第二話:彼女と片手で数えられるPK
ひゃっはー新章二話だぜえ。
シリアス全開(虚偽)
では。
雪を被った木々はそれぞれが好きに枝葉を伸ばし、枝葉の隙間からは木漏れ日が差し込んでいる。積もる雪は誰かが通った後か、獣道のような細い道が続いていた。
道はしばらくまっすぐで、左右どちらを見ても白く化粧された針葉樹だけが目に入る。
ここは、『ビギナーズ・タイガ』。要はチュートリアル用の超初級エリア。
始まりの間の出口から出て次のフロア、北に位置するこの『ビギナーズ・タイガ』は、たいして危険なモンスターもおらず、新米のトレジャーハンターが必ず通る道、らしい。フロア移動時に視界の端に出ていた欄から得た情報だ。
迷わないようにだいたい一本道になっているあたりはまさに『初心者の針葉樹林』といえよう。
「あれ。敵がめっちゃ弱い」
「違うよ黒羽が強すぎるんだ!」
そこをしばらく進んでいると、ゴブリンとかいうモンスターに遭遇した。敵のことはモンスターというらしい。
そいつが出て来た瞬間、素手で殴ってみると、いとも簡単にポリゴン片に分解、粒子となって空中に溶けるというプロセスを経てゴブリンを倒した。らしい。
感想――その、感想である。
「黒羽は上級職なんだから、強いのは当り前さ」
まあ、確かにそうなのだろうとは思う。俺は大体優樹の十倍程度の戦力……と考えて良いのだろうか。数値的に見てそのくらいはありそうだ。
「ん?」
ゴブリンの光の残滓が丁度消えたその瞬間、視界に明滅するアイコンが出現。何かと思い、タッチして開いてみた。
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操魂系能力 喚魂 発動可
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「なにこれ」
優樹に見せる。
「分からないならとりあえずやってみたら良いんじゃないかい?」
それもその通りだ、と思い、魔法を使うために必要な詠唱を開始。
呪文は同じウィンドウに書かれてある。これを間違えずに最後まで読み切れば魔法は成功するらしい。
「現世と冥界をつなぐ。死を司る。子羊の魂を弄び、我が最愛なる玩具として、今一度この場に甦らせたまわん」
成功。間違えずに言えたので、魔法が発動する。
ゴブリンを倒した場所に光の粒が集まってきて、録画撮影の逆再生を見るように、光はゴブリンになっていく。真っ黒な光。
「お……おお? 反魂の呪文かい?」
「多分……そうなんだと思う」
そして光が完全に収束した時、そこには一体のゴブリンが立っていた。
「あ、ヘルプ出た」
別の窓がポップアップして、反対に今まで出ていたウィンドウは消えた。
それによると、死霊術師は、自分がとどめを刺したモンスターを霊魂と呼ばれる状態で復活させ、ゾンビとして実体を持たせて戦わせたり、自分に憑依させて攻撃力や防御力を強化したりといった戦い方ができるらしい。
「はぁん……」
「そういえば黒羽、ぼろぼろの槍は結局なんだったんだい?」
「さあ、わからん」
アイテムは、ダブルタップで詳細を表示できるということに気付いたのだが、ボロボロの槍だけは押しても詳細が表示されないのだ。
ただ重いだけだし、これで敵を殴ってもまるでダメージがいかないし、そもそも錆が欠けて、ボロボロの槍が凄くボロボロの槍になっただけで何もいいことはない。
「もう捨てても良いかなこれ」
「や、それはダメなんじゃないかなさすがに」
なんかの役に立つのか、これ。
☆☆☆
――――――システム、オールグリーン。問題ありません。
☆☆☆
それからも、ゴブリンが出たら倒してゾンビにしながら道を進んでいき。
優樹の付加魔法スキルのLvが二桁になろうかというとき、森の出口が見えた。このままのペースで歩いていれば、あと数分で森から出られるだろう。
「僕は武器が無いからって素手で殴っても、ダメージが通らないんだ。そりゃエンチャントのレベルも上がるさ」
「そもそもエンチャントがなんなのかが分からねえ」
俺がゴブリンを瞬殺している時、隅の方で隠れて何かを呟いていたが――あれのことか?」
「黒羽に攻撃力微増加と敏捷力微増加、防御力微増加の魔法をかけていたんだ」
「全然気付かなかった」
その魔法をかけられた人は攻撃力が上がったり、素早さや防御力が上がるってことか。
それにしても、俺からするとあってもなくてもあんまり変わらないような気が……
「それは僕のスキルレベルが低いからってのもあるし、黒羽のステータスがここらのモンスターに比して強すぎるからってのもあるんじゃないかな? 十のダメージを与えたら倒せる敵に百のダメージを与えている黒羽の攻撃力が、今更百五になっても百十になっても大差ないだろう」
「そんなもんなのか」
「そんなもんさ」
そんなことを言っている間にも森の出口はどんどん近づいてきて、
「やっと森を脱出したね、黒羽」
「そうだな。……次はなんだっけ、町を探せば良いのか?」
「そうだよ。……というか、目の前にあるじゃないか」
「え、どれ。なにも見えな――もしかしてこれか?」
森を出て目と鼻の先。すぐそこに、雪を被った土の壁があった。右にも左にも上にも、かなりの距離で続いていて、その規模のせいでどう見てもただの崖にしか見えない。
だが、よく見れば違うことが分かる。明らかに人工的に作られたような崖――壁なのだ。明り取りか周囲を見張るためか、ところどころに穴が開いている。
「これ、きっと町を囲むようにして設置してあるんだよ」
「城壁的な?」
「そんな感じだね」
それなら、右と左、どっちに沿っていくか――?
勝った方の好きな方向に進むと決めて優樹とじゃんけんして、優樹が勝ったところで。
「それじゃあ僕は右側に行こうかな――」
優樹が勝ったところで。
絹を裂くような、という表現が正しい。
そんな甲高い女性の悲鳴が木々を揺らした。
「左側だ!」
「あっ! ……黒羽! 待ってストップ!」
いつか何かの小説か漫画で、誰かの悲鳴を聞いて反射的に走り出せる奴こそが本物のヒーローだ、という風なことが書かれていたのを読んだことがあるのだが、俺もヒーローの素質があるのではないだろうか。
いや、優樹の制止に大人しく従ってしまうあたり、ヒーローというか尻に敷かれたというか……
「なんだよ」
「そっちこそどうして急に走り出したのさ」
「そりゃあ悲鳴が聞こえれば走るだろ――」
「どうして?」
優樹が言った。
瞳には妖しい色の光を湛えながら。夢魔の瞳のよう、見つめていると不思議な気分になってくる。
「どうしてって……」
「理由は無いのかい? 無いのだろう?」
「確かに、無いかも――」
そこで不思議に思ったことが一つ。
「このゲームって、俺たち以外に人いるの?」
「先ほどのお爺さんのようなNPCじゃなくて、僕のような人間が他にもいないのか、って意味だね?」
「優樹さん優樹さん、俺も人間だから」
「……あ、す、すまない」
まあそんなことはともかく!
優樹が、話題転換のためにそんなことを言った。
「このゲームに他の人間のプレイヤーはいないのか――だったよね」
「ああ、うん」
「それについては、わからない――かな」
「分からないのか……」
「AIから送られてきた説明書によると、このゲームはVRシステムを利用したMOゲームらしいから、条件さえそろって機材があれば誰でもできるのではないかと思うのだけれどね」
言外に――それならAIは、何のために僕たちにこのゲームをクリアさせようとしているのか、という意味を含ませて。
それなら。
それならば――先ほどの悲鳴はやっぱり他の人間である可能性も――!
「行くぞ優樹!」
「だからやめたまえと言っているだろう黒羽! 僕らが行ったところで一体何が――」
「何もできないかもしれないけど――お前の知っている明野黒羽は、こういう時何もしない人間か?」
「少なくとも――ああ、いや、ここで何もしないのは僕の知っている――僕の好きな明野黒羽ではない、かな……」
☆☆☆
壁を左側に回って走る。
現実世界でこんな無茶な走り方をすれば、比喩でもなんでもなく五〇メートル持たないであろう全速力の出し具合。
優樹もしっかり後ろに着いて来ている。
それからしばらく走った辺りで俺が見たのは、複数のプレイヤーに襲われている、俺と同じような白髪――そしてよく見れば赤目の女の子と、赤色の髪を持つこれまた女の子。
背中合わせで長剣と杖を構える彼女たちを囲むのは、いかにもといった風体の輩。世紀末の伝説みたいな恰好でこそないが、纏う空気はそれと同じ。見るからに硬そうな鎧を着こんだ偉丈夫に、一目で強いとわかる剣を構えた、高身長の青年。杖を構えてローブに顔を隠す、恐らく女性が二人、そしてサーベルを構えた女性が一人。
ゲームを始めたばかりであるところの俺たちが適うような相手ではなさそうだった。
「見なかったことにしよう」
「え!? ちょ、黒羽!? 僕の好きな黒羽とか何とか言ってたのは何処!? 僕の好きな黒羽はどこ行ったの行方不明かい!?」
「……いや、よく見てみろよ。あんなの、俺たちみたいな初心者じゃあ適わないぜ」
「向こうの二人と協力すれば何とか――」
「さっき優樹もなんか否定的だっただろ、逃げようぜ」
う、後ろ向き!
優樹が小声で叫ぶという器用な芸当を披露するものの、だからといっておいそれと死んでやるわけにはいかないのだ。
この世界においてのゲームオーバーすなわち死は、他のプレイヤー(がいると仮定して)とは違う。俺たちにとってのゲームオーバーは、すなわち現実世界からのログアウトを意味するのだ。AIが言ったように、電気椅子で死刑。本当に実行されるかどうかの確証はないが、実行されないという確証もない。
「それでも、あの二人も殺されてしまうよ」
「良いんじゃね、俺らと違って別に、実際に死ぬわけでもないんだし」
どうせ復活するんだろ――
言外にそう言い捨てて。
さてそこで。
「お前ら、さっきから隠れているつもりなのかもしれんがな」
少女たちを囲んでいたならず者(仮)たちが、しっかりと俺と優樹のことを見ていた事に気が付いた。そりゃまあ――いくら小声でも、あれだけ声を出していれば気付くか。彼らのすぐ後ろ、一メートルもないような茂みの中に隠れてごそごそやっていたわけだし。
「あ、はい。俺たちのことは気にしなくても良いんで、好きにやっちゃってください。それじゃ、お疲れ様でしたーハッハッハー行こうかマイハニー」
「ちょ、黒羽!?」
会釈と愛想笑いでその場を切り抜け、優樹の肩を抱いて陽気な外国人を気取りながらその場を去る。
去れた――つもりだった。
俺の肩が掴まれた。万力に固定されたように動けない。
振り返る。重量級の鎧男と目が合った。
「なにか用でしょうか」
「逃げられると思ったか――」
優樹と共に、二人して。
先ほどの少女たちの近くに投げ出されてしまいましたとさ。
「めでたしめでたし」
「黒羽が諦めた!」
さて。
さて、と、一言呟いてから立ち上がり、ズボンの尻を払って優樹を助け起こす。
「あの、すいませんお姉さん方」
白髪と赤髪の少女――恐らく俺より一、二歳年上だろう――に声をかける。
「これってどういう状況? あの人らに襲われてたって認識でオッケー?」
「……え、っと」
「これを見て何を悠長なことを言っているのですかこの白髪頭は。気持ち悪い色の目をしやが――あああアイ!? アイの事じゃないですよ!」
白髪の方は目を伏せて、赤髪の方は俺を突然貶した。
それに対してアイと呼ばれた白髪は目に涙を浮かべて、赤の方は平謝り。いやまあ確かに、俺も白髪赤目だけど、あなたの隣にいる方だって白髪赤目ですもんね。
何がしたいんだこの人。俺らというか一方的に俺も大概だけど。
「つまりはこの人たちが敵って認識で合ってる――の、かな、どう思う優樹」
「いやまあ、十中八九そうだと思うんだけどね」
「ごちゃごちゃと理論はいらねえよ……オレ達は人を殺すことに快感を覚える人間だから……お前らは何を分かっていなくとも、とりあえずオレたちに殺されりゃあ良いんだよ……」
サーベルを持った女が言った。やけに陰気臭い喋りだった。同じ部屋にいたら、それだけで話が弾まなくなるタイプの人種だ。
「ほら……行くぜ……」
「あいつらは初心者狩りとか何とか呼ばれてる馬鹿者どもです! ただ、思考をやめた猿どもなのにレベルだけはやたらと高いですから、さすがの私と言えど、多勢に無勢なのです!」
普段ならこんな雑魚ども瞬殺なのです!
赤の少女がそう言ったのを皮切りに、戦いの火蓋は切って落とされた。
「お前ら、自分の身は自分で守りやがれです――!」
そう言って赤の少女は呪文を唱えた。十秒間シールドを張り、どんな攻撃も無効化してしまう効果がある――聞いてもいないのに説明してくれた。
その楯が、である。
俺と、優樹を無視して、白髪と赤髪だけを守る形で展開していた。
「ちょ、俺ら本気で初心者なんで死にますってば――!」
「じゃ、死ぬが良いのです。アイ以外の事なんてどうでも良いのです」
「よし」
優樹が言った。
「何か名案が浮かんだのか、優樹!」
それに対して優樹は、得意げにこう答えたのだった。
「ああ、とっても効果的な方法が一つ」
白髪と赤髪が避難したシールドを壁にして、なんとか敵の攻撃を防ぐ。一瞬でも気を抜くと攻撃が掠ってしまう――右手の甲にほんの少し掠っただけで、自分の残り体力を示すHPバーが半分以上削られた時点で力の差は歴然だ。
「早く説明してくれ、優樹!」
サーベルの剣尖が頬の真横を通過する。危うく、というかほぼ反射だけで、奇跡的に、偶然にかわす事が出来た、といったところか。
よく見るといつの間にか赤髪が展開するシールドの中に入っていた優樹が、安全地帯から俺に言う。
「助けて黒羽! 怖いよ!」
それを聞いて俺は。
パブロフの犬が如く、むしろ脊髄反射と言っても良いような反応速度で。
中学校の時から幾度となく繰り返されてきたルーチンワークをなぞるかの如くに。
「任せろ!」
そう叫び返していた。
直後、
「嵌められた!」
そう叫ぶのも忘れなかった。
ここまで、幾度となく繰り返されてきた俺と優樹の不文律にして絶対遵守されるべき約束、契約――互いに助けを求められるときは、絶対に助ける。
なので、こうした暗黙の了解がある以上――
「優樹が助けてと言うのなら、仕方ないよなあ……!」
そう言って。
何かの気休めになれば良いと、背中に背負ったボロボロの槍に手をかけた。
そろそろボロボロの槍の出番ですかね。ええ。錆びてるだけじゃありません。
錆を風に乗せて目に入れたりする必殺技とかありますって←
では、また明日。(なう11/19)
――次回予告兼チラ見せ――
「そんなボロボロの槍で何ができる……」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
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