第八話:嫌悪
期末! 終わった! エンド! ジ・エンドの意味で!
フィニッシュじゃないよ! ジ・エンドだよ!
「アイズの職業は」
アスファノンは言った。
もったいぶるように、わずかな空白を置いた後、続ける。
「大剣と拳で戦う職業――肉弾兵」
肉、とアスファノンが言った時、視界の端で優樹がピクッとしたのはまあ、気のせいだと信じよう。
「ほう――肉、弾兵か」
気のせいじゃなかった。
「エロいね」
「お、お前の頭にはそのことしかないのですか!?」
「そんなことはないよ。エロに対する並々ならぬ興味は、僕の中での色々なものに対する好奇心についての一分野に過ぎないのであって、例えばイタリアにだって興味があるし、最近は宝石とかにも興味があるかな。エメラルドとか、綺麗だよね。産出地では奈留島とか。僕は移り気だから、今こうして話している間にも花束とか、神前式とか席順――おっと」
ハネムーンはイタリアで結婚指輪はエメラルド、神前式なのにブーケトスはやって、席順まで考えているらしい。全部結婚についての事しか考えていないじゃねえか。
「そうだね、結婚初夜と言えば子作り――なるほど、こうしてここに帰結するわけか」
「勝手に自己完結しやがったのです!?」
優樹が脱線させた話の中心、アイズは、どこかおびえた表情でアスファノンの陰に隠れている。人見知りというかもう、他人と関係することが怖いみたいな、そんな様子。コミュニケーション障害っていうと人聞きが悪いが、その言葉こそ正しく彼女を表しているように思う。
アイズは当然背が高いので、アスファノンの真後ろに立っても精々胸の下の方辺りまでしか隠れていないわけだが、本人的にあれで満足なのだろう。姿を隠すことよりも、アスファノンの後ろにいて、彼女に守ってもらえる立ち位置。もはや気弱とか、そんな言葉で言い表せないレベルでの――そう、人見知りだった。まるで、社会を知らない三歳児のような、産まれたてみたいな無垢。
そう、無垢。ちっとも汚れていないのだ。真っ白。普通生きていれば比喩的な意味で大なり小なり汚れてしまうものだ。アスファノンといがみ合っている優樹を見るのが一番例にしやすい。彼女がああなったのは中学校くらいからだから、恐らく何らかの影響があったに違いない。
アイズは、そういった「汚れ」というものが全くなかった。
白くて。
無垢で。
アスファノンとの現実世界での関係は知らないが、恐らく口ぶりから察するに、彼女たちは――否、アイズは、アスファノンに依存しきっている。
どうしても彼女たちが苦手である理由がなんとなくわかった気がした。
アスファノンは別に苦手ではないが、と言えば嘘になる、のかな。口を開けば罵倒される新感覚にはちょっと新しい道を開拓するべきかもしれない。苦手ではないが、罵倒されるのは嫌だ、そんな感じ。
ただ、アイズは。
別にさっき襲われたとかそんなことは関係なくて。
見ているだけで気持ちが悪い。吐き気がする。
女の子に対してこんなことを思うのは失礼だし、もちろんこれから仲良くできそうだとも思うが――ただ、内心。俺はどうも、彼女の事が嫌いなようだった。
☆☆☆
「それじゃあ、もうこの洞窟――『ノートルの大穴』に進んでも良いですか」
アスファノンが言った。
そういえば洞窟のボスが倒せない、とか言っていたような。
「ユージュ」
「まあ、大丈夫じゃないかな」
「それでは――あ、えっと、いや、お前たち、ポーションは持っているのです?」
ポーションとは、HPやMPを回復させる薬の事である。攻撃力や防御力を上昇させたり、敵にダメージを与えたりする事が出来るものもあるらしいが、そのようなポーションは序盤では手に入らないらしい。したがって『ユフェン温泉街』にある道具屋では、そういったものは置いていない――結局帰ってきた温泉街にある道具屋で、優樹が教えてくれた。
俺にも細かい注意とかはAIから送られてきているのだが、それを読み込むのが優樹、読まないのが俺だ。
「ポーションを買い置くなんて当たり前の事なのですよ」
「いやだから、俺らこれで初心者なんだってば」
「初心者はハッコ・ゴブリンなんかに勝てないのです」
実力云々じゃなくて、ゲームに対しての知識が素人なんだよ、と優樹が補足してくれた。
「ポーションって一体何個くらい買っておけばいいんだ?」
「有り金全部ポーションにすると良いのです。さあ是非。是非是非。是に非ずと書いて是非」
アスファノンがこちらを見もしないで言った。是が非でもじゃないのかよ。
七四万八二三七ルード。
ポーションが一つ千五百ルードだから、えーっと、四九八個。
そんなにいるものなのか?
「おいおい、お客様よ、ポーションはそんなに売ってねえよ」
とりあえず四九八個ポーションをください、と、道具屋のNPC店主に言うと、彼はそう答えた。
「知らんのか? ポーションの流通量には限度があるから、どの店でも、一日当たり百本ずつしか下ろさねえんだ。あ、下ろさねぇんです」
「それじゃあ百本ください」
「容赦ないねえ」
口ではそう言いつつも、髭面の店主はポーションを一つ取り出して、レジ代わりの机の上に置いた。それを手に取ると、効果の安っぽい音とともに目の前の所持金欄の数字が減り、反対に持ち物一覧に「ポーション×100」の文字が現れる。
「はいユージュ」
「ん、ありがとう」
半分を優樹に手渡しておいた。
「というかお前たち、防具も買っておかなくても良いのですか? 武器は?」
「防具はあんまり良いものが無かったんだ。また今度の機会にするよ。武器も今は必要ないかな」
「なんなら余っている防具や武器をあげるのですよ? 本当に大丈夫ですか?」
「心配してくれるのか? 実は優しいのか、お前」
さっきまであれだけ死ねばよかったのにとか何とか言ってきたのに、ずいぶん優しいじゃないか。
その『ノートルの大穴』とやらは、よっぽど危険らしい。
「実は、は余計なのです! ……ほら、これを装備しやがれ、です!」
アスファノンはそう言って、なにやら手元のウインドウを操作したかと思うと、何かを二つ取り出した。それを握りこんだ手を俺と優樹に、それぞれ突き出す。ん、と、無言で「受け取れ」の催促。視線は頑なにこちらに合わさない――ありがたく受け取ることにする。
「イヤリング?」
「身代わりイヤリング。致死ダメージを無効化してくれるのです。クロウはともかく、ユージュのレベルだと、確実に即死ダメージを食らうですから、役に立つと思うのです」
「え……クロウ?」
今、普通にクロウ、と呼ばれたような気がしたのだが、気のせいだろうか。なぜだろう、普通に名前を呼ばれただけだというのに、だからこそ「普通に」名前を呼ばれただけで、不覚にもドキッとしてしまった。
意外に優しい所もあるし、なんだかんだ言いながら結局は助けてくれるみたいだし、アスファノンに感じる苦手意識はすべて取り払った方が良いかもしれない。
さて当のアスファノンはと言えば。
「なんですか。名前、間違えていたですか。お前の名前はクロウだったと記憶しているのですよ。お前なんて、一生苦労していると良いのです」
「確かにクロウであって――痛ぇぇ! あ、違う、痛くないんだった」
なぜか頬を膨らませた優樹に右足を踏まれる。なにしやがる、と言った意志を湛えて優樹の方を見ると、ふいっ、と、顔を逸らされてしまった。
「僕以外にドキドキするのは禁止だ、クロウ」
☆☆☆
防具屋の店主がいい加減迷惑そうにしているので、店を出る。女の子泣かせんじゃねえぞ、あ、違う、泣かせるんじゃないです、ぞ! と、店主がそう言って見送ってくれた。敬語が苦手だとしても、ですぞは無いだろうさすがに。
頭上には満天の星空が広がっていた。
「そのイヤリング、効果を発揮するたびにランダムに壊れますから、壊れたらすぐに言うのです」
「なんだ、壊れたら新しいのをくれるってのか?」
俺がそう聞き返すと、ふん、と、アスファノンは鼻を鳴らした。
「私たちからしてみたら、お前に――お前たちに死なれたら困るのです」
「大丈夫だって、洞窟探索の役には立つつもりだから」
「当たり前なのです」
アスファノンはそう言うと、洞窟に入っていった。
八つ目ゴブリンとの戦闘で認めてくれた、ってこと……か?
「さっさと来るのです!」
アイズがおどおどした様子でこちらを見てから、駆け足で後を追う。
二人に置いて行かれないように、俺と優樹もそのあとに続いた。
「ここのボス部屋まで、一直線に行くのです」
「そういえば一度ボスに負けて逃げ帰って来たんだっけ」
俺達が追いつくと歩調を緩め、アスファノンはそう言った。俺は軽口のつもりで返したが、思ったより機嫌を損ねたようで、彼女は口を閉じてそっぽを向き、せっかく緩めてくれた歩速をあげてしまう。
「あ、ちょ、ごめんなさい」
「戦略撤退なのです。逃げたわけではないのです!」
「あ、はい。そうですよねすいませんでした」
「……ここのボスは、空を飛ぶのです」
「はい?」
「ここのボスは、飛行スキルを持っていやがるのです。正確には、滑空スキル」
少し歩調を緩めて、アスファノンが言った。
滑空スキル。
モモンガみたいに、高いところから飛び降りて空中を移動するスキルだろうか。
「その通りなのです。モモンガみたいに、暗闇から突然襲い掛かってきて、攻撃されたと思った時にはもう闇に消えているのです」
「急にホラーゲームの世界だね」
「茶化すな、です。しかも、奴の厄介な点はそれだけじゃないのです。奴は滑空のほかに、もう一つスキルを持っているのです」
一つ、と、アスファノンは指を立てた。
滑空スキル、と言って、次、と二本目を立てた。
「二つ目は、全攻撃に暗闇効果を付与するスキルなのです」
「暗闇効果?」
もうすでに暗闇の中にいるのに……これ以上なにが暗闇なのだろう。
俺がそう呟くと、
「暗闇と言っても、松明がありますから、松明から半径十メートル以内はしっかり見えるのです。見えるですね?」
「うん」
頷く。
「バッドステータス暗闇。レベルは1から3で、レベルが上がるにつれて効果時間が伸びる。レベル一で三秒、レベル三で一五秒間、視界が奪われる――つまり見えなくなる、ってことだね。たとえ松明が灯っていようとも、暗闇状態のうちは何も見えなくなる」
優樹が、アスファノンを遮るようにして言った。AI謹製の説明書だろうか、手元にウインドウを浮かべている。それを受けてアスファノンは、少し頬を膨らませたように見えた。説明役を取られて悔しい、らしい。彼女は彼女で優樹を苦手としている……というか、敵対視、ライバル視? している節があるみたいだ。
それにしても、暗闇状態か。
バトル中にそんなことになったら、至極危険である。
「ボスの暗闇は、幸いにしてレベル一ですから、三秒間で暗闇状態からは解放されるのです」
「もしバトル中に暗闇状態になったら、自然に回復……つまり効果時間が切れるまで待つしかないようだね」
「どんなバッドステータスも掻き消す道具もあるのですが、たかだか数秒我慢すれば治るような状態異常に使うほど安価なものではないのです。おいユージュ、お前、そういう魔法は持っていないのですか」
アスファノンがそう問うと、ユージュはおどけたように肩を竦めてみせた。
「やれやれ、僕はスキルレベル平均四の超初心者にして雑魚キャラ、安心安定の第一被害者予備軍だよ? そんな魔法が使えるわけがないじゃないか」
「使えねーですねお前。本当何しに来たんですか。敵は奇襲をしてくるのですよ? 全部避ければ無問題とか、そんな次元の話じゃないのですよ?」
アスファノンの当然の糾弾。
というか、彼女がここに優樹を連れてきたのは誰も問題にしないのか。優樹のレベルを上げるところからスタートするべきだったのではないかと、今更ながらに思うが、それこそ今更言ったところでアスファノンは引き返しはしないだろう。
対して優樹は、
「大丈夫さ、クロウが守ってくれるから」
そう言って、俺の右腕を捕まえた。肘に硬い感触。胸を押しつけてくる。腕を組まれるというのは、結構気分が良いものだ――
「肘に硬い感触」
「おおお思ってなないし」
「なんだこれはあばら骨が直接腕に当たるぞこの洗濯板め」
「おお思ってない思ってない!」
「この淫乱豚め。俺様の腕にそんな貧相な胸を押しつけて発情しやがって。お前なんかただの豚だ、臭いから近寄るんじゃない」
「思うか! 思うわけあるか! ……え、あれ? 何、発情してるの!?」
「やぁ、想像だけで軽くね。イメージプレ……イメージトレーニングは欠かさないんだ、毎日」
何のイメージトレーニングかは……聞かない。イメージプレ……と言葉を濁したものの続きは、「イメージプレパラート」だ。理科生物の問題でプレパラートにオオカナダモの葉を乗せたものを用意する、とか書いてあるときに、脳内で想像されるイメージのプレパラートの事に違いない。イメージプレパラートなんて言葉があるのかどうかは知らないが、きっとそうに違いない。そうであってください。
俺と優樹がそんな益体の無い会話(に見える何か)をしていると、アスファノンがドン引きの表情で言った。アイズと俺たちとの射線上に入り、少し……いや、かなり距離を取るという徹底ぶりだ。
「お前たち、あの……そのう、どんなプレイをするのかはもう一切知りませんけど……もうちょっと節度を持ってというか、です。外でやるなら私たちがいない時にやってほしいのです……」
「なんだ羨ましいのかい? 楽しいぞ、コンプレックスを罵られるのは」
「それで楽しいのはお前だけなのです……」
アスファノンがドン引きを通り越して、もはや憐みの視線を込めて――俺を見ていた。え、俺?
「お前も大変なのですね……」
「え、何その同情の視線」
頑張れ、なのです。
アスファノンは、心からそう思うと言った調子で呟いた。
ハイそんな感じの第八話でした。
終わりが見えてきた。この章はボスを倒したら終わりですかね。伏線は張りまくりですけど。手繰った分の五倍くらい伏線張ってますけど。
そんなわけでまた明日、です。
ちなみに、作中で出て来た、優樹の言う宝石の産出地は、ハート形の水晶が産出するところです。たしぎはく、趣味は鉱石図鑑を眺める事。
――次回予告兼チラ見せ――
「お前しか攻撃できる奴がいないのですから――頑張りやがれ、です!」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
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