えてしまう自分に気付いたとき、俺はもう駄目なんだと思った。
――怖い。
HPを何度も何度も死の間際まで減らされて、その度にポーションで回復して。
一撃を受けたら回復するのに大体二本ものポーションを必要とし、このままいくとあとたったの四撃で俺は回復の手段を失ってしまう。
死霊術師は魔法職だ――が、回復魔法は使えない。
そこで思い出す。MPポーションもそろそろ底をつきそうだと。
先ほどまでは仲間がいた。優樹はもちろん、一応、アスファノンとアイズも。アイズのことはどう頑張っても好きになれそうにないが、それでも仲間としてならば非常に頼りになる女の子だった。女の子――というには一つ年上だから、ちょっと不適切かもしれないが。アスファノンとアイズ、D.F.S.組は二人とも俺と優樹の一つ年上、一七歳だ。
仲間がいればお互いの足りないところを補う事が出来る。
たとえばポーションが尽きたら分けてもらったり、回復魔法をかけてもらえばいい。
対し今は一人だ。最初は何とも思わなかったが、戦闘が続くにつれて、段々と恐怖が募っていったのだ。死ぬ恐怖。仲間が隣にいない恐怖。気を抜くと悲鳴をあげてしまいかねない。
「調子悪くてもボクは躊躇しないぜー? ボクはお前を殺して、それから奴隷にするんだから。つまりは血の奴隷――ボクの眷属にするのさ。光栄だろう? なんたって魔王ドラキュラの第一眷属なんだから」
「……労働基準法は守ってくれるんだろうな。あと時給も要求するからな。残業はナシだ」
「通行費と三食つけよう。三食って言ってもまあ、吸血鬼だし、血、だけど」
「ならお断りだ、そんなブラッディ企業」
ふっ、とドラキュラが消える。
攻撃の見慣れた前動作に咄嗟に身を引こうとするのを全力でこらえ、暴れる脳内でタイミングを計る。必死に。
消えた距離から、一秒弱――!
斜め右!
躊躇わず槍を突き出し、それが空振ったところで、己の計算ミスに気付く。
一秒弱じゃない! 二秒弱だ!
巨大な鍵爪が俺の胴体を突き、そして飛ばした。体の表と裏が引っくり返るような衝撃、直後に襲い来る浮遊感、そして迫る地面。
ドラキュラは視認できない速度のすれすれで動いている。それが彼の限界速度だからだ。これは確信を持って言える。だから俺に視認させずに動こうと思えば、常に全力で移動しておくほかない。
俺は先ほどの間合いで一秒弱と読んだのだが、今一度記憶を掘り返すと、魔王は確かに、一歩目は右足が前に出ていた。だがそれは、右足を前に出したのではなく、左足を後ろに引いたものだったのだ。
ポーションを二本取り出し――
「もーらい」
あ、と声を上げる間もなく。
手中のポーションはいつの間にか、高速で飛ぶドラキュラの手中に移動していた。
そして彼は、それを瓶ごと噛み砕いて飲み干す。
それは絶望の光景だった。
黄色く点滅していたドラキュラのHPバーが赤く光り、どんどん減少していく。
まだ半分以上も紫色をした中身の残ったポーションの瓶が地面で跳ね、粒子となり消えた。
それは絶望の光景だった――ただし、俺にとってのではなく。
「が……あ、ど、毒……じゃ、ない……?」
「アスファノンの手作りらしい、ダメージポーションだ」
魔王ドラキュラが手にしていたもう一本のダメージポーションを投げ捨てた。勿体無い。あちらは本物なのに。
ダメージポーションが与えたダメージだけで、魔王ドラキュラの残りHPがバー半分くらいにまで減る。これはグングニルによる一撃とまったく同じ威力だった。
そしてこのポーションはアスファノンに飲まされかけた物であり、つまりはアスファノンがどれだけ本気で俺を殺そうとしたかが分かってしまうのであった。
「先ほどからポーションを使うたびに俺の手元を窺っていたのには気づいていたから、今回はわざと隙を作って、ポーションを取りやすくしてみた。まさか一発目で魚が釣れるとは思わなかったけどな」
☆☆☆
ダメージポーションはもう使えない。
となるとやはり戦況はじり貧なわけで、俺がダメージを受けて吹き飛ばされ、ポーションを使って回復しているうちにまた攻撃を受け後退、回復――それを繰り返して。
終わりが近づいてきた――つまりはそう、ポーションが尽きたのである。
魔王ドラキュラは言った。
「ところで最後に――最期に言い残しておくことは?」
遺言を聞いてやる――つまりそう言うことか。
それなら、と。
俺は精一杯に笑って、強がって見せた。おそらく引き攣っていただろうけど、それでも無理矢理歯を見せて。
「ユージュに愛していたと伝えてくれ」
もう俺はこいつに勝てない。
だからどうせ死ぬんだし。
最後の最期に、死亡フラグを建てておいた。
これが逆に、ベタな死亡フラグを建てておいたらなぜか生き残ったフラグになってくれることを心の片隅では祈っておいたが、勝利の女神は俺の事が嫌いなようで。
「賜った」
呟くドラキュラ、迫る鍵爪。
凄まじい速度で吹き飛ばされる体、それと比例するように削れていく俺のHPバー。
そろそろHPバーがゼロになろうかというとき、地面に着地し、幾度かバウンドしつつ転がる。数回転して止まった。
勝利の女神は俺の事が嫌いだったようだが、運命の女神はもっと俺の事が嫌いなようだった。
「クロウ! クロウ!? しっかりして、クロウ!」
そこにはちょうど、優樹にアスファノン、アイズがいたのだった。
「回復――間に合わないのです!」
ただ。
勝利と運命の女神には見放されてしまったが。
どうやら。
「死神は俺のことが好きみたいだぜ」
「身代わりイヤリング! つけていたのですね!? ともあれ良かったのです!」
身代わりイヤリング。
致死ダメージを無効化してくれるアイテム。効果が発動すると、高い確率で壊れてしまう――アスファノンが、俺にくれたものだった。
HPバーは、自分のものだけは数字でも表示されている。現在の俺のHPは「1」だ。バーだけしか見えないなら、ゼロと変わらないだろう。
良かったと涙を溢しつつ言う優樹が俺を回復させてくれ、その間アスファノンは光の楯を張り、魔王ドラキュラの猛攻を凌いでいた。アイズは薪をくべる様にアスファノンにMPポーションを飲ませる係。
俺は壊れた身代わりイヤリングをポケットにしまうと、立ち上がり、槍を構えてドラキュラと対峙する。
「ん、え? ちょ、ちょっと待つのですクロウ! お前その槍! どうやって!」
「これか? グングニルだってよ」
仲間が共にいる。それだけで無根拠な自信が湧いてきた。不思議なものだ。
アスファノンはさらに言う。
「それをどうして構えているのですか!」
「あ、まずい! 勝負再開だボクの下僕候補! かかって来い!」
は? と、半端な声が漏れる。
だって。
槍は構えるものだろう?
ですから!
アスファノンはじれったそうに叫んだ。
「グングニルは本来――」
魔王ドラキュラが地を蹴った。
グングニルを構えて応戦する。現在右手にアスファノンの光盾があるため、攻撃が来るのは前方から左手にかけての九〇度の間のみ。
「投げる武器なのです!」
魔王ドラキュラの攻撃は避けきれずに被弾したが、優樹の補助魔法で総HPバーの半分程度の被ダメージで済んだ。吹き飛び効果にも抵抗をつけてくれたらしく、踏ん張ると地から足が離れることは無かった。
アスファノンの言を聞いて。
あ? と、一瞬間抜けな声を漏らしてしまう。投げる――投擲武器? 神槍グングニルは投げやりだった?
は、ははっ。
渇いた笑みが漏れる。俺のものだった。気付けばつい、漏れていた。
「は、ははは――ふざけるな! 今までの労力返しやがれ!」
叫び、グングニルを投擲する姿勢で構える。
なにごとかをドラキュラが叫んでいるが、聞く耳を持たないことにし完全に無視。
「お前は俺のゾンビだ――ッ!」
「や――やめ、ろ――ッ!」
俺は右腕を全力で振り下ろすと、神槍グングニルを投擲した。
この章はまだ続きそうですけれども。
頑張って次話で終わらせるつもりです。終わらせたいです。終わってほしいです。お、終われよぉ!
ではそろそろ、たしぎでした。
――次回予告兼チラ見せ――
「ご主人たま。マスター。主。んー。やっぱりあれかな、我が王とかの方がいいかも」
「なんでご主人たまが第一に浮かぶんだよ」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
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