第十話:喪失
まだこの章は終わらないみたいです。
「何のためにお前をスカウトしたと思っているのですか! 洞窟の蝙蝠を倒すために決まっているのです!」
再びアスファノンの檄が飛ぶ。
もうこれで、蝙蝠との七度目の接触だった。
優樹は基本的にサポート魔法、アスファノンは敵の接近を察知する係。四人のうち二人がまともに戦えない職業であるというのに重ねて、その戦える二人のうちの一人、アイズは近接戦闘の専門職である。肉弾兵。その攻撃のリーチは、拳と大剣が届く範囲に限られた。
そこで白羽の矢が立ったのが死霊術師である俺である。上級職の無茶苦茶なステータスを乱用したジャンプで接敵できるほか、ゾンビの霊魂を使った死霊魔法での遠距離攻撃もでき、防御魔法も扱える。考え得る限り最高にバランスのとれた職業であり、洞窟の蝙蝠に対して、非常に有効たる人員だと思えた。
というか、正直優樹の支援魔法はレベルが低すぎてあまり意味はないわ効果時間は短いわで心許なく、アスファノンはアスファノンで敵が高速で動き過ぎて、接敵を知らせるころにはもう敵が視認でき、アイズは中、遠距離の間合いではまるで役に立たない。
実質、一人で戦っているようなものだった。二本目のポーションの瓶が洞窟の地面で跳ね、粒子となって消える。
スキルのレベルは、バトル中でも経験値が一定の値に達すると上がるため、憑依スキルと使役スキルのレベルは現在、憑依Lv31、使役Lv25にまで育っていた。あと、なぜかボロボロの槍を振り回していたら魔装スキルも上がった。通称「何も貫いたことが無い槍」ことボロボロの錆びた槍は、どうやら魔装具だったらしい。
暗闇に赤光を見つけ、その場を飛びのいた。アスファノンが張った魔法の障壁のおかげで、優樹とアスファノンの安全は確保されている。俺が攻撃してきた蝙蝠を叩き落とし、出来れば拘束する係。アイズがHPを削る係だ。
赤光が瞬く。攻撃の合図だ。この約一秒後に、防御力の一番低いプレイヤーを目掛けて飛び込んでくる。
この中で一番防御力の低い優樹がアスファノンの防護障壁に守られているため、時点で一番防御力の低い俺に攻撃は集中する。
「来るのです!」
「わかってる!」
初動。
一瞬蝙蝠の目が放つ赤い燐光が消える。その瞬間が蝙蝠が動き出す合図で、一瞬後には対象――俺がいたところに体当たりするように突っ込んでくるのだ。
どうやらこれはスキルの発動モーションのようで、いくら学習して攪乱することを覚えても、一瞬目を瞑らなければ技が発動しないのはどうにもならないらしい。
闇が蠢き、刹那のうちに大きな何か――蝙蝠が近づいてくるのを肌で感じる。
「闇の叫び!」
叫び、詠唱を完成させる。途中まで唱えておいて、あとはあえて詠唱をスローにすることで、発動を短縮させる技術だ。アスファノンのアドバイスによる。難しいのは、ずっと言葉を続けなければならないところ。息が持たない。まあ、その辺りは赤い光が見えた瞬間に、最大最速の早口で途中まで詠唱をすることで、ギリギリ間に合ってはいるが。
宣言と同時、俺の足元から濃紫の光の柱が立ち上がった。
この濃紫の柱の正体、それは、基本的に物体干渉しないゾンビたちの霊魂を活性化させて、物理的な質量を持たせる魔法である。死霊使いの闇魔法スキルのうちの能力「闇の叫び」。効果は、攻撃無効の塔を、自分を中心に三秒間発生させること。耐久力は、ゾンビの数に比例する。
欠点は、発動した場所から動かないこと。つまり、一歩でも動けば攻撃がヒットしてしまうという点にある。この柱の中にいる間は無敵状態が三秒間続くが、一歩でも出てしまうと柱が発動場所から移動しないため、使用上の注意としては、敵の攻撃が当たるとダメージこそないが衝撃は受け、ノックバックで範囲外から出てしまう可能性があること。
まとめると、攻撃無効のエスケープゾーンを三秒間発生させることができる能力。
「黒の斜線!」
向かってくる赤光に手のひらを向け、叫ぶ。こちらは闇魔法の初歩の初歩であり、詠唱も特に必要としない。技名を宣言すればそれで発動できる。手のひらの延長線上に影を伸ばし、対象に突き刺す魔法。それだけだ。針の穴を通すような精密な狙いをつければクリティカルダメージでかなりの威力となるが、まあ大体、普通に使って普通にヒットする分には、大したダメージも発生しない。
黒の斜線は狙い違わず蝙蝠の腹に命中し貫いたが、たいしてHPバーも削らない。
斜線はそのまま伸びて、まるで昆虫標本のように、蝙蝠を洞窟の壁に縫いつける。
「からの、魔法憑き! 黒の斜線にゴブリンを十体!」
「強化――魔法・硬度!」
魔法憑き。憑依スキルのレベルが上がったことで使えるようになったスキル。最初は黒の斜線のみで蝙蝠を固定するだけだったが、それだけでは簡単に外れてしまう。そのため、斜線にゴブリンを憑依させ、腕を十対二〇本生やし、蝙蝠をより強く縫い付ける楔としたのだ。外からはわからないが、現在、蝙蝠の体内を突き破るようにゴブリンの腕が生えているのである。
ついで祈祷師である優樹の祈祷――強化。今回は黒の斜線の硬度を上げ、魔法の発動時間及び強度を高めてくれている。彼女の魔法も、初級職であるがゆえに目覚ましい勢いでレベルが上がり、現在はかなりの効果時間を発揮するようになっていた。三〇秒だ。三〇秒、蝙蝠は無防備な体を晒し続けることになる。
俺はスキル発動後の硬直時間がちょうど五秒あるので、攻撃には参加しない。まあ、どっちにしろ黒の斜線を維持するために動くことはできないので問題は無いのだが。攻撃役はアイズだけで良い。
確かにスキルレベルを完全に上げきっているという彼女の攻撃力には、目を見張るものがあった。三〇秒間で蝙蝠のHPバーを、一本当たりで二割は削ってしまう。黒の斜線とゴブリンのコンボがあっても微動さえしないHPバーをそれだけ動かしてみせるのだから、やはり攻撃力特化・肉弾兵の膂力は凄まじい。
現在は、五本あるHPバーのうち一本を削りきり、二本目を二割ほど削ったところだった。
「……スラッシュ。スラッシュ。スラッシュ。スラッシュ。スラッシュ。スラッシュ。スラッシュ。スラッシュ。スラッシュ……」
呪文のように繰り返される、大剣系能力「スラッシュ」。一番最初に覚えられる初歩中の初歩である能力で、振り下ろした大剣に補正がつくだけというシンプルなものだ。
だが。
だが、シンプルであるがゆえに、その攻撃力、回転数については空恐ろしいものがあった。
まず一撃に込められる威力が尋常でない大剣という武器に加え、肉弾兵という攻撃力特化の職業の特性「武器適正」により武器攻撃力が二倍。さらにスラッシュにより合計で三倍威力のダメージ。それが、一番初歩スキルであるための「再詠唱時間」コンマ一秒という恐ろしい回転数を持って炸裂し続けるのだ。三〇秒の間に五〇回は当たる。
「クロウの黒くて長いのを、僕が硬くしてる! カチカチだねクロウ……!」
「ぶふっ、やめ、危ね、魔法切れかけただろうが!」
「お、お前たちはまたそんな卑猥なことを口走りやがって……なのです! アイズに聞こえたらお前達、モンスターハウス強行突破ツアー決行してやるのですよ!」
「は? 卑猥? 何を言っているのかなアスファノン。僕は黒の斜線の話をしているんだ。邪な妄想で僕を貶めようとするのはやめてくれないかな」
アイズがスラッシュで忙しく、こちらに攻撃が向かないとわかるやアスファノンをいじり始める優樹さんマジ小物。
まあ、俺も加勢するから似たようなもんだけど。魔法の維持のために動けないから、口くらいしか自由に動かせないのだ。
「ユージュ、もっと硬くしてくれ! 俺の黒いの! ……あ、アスファノンに誤解されるな……」
後半を、アスファノンに聞こえ、かつアイズに聞こえないように声量を絞って呟く。ただし視線は蝙蝠から離さない。
「もっと硬くなってクロウ! ……あ、いや、アスファノン、そういう意味じゃないからさ……その、そんな中学生みたいな言いがかりはちょっと、付き合うのも恥ずかしいっていうか……」
「う、ぐ、ぐぐぐ」
「もう限界だ! アイズ一旦退避!」
あんまり調子に乗ってアイズに脅されるのも嫌なので、適当に切り上げてアスファノンの意識を戦闘に向けて戻す。優樹も真面目モードに戻り、何食わぬ顔でアスファノンにMPポーションを渡す。
アスファノンの張る防御障壁は、使用者のMPが続く限り絶対に壊れないという優れものだ。全角度をカバーするバリアが張ってあるうちは攻撃がすべて無効。ただし、攻撃力をゼロにするのではなく、本来受けるダメージの分、MPで肩代わりするというだけであり、メリットだけがあるわけでもない。攻撃を受けてダメージを受ければ、当然その分のMPが減るからだ。
軽くHPの消耗をチェックして、また周囲への緊張を強める。
こちらは壊れない代わりに防御力が一切ない初期装備で戦っているのである。いくら闇の叫びで攻撃無効にしたとしても、拘束した後に暴れる蝙蝠が飛ばす遠隔魔法が、掠っただけでHPゲージ一割分くらいは減る。
先ほどは運よく一度しか被弾していない。今までは平均して四割程度、最大で六割しか削られていないので、ここはまだ回復しなくても大丈夫だろう。そう判断してMPポーションの蓋を開け、口の端で咥える。周囲の警戒を怠らないまま、丁寧に、かつ迅速に飲み干した。
「光った! 右だ!」
「了解!」
優樹が叫んで知らせた蝙蝠の位置を素早く視線を巡らせることで確認し、呪文の詠唱を開始する。最初は早口で八割を消化し、赤光との距離を測りつつ、徐々に詠唱の速度を遅くしていく。
赤光が一瞬、消える。やや、先ほどまでの攻撃開始位置より遠いような気がする――
「来るのです!」
「黒の斜線!」
一瞬蝙蝠の目が放つ赤い燐光が消えた瞬間こそが奴の攻撃の初動のタイミングである。
闇が蠢き、気配で居場所を探知。即行で右手のひらを向けて、斜線を伸ばした。
目にもとまらぬ音速で伸びた斜線は闇を切り裂くと、向こう側の壁に突き刺さった。
「避けられた!」
黒の斜線は、空を切っていた。
一瞬呆然としたが、敵は学習進化して強くなり続けるというアスファノンの言葉を思い出して、斜線を消すとすぐに、周囲へ警戒の視線を巡らせる。
しかしその一瞬、わずかコンマ数秒の空白が致命的だった。視界がとらえるギリギリ限界の位置から大きくずんぐりとした鍵爪が現れたのだ。
「クロウ!」
直撃した。
トラックに轢かれたような衝撃と共に壁に押し付けられ、身動きが取れなくなる。右腕は鍵爪と体の間に挟まっており、左腕は壁と体との間に収まり、抜け出せそうにない。
必死でもがき体を揺すろうとするが、巨大な鍵爪がスパイクのように壁を掴み、頑として揺るがない。
「……動くな」
鼓膜を氷の針で刺すようなアイズの声に、いったんパニックが収まり、少し落ち着いた。
一瞬後、アイズの大剣が一閃し、蝙蝠の片羽を斬り落としていた。優樹が悲鳴を上げる。
蝙蝠は呻き声一つ上げず、まるで動じることも無くと言った様子で、鍵爪に力を込め、俺を完全に壁に固定してしまうと、切り落とされなかった方の右の羽で、俺の頭の左側を壁に押し付けた。
首が捩じ切れるように痛む。
このゲームは痛覚が完全に遮断されているらしいが、ある一定の値を超えると、脳が痛みを錯覚してしまうらしい。
そのまま力を込められて、頭がめり込まん勢いで壁に押し付けられ、壁とは反対側、つまり体勢的に蝙蝠の頭がある方の首筋が伸ばされる。千切れそうだ。
「ぐ、あ、あ、あ」
震える口からそんな言葉ともいえない声が漏れた。
視界の隅ではアイズの大剣が銀色に閃き、蝙蝠の背中を滅茶苦茶に斬り付けているが、蝙蝠は意にも解さないと言った様子である。
「クロウ!」
「や、め、る、の、で、す! お前が行ってもどうにもならないのですよ! それより回復魔法や防御力を上げる魔法をかけている方がよっぽど役に立つのですよ!」
「でも……くっ!」
頭が固定されているため、精一杯眼球だけの運動で蝙蝠を捕らえ続ける。
その眼球が放つ真っ赤な燐光が――二度、瞬いた。
「う、う――わ、が、が、あ、ああああ――!」
悲鳴とも嗚咽ともつかないような叫びが自分の喉から漏れたことが他人事のように感じられて、今更ながらに恐怖が――死の恐怖が俺を襲う。
死にたくない! 死ぬのは嫌だ! 二度も死ぬのは御免だ――!
――二度も?
そんな思考の中でのミスを一瞬でも不思議に思った瞬間だった。
「うわああ――あ、え? え、あ、あ?」
蝙蝠が俺の首筋に口をつけて、舌を這わしていた。全身の毛が逆立つような気持ちの悪い感触に、自然と間抜けな半疑問形の声を発してしまう。
「や、やめ……あ、ぎゃああああ――!」
俺の首筋に何か冷たい感触があったかと思うと――蝙蝠は、俺の血を吸い始める。
手足の末端から冷たくなっていく錯覚に、首筋のチクリとした痛み。それら自体に痛みはないが、血を吸われるという感覚に、途方もない喪失感を覚え、ともすれば気が触れてしまいそうだった。
否、実際、気が狂ったように悲鳴が上がる。
ただ、意識だけが。
途切れることなく、悪魔に憑かれた様に悲鳴を上げ続ける俺を、あくまで客観的に観測し続けていた。
クロウがヤバい。
どうしよ、次死ぬかも←
こっからどう考えても逆転できないじゃん。なんでプロットにないことをやりだすんですかねまったく←終わる終わる詐欺への言い訳
さてと、次はおそらく戦闘が長引いて、あと二話くらいでこの章も終わり、ってとこですかね。いやあ長かった。途中でテスト期間挟んだから余計に。
あとお知らせです。二月から三日に一回か四日に一回更新に切り替えます。で、ある程度ストック貯まったらまた毎日更新に……って一体何話書くつもりやねん。←関西に住んでるけどこういうツッコミ見たことない
よろしければお付き合いいただきたく。
ではまた。
――次回予告兼チラ見せ――
「なるほど、こうやるのか」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
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