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最終話:微睡み

やっと章が終わったぜ!



 最初、帰ってきたのは沈黙だった。

 沈黙だけだった。


「…………」

「俺はお前が好きだ。世界で一番、誰よりも」


 鴉のぬいぐるみが、所在なさげに揺れた。両肩を掴み、思わず出した右足が蹴ったのだ。だがこのさい、そのような些末なことはどうでも良い。


「僕は」


 優樹は言った。


「僕も――いや、やっぱり、僕は」


 僕は、


「僕は、どうしようもない変態だ。それでも?」


 まるで何かバツの悪い事でもあるかのように、小さい子供が悪いことをした、ということを怒られるとわかっているのに報告するときのように。

 一度目を伏せて、刹那、まばたき、睫毛が震えた。


 俺は言う。


「それでも」

「……本当に?」

「黙れ」

「え」


 遮った。

 反応は呆けたものだった。


「お前が変態なことはとうの昔から知っている。中学校一年生の時から、ずっと同じだったんだ。知らないわけが――むしろ、隠すつもりでもあったのか?」


 だとしたら驚きである。

 沈黙。


「佐藤優樹が変態であることを知っている明野黒羽が、お前のことを好きと言っているんだぜ?」

「…………でも」

「でも?」


 でも、なんだ。言ってみろ。なにもかもを論破する。俺は優樹が好きであることを証明し続ける。


「でも。でも、僕は。背も低いし」

「だからどうした。むしろ大好物です」

「おっぱいが無いし!」

「それがどうした! 世間一般男子諸氏、その全員が巨乳が好きだと叫んだとしても、俺はお前の、そのおっぱいが好きだ!」


 何言ってるのかわからねぇ!


 ん、ん、と咳払い。

 方向を修正する。


「俺はお前のことを全部知っているとは言わないし、何もかもを分かってやることもできない」


 でも、と強調して叫び。


「でも、俺は知っている! 佐藤優樹が――優樹が、世界で一番可愛くて愛しい、俺の最愛の人であることを!」

「僕だって!」

「良いから聞け!」


 なんで遮った。とりあえず勢いで遮ってしまう。

 だから。

 勢いで続けて。


「僕は黒羽の事がどうしようもないくらいに好きだ! 愛している――!」

「俺は優樹の事が世界中の誰よりも何よりも好きだ! 抱きしめたい!」


 互いに互いの主張をぶつけ合う。

 互いに互いの話を聞きゃしねえ。

 でも、意図は伝わる。気持ちは伝わる。


 だったら、それで良い。

 それが良い。


「ゆえに、僕と」

「だから、俺と」


 声が重なる。優樹が顔を上げ、こちらの目を、至近から見据えた。

 続く言葉は、頭は俺の方が先で。


「結婚を前提に」

「お付き合いしてくださ――結婚!?」


 しまったいらないことを付け足した!

 結婚はしたいとは思う。優樹とこれから死ぬまでを、時に喧嘩して、でも仲直りして、一緒に笑いあい、時に一緒に泣き、一緒に喜び、一緒に過ごす事が出来たなら。あらゆるものを共有できたなら。同じ時間を過ごす事が出来るなら――どれほど素敵なことか。いや、むしろ素敵滅法と強調しても良い。

 言ってしまったことはもう戻らない。覆水盆に返らず、こぼれたミルクを嘆いても仕方がない、だ。


 ゆえに。ゆえに、言う。


「俺はお前に心底惚れているし、それこそ将来的に結婚することがあったとしたら、優樹以外にありえないと思う」

「…………」

「いや、いきなり結婚してくれなんて言われたら、俺だって戸惑うし、アホかって一蹴するような非常識な行為なんだけ――」


 ど、と、言い切る間際。

 優樹が遮った。


「アホか!」

「ですよね」

「違う! 僕が貶したのはそこじゃない! 僕は……僕は。黒羽から結婚を申し込まれて――嬉しいよ。嬉しいに決まっている! だから、そんな風に言うのはやめたまえ!」


 沈黙。今度はこちらが黙りこむ番となった。


「僕はね、黒羽。君は知らないことだけれど、世界平和よりも大きな夢がある」


 黒羽の、


「黒羽の――お嫁さんになること、だ」


 重いよ、と茶化すことなく。


「だから」

「だから」


 同時に言う。


「優樹。僕と、付き合ってくれませんか」

「黒羽。私と、お付き合いしてください」


 優樹は、微笑んだ。俺も同様の笑みを浮かべていたと思う。


「喜んで」


 そう、優樹が言い。


 街灯が照らす俺たちの影が。

 二人分、俺と、優樹の影が。


 重なった。


          ☆☆☆


 ――――――システム、オールグリーン。問題ありません。 


          ☆☆☆


 そして俺たちは付き合うことになった。


「おー、おめでとう」

「俺のおかげみたいなもんだな」

「なんで龍聖のおかげなのさ」


 山寺と龍聖には、説明するまでも無く、と言うか、あれだけ言っておいたのだから、わざわざ言うまでも無くわかっていたらしい。


「まあ、そりゃ、はたから見てても、お前らラブラブだったからなー」

「どうして本人同士が気付かなかったのか、不思議なくらいだよ」

「そんなにか」


 俺と優樹が歩いて神社まで帰った時には、とっくに夏祭りは終わっていて。

 現在時刻午後十時。

 大人たちが、屋台の後片付けにと動き回っている。

 俺たちは、山寺の部屋に撤収していた。


「いやあ、めでたしめでたしだね――あ、次僕の番か」


 山寺が、言い、サイコロを転がすべくコントローラのボタンを押した。


「ああ、そうだな。これで本当に……」


 本当に?

 龍聖が濁した言葉の後が分からない。


そんなことより(、、、、、、、)


 優樹が言った。


「僕は黒羽と付き合うことになったわけだけれど」

「山寺」


 自分の番のサイコロを回しながら、なんでもないという風を装って、山寺に聞いてみた。


「なんだよ俺にも聞けよな」

「はいはい」

「なんだその眼は! やる気か! やる気なのか!?」


 とりあえず龍聖のことは放置で。


「山寺、聞きたいことがある」

「ん? 何かな」


 えっと、と、優樹が俺の後を引き継いだ。


「付き合うって、一体何をすれば良いのかな」

「……ふむ」


 山寺は腕を組んで瞑目した。


「アホか!」


 そして、そう叫んだ。

 カッと目を見開いて。


「そんなもん人に聞くな! 己の為すまましたいがまま、ゴーイングマイウェイ! 自分が楽しくて相手も楽しければ何をしてもオッケー! アンダスタン!?」

「具体的には、どういった」

「知るか! デートでもしてろこの馬鹿どもめ! こういうことわざがあるだろう――恋にマニュアルなんてない!」


 結局。

 人生遊戯盤は、総資産百兆円で優樹の一位、次いで山寺が八〇兆円、俺が三千億円で、龍聖が百万円という順位と相成った。

 このまま龍聖と俺の負けず嫌いが発動して、朝までゲームに興じたのは――至極、当然のことである。


          ☆☆☆


「頭が痛い」

「そりゃそうだよ、徹夜でずっとゲームをしていれば」

「今日が創立記念日で良かったね、本当に」


 九月二日。

 山寺の家、山寺の部屋で目を覚ます。そのころには、山寺はもう目を覚まして、着替えまで済ませてしまっていた。俺で三番目の起床である。

 今日は俺たちの学校の創立記念日なので休みだ。祭りも、それを織り込んでの日設定だったらしい。主催した神社の神主は山寺の父親である。


「龍聖はまだ起きないのか」

「最後まで起きてたしねー。優樹がまずはじめに寝落ちして、黒羽がそれに付き添って脱落。僕が寝ようと思った時は確か六時ぐらいだったけれど、龍聖はまだ起きていたと思うな」


 とりあえず龍聖は放置で、と意見がまとまる。

 現在時刻は九時。もちろん午前九時である。


「それじゃあ、僕はちょっと、外せない用事があるから、これで消えるね」

「なら、俺たちも帰るわ。また明日な」


 別れを告げて。

 朝食は山寺家で御馳走になったので、あとはゆっくりと家に帰るだけ、である。


「龍聖は――」

「あ、龍聖なら僕の部屋で寝かせておけば良いんじゃない? そのうち目が覚めたら帰るでしょ。ごめんね、ばたばたして。どうしても外せない用事があるんだ」

「こちらこそ、すまなかったね。こんな時間まで、何の連絡も無く、急に泊まることになってしまって」


 優樹がそう言うと、よっぽど時間が差し迫っているのか、ああ、うん、いいよいいよ、と、適当な調子で山寺は答え。


「それじゃあ、また明日」


          ☆☆☆


 一度、家にシャワーを浴びに帰る。

 昨日着の身着のままで寝てしまったわけだから、さすがに気持ち悪かったのだ。


 そして、七分のジーパンと、これまた七分のシャツを合わせて着て、何となく家を出た。

 それは本当になんとなくというか、ただ単に優樹の家へ向かっただけなのだが。


 祝日あるいは土日、昼間は優樹の家で過ごす――時間を持て余している俺が、勝手に決めたマイルールだった。そのはずだ。

 それなのに優樹は、俺が行くといつも、その時々によって笑顔だったり仏頂面だったりするものの、基本的には温かく出迎えてくれて。


 今更ながら、俺はそこに、当たり前の幸せを覚えるのだ。


 それは、今この場においても例外ではなく、優樹は、いつもより心なし明るさが増して見える笑顔で俺を出迎えてくれた。

 いつも通り玄関を通り過ぎて、優樹の部屋に直接上がる玄関代わりの窓から中を覗き込む。

 そして、座っているのか、低い位置にある優樹の顔を見つけ、声をかけ――否、かけようとして、しかしなんといえば良いものか思い浮かばず、結局右手を上げるだけの挨拶にとどめた。

 そしてその、愛すべき彼女の第一声が。


「身はちゃんと清めたよ」

「うん?」


 お風呂に入ったとか、そういうニュアンスだろうか。

 そのまま優樹の部屋に入ると。


 部屋の真ん中に、布団が敷かれていて。

 その隣に、肌襦袢だけの優樹が正座していて。

 枕元には、タオルと、そして水の入った木製の桶が置いてあって。


「さあ、準備は万端だ」

「一応、いや、薄々感づくというか何となくわかってはいるけれど、あえて聞こうか――何の?」


 決まっているだろう、と、さも不思議そうに首をかしげて優樹は、至極当然のように口を開き。

 そして言った。


「婚前交渉だ。わかりやすく言うのは少し憚られるので、古代の言葉を借りて――そうだな、二一世紀あたりの言葉を借りるとするなら、セック」

「のわああ――失礼しましたぁぁ――!」


 優樹の言葉を遮るように叫び、入口代わりの窓を開け手をかけたままだったそれを、思い切り閉じる。

 そして一拍置いて、深呼吸して。


 窓を開けて、再度中を覗き込むと。


「据え膳食わぬは男の恥だ、黒羽。さあ、僕を召し上がれ」


 ベッドイン――この場合布団イン?――した優樹が、こちらに手を伸ばしていた。


          ☆☆☆


 結局。

 そういうのはまだ早い、と、優樹に懇懇と言って聞かせ、何とかなだめることに成功した。


「恋人同士は、皆しているというよ、セックおっと、僕としたことがはしたない。性交渉を」

「一緒だよ!」


 言い直してもな!


「そうか……性交渉はまだ早すぎたのか……」

「ふつうこういうのって逆じゃないですかね、男と女が」


 普通男から迫りますよね。

 女性からアプローチされると、どうも燃えないというか萌えないというか。いや、正直なんで断ったのか今も後悔はしているが。女性が積極的だとなんか逆に引く。これだ。


「ただ、その代わりと言ってはなんだが、してほしいことがある」

「なんだい!? 前戯までなら可能とかかい!? オーラルな奴までなら許してくれるのかい!?」

「それはかなり魅力的な提案ではあるけども、違う」


 そういうと、優樹は露骨にテンションを下げたが――というか、こいつ、どんだけエロいことに対して興味津々なんだよ。痴女か。


「もっと蔑む様に言ってくれ! なんか今ぞくっとした!」

「ああ、俺の何気ない一言で、最愛のかの……幼馴染が、新しい性癖に目覚めてしまった!」


 彼女、と口に出して言うのは少し恥ずかしかったので、幼馴染と言い替えた。


「あのさ」

「なんだい? 今の僕は全裸で街中を歩けと言われれば喜んで従うし、首輪をつけて犬のように散歩すると言われても喜んでついて行くくらいには鷹揚だから、何でも言ってみると良い」

「鷹揚が余裕があり、目先の小事に捕らわれない様子という意味で使われているとしても、それは決して小事ではないだろ」


 ただのマゾ女である。

 迂闊に口に出せないな、変な性癖に目覚めやがったせいで。

 ともあれ。


「膝枕――とか。してほしいな、って――」


 とりあえず。

 もし。

 してくれるのなら、いつかは叶えてみたい夢のうちの一つ。


 それに対して、優樹は、はじめ驚いたように目を見開いたが、徐々に頬を染めていき、俯いてしまった。

 そして、


「……いいよ」


 と、小さな声で呟いたのだった。

 いやいや、どんな羞恥心だよ。


「そ、その前にお茶を入れてくるから待っていてくれるかい!?」


 逃げたのか――そう思い待つこと数分。

 優樹が、抹茶を入れた器を持って部屋に入ってきた。


 それを二人分、和室にそぐわないローテーブルに置いて。ちなみに、その隣にはこれまた部屋に似合わない鴉のぬいぐるみが飾られていたのを見て、少し嬉しくなった。


「昨日、かき氷の事で揉めたことをまだ謝っていなかったので――ごめんなさい」


 そういって、綺麗な正座で頭を下げてみせたのだった。あわてて俺も同様の姿勢になり、いえいえこちらこそ、怒鳴ったりしてすいませんでした、と謝り返し、そして。

 そして、どちらからともなく生まれた笑いが止まらなくなり。


「と、とりあえずそんなことより、そのお茶を飲んでくれたまえ」

「ん、おう」


 口をつける。

 熱い。が、舌を火傷するほどではない。優樹の部屋は、まだ九月にしてはとても涼しくはあるのだが、それでも気温が三〇度を超える。その中で飲むのなら、冷たく冷えたジュースなんかよりも、こっちの抹茶の方が美味――そう思えた。


「本当はもっと、ちゃんとした作法とかがあるのだけれど」

「うん? これ、優樹が淹れたのか?」

「そ、そうだよ」

「美味いな。……えっと、こう言うんだっけ。結構なお点前で」


 お茶を綺麗に飲み干して。もちろん作法なんて知らないので、ただ単に飲み干しただけである。

 縁側、日の当たらないところに正座した優樹が、こちらに向かって言った。


「さあ、どうぞ」

「遠慮なく」


 後頭部を優樹の膝にのせて。


「柔らかい」

「なんだ、セクハラかい? 受けて立つよさあ来い」

「セクハラを催促するな」


 気温は三〇度を超えるような猛暑だけれど、優樹の部屋の縁側は日陰で、そしてよく風が通り、更に庭が土と白砂であるために涼しく。


「ふふ、黒羽の顔が見える」

「本当だ。優樹の顔が見える」

「なるほど、それはつまり、僕と君との顔の間に、視線を遮るような遮蔽物――たとえば胸が無いと、そういうことだね」

「セクハラする方向に誘導された!?」

「ちなみに黒羽、僕は今、穿いているでしょうか」

「何その素敵な質問!」

「正解は穿いているでした!」


 俺は優樹の太腿に後頭部を預けながら。

 優樹は俺の腹に右手を置き、左手で俺の白髪をいじりながら。


「あれ」

「ふふ、僕がパンツを穿いているなんて珍しいと思っただろう? それはだね、黒羽。黒羽が、僕のパンツを脱がせられるように考慮してさ。穿いていないと脱がせられないからね、いつかのヒモを――」


 そんなことを話していたところまでは覚えている。

 気付くと俺は、非常に心地の良い微睡みに、身を投じていた。


 この瞬間が一生続くのなら――俺は、世界の何を投げ打っても良いとさえ思える、それは至福のひと時だった。

 次からは、本格的に話が動く――とか、毎章ごとに言ってますなこれ。


 とりあえず次は、夏祭り編で回収していない伏線を拾って、次々章につなぐための加速の章とします。


 括目せよッ!←



――次回予告兼チラ見せ――

「な、なんだこれ……! どういうことだ!」

―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―



では次回。


誤字脱字、変な言い回しの指摘、感想、評価、レビューお待ちしております――――


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