第六話:温泉街
おっかしいな。
割とシリアスな話を書きたかったのに……なんだこの後半の、にじみ出るコメディー臭。
まあ、さすがにただのコメディーではないのですけど。単発的、一回だけくらいなら使える小さな伏線は結構張ってみましたけれど……
というわけで最新話です。
葉のすっかり落ちてしまっている街路樹は凍り、寒風にその枝を揺らしているが、反対にそれらに挟まれる道は、融熱ヒーターを埋め込むロードサーミックのように雪が積もっていない。
道の上に眠っていれば寒さ事態は防げそうだ。いや、宿はとるつもりだが。
ただまあ、長袖とはいえ薄い麻のシャツとズボンだけという状態なのに凍え死にそうなほど寒くないのは、これがゲームだからである。
「道の下にお湯を引いているホースが通っているのです」
「へえ……ますますもって北海道みたいな構造だな」
「ホッカイドウ? なんですかそれは。猿語ですか、理解が出来ないのです」
この娘もまた、優樹が息をするように下ネタを発するのと同じように、悪口と呼吸が同じような重さを持っていないか。
「お湯を引いた……ってことは、温泉でもあるのかな?」
優樹が問うた。
もはや俺が何を言われても助けてくれるつもりはないらしい。助けて優えもん。優を「いさ」って呼んだら「いさえもん」……普通に居そうなんだけど。真田の忍びとか。
「ありますよ? ここは温泉街――『ユフェン温泉街』なのです。街中のどの建物に入っても温泉がついていますし、宿屋にも全個室に温泉があるほか、大浴場まで完備されていてもう最高の場所です!」
本当に嬉しそうに笑いながらアスファノンが言った。可愛い顔もできるんじゃないか――なんて一瞬ドキッとしたのは……見蕩れたかもしれないのは、優樹には秘密で。
「クロウ」
……ば、ばれてる?
「温泉があるということはつまりだよ、クロウ」
ほ、と胸を撫で下ろした。
どうやら俺がアスファノンに心ときめかしていたことはばれずに済んだらしい。
「こ、混浴するしかない――!」
胸を撫で下ろした手を、思わず逆再生するように上に反り上げてしまった。この痴少女め……
なんて……
「なんて……なんてすばらしい提案をしやがる……!」
俺がそう言うと優樹は、ふふん、と傲岸不遜な態度で笑った。
「それじゃあ決まりだね。今夜は楽しくなりそうだ……!」
「その通りですねお代官様……!」
☆☆☆
「アイズは……人見知り、なのです」
「や、初めて会った時からわかってたが」
足裏からポカポカと温かくなってくるような不思議な気分で道を歩いていく。非常に快適な温度だ。ここに住みたいむしろ。
「それ以上に恥ずかしがり屋さんでもありますので、特にそこの軟体動物は話しかけないでください、なのです」
「ついに人間の枠を超えた、か」
いや、竹輪とか言われた時点でもう人間どころか生物の枠組みを突破してるのか。ままならない。
「というわけですので、これから私たちの寝泊まりしている宿屋に行くわけですが、火急の用があっても、喫緊していようが切羽詰まっていようが、とにかく白濁、お前は部屋に来るな、なのです」
「白濁ってお前、アイズも同じ髪色じゃねえか」
「何も別にお前の髪の色のことを言ったわけではないのです。液体の方なのです」
「…………」
あ、この人。
優樹と同じ人種かもしれない。
気付けば無意識のうちに一歩分、彼女から距離を取っていた。
俺の周りには変態が多いんだよ、大体。
ふとアイズの方を見ると、目が合ったがすぐに逸らされてしまった。
どうも……この二人とは仲良くなれそうにない。アスファノンは息をするように俺を貶してくるし、アイズとはコミュニケーションがとれない。
「ここなのです」
それからしばらく歩き、町のちょうど真ん中あたりに至ったところで、アスファノンが足を止めた。
瓦葺の屋根に、漆喰の壁。純和風――優樹の家みたいな建物。
その玄関には「小春庵」という看板がかかっていた。
「異国の言葉だから読めないのです」
アスファノンが言った。
そういえばドイツ人……いや、D.F.S.人だって言ってたっけ。アイズも同じくD.F.S.人だ。ドイツ人から直系の血筋で、空に進出した時から乗組員だったドイツ人が先祖なのだとか。
「こはるあん、だろ」
日本語である。
小春庵という名前は――きっと小春日和とか、そんなところからの引用だろう。
「ふっ、そんなこともわからないのかこのプラナリアは」
言わなくてもいいのに、今まで散々貶されてきたので仕返しに貶めてみた。
「……ファノン……イジメちゃダメ……」
「ごふっ」
アイズに殴られた。
鳩尾を。
グーで。
「ちょ、え、待ってストップ。ストッげほっ、鳩尾っ、連打げほっ、ちょ、やめ、やめてやめて」
その後アイズはよろけた俺の足を払い、マウントポジションを取ると、鳩尾めがけて次々と拳を振り下ろしてきた。グーで。無表情で。
ふとアスファノンを見ると、ニコニコしながらこちらを見ているところだった。なんでこの場面でニコニコできるのだろうか。もうD.F.S.人怖い。AIとかアスファノンとかアイズとか、もうなんかこの三人のせいでD.F.S.人恐怖症とかになりそう。
なので一縷の望みをかけて――いや、助けてくれるに違いないという確信を持って優樹を見ると、その顔には「巻き込むな」と書かれていたので――泣いた。心で。
「……ファノン……イジメた……」
「ちょ、今! げほっ、今! この状況最早イジげほげほげほっ」
アイズは、単調に、淡々と、耽々と俺の鳩尾にグーを振り下ろしてくる。鳩尾だけを狙って集中的に殴ってくるものだから防御は容易だが、一撃一撃が重い。それこそ受け止めた俺の手が軋むほどに。
同じパーティだからダメージはないものの、衝撃が消えるわけでもないので、むしろ痛みが無い分、こうして鳩尾を突かれ続けると非常にむせる。それはもうめっちゃむせる。
「……あたしは……ファノン……好き……」
「こ、怖い! がっ、怖いってば! この状況こそイジが、がほっ、ちょ、アスファげほっ、、アスファノンに嫌われげほっ、嫌われるぞげほっ」
「……その時は……アスファノンを殺して……あたしも死ぬ……」
「ヤンデレだっ!?」
鳥肌が立った。一瞬で。
人見知りの恥ずかしがり屋さんじゃなかったのかよ!
「さて」
なんでもない風にそう言って、アイズの両拳を受け止めた。
「いつまでも見ていたい状態ではあったが、俺の彼女がそろそろ許してくれそうにないんで、ちょっと大人しくしててくれ」
突然だが、アイズは巨乳である。それはもう情け容赦ないほどに巨乳である。優樹なんて何人いても勝負にならないほど――いや、そもそも優樹はゼロみたいなものだから、何人いても加算されることはないのか。
そう、アイズは巨乳なのだ。
そんな彼女が俺の腹の上にマウントポジションを取り!
あろうことか両腕で俺の鳩尾を殴り続けたわけだ。
ということはつまり。
その度にその……おっぱいが。胸が。そう、揺れるのである。
もうめっちゃ揺れるのである。眼福であった。至福と言い換えても良い。俺は優樹を心底愛しているが、彼女には再現できない胸の揺れ――需要があればそこに供給も存在するということか。
「ありがとうございましたアイズさん、マジ、で!」
尚押し込んでくる拳を力尽くで押し返して、肘を立て、腰を抜きして状態から徐々に起こしていく。
ワンピースのような服を着ているアイズの服の裾が捲れ、下着が丸見えになっているが、彼女の一挙動ごとに形を変える巨乳を観察するのに忙しくてそちらまで手(目?)が回らなかった。白だった。胸と同時に下着もガン見する技術を手に入れたのだが、この技術、この場面以降、使うことがあるのかなあ……
具体的に、胸と下着を交互に見て、その間焦点があっていない方も視界に入れ続けるという、それだけの話なのだが。
そういえば押し倒されたときに服が捲れ、露出した腹に直接アイズの腰が下ろされており、脇腹には太腿がピタッと吸い付くように張り付いているわけだが、今更ながらにこの状況かなり俺得なんじゃねえのとか思い出したじぶんがいた。きっと胸の観察に暇が無かったからだろう。ブレないなあ、我ながら。揺れない優樹の胸も大好きだけど。
「御馳走様」
「…………っ! っ!」
なんのことかはわからないだろうけど、一応感謝の言葉として言い、完全に体を引きはがした。体温が失われて少し勿体無い気持ちになる。
「俺も一応上級職だから、それなりに筋力値は高いんだよ」
「……ファノン……変態がイジメる……」
「私に任せるのです、アイ。二秒で殺してあげるのです」
「あああもうこいつら面倒臭ぇよ、ユージュさんそろそろ助けて!」
寒風吹きすさぶなかで(道は温いといえど)そんなハートウォーミングな一幕を演じた俺の叫びは、特に誰の心にも届かなかった。優樹さんが助けてくれない。
☆☆☆
わからないことがあったら、最低でも八時間は熟考したうえで私にメールして聞くと良いのです――そう言い残したアスファノンは、アイズを連れて自分の部屋に帰っていった。
俺と優樹の部屋(相部屋。相部屋!)から、二つ間に部屋を挟んだ隣である。
「春風庵」は、木造の二階建てで、一階には受付と簡単な食堂、大浴場があり、二階には十二部屋。階段を上って、左右に六部屋ずつである。
個室はそれぞれ二人から四人用と言った広さで、畳敷きの一部屋と温泉がついた和風――というか和室だった。
「見て見てクロウ。この温泉……檜の香りがする!」
「温泉なんてお前の家でしか見たことねえなぁ」
世界のグローバル化が進み、日本が持っていた温泉とか湯船に浸かるとか、そんな長風呂文化は廃れてしまい、今や全世界九割九分九厘の家庭がユニットバスの中で、優樹の家だけが檜の湯船だ。
「そう、うちのと同じなんだよ、このお風呂」
「大きさも大体そんな感じだな」
人が三人か四人くらいなら、浴槽の底に直接寝転がっても余裕がある程度の大きさ。洗い場はさすがにそこまで大きくはないが、その辺りも含めて、すべて木でできている。
俺も我が家のユニットバスというものがあまり好きではないので、月に一回くらいの頻度で優樹の家の湯を借りていたのだが、さすがに性というものを意識し始めてからはなんとなく気恥かしくなってしまい段々と通わなくなっていった。
「それでも中二のときくらいまでは一緒に風呂に入ってたよな」
「そうだね、クロウが僕のおっぱいを揉ませてくれとか言うもんだから」
「揉んだら胸が大きくなるとかなんとか聞いて来たお前がそういう風に俺に頼んだんだろうが」
揉んでくれたまえ、ってな。
もちろん揉みましたとも。しだきましたとも。
「ちなみに僕は、クロウがそんなことが嘘であることを知ったうえで僕の胸を揉んでいたことを知っているよ」
「ちなみに俺は、お前がそんなことが嘘であることを知ったうえで俺に頼み込んでいたということも知っているぞ」
思えば、あの時から彼女はもうすでに変態として目覚めていたのかもしれない。
「まあ、その結果成長しなかったわけだけどな」
俺がそう言うと、
「クロウは……その……」
優樹は突然、困った様に声のボリュームを落とした。
両手指を胸の前で組んで、目線は畳の目を数えるように。俺は胡坐を掻いているが、彼女はこんな時でも正座だ。その姿勢の良さは折紙付きである。
「僕みたいな、その……えっと」
無言で話の続きを促す。
何か言いづらいことを言おうというのなら、言葉で促すよりも、こうして態度で促す方が有効だ――優樹とのコミュニケーションの中で培った経験則だ。
「お、おっぱいの小さい女は嫌いかい!?」
「愛してる!」
よし。
少し喰い気味のタイミングだったけど、即答した、と言い張れるタイミングだったはずだ。あらかじめ何を言われるかを予測したうえでの発言だったので、上手く当たって良かった。
「で、でも、さっきもアイズの胸ばっかり見ていたし……」
「馬鹿を言うんじゃない」
優樹の両肩を掴んで、無理矢理に目を合わせる。
「俺は巨乳が好きなんじゃない。かといって別に貧乳を愛しているわけでもない。おっぱいが好きなんだ」
「諭す口調で何か変質的なことを言い始めた!」
「いいから聞けって。俺はアイズのような巨乳も、優樹のまな……えっとひ、貧乳? も、等しくおっぱいである以上愛している」
「まな板……洗濯板じゃないだけまだマシだと自分に言い聞かせたら自我を保てるかなどう思う……?」
ごめん正直洗濯板だと思った。頬擦りしたいとも。
「だが、俺はそれ以上に優樹のことが好きだ」
「このひとつ前の言葉を聞いている以上素直に喜べない!」
「だとしたら、優樹のその胸も、貧乳である以前に優樹なんだ!」
わかるか!
「俺は、優樹を構成するありとあらゆる成分全てを愛している」
「は、恥ずかしいよ、そんな面と向かって……」
「というわけでつまり何が言いたいのかというとですね」
続ける。
「さっきのアイズのとの一件のことは忘れていただけないでしょうか」
「断る。僕は浮気は許さないと言ったはずだ。もし浮気したら全裸にリードで街を徘徊するともね」
畜生、つらつらと余計なことを並べ立てれば誤魔化せるかと、立て板に水とばかりに適当な話をしていたのに……
「それに、誰が板だ。僕の胸だって、揉めるくらいにはあるんだから」
その適当な話で、更に墓穴を掘ったようである。
自分で外堀を埋めた俺に、逃げ道なんぞあるはずが無かった。
後半、優樹と部屋に入ってからの下りは、ありゃ完全にただのコメディパートだ(/_;)
伏線はそれ以前に張り切りましたので、ええ。
というわけで今回、伏線がまた増えましたーってところでまた明日。では、たしぎでした。
――次回予告兼チラ見せ――
「そうですね、試運転というかなんというか、そこのデオキシリボ核酸が使えるかどうかを確認するために、肩慣らしにフィールドにでも出るのです」
「その前にお互いの職業をだな」
「うるさいDNA」
「お前もDNAで構成されてるだろうが……」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
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