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第九話:洞窟の蝙蝠

 やっふうう。

 前書きに書くことが無かったわけじゃないんだぜ。本当なんだぜ。

「止まりやがれ! なのです!」


 アスファノンが鋭く言った。

 踏み出しかけていた足を引き戻して、立ち止まる。


「そろそろボスモンスターの索敵範囲に入るですから、慎重に行くのです」

「え、もう?」


 まだ洞窟に入ってから二〇分くらいしか歩いていないのに。


「モンスターは出来るだけ避けて通り、遭遇を抑えることで消耗を削減、道に迷うことで無駄な労力を割くことによるストレスをも軽減する究極の道案内、私アスファノンなのです」

「おーすげー」


 棒読みである。

 一応褒めておくかー、みたいな。


「ところでアスファノン、お前の職業……聞いたっけ」


 バトルの前に、確認しておいた方が良いだろう。どうせ聞いても教えてくれないだろうと思ったので今まで放置していたのだが、さすがにこのまま、あくまで背中を預ける仲間の正体が不明のままでは、心許ない。


「だから、今さっき言ったのです。私の職業は道案内(ガイド)。モンスターの居場所を避け、フィールドマップに誰よりも精通し、宝箱や落とし物を見落とさない、トレジャーハンターとして究極の形なのです。先頭面では、中級職程度の火属性攻撃魔法程度しか使えないので、あんまり期待すんな、です」


 どこか自慢げにそう言って逸らした胸の下で腕を組むアスファノン。細いおとがいをついっと上げ、優樹に胸を見せつけるように持ち上げた。なんでだよ。

 ぬ……、と優樹が呻き声を漏らしてアスファノンを睨みつけるが、アスファノンもどちらかと言えば貧乳である。比べる対象たる優樹があまりにも平板過ぎるのだ。おっぱいは大きい方が良い? そんなことを言う人類は滅ぼしましたー、とは、中学二年生の時の優樹の言である。

 ただ、ここまではあきらかに現実の認識の拒否としての思考なのでまあ、えっと。

 一旦落ち着いて、アスファノンの言葉を反芻するように考えてみる。俺や優樹よりはるかにハイレベルプレイヤーであるアスファノンとアイズ。

 彼女たちの片方、アイズの職業は肉弾兵という初級職で、スキルレベルはすべて最大まで成長(カンスト)しているものの、中級職に転職するためのクエストは見つからないらしい。他方、アスファノン。アイズはもちろんの事、俺や優樹をここまで牽引してきた人物であることから察せられるリーダーシップは、自分の強さに対する自信の表れであるかのように見える。上級職だ、ということは聞いていたが、たった今非戦闘職である「ガイド」であることが判明した。生産職と戦闘職がある、というのはAIの説明書(を読み込んだ優樹の説明)により知っていたが、彼女は――なんだろう、探索職? とか、なんかそんな感じ。

 つまりつまりは何を言いたいのかというと、これだけは言わなければならないことがある。


「使えねえ!」

「うっせえ、です! お前ら私がいなければボスに出会う前に死んでたのに違いないのです!」


          ☆☆☆


 一度足を止めて、装備の確認をする。といっても、俺と優樹は特にすることも無いので、アスファノンとアイズが装備をチェックするのを確認するだけである。

 ちなみにここは通称「休憩部屋」で、モンスター不可侵エリアだそうだ。この中にいればモンスターに攻撃されることはない。大きなダンジョンの道中や、ボスモンスターの直前に設置されることが多いのだそう。


「思っていたよりずっと強いようだね。ちょっと驚いたよ……ギュー隊長の

上をいく奴がこの世にいたなんてね……でも、僕にはかなわない」


 優樹が、アイズの胸を食い入るように見つめながら言った。アイズのおっぱいは、彼女が身動きをするたびに揺れる。体の動きが微動でも、胸に伝わると大きく揺れる。あと、この場に優樹のネタを拾える人はいないと思う。アスファノンやアイズはD.F.S.人で、ドイツ語を話す方、D.F.S.ジャーマンだから、日本の古典の名作であるトリヤマなんたらとかいう画家が描いたドラゴンなんたらという漫画を読んでいるわけがないのだ。ちなみに日本では、小学校六年生の国語の授業の一巻として習うことになっており、現存するページである数枚のうちの一つに載っている言葉である。

 捕捉すると、トリヤマなんたらだのドラゴンなんたらだのと結構曖昧な情報で伝えられているのは、第三次世界大戦で歴史書のほぼすべてが焼かれたときに一緒に焼かれてしまった焼け残りのものしか現存しておらず、表紙も焼け爛れて読む事が出来ないからである。ただ恐らく、ドラゴンなんたらの「なんたら」の部分には、恐らく「ボール」あるいは「ロール」が入るということが、作中何度も登場するドラゴンボールあるいはドラゴンロールというアイテムから推測されているが、昔の文字は酷く難解で、「ロ」と「ボ」の区別がつくことはこの先ずっとないだろう、とも言われていた。

 そう考えると、平安時代やなんかのもはやミミズにしか見えない文字を解読してみせたというのだから、過去の日本人は凄い。あと、別にギュー隊長は巨乳ではないどころか、そもそも男である。


「み、見てくれクロウ……! ゆ、揺れるよ……!」


 凝視である。

 ちなみに、ドラゴンロール(こちらの説の方が有力)について長い間考えている間にも、優樹と俺はアイズの胸をガン見していた。はは、変態みたいだろう? カップルなんだぜ、俺達。


「そういや、俺が他の人のおっぱいをガン見するのは、おっぱいソムリエであるところのユージュさんとしてはどうなの?」

「あのおっぱいはッ! おっぱいである前にッ! バケモノだッ! したがって許すッ! 思う存分ガン見するが良いッ! その代わり僕もあのおっぱいを凝視するッ!」

「ありがたいお言葉でしたー」

「いやまあ、真剣に答えると、クロウが誰の胸を見ようが告白されて喜ぼうが、中学校の時だってずっと僕の傍にいてくれたし、告白されても断ってたし。最終的に僕と一緒になるのなら、ちょっとくらいは寛容になってもいいかもしれない、とか」


 僕だっていろいろ考えているんだよ、と言って、彼女は唇を尖らせてみせた。

 少しその横顔に見入ってしまった。


「告白されて僕に相談しにくるようなそんなクロウ、聞いてくれ。ついさっき――僕は気付いたんだ」

「……何に?」

「そう、クロウは徹底的な貧乳派であることにッ!」


 両拳を握り締め、彼女はそう言った。実際に目の中に炎を幻視してしまうような勢いである。


「今よりも胸の薄かった僕に欲情していたところのクロウだ、きっとそうに違いない、と、ついに悟ったんだよクロウ!」

「欲情してない、ああ、違う、今よりもって別に中学校どころか小学生のころからバストサイズ変わってないだろ――でもなくて、ええっと、何から突っ込めば良いのかが分からない!」

「ここだよクロウ! ここに突っ込んでくれ!」

「意味合い! 意味合い違――」


 ふと、視線を感じたのでそちらを見ると。

 アスファノンが見たことも無い笑顔でした。

 彼女の両手はアイズの両耳を抑えており、それをするためにいっぱいいっぱいの爪先立ちをしているところがまた可愛らしく、見ていて微笑ましくなるような光景でした。光景だけなら。光景だけならである。なんでゲームなのにミュート機能付いてないんだよチクショウ、と、轟音の罵声の嵐の中で、そう思った。


          ☆☆☆


「そんな話をするのならだれもいないところでしやがれと何度も何度も……!」


 アスファノンが怒鳴り疲れたのか、目尻に浮かんだ涙を拭いつつ言った。頬にはそれとわかるほど赤みが指していて、対照的にアイズはきょとんとしている。なるほど、俺と優樹の会話は完全に聞こえていなかったらしい。いや、聞かれてたら困るけども。何回おっぱいと連呼したことか。


「さて、まあそんな冗談はさておいて、だ」


 優樹が言った。その顔は至って真面目そのものである。

 俺も同じく気を引き締め、意識して真面目な顔を作る。


「準備はできたようだな。あまりに遅いから、ユージュと二人で時間潰しをするのが大変だったよ」

「普通洞窟に入る前に――というか、町を出る時には装備をチェックしておくものだろう」


 全力で話を逸らしにかかる。

 優樹とのコンビネーションは完璧だ。俺達の先程までの会話が本心からのものではないことをアピールする。や、お互い本気だったのだろうが。


「む、私のスキルがあれば雑魚敵とエンカウントしないから無問題なのです。それと、装備に不備が無いかボスバトル前に確認するのは常識なのです」


 アスファノンの言も一理ある。

 というか、話を誤魔化せたらそれで良いので、別にだからなんだという話だ。話だが。


「ちょ、待って、やっぱり俺たちが悪かったからごめんなさいでしたー!」


 アスファノンの後ろでアイズが身の丈よりも大きな大剣を、静かにかつ滑らかに、正眼に構えたので、勢い謝罪した。

 無言で殺意を向けられることが何と怖い事か。一般家庭に生まれ、殺される危険も、殺意を向けられた経験もない生活を送ってきた俺や優樹たち日本人にとって、アイズの剥き身の殺意は畏怖に値するものだった。これが殺意か、と思い知らされる。背筋を冷たい金属が削っていくような感覚。液体窒素で肌を焼く感覚に似ているかもしれない。


 当のアスファノンは相棒の凶行に気付いていないらしく、唐突に腰が低くなった俺達に対してきょとんとした顔を浮かべた後、ふんぞり返ってこちらを見下ろした。腹立つなあ。

 そんな俺たちの様子を見て、アイズは気を収めてくれたのか、大剣を背負いなおす。その間、まったくの無音である。距離にして一メートルも離れていないアスファノンが、その動きに気付かなかった程である。一体どこの殺人鬼だよ。肉弾兵などという荒々しさは欠片も無かったぞ。


「……ファノン……イジメちゃ……メ」


 声自体は可愛らしいものだった。体型に反して少しキーは高いが、か細さも相まって儚い美声。声自体は小さいはずなのに、ダイレクトに耳に入りこんで、凛と通る。延々と「あいうえお」を繰り返すだけのCDが売ってあったら、興味本位でも買おうかな、と思えるようなレベル。

 可愛らしいもの「だった」。何の表情も浮かんでおらず、目は決してこちらに合わさない。自分の爪先をつまらなさそうに眺め、ぼそ、とつぶやいたその言葉に――心臓を鷲掴みにされたような恐怖を覚えた。

 死神の手のひらの上、だ。俺が彼女に対する嫌悪とか恐怖とか、そういったものは――思えばすべて、そこからきているに違いない(、、、、)


「反省したのならそれで良いのです」


 アスファノンが言った。どうしてあれだけ通るアイズの声をスルーできるのか不思議である。慣れか?


「それじゃあ、いざボス戦、なのです」


          ☆☆☆


 ボスの索敵圏内に入る。

 といっても、すぐに襲われるということはなく、それから三〇分、あてどもなく洞窟内を探索し続けることになった。


「緊張を緩めるな、なのです。奴はこちらの気が緩んだ一瞬の隙に攻撃を仕掛けてくるのです」

「は、馬鹿な」


 優樹が鼻で笑ってから、言った。

 続ける。


「それじゃあまるで、そのボスモンスターが生きているみたいじゃないか。敵モンスターなんて、どうせ攻撃ルーチンを組み込まれた、命令通り動くプログラムでしかないだろう」

「ええ、それであってるのです」


 ただ、と、アスファノンは取り繕った。


「正確には。それであっていた、というのが正しいのです」

「は? どういう意味だい?」


 神妙な面持ちで咳払いを一つして、アスファノンは言った。


「NPCが自我を持ち始めたのと同じ頃くらいから、敵モンスターも学習するようになったのです。……それも厄介なことに、倒しても倒しても学習進化して、恐らく同種族異個体間で記憶の共有をしてやがるのです」

「それって、つまり敵モンスターが際限なく強くなるってことじゃないのか?」

「その通りなのです」


 ということは、だ。


「始まりの間の近くで出てくるような、ステータスも低くて数ばっかり多いようなモンスターはプレイヤーが大量に狩るだろうから、最早手が付けられないような強さってことになるんじゃ……」

「それはまず無いといっても大丈夫なのです。雑魚モンスターというのは基本的に知能が低いという設定がされていますから、学習能力もほとんどありません。それこそ何兆体と倒さない限りは、普通の雑魚モンスターなのです」

「それじゃあここのボスモンスターって」


 その瞬間だった。

 アイズの頭上で何かが赤い光を放ち、鋭く動いて掻き消えた。


「来たぞ!」


 俺の言葉に、アイズがいち早く反応して、一瞬前までその光があったところを大剣で薙いだ。空振り。


「なるほど、会話で気が逸れたところを、背後から狙う、ってことか」


 優樹が顎に手を当てて、しみじみと言った。何でこいつはこんなに余裕をかましていられるんだ。脳内に変態回路を有しているからか? 

 変態回路くらいなら俺だって持っているので、小さく呼吸をし、通称「無いよりはましな棒」ことボロボロに錆びた謎の槍を構える。振る度に錆が剥がれるのに、その大きさは変わらない不思議な槍だ。大ぶりな見た目に反して手応えは非常に軽い。まあ、魔法職である俺が装備できるような武器なのだから、軽くて当然か。


 赤い光は天井付近を這うように高速移動すると、今度は優樹の頭上で一瞬動きを止めた。


「ユージュ!」


 素早く黒い何かが天井から伸びるが、それより一瞬早く、アスファノンが優樹を救出していた。赤い光は尚も優樹を狙うように天井付近を高速でうろうろしていたが、アイズが大剣を構え直したころにまた姿を消した。


「敵の中で一番弱い奴から狙う。おい、アスファノン、あの敵って、もしかして」

「ボスモンスター『洞窟の蝙蝠(バット・ホール)』。あの敵、自我を持ち始めてから、どこか誰かのプレイヤーに、乱獲されていやがるのです」


 お手頃な強さのモンスターで、ドロップアイテムも換金するとそこそこな値段になる。だからこそ、プレイヤーに狩られ続けたのだろう。その学習能力は貪欲に経験値を稼ぎ続け、もはや誰も手が出せないような凶悪ボスモンスターになりあがった――と、つまりそういうわけらしかった。

 一度このボスモンスターに手も足も出なかったプレイヤーと、ほんのさっきゲームを始め初心者がそれぞれ二人ずつのパーティ。


「おいこれ、史上最弱のパーティなんじゃないのか」


 俺が思わずそう漏らすと。


「お前しか攻撃できる奴がいないのですから――頑張りやがれ、です!」


 アスファノンは、そう言って両手を握った。


 ――え、俺?

 ドラゴンボールが教科書に載る時代すげえ。まあ、あれだ。「北斎漫画」とか、そう言うのみたいな感じですね。大昔の文化として取り上げられているのです。

 主人公の強さがインフレしそうだったので、敵の強さをハイパーインフレさせてみた。嘘です。最初からプロットに組み込んでありました。思い付きとか行き当たりばったりじゃないよ。


 では、また明日。



――次回予告兼チラ見せ――

「何のためにお前をスカウトしたと思っているのですか! 洞窟の蝙蝠を倒すために決まっているのです!」

―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―



では次回。


誤字脱字、変な言い回しの指摘、感想、評価、レビューお待ちしております――――


評価、感想、レビューなどして下さったら、いつもの八倍泣いて喜びます←ここ大事

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