閑話:拉致
閑話とは銘打っているものの、この章は一話で終わるので、第一話とすべきか最終話とすべきか迷ったうえで、妥協案として閑話を選んだのであり――短編的な話だと思ったら大間違いだってばよ!
「な、なんだこれ……! どういうことだ!」
目が覚めると、見知らぬ天井が目に入りました。
文学的見地から、この反応は正しい。
明らかに金属でできた天井。対して、俺が心地よい微睡みに意識を放り投げたときの天井は、優樹の家――木造の天井だった。
微かに香る金属と油の匂い。対して、俺が優樹に後頭部を預けた時は、優樹のシャンプーたる姿勢堂の椿の香りがして。なんで俺が優樹の家のシャンプーを把握しているかについては、語るまでも無く、俺の家と偶々同じものを使っているからである。匂いでわかる――と言えば、俺が優樹の匂いを嗅いでいるみたいにしか聞こえないが、嗅いでいるのは事実なので釈明は不可能。
体感的にはつい先ほどの昼寝。
優樹の温かい膝枕が思い出される。対して、今俺が眠るのは硬い金属のベッド。
「…………」
目が覚めた。
とりあえず寝惚けた頭でいろいろ考えていると、段々頭がすっきりしてきて、そして。
やっぱり何が起こっているのかわからなかったので、とりあえず叫ぶ。叫んでみた。
「なんじゃこりゃああ!」
何世紀も前の古典ドラマより抜粋。
鉄砲に撃たれた刑事が殉職するシーン? だったかに使われる。
その行為に対するレスポンスは、
「うるさいよ黒羽」
壁際、やはり金属の壁に背を預けて座っている優樹だった。
☆☆☆
「出口――というか、入口も無い。通気口もざっと見当たらなかった」
優樹は言った。
「俺さ、優樹の家でお茶飲んで膝枕してもらったところまでしか覚えが無いんだけど」
「僕もさ。黒羽に膝枕したところまでは覚えている」
とりあえず上半身を起こし、片膝を立てて座り。
「可能性としては――というか、ほぼ確定した事実として、僕たちは拉致されたのだろうね。おおかた、お茶に睡眠薬でも入っていたのだろう」
「まあ……そう、ですよね」
ただ、拉致と言っても、犯罪性のある拉致であるとは限らない。例えば、俺か優樹の知り合いが、二人して眠りこけている間に俺たちをどこかに運んだ可能性。その場合、行先はサプライズパーティ会場だ。
犯罪性があれば……正直、どうなるかも考慮したくない。
「それにしても、落ちつているな、なんか」
「僕は怖いよ。泣きだしたいくらいさ」
「……大丈夫、俺がいるから――悪いようにはしない」
「そう。ありがとう」
短いやり取りの後、自分の状況を把握する。
「これが犯罪性のある拉致だったとして、だ」
「ふむ」
「まあ、無い場合は考慮しても仕方がないからな」
「そうだね」
「俺たちが拘束されていない――優樹、縛られたりしていないか?」
俺たち、と複数にしてから気付く。俺は別に、優樹が拘束されていないということを確認したわけではない。
聞くと、優樹は、両手と両足を上げてみせた。そのおとがいを上げ、首筋も強調する。
「ご覧の通りだ。五体満足、どこにも怪我はないし拘束も無い。黒羽にも無いね。先ほど確認した」
「俺、優樹が起きてからどれくらいの間寝てた?」
「そうだね、一時間くらいだ」
なるほど。
腕を組む。
そして視線をだんだん下げていき。
鉄製のベッドに目が行き。
「おい」
「あ? なんだい、黒羽」
「なあこれ、俺が寝てたのってベッドじゃないっぽいんだけど」
「そりゃそうだろう。そんなの、どこからどう見ても金属の塊でしか――」
遮る。
「違う。違うんだ」
「何が」
若干声に苛立ちを乗せて、優樹が言った。彼女は、迂遠とか遠回しとか、そういった言葉が嫌いだ。
「いやこれ――窓、なんだよ」
そう、俺が今まで寝転んでいたのは窓。
寝転んでいたがために、完全に俺の背中で隠す形になり、この部屋の内部をすべて確認したという優樹が気付く事が出来なかったそれ。
メタリックカラーの鉄色空間において、唯一色を持たない、無色の――限りなく無色、そこにあることに気付くことが困難とされる光透過率百パーセントの特殊ガラス。
そこから。
その窓から。
丁度下を覗き込むと、である。
「我が目を疑うとか、なんかそんな感じの言葉がふさわしいのかもしれない」
「だから何がかと言っている」
いや、ほら。
「ここ、なんか。この窓ガラスに映像が投影されているわけじゃなければの話なんだけど」
床に直接座り込んでいる優樹を見下ろす形に、ベッド――窓から体を降ろして、立ち上がる。寝ていたところが硬かったから、背骨が音を立てた。
ちょっと立ってみて。見て。
優樹に手を指しのばして、助け起こしながら。
「これ、どう見ても――雲、だよな」
窓の外。
窓の外一体に。
眼下、雲が広がっていた。
「えーっと」
「ああ、うん。優樹の言いたいことは何となくわかる」
雲が眼下にあるということは、つまり俺たちが雲の上にいるということだ。
それはすなわち。
「僕たちは今、空を飛ぶ何かの、どこかの小部屋に幽閉されている――と、そう判断しても良いのかな?」
優樹が言った。
☆☆☆
――――――システム、オールグリーン。問題ありません。
☆☆☆
それから何時間が経ったのかはわからないが、確実に太陽が一度沈みもう一度昇ったので、恐らく一日は経った。飢えや乾きは多少は我慢できるのだけれど、ただ、排泄面で問題があった。
いや、トイレと思しき物はあるにはあるのだが、仕切り――というか、目隠しが無いのだ。
あろうことか優樹は肌襦袢のままで拉致されたらしく、一度用を足そうとしたときには少し事件になりかけた。なんたってあいつは俺に見せようとしてくるのだ。優樹は嫌がったが、耳を塞いで目を瞑り背中を向けるというしかるべき処置を取らせていただいた。だから迫る方が逆なんだって。
……あと、俺が小をするときにガン見しようとしてきたときは――さすがに。最初の方は懇懇と言って聞かせたのだが、そのうちに段々我慢が出来なくなっていって――一時間が経過したのだ――優樹に背中を向け続けるという対処しかできなかったために――結構見られたと思う。
「もうお婿にいけない」
「それは良かった。僕が黒羽を婿にもらうよ」
「まあ……良いんすけどね。男女平等を謳ってはみても、実際には女性の方が有利ですもんね社会……」
状況を確認するに、俺たちは今拉致監禁――それもはるか上空で――されている。
のだから、もっと取り乱すものなのだろうとも思うのだが、優樹があまり取り乱していなので、俺もあまり取り乱すことは無かった。というか、優樹はいつも通りすぎる。
「そろそろ何らかのアクションがあるのではないかと思うのだけれどね」
「……なんの?」
「僕たちをこんな目に合わせている人間さ。や、僕的には強制露出プレイは望むところなんだけれど」
「望むな」
優樹が平常運転過ぎる。
その時だった。
優樹がもたれていた壁を上として、俺の寝ていた窓がその対面、つまり下、右にトイレがあり。
そのまま鳥瞰した左側には、ただスペースがあるだけで何もなかったのだが、そこが。
そこが、唐突に、わずかな機械の駆動音を響かせて、横にスライドして開いた。
「噂をすれば何とやら、なるほど、昔のことわざやなんかは本当に役に立つ」
優樹がそう呟く。
スライドドアを割って中に入ってきたのは、科学者然とした白衣を着て、金髪を後ろに撫でつけた碧眼の青年だった。
☆☆☆
「僕のことはAIと呼んでくれ。アイリーン・インダストリアルの略だ」
アイリーン・インダストリアル――工業用の……平和の女神? 本名ではないのだろう。
「まずはその、なんだ。このように、拉致監禁という手段で君たちを招いたことを許してほしい」
アイリーン・インダストリアル――AIと名乗った男は、実に流暢な日本語でそう言った。
「それに何らかの筋が通った理由があり、僕たちにもちゃんと説明してくれるというのなら構わない」
俺も概ね優樹と同じ意見だ。頷くだけにとどめた。
「そうか、それはお互いにとって非常に有益だ」
説明しよう。
AIはしかつめらしく頷いて見せた後、そう言った。
「まずは何から話せば良いだろうか。何から聞きたいだろうか」
どこか演劇掛かった口調。
「そうだね、現在位置だ。わけあって、今我々がいる現在地座標は教えることはできないが、ここがどこの国かは教える事が出来る。この国は、D.F.S.だ。D.F.S.本土――「D.F.S.」、つまりは「Das Fliegen von Schwadron」えっと、君たちの国の言葉で大体遊撃艦隊とか、そんな感じの意味かな。今我々はそこにいる」
ドイツ語、だろうか。現E.U.国、旧ドイツ領で使われていた言葉であり、失われた言語のひとつ。
「それは正しくないよ、黒羽。ドイツ語が失われたのは、あくまで地上での話、だ」
「お嬢――お嬢ちゃん、詳しいね」
AⅠが、お嬢ちゃん、を少し噛みながら言った。あまりに流暢なものだから日本人なのかと思ったが、そうでもないらしい。習ったのか? 世界最難易度言語であり、日本人でもない限り一生涯触れることのない日本語を。
「お嬢、ちゃんの言う通り、確かに、ドイツ語は地上では失われた。なぜなら、ドイツ人のその九割が空に旅立ったのだからね」
「それで?」
優樹が相槌を入れた。
D.F.S.は、金属でできた船を空に飛ばし、空中で生活することを目的としてできた独立国家である。総人口三百億人には、さすがに地球は狭すぎた。だからドイツ人は、アメリカ人が超高層ビルを密集させて居住スペースを確保したように、空に進出したのだ。
ちなみに、D.F.S.の総収容人口は五億人で、そのうちの三億人が元ドイツ人、一億人が技術者とその家族が乗り込んだ日本人、残り一億人は多民族多国籍らしい。もとの国から帰化することが、D.F.S.の乗船条件だ。
「ってことは、俺たちってもう日本人じゃないのか?」
「その点は例外だ。心配はいらないよ。君たちは日本人だ」
安心した。
「それじゃあ、本題だ。僕がここに何をしに来たかというとね、君たちに荷物を渡しに来たのさ。何も雑談をしに来たわけじゃない」
そういって指を鳴らすと、一人の成人男性がスーツケースを二つ持って部屋に入って来て、荷物を置くとすぐに帰ってしまった。
受け取ったそれを開けてみる。
俺の普段着と、下着の替え。歯ブラシ等の身の回り品。優樹の方を見ると、大体中身が同じだったのか、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「ただ、だからと言って、君たちに荷物を渡しに来ただけでもなくってね」
「着替えまで用意してくれたのだから、大体言いたいことが想像できるよ……」
「君たちには、ある頼みごとがあってね……」
☆☆☆
AIが言った頼みごと――それは。
「とあるゲームをクリアしてほしい。それだけだ」
「断ったら?」
「その時は君を」
優樹が聞き、AIは俺を指差して。
「そこの白髪の君を削除して、もう一度哀れな二人を見繕うところからやり直さなければならないね」
それを聞いて、俺は。
なにげなく放たれたのだろう「削除」という言葉に寒気を覚えた。目の前にいるこの金髪碧眼の人型は、本当に、俺たちと同じニンゲンなのか……?
「そうか、なら僕達には拒否権はないということだね」
俺が困惑に落ち込んだところで、優樹とAIの会話に見える駆け引きはどんどんと進んでいく。
「なに、難しい話じゃないだろう。ここで死ぬか、ゲームの中で死ぬかに大した違いなんてないわけだし、ここで冒険すれば確実に死ぬが、ゲームの中で冒険すれば生き残る確率があるわけだ」
さあ、どうする?
そう言って、俺たちに形だけの問いかけを投げつけたAIに対し、俺は。
「ちょっと待て」
そう返した。なんのゲームなのかを聞いていない。
「ああ、そうだね。僕としたことが忘れていたようだ」
AⅠはそう言って、白衣の懐から何かを取り出した。
クリスマスの包装。夏祭りの籤引きで手に入れた後色々ありすぎて、すっかり忘れていたそれ。
「君たちにはこのゲームをしてもらう。この包装の中身は、まだ秘密、かな」
AIはそう言って、優樹からそれを取り上げた。
「どうして我々が君たちを拉致してまでこのような実験をさせるか――など、君たちが疑問に思うであろうすべてのことは、ゲームが始まってから教えるよ」
俺たちは。
いよいよ本格的に、このゲームに参加するかしないかを選ばなければならないらしい。
だから俺は。
「優樹」
「ああ、わかってる」
優樹に丸投げした。困ったことがあれば、すべて優樹に頼れば良い。彼女が間違いを口にすることはない――
「それじゃあ、AI。僕たちが、そのゲームとやらに挑戦してやろうじゃないか」
優樹がそう告げると、AIは、たいして面白くもなさそうにふ、と息を吐くと、白衣を翻した。ついて来い、ということだろう。優樹と二人して後を追う。
しばらく同じような金属の壁を眺めつつ歩いていくと、二つのベッドだけが存在する部屋に通された。
正確には、二つのベッドと、そしてごちゃごちゃとケーブルが這いまわる部屋、か。
「そこにそれぞれ寝てくれ。フォーマットは済ませてあるから、自動でフィッティングが始まるだろう」
言われたとおりにベッドに横になる――と同時。
両手首足首を拘束され、ベッドの上半身側が浅く起きる。
ベッドの下――台の部分から金属のパーツが伸びてきて、頭など脳味噌付近、心臓にコードが張り付く。そして最後に鉄のカバーが掛けられて、完全に正面しか見えなくなって。
正面しか見えないのだから優樹の方を見ることはできないが、俺と大体同じような状況になっていることだろう。
「さ、それじゃあ、ゲームの説明をするよ」
AIの声が、マイクを通しているのだろうか、耳元で直接響いた。
「これはいわゆる、VRゲームだ。思考没入体験型ゲーム――ヴァーチャルリアリティ。ゲームルールやストーリーなんかはチュートリアルがあるから、それに丸投げするけど、良いよね」
AIが部屋を出た。
「ああ、大丈夫だよ。隣の部屋からモニタリングはしているから。……それで、説明の続きだけど。ゲームの中での死、つまりゲームオーバーは、現実世界での死に直結するから気を付けて」
「……は? ちょ、え、ふ、ふざけんな!」
「ゲームオーバーを君たちの今装着している機械が感知したら、十億ボルトで百万アンペアの電流が流れます。誰であれ何であれ――人間なら即死します、というか焼け焦げます。雷よりも強いね」
それではお元気に!
AIがそう叫んで。
「ログイン――!」
AIが何かのボタンを押した。
その直後、俺の意識は闇に溶けるように消え。
眼前に、「Welcome_to_Treasure_Online_!」の文字が表示された。
ふう、やっとここまでこれたぜ。
二回目の――ログイン!
では。
――次回予告兼チラ見せ――
「なんで僕だけ手書きあひゃんっ」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
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