第十話:気持ち
この章はあと数話だってなんかあと二、三話くらい言う気がするけどそれは残像だ←
「え、やんの? まじでやんの? ちょ、待って無茶振り過ぎるから――!」
龍聖が叫んだ。思わず、といった調子で。
「だって、龍聖の出し物が一人ボケツッコミであることはもう決まってるんだよ? 今ここで練習しとかない?」
「いやいや、そんな。わざわざこんなところでやらなくても大丈夫だって! お前らは本番を楽しみにしていれば良いんだよ」
「俺見たいなー龍聖のネタ見たいなー」
「僕も見てみたい気はするけどね」
「あんまり変なネタをされると僕、というかうちの神社が困るんだけど」
相変わらず塵一つ落ちていない山寺の部屋。生活臭はするが、汚れが一つも無いって、一体どうやって掃除すればこんな感じになるんだって話である。
今俺たちは、龍聖を囲んで座っていた。
壁際に龍聖が立ち、山寺は自分のベッドに寝転び、俺は学習机の回転椅子、優樹はフローリングに座布団を敷いて正座。少し暇なので、なんなら龍聖のネタを先に披露してもらおうというところだった。
山寺が早くに集合してくれ、と連絡してきたのもそのためである。
「よーしわかった」
右手を額に当て、やれやれ、といった調子で龍聖が言った。
「そこまで言うなら見せてやろうじゃないか――俺のギャグを。……あ、違、一人ボケツッコミを!」
「……不安だなあ……」
「同感だよ、黒羽」
ザッ、という効果音を口でつけて、右手と左手を入れ替える。一々鬱陶しい奴だな。普通に喋りやがれ。
「それじゃあ行きます、龍聖の一人ボケツッコミー。みなさん拍手ー」
山寺の適当な温度に合わせて、まばらな拍手。俺は二回手を叩いただけである。優樹は一回だけだった。
「お前ら見とけよ!」
本番で見なかったことを後悔するんじゃねえぜ!
そう叫んで、何事かと見に来た山寺のおじさんに注意されて、それでも尚ボルテージを下げずに、龍聖は行った。言った。
「俺の家の宗教の話をします」
唐突だな――と、言いかけて、慌てて口を噤む。今回は、龍聖の一人ボケツッコミなのだった。
「俺の家は普通に仏教なんだけど」
仏教。キリスト教徒とならんで世界で二大宗教と呼ばれる。
日本では割とポピュラーな宗教だ。
「まあ、仏教といっても、葬式とかが仏式ってだけで、別に神様を信じているわけでも、お経を覚えているわけでもない」
それも珍しくはない。
うちだって葬式は仏式だが、別に日常的にお経を唱える習慣があるわけではないし、そもそも神が存在することなんて信じてすらいない。
「それで、この前曾祖母ちゃんの葬式に行ったんだよな」
腕を組み、うんうん、と大仰に頷く仕草。
自分でやると言ったからには、さすがに細かいところまで凝っているものだ。
「それで俺は椅子に座ってたんだけど、まず正面の中央にでっかいさ、一抱えくらいありそうな木魚があって、なんか帽子みたいなの被った見るからに偉そうなお坊さんが座っててさ」
正面、のジェスチャー。両手で形作るのは丸……坊主か?
「そんで、その坊さんだけ椅子の背が高くてさ、右隣と左隣の椅子は背が低かったんだよ。帽子も被ってないから、たぶん下っ端? の坊さんかな」
で、と続ける。
「木魚の右手に、同じくらいの大きさのおりんが置いてあって、その前にも坊さんが座ってさ」
気付けば龍聖の話に割と真剣に耳を傾けていて。
「まあ、あまり見ることない大きさだから、珍しいっちゃあ珍しいんだけどさ」
確かに、抱えるくらい大きな木魚もおりんも、見たことはない。俺の曾祖母の葬式の時は、本当に鈴みたいな小さな小さなおりんしかなかったような気がする。少し記憶が不明瞭ではあるのだが。
「左手にもさ、二人坊さんが座ったんだよ。……あ、右手は一人な。おりん係が一人」
指を立てて。一本と二本。
「俺、葬式の時は木魚とおりんくらいしか使わないと思ってたから、左手に座った坊さんは何するかと思ったわけ」
えらい坊さんがお経を読み始めてさ。と、続けて。
「そしたら、その左手の坊さんたちが、何を手に取ったと思う?」
一人話芸だから、この問いは答える必要のない問い。
「シンバルと、小太鼓を手に取ったのさ」
「ちょっと待て」
こらえきれなかった。
「なんだよ、実話だぞ、これ」
「嘘だろ!」
シンバルと小太鼓の葬式なんて聞いたことが無い。
ちなみに山寺は爆笑している。
俺はシュールすぎて笑えない。
優樹はきょとんとしていた。
「“鈸”のことじゃないのかい? 葬式の時にお坊さんを四人呼んだら来る」
「実在するのかよ!」
「なんか魔除けとかなんとか、意味はあるみたいだよ、ちゃんと」
優樹が言うのなら、間違いはないはずだ。
「でも、そのネタはやめてほしいかな」
ようやく笑いが収まったらしい山寺が言う。
「さすがに不謹慎だし、そもそも神様を笑いにしたらダメだよ、神道ならともかく」
「まあ、確かにその通りではあるね。一体どういうネタを展開するつもりなのかはわからないけれど、さすがにそのネタは笑えない」
「んー、俺もちょっと、シュールすぎてよくわからなかったな」
「酷評すぎる!」
それに、と神社の息子らしいことを言い始めた山寺が続けた。
「一応ここは神社だから。仏教のネタはしてほしくないかな」
龍聖の出し物、一人ボケツッコミ。
あと一五分で発表という時点に至り。
かくして、ネタを作り直す運びとなった。
「頑張れ」「頑張りたまえ」「ネタには気を付けてね」
「ちょ、助けて!」
☆☆☆
日はまだ上っているが、しかし時間になったので、祭りは始まった。
祭りと言っても神事だから、山寺もなんか奉納とか何とかがあるからとどこかへ行ってしまった。龍聖も同様にステージがあるので、つまり必然的に。
「二人っきりだな」
「……や、やめたまえ、そんなことを唐突に言うのは」
「どうする? どこ行く?」
それにしてもすごい人だかりである。
聞けば一五分前辺りから人が集まり始めたとのことだったので、もう少し早くに山寺の家から出ていれば、スムーズに屋台の場所を把握できたかもしれないのに。
さすがに、さっき一回通っただけで全部の屋台を把握するのは無理だったのだ。
「そうだね。景品がもらえるタイプの店は後回しにしよう」
「つまり、まずは腹ごなし……ってことか?」
「そうだね。じゃ、行こうか」
そういってこちらに手を突き出してくる優樹。あまりの速度にのけぞって避けてしまった。何? 攻撃?
「す、凄い人ごみだね! はぐれてしまったら大変だから、手を繋いでおこうというんだよ! わかったかい?」
「ああ、うん。確かにそうだな。了解」
そう言って、小柄な体型に準じて小さな手を、恭しく――あくまで気分的な問題――受け取り、ついでに片膝をついて手の甲にキスをしてみた。これは、二五世紀あたりに世界中で流行った挨拶らしい――のだが。
「ななななにをしてっ!?」
「姫。私が、今宵は貴女をエスコートいたします」
大昔、忠義のために、騎士が姫に行ったとされる仕草に起因するそれ。
外交儀礼としてもまだ使われることがあるらしいのだが、実際は相手の手を握る自分の手に唇をつける。さて、優樹は知っているだろうか。普通に手の甲にキスをした。
今日。
今日が無事にうまくいけば。
俺は――優樹に、告白しようと思う。
好きです、と。
☆☆☆
俺は優樹のことが好きだ。
だが、優樹がいて、龍聖や山寺がいて、四人で馬鹿をやっているのも好きだ。
だから、優樹と俗に言う恋人関係になりたいとも思うのだが、四人の関係を壊すかもと考えると、この気持ちはやはりしまっておくべきなのかもしれない。
でも。
しかし。
だが、だけど。
本当は薄々気づいていた。
気付かないふりをしていた。
俺は、どうしようもなく、優樹の事が大好きなのだ。愛している、と、この場で叫んでも良い。
優樹を、手に入れたい。
本当は龍聖や山寺と親しげに話しているのも気になるし、露出趣味を俺の与り知らぬところで発散させているのも嫌だ。優樹は俺のものだ――というどうしようもない渇望が、決して俺を満たさない。
乾いていた。
渇いていた。
つまり何が言いたいのか、ざっと要約すると。
俺はもうどうしようもないくらい。
完全完璧に。
後先を考えない、俺たち四人の関係を崩すことになるかもしれない、ということすら厭わないくらいに。
優樹の事が、好きになってしまったらしい。
☆☆☆
――――――システム、オールグリーン。問題ありません。
☆☆☆
焼きそばを食べて、たこ焼きを食べて。いか焼きなんてものもあったので、買ってみた。俺と優樹で一つずつ買っても多いので、いろいろ食べよう、と、それぞれ一人前しか買っていない。
いか焼きを齧り、優樹の口元に差し出す。すると彼女はそれを食み、噛み切った。可愛らしい歯形がつく。
「黒羽、どうして食べかけのいか焼きをしまうんだい?」
「いや、ほらちょっと」
「もしかして、僕が口をつけたから……」
「違う! 今更そんなこと気にするわけないだろ! 違うから! 持って帰って防腐処理して永遠に置いておこうとか――謀ったな!?」
「ふふ、そうはさせないよ」
あ、と声を上げる間もなく、優樹は俺の手からいか焼きを掠めとり、それを上品が損なわれない程度に拘束で食べて始めてしまう。
「ちょ、俺まだ一口しか」
「あーん」
「食べてな――あーん」
俺まだ一口しか食べていない、と、言おうとして、その途中に優樹が突き出してきたいか焼きを口で受け取った。焦げたソースの味が香ばしい。
「なんなら、もう一本買ってくるかい? 僕の分の無料券が余っているし、余らせても勿体無いし」
「優樹がつけた歯形を永遠にできるのなら」
「やっぱりやめようか! それが良いね! うん!」
「それならもう腕で良いので! 腕で良いので噛みついてください! ……いやむしろ噛み千切ってください! 一生消えない程度の傷をください!」
「防衛軍呼ぶよ!?」
「そこまで!?」
防衛軍。
警察予備隊に始まり、自衛隊を経て、警察、消防署と合併した国防軍の事。要は日本の治安を守る方々です。
「ま、それはさておいて」
「え、さておくの? 歯型すいませんでした優樹さん」
凄い目で睨まれたので思わず謝った。
そのついでに手元のいか焼きを失敬して、残り一口程度のそれをすべて口に放り込む。
優樹はそれを咎めることもせずに、こう言った。
「せっかくだから、林檎飴を買いに行かないか」
「ああ、さっき言ってたっけ」
山寺の家に行く前である。
「林檎飴の屋台は、えっと、確か境内の入り口すぐだったよな? 鳥居の正面」
「そうだね」
いか焼きの串をごみ箱に捨てて、優樹の手を取った。はぐれるからである。はぐれるからやむを得ずこうしているのであって、他に他意は無いのだと自分に言い聞かせておかないと、こうして手を握っているだけで幸せと気恥かしさで走りたくなってくる。我ながら落ち着け。
「林檎飴って結局、どんななんだろうな」
「林檎味の飴なんじゃないのかい?」
「林檎の形してたりしてな」
で。
「うわあ……これは」
「でかい、な」
実際に買ってみたのだが。例によって一つ。
俺の握りこぶしくらいの大きさの真っ赤な林檎に竹串を突き刺して、それを飴でコーティングしている。表面はそこら中につけられている提灯の光を反射して、つやつやと良く輝いていた。
それが、確かな重量を持って俺の手の中にある。透明のビニールで覆われているが、これを取り除いてしまえば、中からは真っ赤な宝石が出てくるのだ。
「……宝石?」
妙に引っ掛かる。
「ほう、なるほど宝石とは、確かにその通りだね。これが林檎飴か」
林檎飴に興味津々、といった様子の優樹を見て、宝石に対する妙な感覚は忘れてしまうことにする。
さっそくビニールを剥がし、近くのごみ箱に捨てた。
だが、そのタイミングで思う。
「どっかに座らないか?」
「構わないよ。隅の方に行けば座れそうなところはたくさんあるだろうし」
林檎飴の袋は捨ててしまったのだが、特に支障はないだろう。
「やっぱり、大きいなあ……」
優樹が、林檎飴を見て言った。
「でもほら、二人で食べたらすぐになくなるんじゃないか?」
「ふ、二人で!? これを!?」
「そ、そうだけど」
優樹の驚愕が理解できずに困惑していると、補足してくれた。
「良いかい、これは飴だろう?」
「まあ、そうだな」
「つまり、これは食べるのではなく、舐めるものだ」
「ああ、なるほど。俺が舐めた後に舐めるのが嫌なら、優樹が先に、いるだけ食べてくれ。俺はそれをもらうからさ」
「い、いや、そうじゃないよ! ……むしろ願ったり叶ったり……」
「え、何?」
「なんでもない!」
隣の店で綿菓子なるものも売っていたので、ついでに購入し、どこか座れるところを、と、依然境内をうろついていると、神社の隅っこの方にある段差を見つけた。石でできていて、高さも申し分ない。椅子の代わりにできそうだ。
山寺ならこんな時に、さっ、とハンカチでも出して女の子に敷いてあげるのだろうが、生憎ながら俺はハンカチなど持ち合わせていなかったので、そのまま座る。
綿菓子の袋――カラフルなアニメ絵がプリントされたものだ――を提げた優樹もすぐ隣に腰を下ろす。肩と肩が触れ合うような距離に、自然と体が強張ってしまった。すぐ真横に座ったことでふわりと香る花の香りに、内心ドギマギしつつも、外面ではつとめて平静を装う。
ここは、神社によく入り浸っている俺や優樹だからこそ見つけられた場所であり、一度や二度来ただけのような人間にはまず見つけられないような場所にあるので、周りに人影はない。
「さあ、念願の林檎飴を試してみようか」
「優樹から先に食べて良いよ」
「いや、黒羽から先に」
「いやいや、遠慮するなって」
「毒見は男の役目だよ」
「毒見って言った! 毒見って言ったー!」
俺が必至に言わないでおこうとしていたことを!
だって初めて食べるわけだから、ちょっと怖いし。林檎の果実も、このように一切加工されていない丸の形で見るのなんて初めてだし。
「よし、じゃあ、こ、こうしよう! いっせーの、で一緒にだ!」
「優樹さん頭良いっすね!」
自分でもう自分が何を言っているのかわからない。
とにかく俺と優樹の間に林檎飴が来るように左手に持ちかえる。
「じゃあいくよ、いっせーの」
林檎飴に齧りつき、というか歯を立てようとして。
ここで、いったん状況を整理しなければならない。気持ちを落ち着かせるためである。
まず、俺と優樹は隣り合わせて座っており、林檎飴だって、大きいといえど所詮は優樹の拳二つ分ないくらい。それにせーので齧りついたものだから、どうなるかなんて火を見るより明らかであって。
つまりは、俺と優樹の頬がぴったりと張り付き、その、なんというか、唇の端っこの方も触れているといえば触れているような……
「にゃわっ!」
優樹が、聞いたこともないような奇声を上げて勢いよく頬を離し、俺は声すら出せなかった。
そのまましばし沈黙し、口の中に、ごくごくわずかに齧りとった林檎飴を舐める。飴の部分が少し欠けて、口に入っただけだ。
「ねえ、黒羽。先ほどみたいにすればまた……その……なるから、僕に提案があるんだ」
言う優樹の頬は、林檎飴と同じくらい真っ赤だった。
俺の頬も、わざわざ鏡を見るまでも無く。
口に残る林檎の酸味と飴の甘さが混じり、甘酸っぱさが空気を満たしていた。
次はくじ引きと、射的と、えっと、金魚すくいとか? なんか思いついた屋台をぶち込みます。なう11/10。良いペース。
ちなみに、葬式の話は僕の実話です。急にシンバル叩き始めたものだから、ビビりました。あと、ネタにしてすいませんでした。
ではまた明日。
――次回予告兼チラ見せ――
「ほ、ほら、こうすれば一緒に食べられるだろう……?」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
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