第五話:湖と巨木 上
上下に割れます。
公立入試が終わったので、これからはこれが完結するまで集中連載になるかと思います。
右手から襲い来るバットをメイスで殴る。野球のバットと同じように振り回して、打って。
背後には密集する木、つまり壁があり、背後からガブリ、なんて心配はしなくても良いだろう。
俺がはぐれたパーティメンバーはそれぞれ陣形を組んで戦っていて、大したピンチになることもなく一匹、また一匹とモンスターを倒していく。
「――ッ!」
噛み締めた歯から漏れた鋭い息が、メイスを振り抜く音に重なる。
俺に襲い掛かるモンスターは、右と左にバット二体ずつ、正面にラフレシアが四体。あとのモンスターは他のパーティメンバーのところにいるようだ。
右斜めから突進をかますバットをメイスで突き返し――そのバットの背後を飛んでいたもう一体のバットに当てる。
そのまま左下に振り抜き、ラフレシアを殴りつけるが、左にいたバットの攻撃を肩口にくらってしまった。
HPゲージが半分にまで減る。
というかこれ、どうやって回復させるのだろうか。
あとでヘルプ読もう。誰かに聞くなんて選択肢はハナから存在しない。異論は認めない。
「ッ! ッ!」
立て続けに突進してきたバットとラフレシアを、メイスを横薙ぎにして払う。
攻撃力が低いのは死霊使いのネックだ。善後策は今度考えよう。
右手のバットを殴る。と、羽に当たり、ふらついた。チャンスだ! と、一気に猛攻をかける。
が、それは失策だった。
俺が戦っているモンスターはバットだけじゃないのである。
「痛っ……!」
脇腹にラフレシアどもの体当たりが直撃。
わずかながら動きが止まった俺に、バットが群がる。
HPが減る。
残り4。
HPが減る。
残り3。
HPが減る。
残り――。
「大丈夫か!?」
そういってバットに斬りつけてきたのはリードだった。
どうやらパーティメンバーは、他のモンスターを全て倒していたようだった。
うむ、完全に俺だけお荷物だったっぽい。次からはあの、その、……はぐれないようにします。
俺が後ろ向きな決意を決めていると、リードは片手剣を軽く振り、血飛沫を払うような仕草をしてから、剣を背中の鞘に収めた。格好良い。俺が女なら惚れていた気がする。
「だ……大丈夫です」
一応返答。うん、上出来。あんまりどもってない。多分。
☆☆☆
「ここがナイロック湖だ」
小さな森のモンスターハウスを抜けると、急に視界が開ける。
ほんの少しの波が打ち寄せる群青の湖畔に、あまりぬかるんでおらず、適度に湿った黒い土、そして森を抜けたことで再度あいまみえることとなった水色の空の三色のコントラストが、森の薄暗さに慣れた目に眩しい。
湖の浅いところには芦みたいに見える植物が生えており、ときおり小さな魚がそれを揺らす。釣りとか、できるのだろうか。釣竿を買えば良いのか?
そして何よりの特徴は、そう――
「木。でっかい」
ラッキーが無表情に指差して言うとおり、一般家屋八〇個分はありそうなナイロック湖のうち、その約四分の一位を占める巨木があった。
こちらから見て反対側、向こう岸の水際からは少し離れるようにして捻くれた巨木が、天を突き破らんと枝葉を伸ばすその様は、自然の雄大さを感じさせた。群青の湖畔にそそり立つ黒緑の巨木。美術部所属の俺の想像意欲が掻き立てられる……っ!
ちなみになんで美術部かは……、お察しのとおりでございます。部員数二一人のうち俺除く二〇人が幽霊部員だなんて……天国、ああいや、間違えた、まあ、その、アレですはい……
「とりあえずは、向こうの巨木『ダマスナット・ヒュージ』にある集落、『ダマスナット集落』まで行こうか」
リードが言う。今思ったのだが、リードって「導く」って意味のリードだろうか。え? 聞けるわけない。
樹にたどり着くには、どうやら湖を反対まで行く必要があるらしい。左側は森との境が迫り出してきて、道がなくなっているのだ。だから、実際は正面に見えている木の麓に行くまでには、最大限の回り道をしなくてはならない。
俺達パーティは、湖のほとりを時計回りに歩く。
モンスターにはまだ出会っていないが、どうやらさっきまでの森にいたモンスターが低確率で湧出するだけで、運が良ければモンスターに出会わずの突破もできるらしい。
ハラとヒットがよくわからない野球の話をしていたはずなのに口喧嘩に移行し、セカンドがそれに顔をしかめ、リードがそれをなだめようかなだめまいか迷い、ラッキーはあいかわらず何を考えてるかわからん無表情で、俺はもちろん押し黙ったまま五分ほど歩いていると、水辺で糸を垂らしている釣り人を発見した。
「釣り人」
ラッキーが指差す声に反応したのか、釣り糸を垂らす老爺が振り返った。柔和な笑みを浮かべ、オレンジとモスグリーンのベストのような救命胴衣を着、竹編みのかごみたいなものを横に置く姿は、優しいことに定評のある校長先生が釣りに来ました、みたいな感じだ。
「何か釣れますか」
ハラとヒットの喧嘩を結局放置することにしたらしいリードが声をかけた。こういうところは純粋にすごいと思う。
なにせ、初めて会った人に物怖じすることなく、しかも自分から声をかけていったのだ。俺にはとても真似できな――、いや、真似できるようになるんだ!
「今日は全然じゃのー。ボウズじゃ。」
老爺はそう言うと、おもむろに糸を巻き始める。今日は諦めるのだろうか? と思っていると、凄い勢いで釣竿がひかれる。
釣竿のしなり具合が尋常ではなかった。これ以上曲がればすぐにでも折れそうなレベルにまで至っている。それでも竿は持ちあがらなかった。竿を引く腕に渾身の力を込めるお爺さん。
「むぅぉぉぉぉぉぉおぉおお!」
柔和な笑みを浮かべていた老爺の額に青筋が浮かび、釣竿を離すまいと顔に浮かぶは般若の形相。それをじっと眺めていると、
「手伝いますか? はい/いいえ」というウィンドウが表示された。
なんだ、このお爺さん、NPCだったのか?
ならばこれはフラグ、というやつなのだろう。聖夜から教わったことによると、断る理由は無いそうだ。
「手伝おう」
リードの鶴の一声に、全員でお爺さんの後ろから手を回し、釣竿を持つ。
「ぬお!? なんや? 重っ!」
「私も手伝ってあげます。感謝しなさいタイガースファン」
力仕事は男のもんや! といってハラとラッキーには手伝わせなかったヒットだったが、即効で音を上げたために、ハラが加勢する。……ヒットは口先だけの男のようである。
さすがにおじいさんプラス俺、ハラ、リード、ヒット、セカンドの六人で引っ張ったからか、釣竿に引っかかる魚が釣り上がる。
大量の水飛沫をたなびかせ、空に舞う巨躯は、
「おっきい……」
「でかすぎるだろ……」
「魚。おっきい」
全長八メートルはあろうかと言うような大魚だった。ただ、右と左のヒレは大きく発達していて、陸上に着地するのと同時に即座にその大きなカラダを起こした。
体を起こすとトドに似ているかもしれない。二メートルはありそうな象牙色の牙に、ぬらぬらと光る青い鱗。
お爺さんは腰を抜かしている。
「主じゃ…! ついに主を釣り上げたぞ! これを倒して、完全に釣り上げるのじゃ。モンスターを釣る時は、倒してやっと、釣ったようなものなのじゃ!」
選択肢だ。「戦いますか? はい/いいえ」と書いてある
寸分も迷わずイエス。
それはパーティメンバーの総意だ。これはゲームであり、HPが0になっても本当に死ぬわけではない。
「もちろんや! 戦うに決まってるやろ!」
「タイガースファン以外は後方支援、任せてください」
「壁は任せろ!」
「あの、ハラくん……。いや、いいや。行くぞ!」
「おー」
「…………」
リードの鯨波の声には、ラッキーだけが無表情無感動に拳を振り上げて追随した。
俺は当然の如く怖くて声を上げられない。ハラとヒットはもう喧嘩を始めているからか耳に入っていないようだ。セカンドはもう走り出していた。……自由だな、このパーティ。こんなもんなのか?
視界左端にいつもどおりモンスターのパラメータが表示された。
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ナイロックの主 HP1120 MP300 At84 De0 Sp1
スキル 地震《近~中距離の敵に衝撃波でダメージを与える》
水弾《水の塊を飛ばし、ダメージを与える》
湿り気《炎属性の攻撃被ダメージ半減》
魚類《水中でスキル+泳ぐ》
速泳《水中時Sp+500》
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序盤に出てくる敵としては強すぎる、のかな? よくわからん。
まず、セカンドが手にしたタワーシールドごとナイロック湖の主にぶつかる。
次にぶつかるのは、少し遅れてリードだ。
ヒットは主に取り付いて、切りつける部分を変えながら切り続けていく。なにをしているのだろうか。
ハラは後方支援組だ。エンチャント? とかいうのをしていて、前衛二人と俺が、ひっきりなしに緑、赤、青の光に包まれる。
「オレはエンチャントなしか!? そうなんやろ!?」
「タイガースファンがなにか吠えています。エンチャント! アタック!」
リードに赤色の光がまとわりつく。アタック、ってことは攻撃力か? だったら多分色的に、青が防御、緑が敏捷力上昇だろうか?
「氷のつぶて。氷のつぶて。氷のつぶて。氷のつぶて」
機械のように等間隔に、まるで機関銃のように氷の礫が連射される。無表情で全く感情の乗らない声は、少し怖い。MPは四発で尽きるのか、ハッピーはその場に座り込む。
「お疲れ。休憩」
……本当に自由だな。マイペースはきっとこの子のためにあるに違いない。
それで俺はというと、魔法の詠唱中だ。
森を出る少し前に、リードに能力の発動の仕方を教えてもらったのだ。え? 聞いたわけじゃないよ? 教えてもらったから。聞けるわけがないだろうが。
しかしなかなか詠唱が終わらない。長くてややこしい上に、詠唱が完成しそうになると、主がスキル「地震」を放ち、邪魔してくるのだ。それを避けるたびに詠唱は途切れ、失敗になってしまう。
ちなみに、さっきのモンスターハウスでの戦闘ダメージはハラが回復してくれ、その分のMPポーション? っていうなんというかMPの回復アイテムはリードが負担していた。
重ねてちなみに、詠唱が失敗しても経験値は入るらしく、職業スキルである操魂が、戦闘を始めてからLv2からLv5まで上がった。
さらにちなみに、俺のゾンビ群の数は、今は一五だ。内緑が一三、白が二。
ゾンビを一体召喚する為に必要なMP量がLvが一上がるごとに一下がり、最初はゾンビ一体召喚するのにMPを二五も消費していたのに、今は二一で一体……今またLvが上がったので、二〇で一体召喚できる。
どうやら序盤はLvがあがりやすく、だいたいLv15くらいまではポンポン上がり続ける仕様らしい。
「場にはさまよえる魂はネクロマンサーたる我の……って危なっ!」
☆☆☆
主のHPは残り四分の一程度だろうか。
しかし、こちらは既に虫の息だ。
まず主の水弾を真上から食らったヒットが弾き飛ばされた。
続きリードが地震にやられ、セカンドが退いた。ハラはMPポーションが切れ、ラッキーは自然回復したMPで再度氷のつぶてを機械的に放ったが、それでもHPを五〇ほど削るにとどまった。
視線が俺に集まる。
「場にさまよえるてゃま……」
噛んだ。
頬が紅潮するのが感じられる。耳元ではゴウンゴウン、と心音が鳴り響く。え、俺が頼り? いや無理だから無理無理無ー理ー。中学生の時の球技大会のドッジボールで、男子からは「女子に殺されるから」、女子からは「その……ごめんなさい」と、無視されて結局ボールが飛んでこなかった俺に、こんな注目が集まるのは初めてなのだ。いや、ある意味(白髪赤目)では視線を独占しているけども。
ゆえに。
噛むのは仕方がない。うん、仕方ない仕方ない。
次だ次、次頑張ろう、と再度詠唱を開始。
「場にさまよえる魂はネクロマンサーたる我の願いを成就せし。
我が軍門に下った魂はネクロマンサーの願いを聞き入れ。
現世において再度顕現されたし。
我が為に働いてくれたし。
いでよ、死にながらにして生ける存在たちよ――」
もうあと少しだ。
あと一言で詠唱が完成する。
「――霊群。
さまよえるゾンビたちの群れ」
地面を割り、今まで倒したモンスターたちが立ち上がる。
その数、一五。
咆哮を上げた。
続きは明日、いや、もう0時回ってますし、今日ですか、ええ、今日書きます。
たぶん次か、その次でプロローグ的一章が終わります。
ええ、リメイク前よりは短いですが――。
そこからは、お遊びじゃない、本物の、命懸けのゲームだ――。