第十二話:友達と
まあ。なんだ。
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「射的かぁ……できるかなあ」
祭りの夜は長い。いろいろあったが、まだこれで午後七時半くらいである。
というわけで、いったん山寺の家にゲーム機を置きに帰った後。
龍聖のステージは八時なので、それまでは屋台を見て回ることにして。
そこで目に留まったのが、射的だったわけである。
「そういえば、山寺がサバゲーとかやってたっけ」
「ああ……そういえば。最近は聞かないけどね」
サバゲー。サバイバルゲームの略。中学校くらいの時、山寺が良く興じていた遊び。俺も誘われたが、いかんせん運動音痴なので謹んで辞退した。同様に優樹も断ったが、龍聖は一度だけ参加した。しかし二度目以降は参加していないので――一体サバゲーって、何をする遊びなんだ。
ともあれ。
射的の屋台、棚に景品が並べられ、客はコルク弾の鉄砲でそれを撃ち、景品を落としたらもらえるという、よくよくシンプルな遊び。
無料券と引き換えに、コルクの弾を六つもらう。
「僕は見ているだけにするよ。個人的に、銃というものは好きじゃないんだ」
そういえば優樹は、これで超がつく平和主義である。重火器の類を憎んでさえいるし、将来はそれを撲滅する運動を起こすか、撲滅できるような職に就くとか言っていたっけ。
「優樹。お前、大学決まったの? そういえば」
鉄砲の照準を合わせがてら、気になったことを聞いてみた。
現在、大学に入学するにあたり必要なものは、コネだけである。裏を返せば、どれだけ優秀であろうと、コネが無いとそもそも入学試験すら受けられない。
「ああ、京帝都大学かな。これ以上――第八次世界大戦を起こさないためにも、僕はこの世を平和に満たす方法を学びたい」
「京大かぁ……」
最難関、そもそもコネがあっても、入試難易度でほとんどの希望者が落ちるとされる超名門大学。西日本州旧京都エリアにある。
入学したとしても、それこそ億を飛び越して兆単位での授業料がかかる、理不尽な大学だ。その分、身分は学生であっても、なにがしか国及び大学に貢献した場合は、破格の報酬が支払われるそうだが。
「お金の方には、なんとか工面がつきそうだからね」
「何兆円だろ――マジで?」
「マジだよ、マジマジ。入学料はほかの大学と大して変わらないのだから、多少足りなくても、入学してから稼ぐさ」
「はぁん……っと」
撃つ。
キャラメルの箱。大きなゲームの箱やぬいぐるみなんかも置いてあるが、そもそもあんなものは、コルクで撃ったところで落ちるわけがないのである。コルクの弾は、まるで見当はずれなところに飛んで、地面に落ちた。
「そんなことよりもさ、黒羽」
お金の話というダーティな話題を避けるためか、そんなことよりも、という表現を用いて、優樹は話題を転換した。
「なに?」
「僕はあれが欲しいな」
そう言って指差したのは、黒色の鳥のぬいぐるみ。可愛らしいというより、どこか雄々しい容姿。いや、可愛らしくはあるけども、それは鳥なのに凛々しいがゆえの、どこか滑稽な可愛らしさだ。
鴉、か? 幸福の象徴とされる、鴉。
「あんなもん落とせるか」
大きい。
俺でも一抱えくらいはありそうだ。
それこそあんなもの、コルクで撃ったところでビクともしないだろう。そうに決まっている。
だが、これといって欲しいものも無いので、あれを狙うことにし。
結局、六発は何を倒すことも無く消費された。
☆☆☆
「それはおかしいと言っている」
「なんだよ、ただのシロップの話だろ」
かき氷で揉めた。
二人とも無料券を持っているのだから、それぞれ買えば良いというのに、どうしてわざわざ一つしか買わないのか。
今はそんなことが議題なのではなくて。
「かき氷のシロップといえばイチゴと決まっているだろう。譲ってもレモンかメロン、ブルーハワイまでだ」
「いくら優樹でも俺は譲らないぞ、宇治抹茶だ」
「それなら僕はそれでもかまわないけれどね」
「じゃあなんで怒っているんだよ」
「君が、僕に何も言わずに宇治抹茶のシロップをかけてしまったことだろう!?」
確かに、何も言わずにシロップをかけたのは悪かったかもしれない。だが。
「それこそ、もう一個買えば良いだろ、イチゴでもなんでも、自分の好きな味を」
「……そうじゃ……そうじゃないだろう!?」
「意味わかんねえよ!」
段々とヒートアップしていく。
俺が譲れば良いのだろうか。いや、ここは引くわけにはいかない。なにせ、彼女は宇治抹茶を否定したのである。これは看過できない。
本当に子どもみたいな意地の張り合いだということは理解しているし、こんなことは割とよくある。特に優樹とは、食べ物の好みを巡ってそういうことが多い気がする。意地汚ぇ。互いに。
「そもそも、かき氷に抹茶を掛けること自体がナンセンスだ! お茶を侮辱している!」
「これはお茶じゃないの! お茶であってお茶じゃないの! 宇治抹茶という名前のついた、ただの砂糖水だから!」
別に宇治抹茶が好きとかではないのだけれど。じゃあなぜかき氷を食べる時は宇治抹茶なのかと問われれば、小豆が乗るからである。他のシロップではまずありえない組み合わせ。妙なお得感がある。
というか、かき氷のシロップ如きで喧嘩なんて……
喧嘩の理由とは、第三次世界大戦の開戦のきっかけが「敵国の大統領の顔と態度が癇に障ったから」であるように、第四次世界大戦の開戦のきっかけが「世界首脳会談の時に足を踏まれたのに謝られていないから」であるように、往々にして、非常にくだらない事である。
まあ、第三次第四次世界大戦が起こったころは、とりわけ人類の思想が野蛮だったわけだが。人類史上、性格の粗野具合がピークであったらしい。
「僕は黒羽と一緒のかき氷を食べたかったんだ!」
「じゃあ食べれば良いじゃねえか!」
駄目だ。引っ込みがつかない。
俺が折れたら丸く収まるのかといえば、きっとそうはいかないだろう。
こうなると、かき氷のシロップなんてものはただの口実にすぎなくて、ただの口喧嘩、口頭による戦争こそが目的、理由なのである。
ただ単に、口喧嘩自体に――喧嘩している、相手に怒っているという事実だけに呑まれ、酔う。
自分は悪くない――悪いのは相手だ。互いが互いにそう思っているのだから、どちらかが引いても、いや、そもそも引くとしても嫌味らしく引くことしかできないだろう。それでは、意味がない。
だが、それは。
それは、非常に困る。
今日、俺はなんという決心をした?
――優樹に好きだと伝える決心だ。
こんなところで、喧嘩別れなんて――して良いわけがあるか!
優樹は一度臍を曲げると、本当に帰宅してしまうのだ。よっぽどうまく機嫌を取らないと、全速力で逃げ去る。
だから謝ろうと。だからこそ、俺が折れて、ごめん、俺が悪かった、と言うために口を開く。
「優――」
「もう帰る。かき氷でもなんでも、好きに食べていれば良いじゃないか! 馬鹿っ!」
待て、とも。
ごめん、とも言えずに。
それどころか手を伸ばすことすらできずに。
俺はただ、その場でかき氷を持って立ち尽くすことしかできなかった。
宇治抹茶の緑が、やけに冷たく感じられた。
優樹は俺に背を向けて、走り出していた。
☆☆☆
普通に考えて、優樹は家に帰ったと見るべきである。これまでの傾向から見てまず間違いはない。
歩いて。一人で。とぼとぼと、寂しく。
すぐに後を追うべきだとは思ったのだが。
冷や水を浴びせられたような気分になって、呆然と立ち竦むのも数瞬。冷や水を浴びせられたような気分なわけで、目が覚めたともいえる。ヒートアップした思考が沈静化し、思考を巡らせ始めた。
整理する。
俺が今後を追って、誠心誠意謝っても、彼女はしばらく許してくれない。
頑固というか、意志が強いというか。ストレートに言って、芯がまっすぐなのだ。絶対に自分の意見を曲げない。これは一つの側面から見れば欠点かもしれないが、その面以外から見れば、美点である。俺はそういうところも含めて優樹が好きだ。
だからこそ、優樹の機嫌を取る、なんて表現は本当はしたくないのだが、だが、手ぶら無装備の今の状態で追ってもどうにもならないので、なにかを持っていくべきなのだろう。食べ物が良いか?
いつか喧嘩した時は、ショッピングモールで限定販売していた大福を買ったっけ。
そこで。
思い出した。
――僕はあれが欲しいな。
優樹が、そう言って鴉のぬいぐるみを指差したのを。
あれだ。
あれしかない。
あのぬいぐるみを何としてでも取って――彼女の機嫌をなおしてもらう。今考え得る最善手がそれだ。
「あれ? 黒羽じゃない。優樹は?」
「山寺! 丁度良い所に来た!」
「え? ちょ、待って何!?」
本当に、最高に。
とっても丁度良いタイミングで、狙いすましたかのように現れた山寺を捕まえ、射的の屋台へ引きずる。
そして、頼んだ。
「あの鴉を取りたいんだが、助けてくれ!」
両手を合わせて。
それを見て山寺は何かを悟ったらしく、俺と鴉を交互に見ながら言った。
「それじゃあ、黒羽。これは黒羽が自分自信で落とさなきゃ意味ないわけだね。……任せてよ」
そう言って無駄にニヒルに笑い、無料券を豪快に千切り取って、コルク弾を受け取る山寺。
そして一呼、鋭く息を吐くと、引き金を引いた。それを都合五回。一発目、鴉の上の段のキャラメル箱を落とす。二発目は鴉の尻尾に当たり、上から落下してきたキャラメルの上に乗るように、鴉の体が回転した。続いて三発目、四発目、五つ目で、すぐ隣のゲームのソフトが入った薄い板のようなケースを倒す。それが鴉の嘴に乗り、鴉はより一層不安定な姿勢になった。そして、六発目で。
「ほら、黒羽。バトンタッチ。ここまでしたら、後は当てられたら絶対に落ちるからね。ちゃんと落として、ついでに優樹も落として来て。ね?」
さすがに、優樹のことは見抜かれていたか――
「黒羽、今日、優樹に告白しようとしてたでしょ」
それに対して、俺は。頷きもせず、口を開きもせず。ただ引き金を引いた。
直後、言う。
「ありがとう山寺。愛してる」
「やめてよ、僕は男に興味はないんだから」
「俺だってねえよ、あくまで友達として、だ」
「そう。それは良かった」
ただ――優樹の次くらいには愛してるぜ、と、そう言い残して。
鴉のぬいぐるみを受け取った俺は、境内を全速力で後にした。
☆☆☆
――――――システム、オールグリーン。問題ありません。
☆☆☆
階段を降り切るよりも早く、力尽きた。
あれだけ山寺に大見得を切ったところで情けない話ではあるが、まあ、なんだ。自分に言い訳する。
体力がなさ過ぎて、階段を全速力で駆けおりたところ、当然のごとく足をもつれさせて。これはもはや、運痴がどうとかのレベルじゃない気がする。ドジっ子。そんな属性はいらない。
などということを、やけに長く感じられる滞空時間のうちに考えていると、何者かが俺を追い抜いて、落下予測地点に立った。
一瞬。
衝撃。
俺を受け止めてくれたのは果たして。
「ありがとう、龍聖。助かった」
「おうともよ」
かろうじて鴉は離さなかったので、飛ばさずに済んだ。
俺を受け止めてくれたのは、体力が自慢だと豪語する龍聖だった。全力疾走で階段を駆け下り、あまつさえ 全身全霊の力を持ってダイブした俺を受け止めるだけの膂力は、驚嘆に値する。
「お前が全力疾走で階段を下りていくのが見えたからさ。あー、これ絶対転ぶなー、って心配になってさ。後を追ってきて正解だったな」
「マジでサンキュ」
「あれだろ、優樹に告白すんだろ。山寺が言ってたぜ」
その時俺の口から出たのは、
山寺の野郎!
ではなく。
「その通りだ。俺は今から、優樹に「好き」を伝えてくる」
「はは。黒羽さんマジイケメン」
それじゃあ。
そう言って龍聖は駐輪場から自転車を引っ張り出してくると、親指で荷台を指して。
「乗れよ音痴」
そう言ったのだった。
いや、運痴ではあっても、音痴ではないぞ。
それからしばらく、龍聖の全力の自転車漕ぎに揺られて、街中を疾走する。風が耳元でびょうびょうと音を立て、風景が次々に流れていった。
「それじゃあ、後はお前次第だ。降りろ」
優樹の家と神社の、ちょうど中間の辺り。そこまで乗せてくれた龍聖は、おもむろに自転車を止めてそう言った。
「助かった」
「俺のおかげでせっかく早く追い着いたろ。その分を無駄にするんじゃねえよ。疾く行け」
「かっけーよ、お前」
「はは。疾く、ってなんかの漫画で読んでさ」
☆☆☆
まさかそんなはずはないのだが、まるで連絡でも取っていたかのように、龍聖が俺を降ろしてくれた場所はまさにドンピシャリの場所だった。
優樹まで、角を曲がってあと数十メートルの場所。
その距離を。
走って詰める。
右手には鴉のぬいぐるみを抱いて。
あと数メートル。呼びかける。
「優樹!」
すると彼女は、こちらを振り返りもせずに逃げ出した。
下手糞な走り方。とても走る気概があるようには感じられない手つき足つき。
でも、逃げるということはつまり、こちらへの拒絶を表していて。
俺だって龍聖曰く音痴であるから、走るのは苦手なのだけど。でも!
全速力で走り、追いつく。優樹、ともう一度呼び、開いた左手で彼女の手を掴んだ。
場所は、丁度白木丘池の畔。春と秋には桜が咲き乱れ、池を回る散歩コースは季節折々の顔を見せる。
時は、夜。綻び始めた秋の桜の蕾が、街灯の光を浴びて揺れた。
「な、なんだい、僕は――」
「うるさい!」
一喝。
俺はそんなことを聞きに来たのではない――否。そもそも、優樹の話を聞きに来たのではない。
そう、そもそも。
俺は。
「俺は、お前に言いたいことがあって追いかけて来た。それだけだ」
だから――、と、何か言いかけた優樹を制すように言い。
「だから、俺はお前の言葉は聞かない、言い分も無視する」
そんな横暴な――優樹が言う。もちろん無視。
「いいから聞け」
ついに押し黙る優樹の両肩に手を置き、こちらを向かせる。ぬいぐるみはこのさい、地面に置いた。
目が合う。睨まれる。
――涙目。泣いていた……のだろうか。
俺と喧嘩して。
「言いたいこともたくさんあるだろうし、俺も言いたいことはたくさんある」
だが。
目を見る。まっすぐに。
「だが、それ以上に、真っ先に。これだけは、言わせてもらう――聞いてもらう」
す、と、息を吸い。
叫ぶように。
叩き付けるように。
思いの丈をぶちまける。
「好きだ――好きだ、優樹!」
言った。言ってやった。
桜の蕾がついた木々を、まるで俺の叫びがそうしたかのように、風が揺らした。
さあ。さあさあさあ。
やっとこさっとこ、この章のエンディングまでカウントダウン。取りあえず二話以内でこの章は終えるつもりです。
そして次章が二話くらい?
で、次々章がまた多めの話数。そこまで行けば、ある程度は伏線の回収を始められるんじゃないかって。うん。予定です予定←
ではではまた明日。
――次回予告兼チラ見せ――
「それでも」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
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評価、感想、レビューなどして下さったら、いつもの八倍泣いて喜びます←ここ大事




