第十二話:遮蔽物
ん?
んん?
んんん?
なんか……まだ続くかもしれないぞ?
「グ……グングニル!? はぁっ!?」
恐らく俺の槍に拳が触れた瞬間、慌てて引き戻したのだと思う。
そして万が一を思い何メートルも後ろに飛びのいたらしい。
魔王ドラキュラと俺との間に、再度距離が開いた。
「なんでお前が……というか人間がそんなものを持っているんだ!」
「なんでって……」
NPCのお爺さんに貰ったとしか……
というか、え? NPCのお爺さん何者?
「逆になんでこんなもん持ってるの、俺」
「知るかあ――!」
逆に問い返してみたら怒鳴られたので、槍を構える。
ともあれこの槍が敵に有効であるとわかればそれで良い。グングニルだか何だか知らんが、敵はあからさまにこの槍を怖がっている。きっと何かものすごく強い槍かなんかなのだ。
「……ん? ああ、そうか、うん」
「あ? 何を勝手に一人で納得してやがる」
自分が優勢なのだと思った瞬間、余計な余裕が生まれ、口調が少しぞんざいなものになってしまう。しかしがちがちに緊張しているよりも、心に余裕のある方が良いだろう。一度落ち着くと、周囲が良く見え始めた。
気付くと、槍を握る手の内の右手を、一度離して添え直し、強く握りしめていた。
「その槍で「斬り付けられたら」さすがのボクでもひとたまりもないなあ!」
「安心しろ、楽に倒してやるから!」
彼我のHPの今の状況はというと、俺が十割。どうやら、吸血自体にはダメージはつかないらしい。対して魔王のHPバーは五段あるうち、二段と半分を残している。
先に動いたのは魔王だった。右足をこちらに向けて踏み込んだと思ったら、体は後ろに飛んでいたのだ。フェイントだ。
だがしかし、先に動いた右足に合わせて踏み込んでいたので、丁度良いスタートで魔王を追う形となる。アスファノンによると俺がログインした時に、職業についての仕様が少し変わってしまったらしいが、とにかく上級職の膂力には凄まじいものがある。
地を割るような勢いで洞窟の地面を蹴って、二対の羽を使用することにより尋常じゃないスピードでのバックステップを可能にした魔王を追う。羽ばたきの風圧でかなり抑えつけられるものの、出来るだけ体を縮めて風の抵抗を少なくすることで影響を無視できるまでに軽減した。
松明の明かりが遠ざかっていく。
よく見えていた。
道すがらアスファノンに聞いて、倒してゾンビにしてきた、暗視を可能とするモンスター「シャドウ・スネイク」を目に憑依させているからだ。
現実の蛇のなかには、ピット器官というものを有し、熱量を感知して足りない視界を補うものがいるらしいが、ことファンタジー世界であるTreasure Onlineにおいては、そうではなかった。目に埋まる小さな闇の水晶で光の屈折率を魔法的に変更して、どれだけ小さな光でも――言い換えれば、例えば針の穴程度の光さえあれば、暗闇が見通せるのである。なんというファンタジー。それに今は、手にした槍が眩いばかりの光を放っているのだから、光源には困らない。
アスファノンに無理を言って、やっとこさ一匹だけなら案内しても構わないと言わしめ、そして手に入れられた一匹である。つまりは一匹――というか一体しかおらず、したがって右目のみの憑依となる。
外見特徴が変わるとステータスウインドウが自動展開し、どこがどう変わり、その結果どうなったのか(スキル追加等)が表示されるのだが、俺のスキル憑依もその例に漏れなかったようだ。視界の右隅に表示されたステータスウインドウをちら、と、横目で確認すると、右目だけが真っ黒に染まっていた。
左目は依然、瞳の部分が赤いアルビノのそれだ。
しかし右目の瞳の部分、一般に黒目と言われる部分は、血そのもののような赤から、墨を流し込んだような真っ黒に変色していた。だがそれだけではない。白目の部分も同色に変色し、右の目玉自体が漆黒――まるで闇のようだった。
眼窩を直接覗き込んでいるかのような闇が、右目に嵌っている。
左目は依然暗闇であるために、目が慣れた程度にしか見えないが、右目はもう完全に、はっきりと魔王ドラキュラの姿をとらえていた。向こうはまだ、己の姿を完全にとらえていることを把握していないだろう。
ドラキュラと離れないために動かしていた足を、ドラキュラに追いつくために動かす、に切り替える。
一歩、二歩を踏み、槍を突き出した。
「え、わ、っとと」
惜しい。
突き出した槍は魔王の左胸に一直線に吸い込まれるように進んだが、魔王が籠手に包まれた右手首で弾いて流してしまった。
しかし魔王のHPバーの三本目を一割は削ったのを、俺は見逃さない。
「弾いたのにこれだけ喰らうのか……。やっぱり厄介だな、その槍」
本当にこの槍はなんなのだろうか。
魔王がまだ蝙蝠だったころには微塵も歯が立たなかったというのに、蝙蝠が魔王に変わり、槍が光り始めたときから、急にダメージが通り始めた。
魔法職は基本的に物理攻撃力はあまり高くないというのに。
物理攻撃力は、それぞれの職業の固定Atパラメータと武器攻撃力、それから隠れステータスである腕力の総和と敵の防御力の差に1を足したものがその合計となる。蛇足だが魔法攻撃力計算の時は腕力ではなく知力を足した。
俺は「死霊術師」という上級職ではあるものの、これでも魔法職であり、腕力は決して高いとは言えない。精々初級職の物理職――たとえば戦士とかと同じくらいらしかった。
当然Atも低く、魔王にこれだけのダメージを与えられるのだから、どう考えてもその威力のすべてはこの槍――神槍グングニルにあるに違いない。
だが、先ほど右手で二回タップしてもウインドウは表示されなかったので、詳細はわからない。謎に包まれた白銀の槍だ。
ただまあ、魔王を倒すのにそのあたりの知識がいるとは思えなかったので、意識から締め出してしまう。
長い閑話だった。閑話休題。
自分の中に区切りをつけ、再度戦場に集中する。
魔王の羽根が飛来する。堕天使の翼の方、漆黒の羽毛が、さながら針のごとく先端を尖らせ、マシンガンのように連射された。
「ハゲるぞ!」
羽根針の弾幕を跳躍で避け、着地地点を慎重に吟味しながら、つい口をつくように漏れたのは、そんな言葉だった。
「ハゲないよ! 抜いた傍からちゃんと生えてくるんだから!」
「弾薬無限かよ!」
上一対、堕天使の羽の方を攻撃に回し、バックステップ――つまりは移動に割く羽が蝙蝠羽の一対のみに変わったせいで、魔王の移動スピードが落ちる。
地面、壁。三角飛びの要領で、そんな魔王が乱射し続ける羽根針の弾幕を飛び越えて、懐すぐに着地を決めつつ槍を薙ぎ払った。
「――つっ!」
魔王は咄嗟に左の堕天使の羽で槍の直撃を受けたようで、実際そのおかげで直撃自体を逃れはしたものの、グングニルは羽を貫いていた。
漆黒の羽が飛び散る。
「わかっちゃいるけど、迂闊に防御もできないなあ……」
魔王が呟く。
ドラキュラの残りのHPバーは、あと二本を切っていた。
☆☆☆
曲がり角を飛び出してきたシャドウ・スネイクを、さも面倒くさそうに振るった堕天使の羽根が突き刺し地に沈める。
先ほどからずっとこうだった。
何かしら雑魚モンスターに出会うとすぐに魔王ドラキュラが倒してしまう。
横合いから雑魚モンスターに邪魔されないから、まあありがたいが。
口端からポーションの空き瓶を落とす。
HP残り九割。
高速移動を続けている魔王の残りHPは、バーがまるまる一本プラスほんの少し。
右下から切り上げるが、これはひらりと躱されてしまった。しかしこれは想定済みだ。もう一歩を大きく踏み、右手のうちで槍を回転、石突きで顎を狙う。
「見えてるよ!」
魔王は顎に迫る石突きを、頭をひょいと傾けるだけで躱してみせる。
もちろんここまで、
「想定済みだ!」
さらにもう半回転させた槍の穂先が、股下からドラキュラを真っ二つにせんと迫った。
金属音。
さすがに避けられないと思ったか、ドラキュラは槍を踏んづける。一瞬の重さを感じ、それに対抗しようとした瞬間軽くなる。力み過ぎて力が流れ、変に槍を振りぬいた状態で動きが停滞してしてしまった。
ドラキュラは槍を踏み台にして飛び上がっていた。空中でとんぼを切って着地すると、槍を振り上げた姿勢で依然態勢を戻せない俺の、がら空きの胴目掛けて鋭い爪を突き込んでくる。
「――があっ!」
叫ぶと同時、無茶苦茶な挙動で胴を捻るが、直撃は免れなかった。
すさまじい衝撃と共に背後に弾き飛ばされる。運動エネルギーがいきなり前から後ろに変わり、内臓が捻転する錯覚を覚えた。頭から地面に突き刺さる。
空中で吹き飛ばされる間、HPポーションを落下予測地点に、落下時間を予測して投げつけておいた。上手くいくかどうかは自信が無かったが、着地と同時にポーションのシャワーが降り注ぐ。
ポーションは飲むほかに、足元で割ることでもその効果を発揮する。しかし、やはり飲む方が効果が早く大きいのは言うまでも無く、その効果は最大で倍ほどもある。しかしこのようにポーション全部を浴びるようにすれば、大体飲むのと遜色ない効果が得られるはずだった。
一度二割ほどまで落ち込んだHPが、再度七割程度にまで復帰する。念のためもう一本取り出して、一息に煽っておいた。すっかり板についた、敵から目は離さないポーションの飲み方、瓶を斜に咥えながら。
槍を少し引き、どこにでも突き出せて、かつ薙ぎ払える場所を探す。
ドラキュラは壁や天井を使った三次元的な動きで俺を狙っているのだが、一度戦況が膠着してしまうと、今度は相手に仕掛けづらいというのも確かであって、それは向こうも同じようであった。
金属のような光沢を放つ柄に、眩い白銀光を放つ穂先と石突き。いわゆる馬上槍、突撃槍などと呼ばれるものと違って、突くのみでなく薙ぎ払ったりすることにも使える形状をしている。
つまり、投擲武器としても結構使えそうである。
ただまあ、そんなことをしてしまうと唯一の決定打たる武器を失いかねないので、これはもう本当に、最後の最後の手段として頭の片隅に置いておくことにして、次善の策を脳内で転がし始める。
取りあえずがむしゃらに突っ込んでみるのが最良の策のように思えた。
スピード、防御力、MP、HP、それらすべてが勝るとも劣らない――というか、ほぼ互角というだけで、大体劣っているのだから、唯一勝っている攻撃力でガンガン攻めていくのは良策とは言えないまでも、上策ではあった。
というか他に案を思いつかないから、そもそもそれ以外に何もできはしないのだが。
槍はよく手になじんだ。
ピタッと手のひらに吸い付くような握り心地、丁度良い太さ。俺のためだけにしつらえられたかのような寸法である。
高速移動しつつこちらの隙を探り続ける魔王の隙を探していた俺は、一歩を右に踏み、体を横に傾けるようにして、膠着という水面に一石を投じた。
波紋。
予測通り槍を直接突き出せば届く位置に魔王が飛び込んでくる。
「の、あっ!」
驚いたようだった。目を見開く、という細かい動作まで表現されている。
グングニルは銀光をたなびかせて、さながら一筋の光条が如く魔王の腹に吸い込まれた。魔王が即座に身を捻るが、躱せないし躱させない、当てる!
「お、らっ!」
叫ぶ。
捻る。
突き出す。
言葉にするとそれだけである。
避けられないと悟った魔王はさすが、即座に羽を羽ばたき後ろに回避していたが、確かに当てたグングニルは、魔王ドラキュラのHPバーの一本のうち半分くらいをまるまる吹き飛ばしていた。残り一本プラス半分だ。
「直撃で大体バー半分本か」
「む、無茶苦茶だなあ!」
弾かれたように――だから少しバランスを崩しながら離れた魔王に、体勢を立て直す間を与えずに肉薄する。
右手で持った槍を突き出し――
「そう、何度も喰らわない、よッ!」
――避けられることはそもそも想定済みなので、ペン回しをするみたいに手の中で槍を回転させて上下を入れ替え、その回転力で石突きをぶつける。縦の薙ぎ払いの動きだ。
「くっ、危ないなあ!」
これは肩に掠り、魔王のHPバー二本目の二割を弾け飛ばした。
しかし魔王が避けの動作と同時に放ってきた蹴りを受けられず、俺のHPバーが七割も吹き飛び、体の方も数メートル飛ぶ。
飛びつつも魔王から離さなかった俺の目は次なる攻撃を捉えていたので、地面に着地すると魔王から距離を取る方向に転がり、立ち上がるよりも被弾を防ぐ方を優先させる。並行してHPの回復も行う――ノールックでポーションを取り出し、転がる動きで地面に叩き付けたのだ。
転がる俺の軌跡のように、堕天使の羽根の散弾銃が地面に突き立ち追いかけてくる。どうやら堕天使の羽根は無限に生え変わるらしく、その勢いは一向に弱まらない。
「だから、ハゲるぞお前!」
「ハゲないよ! 無限に生えてくるし!」
「その油断が後に命取りになるんだよ! 大人になってからあの時大事にしておけばよかったなあ……とか思うんだよ!」
「ボクはハゲない! 遺伝的に大丈夫だ!」
「魔王も遺伝的にハゲたりするのか!?」
「先代はきっとハゲてなかった! ボクが一代目だけど!」
「じゃあハゲるぞお前! もっと大事にしなさい! いっぱい生えてるうちに!」
羽の話である。
堕天使の、艶めいた漆黒の羽根の話である。
これだけ叫びあっている中、魔王は羽根散弾銃を撃ち続け、俺は転がり続けていた。よく舌を噛まなかったものだと我ながら感心する。
というかこういうマシンガンの弾とかを転がって避けるアクションシーンって、こんなに長い間転がるものではないと思うのだが。なんか遮蔽物の陰とかに隠れて体勢を立て直すよな。
「遮蔽物が無い!」
そう、ここは洞窟。それも、まっすぐ前後に続き、枝分かれもとんとない、まっすぐ一本道の、視界抜群障害物無しの、スーパーフラットな空間なのだった。
「壁!」
呪文の詠唱を必要としない初歩魔法その二。
ゾンビは基本的に地面から湧出するが、その際ゾンビをあらかじめ実体化させず、霊魂の濃度を高めて硬度を上げる魔法。要は霊魂でできた硬い壁が地面から生える魔法。
堕天使羽根の機関銃はその壁に遮られ、俺はようやく体勢を立て直すことができた。普通の人間なら今ので目を回してしまうだろうが、俺はなぜかそういうのに強いので、今も少しふらついただけにとどまる。五〇メートルは転がりながら移動してきたにもかかわらず、だ。普通ならかなりグロッキーになるはずだとは思うけど。
とにかく立ち上がり息をついた。
改めてHPポーションを飲み、全弾被弾は避けていたとはいえ避け損ねた羽根が削ったHPを全回復させる。
HPポーションはまだ余裕がありそうだった。
壁が効果時間を追えて消滅し、魔王が迫る。
これ、次で終わるのかこの章。いやバトル自体は終わると思うけれど……
これ、この章、次の話で終えられるのか? 微妙だなあ……
というわけで十二話でした。もはやリメイク前の文字数も突破したし、話数も突破したよ。向こうの更新いつやろう。
では、たしぎでした。
――次回予告兼チラ見せ――
「グングニルは本来――」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
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