第十一話:籤引き
さあ、楽しいエロコメタイムだ。
ただ、一つ言っておくと。
この話は、ラブコメが書きたかったのでもエロコメが書きたかったのでもない、そういうことですね。友人にこれからの展望を話したらドン引かれました。すでにプロットの時点で。「さすがたしぎ」ってどんな褒め言葉←
というわけで、そろそろ話が動き出す、嵐の前の静けさ、第十一話です。
「ほ、ほら、こうすれば一緒に食べられるだろう……?」
優樹の提案とはつまり。
「い、いや、ほら、これはその……」
「文句があるのかい? 認めないよ。認めないからね」
「さすがに……さすがに、これはちょっと」
幸せ係数が振り切れて死にそうというかなんというか。
「良いじゃないか、別に。それこそ減るもんじゃないんだから」
「それもそう……だけど」
「男らしくしゃっきりしろ! 黒羽! 良いじゃないか別に――」
身体の正面、顔の前に林檎飴を立てて。
「――膝の上に座るくらい、特に不自然なことではないだろう。そこらのカップルもよくやっていると聞くよ」
「いいいいや、俺たちまだカップルじゃないし」
失言した。「まだ」ってなんだ。
石段に座る俺の、その膝の上に座りなおした優樹。両足を跨いで、ちょうど正面から抱きつくような姿勢。膝というよりは太腿に腰を下ろしているために、膝丈よりも長いスカートは、股下すぐのところまで捲れあがってしまっている。
そんな彼女に、慌てて取り繕うように言った。
「まあ、別に俺としてはやぶさかではないし?」
声が震えて、目線が自然、横に流れてしまった。優樹の顔が近い。俺の顔、林檎飴と同じくらいの間隔、林檎飴、林檎飴と同じくらいの間隔、優樹の顔。
距離にしてもはや三〇センチくらいしかないのではなかろうか。
林檎飴を持ち上げて、優樹の視線を防御する。
「……そうか、それは重畳だ。じゃあ」
「林檎飴を」
食べますか。引き継いで言う。
せーの、という優樹の音頭。お互い毒見は嫌、と。
目の伏せられた優樹の顔が近付いて来て、林檎飴に歯を立てる。俺もほぼ同じタイミングで齧り、薄眼を開けて優樹の方を見た。吐息のかかるような、というか吐息のかかる距離に優樹の顔があった。頬は林檎飴に負けず劣らず上気して、色っぽさよりも健康的な可愛らしさが目立つ。
齧りとる。咀嚼。
歯を立てた瞬間、外殻たる飴が一瞬だけ歯の侵入を拒み、されどすぐに割れてしまう。すると第二段階、林檎の果肉の部分に到達して、瑞々しい果汁が溢れ出るのだ。
林檎の酸味と、飴の甘味。それらが絶妙の配分で混じりあい、口中でより高次の存在へ進化するような錯覚を得る。甘酸っぱさの余韻が、呼気とともに漏れる――
つまりはまあ、それくらいの現実逃避をしなければ、理性を保つ事が出来ないくらいに。
要するに、そのような閑話休題と括る事が出来るような益体も無いことを考えておかなければ、まともに思考もできないくらいに。
俺はすっかり舞い上がってしまって、このままだとつい、さらっと、とんでもない発言をしてしまう気がする。
例えば――
「優樹、スカートスカート」
「ん」
「捲れあがってる」
思いっきり紳士だった。このさりげない気遣い。紳士マスターとして世の中に名を馳せても――
マスター?
☆☆☆
――――――システム、オールグリーン。問題ありません。
☆☆☆
「み、みみみ見えたかい!?」
「ああ、うん、大体全部」
紳士じゃなかった。変態紳士マスターだった。不名誉極まりない、こんな称号いらない。
というか、なぜテンパって変な発言することを防ぐために、変な発言を重ねているのだろう。
「ど、どこまで!?」
「全部」
「う、嘘だ! ……ちなみに、何色?」
神妙に、いかにも神妙に、そう言った調子で急に真顔になり、声を潜めて聞いてくる優樹に俺は、
「黒」
と、適当に返す。本当は見えていないのである。
「そ、そんなわけないだろ! ちゃんと処理してある!」
「…………」
「な、なんだ、普通だろう!?」
「…………ちょ、一旦優樹さん落ち着いてみよう。落ち着いて深呼吸してみよう」
一呼一吸。
「え、マジで?」
割と真剣な、俺の深淵の疑問に対して、優樹は。
「確認、してみるかい?」
そう言った。悪魔の囁きだった。
気付けば、一も二も無く頷いている自分がいて、自分の理性というものは紙なんだなあ、と悲しくなる。
「どどどどうやってですか」
声が「で」の辺りで裏返った。
この幼馴染はなんでこう、こんなにエロいのですか。思い返すに、中一の時もなんか、夏に家に遊びに行ったときはスクール水着、それが乾いていない時は全裸だったような……。栴檀は双葉より芳し、将来偉くなる人間は小さいころより優れているとでも言うのか。なるほど、産まれてくるときは裸である。
膝丈のスカートだからって、どうせ下着を穿いていないに違いない。優樹はそういう女だ。そもそも、下着――というか、パンツを穿く習慣が無い。上は、着ける意味がないくらいにしか……察してあげてください、と、脳内で呟く。俺は好きだけどね。そういうところ全部含めて。全部合わせて、無条件で、俺は優樹のことが好きだ。
「ふふ、こうやって、さ!」
「うわぁあ!」
そう言って、捲れ上がったスカートの裾に手をかけていた優樹がスカートを捲り上げた。
思わず咄嗟の反応で、顔を背けて手で視線を塞いでしまったが。
「ふふ、あはははは!」
優樹の、楽しくてたまらない、そんな笑い声に恐る恐る瞑った目を開けた。
俺の予想が当たっていた。確かに――黒い。だが、つるつるとした素材。
「スパッツだよ、スパッツ!」
快活に笑い飛ばす。
「昨日君がトイレに行っている隙に買っておいたのさ。ナイスな反応だよ、黒……羽、って、どこを見ている!?」
「いや、スパッツが透けないかなと」
「透けないよ! いくらなんでも透けないよ!」
「いや待てよ……なんか透けてきた……!」
「終わり! もう終ーわーりー!」
そう言って、スカートを下ろしてしまう。
少し残念ではある。
「とりあえず、先に林檎飴を食べてしまおうか」
「え、意外にあっさり? スパッツの中も見せてあげようかと思っていたのに……」
「マジで!? 優樹さん大好き! 結婚してください!」
つい。
つい、である。なんか変な告白をしてしまった。いや、告白というよりもプロポーズか。スパッツの中を見せてあげるからで釣られてプロポーズしたなんて、もし俺がその二人の子供なら嫌すぎる。というかそもそも子に語らない。絶対に。
☆☆☆
「それにしても、田舎の神社がやるには凄い規模の祭りだよなあ……」
「なにか、臨時収入でもあったのではないかい? 山寺も結構稼いでいると聞くよ」
「何? あいつバイトしてんの? てかその前に、祭りを開けるくらい稼げるバイトって何をしてるんだ」
「さあ? そこまでは、僕は知らないよ」
小さな神社の境内に、夜店がざっと二〇。祭りに来ている人数は多いが、それはここが狭いから、相対的にそう見えるだけなのだ。多く見積もっても、二百人くらいしかいないのではないだろうか。全人口の、わずか百五〇億分の一。全人口は三百億人だ。いまや、地図帳のどこを指差しても人の住まないところはない。海は別だが。
「まあ、食べ物はこれで良いだろ、もう」
「そうだね、かき氷とかの券も余っているけれど、今はもういらないよ」
「それじゃあ」
「遊び系屋台、かな」
色々ありつつ林檎飴を食べ終わり、再度、こうして境内に繰り出してきたわけである。
近くにごみ箱が無いかと視線を彷徨わせていると、籤引きの屋台が目に入った。丁度、その隣にごみ箱がある。
「籤引きかあ……」
「これ、当たる気がしないんだよな。優樹、これ当てた人を見たことってあるか?」
「無いね。少なくとも僕の記憶では」
「はぁん……」
とりあえず林檎飴の棒を捨てにごみ箱に寄っていくと、数人の小学生くらいのグループが籤引きに並んだ。
それを優樹とともに見やる。どうせ当たるわけないのにね、と。
しかし、一人目が引いた籤が。
「お、大当たりだねー。一等、ゲームハード! 好きなのを持って行きな!」
まさかの一等を当てた。
「凄ぇな、一等だって」
「一等の籤を入れていない店もあるとか聞いたことがあるけれど、ここの店は違うみたいだね。この小学生たちの次に、僕たちも引いてみないかい?」
断る理由もない。どうせタダだし。無料券最高。別にゲームソフトもハードも欲しくないのだが。籤というものは、そりゃ当たれば嬉しいけどそうじゃなくて、籤を自分で選んで、それを開封するまでの間にこそ楽しみ全てが詰まっているのだ。俺はそう思っている。
ゲームハードを重そうに抱えた小学生の次、二人目ははずれ。吹き戻しをもらい苦笑いを浮かべている。次は……次も? また、ゲームソフトが当たった。二等だ。
「いやあー、困るねえ、大赤字だ。……え? 君も二等? なんだ君らは、超能力者かなんかか? 大赤字じゃねえか、持ってけドロボー!」
言葉面は汚いが、本心からそう思っているわけでもないようで、顔は笑んでいる。子供の好きな方なのだろうか。眼鏡のおじさんだ。むしろ研究員でもしていた方が似合いそうな痩せぎす。大学院生がバイトでもしているのだろうか。
その後、小学生たちは全員一周引いて、ゲームカセットを五つ、ハードを一つ当てた。そこで俺たちに変わってくれようとしたのだが、
「ああ、いいよ、僕たちは君たちが終わってからで。それにしても、凄い強運だね」
と、優樹が譲ったので、それに従ったのである。
結局、小学生たちはそれから三周し、それからも当たりを連発して帰っていった。凄まじいまでの豪運である。生きていればそういうこともあるのだろうか。六人が四回引いて、合計二四回。そのうちのはずれはわずかに六回。四分の一の確率。
これは、裏を返せば四回引いたら三回は辺りが出るということで。
「いやあ、すっかり景品がなくなっちまったよ。兄ちゃん、やるかい? 一回三百円だよ」
「あ、これでお願いします」
無料券を束から契り、渡す。優樹も同様に。
「なんだ、兄ちゃんら、ここのところの関係者か。だからといってサービスはしねえよ?」
店のおじさんが言う。お兄さんというには少し老けている。ただ、年を取ってはいない。そんな印象。
「サービスしてくれないの……?」
優樹が、見たこともないようなしなを作って言った。こいつ、当たりを出す確率を少しでも上げるために本気だ。
「……あ、そうか、うん」
何事か、小さく口中で呟いて。
「それじゃあ、一等は籤の中から六〇番以上、二等は五〇番以上のところを、そこの嬢ちゃんに免じて、三〇位以上で、このゲームソフトもつけよう」
そういって取り出したのは、クリスマスの包装紙で包まれた板状の商品。在庫処分品だろうか。クリスマスの包装だから、十中八九そうだろう。
「おい、兄ちゃん、オメエ、こんな別嬪さん、逃がすんじゃねえぞ」
「や、お、俺たちはそういうアレじゃないんで」
「……あ? あー、なるほどなるほど。つまりあれか。わかったわかった、頑張れや兄ちゃん」
何となく、見抜かれたみたいである。そのまま声を潜めて、恐らく優樹に聞こえないように配慮して、言う。
「……商売あがったりついでに、もう自棄だから、今日はおじさん、恋のキューピッドになってみることにする。良いか、この籤を引け。おじさんは籤引き屋だから、籤で良い目を出すくらいしかできねえが、彼女に格好良いところを見せてやりな」
そう言って籤の入った籠の、俺の手前右側を指差すおじさん。そこにさりげなく、注意しておかないと絶対に気付かないような自然な動きで籤を置いた。籤で当たりを引くことが格好良いのかどうかは果たしてわからないが、おじさんには感謝である。ひたすらに良い人らしい。
「いったい何の密談だい?」
優樹はこの通り、気付いてすらいない。
おじさんが慌てる風も無くフォローを入れる。
「なに、嬢ちゃんと付き合っているのかどうかを聞いただけさ。こんな美女はなかなかいねえからな」
「つ、付き合!? ……び、びび美女だなんてそんな……」
☆☆☆
というわけで、籤は優樹から引くことになった。レディファーストである。おじさんが置いてくれた籤の事が気にかかったが、優樹はろくに混ぜもしないで、真ん中の一枚を無造作に摘まんだ。
「さ、次は黒羽だよ。開封は一緒にやろう」
おじさんと目が合う。大きな頷きを返された。――さっきの籤を引け、そう聞こえる。
心のうちで、ありがとうおじさん、そう返して。
その一枚を、掴み取った。
これでこの籤がはずれだったら、それはそれで面白いが、おじさんに一杯喰わされたことになる。頼むぞおじさん。
「それじゃあ、開けるよ。……せーの」
籤を捲り、数字を確認する。
「お? 僕は……四六番、か。はずれだ。黒羽はどうだい?」
「……当たり」
「え?」
「当たり! 大当たり! 九八番!」
「おお! 凄いじゃないか兄ちゃん!」
屋台に張ってある表によると、九〇番以降は大当たり。好きなソフトを選んだうえで、そのハードまでついてくる。
「凄いじゃないか黒羽!」
八百長であるから、少し微妙な気持ち。
「とりあえず、これな。おじさんから、クリスマスの包装が素敵なソフトを一本ずつ」
「あ、ありがとうございます」
「それで、兄ちゃん、どのカセットを選ぶ?」
ゲームなんてしたことが無いから……正直、どれも同じに見える。ふと優樹を見やると、彼女は彼女で何を考えているのかわからない険しい顔をしている。そんなにはずれが悔しいのか。
だから、表面のパッケージを順番に眺めていって。
「やっぱりわからん。……優樹、なんか欲しいゲームあるか?」
「僕が選んでも良いのかい?」
ぱ、と顔が明るくなる。なるほど、欲しいゲームがあったのか。おじさんも親指を立ててこちらに見せ……いや、親指を人差し指と中指に挟んで見せてきた。なんだあれ。
「そうか、君らには通じないのか……。散々自分の事をおじさんおじさんって言ってたけど、本当におじさんなんだな、ってちょっとショック」
「あの、ありがとうございました」
「あー、良いんだって全然。赤字っつっても、ここだけの話、神社からは破格の補助金貰ってんの。初回だから思いっきり当たりをばらまいてほしいってな。要は第二回夏祭りのための集客も兼ねてるのさ」
俺とおじさんがそんな祭りの屋台事情の裏話というアンダーグラウンドな会話をしているうちに、優樹は一本のソフトと、ハードを選び終えていた。
「人生遊戯盤と、ゲーム機。あとで皆でやろうじゃないか」
景品を受け取る。
そしておじさんの店を離れて、とりあえず景品を置きに山寺の家へ。荷物が出来たら好きに使ってくれとのことだったので、遠慮なく山寺の部屋にゲーム機と人生遊戯版のソフト、クリスマス包装を置く。勝手知ったる他人の家。俺と山寺は小学一年生のころからの付き合いだ。それこそ、俺が神社に上る階段を上りきるのに何時間もかかるような時から来ているのである。そういえば、昔の自分はよっぽど酷かったらしい。主に運動神経方面で。
山寺の母――おばさんに一言告げて、家を出る。
「それじゃあ」
優樹が言った。
「どこに行こうか、次」
その後を、俺が引き継いで言った。
はい。そういうわけですね。
今回、この章の終わりまでの伏線を張り終わりました。この章の伏線は、あとは回収するだけです。さあ、終わりが次になるのか、次の次になるのかは、神のみぞ知る。
ではでは、また明日。
――次回予告兼チラ見せ――
「射的かぁ……できるかなあ」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
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