第九話:夏祭り
あと数話でこの章も終わりかなー。
ここから先どうなるかは、さてさて。
「起きて、黒羽」
「…………おはよう」
朝目が覚めると、女の子が同じベッドで寝ていました。
彼女の名前は優樹といって、とても可愛らしい、自慢の幼馴染です。
「おはよう」
「…………ハァっ!?」
目を覚ました直後に、本来なら付き纏う眠気が、一気に吹き飛んでしまった。
「なんだい、黒羽。せっかく起こしに来て上げたというのに。美女に朝起こしてもらえるなんて、男の夢ではないのかい?」
「いやそうだけど。いやそうだけど!」
そもそも今何時だ。
枕元の時計を確認する。五時少し前。
「ちなみに今のは、美女という部分と男の夢という部分、どっちへの肯定だい?」
それには曖昧に頷くだけで答えとし。
日曜日。
現在、朝の五時である。会話することで眠気なんてどこかへ行ってしまった。昨日寝たのはなんだかんだで三時なのに。遅いのは優樹のせいである。
「何を言っているんだい、黒羽。僕はさっきまで普通に家で寝ていたよ」
「いや、まあ、そうなんですけどね」
繰り返して主張する。
朝の五時である。
「ああ、おばさんが入れてくれたんだ」
「母さん早起きだから、そりゃ起きてはいるだろうけど……」
「何しに来たの?」
「添い寝」
なんて素敵な言葉!
「いや、でも、起こしましたよね」
「ああ、五時になったからね」
「添い寝は?」
「二時くらいからかな」
「ぎゃぁぁぁぁああ!」
叫んだ。
俺は三時まで起きていたのである。
「うるさいよ、黒羽。おじさんが起きてしまう」
「そりゃ叫ぶだろ! いつ入って来たのか全然気づかなかったし!」
「いや、冗談だけど」
「だ、だよねー! ありがとう」
「だ、だからほら、ぼ、僕は何も見ていない……よ?」
「ちょっと待ってて、舌噛み切ってくる」
☆☆☆
「さて」
「さて。何?」
「優樹は、何をしに来たんだ?」
昨夜……というか、大体深夜二時から三時の間に起こったことはお互いの中で何もなかったということにした。まあ、なんだ。俺が優樹のスクール水着をこっそり失敬していたというだけの話なのだけれど。それだけである。優樹とのメールを読み返したり、中学校の時の優樹の写真を眺めたりしていたのはきっと気のせいだ。
「あれ? 山寺から連絡が来ていないのかい? 六時から祭りの準備があるんだって」
「あー、そういえば昨日家に帰ってからメールチェックしてないな……」
枕元に放り投げたままになっていた携帯を拾い、電源を入れる。
新着メールが一件。山寺からで、祭りの準備があるから六時に境内集合、とのこと。
「それじゃあ、家を出ようか」
「え、もう?」
「だってほら、ここから神社までは自転車で三〇分はかかるだろう。今はもう五時十分だ。急がないと遅刻する」
☆☆☆
急いで顔を洗い、着替え、トイレに行って、ついでに歯みがきもして、自転車にまたがる。
「そういえば優樹、お前どうするの?」
移動手段の話である。
普段自転車に乗るときは学校の制服を着ている優樹であるが、今日は何を思ったのか着物だ。さすがに昨日着ていたものほど気合の入ったものではないが、綺麗な柄、色。
そんな着物であるから、足首辺りまでを布がぴっちりと閉じて覆い隠している。これでは自転車に乗れないだろう。
「乗せてくれ、黒羽」
「まあ、良いけど」
どうせ機械のアシストがあるから一人も二人も変わらないし。ちなみに俺の自転車は二人乗り用。三人乗り用もあるのだが、やはり二人乗りの方が主流である。俺の知り合いだと龍聖が三人乗りタイプの物だ。
「ちゃんと掴んでろよ」
優樹が荷台に横掛けた。そして俺の背中に手を回してくる。
それを確認して、発進する。
「ああ、そうだ黒羽。朝ごはんを作って来たんだ」
「マジで? ありがとう」
そういえば、何か紙袋を持っていたな。
あれがそうか?
朝ごはんを食べる暇が無かったからかなり助かる。
「おにぎりだから、黒羽は運転に集中していると良いよ」
「え? どういう」
「僕が食べさせてあげると言っている」
「い、いや、いいよ、自分で食べられるし」
身体を捻っておにぎりを受け取ろうとするが、かわされてしまう。
「良いかい、黒羽。君は運転手、僕は乗客だ。それなのに、ちゃんと前を見ないで運転する運転手がいるかい?」
「いや、食べさせてくれるって言ってもそっちの方が危ないんじゃ……」
具体的に言うと、あまり運動神経のよろしくない優樹さんが荷台から転がり落ちそうで怖いのだが。
日本の古典「おむすびころりん」ではないが、優樹がころりんしそうではあるのだ。さっきだって、俺の部屋の何もないところで転びかけていたし。
「あーもう! うるさい! 僕が君におにぎりを食べさせたいんだ! 君はつべこべ言わずに口を開けば良いんだよ! い、いいかい!?」
「…………」
「あ、あと、後ろを振り向いたら駄目だからね! 危ないから!」
そういえば、優樹はつい最近、自転車に補助輪なしで乗れるようになったのだった。高校進学に合わせて、春休みを返上して特訓に付き合ったのは未だ記憶に新しい。
そりゃあ怖いよなあ。中学校は徒歩での登校だったし、自転車に乗ることも無かったのだから。
「あーん」
右手は俺の体に回したままで、左手を俺の口元に伸ばしてくる。それを頬張り、咀嚼する。二人羽織りってこんな感じなのかもしれない。
そこで、大変なことに気付いた。
とてつもなく大変なことである。
そう。
こちらの体を抱くようにして手を回しているのに、左手を伸ばしてこちらの口元に持ってきているわけだから、つまり。
必然的に。
優樹の。
胸が!
決して豊かではない、むしろ慎ましやかと表現しても過言ではないそのお胸が!
背中全体に押し付けられている!
「これは……」
「美味しいかい?」
「おいしい! めちゃくちゃおいしい! 生まれてきて良かった!」
「そ、そんなに!? 良かった……」
それからおにぎりを二つ頂いたのだが、正直優樹の胸の方が衝撃的過ぎて、足の方はあまり記憶に残らなかった。うっすらと、焼き鮭が入ったおにぎりだったことは覚えている。結構真剣に嫁に来てほしいと思ったからだ。白飯。焼き魚。これに味噌汁でもあった日には、それは立派な、歴史の教科書に載っていた和食の再現である。
「さすがに、味噌汁は持って来ていないんだけどね」
☆☆☆
――――――システム、オールグリーン。問題ありません。
☆☆☆
さて、境内での祭りの準備が終わり、それから一度解散して、二時には帰宅。優樹も一度家に帰り、今は家に俺しかいない。自室である。
昼は神社で弁当を用意してくれたので、そこで食べてきた。
男は力仕事だから、とのことだったのでジャージを着て行ったのだが、それを脱いで洗濯機に放り込んでおく。汗もかいたことだし。そういえば優樹も着替えるとのことだった。着物の袖をたすきで上げて働いていたが、真っ白な二の腕が眩しかったという印象しかない。というか少しでも暇があれば優樹の二の腕をガン見していたような気がする。
その時だった。
メールを一件受信。山寺からだ。曰く――祭りの開始は五時からだけど、四時に山寺家に集合して!
それに何の迷いも無く「了解」とだけ返すと、クローゼットを開けた。
☆☆☆
――――――システム、オールグリーン。問題ありません。
☆☆☆
三時十分ごろ。
家のチャイムが鳴った。優樹だろう。
一階に下り、玄関の鍵を開ける。そして、ドアを開けて――絶句した。
「やあ、黒羽。……どう、かな」
サマーワンピース。昨日買ったものだ。麦わら帽子とサンダルも。それらがミルクのような色白の肌と美しい調和を為しており、しかし真っ白であるがゆえの少しの物足りなさを、黒がアクセントとして埋めていた。
黒は――つまり、黒髪のショートカットだ。毛先はよく切り揃えられ、さらさらと風を受けてなびいている。ショートカットというよりはむしろおかっぱと表現した方が適切かもしれない。襟足は首が全部隠れるくらいで、もみあげの辺りにかけて少しだけ長くなっている。
麦わら帽子。そしてコルクのサンダル。白黒のカラーリングに添えられたそれらの茶色が、全体を引き締めていた。
まさか、俺が私的な希望と偏見で選んだ服を。
まさか、俺が私的な希望手偏見で選んだ服が。
「ここまで似合うなんて……!」
正直、我が目を疑った。
我が目を疑わざるを得ないほどの美人が、目の前に立っていた。
「可愛い! ありがとう優樹! 俺もう今日で死んでも良い!」
「か、かかかわっ!? ……そ、そうかい……? それは良かった……!」
「愛してる! いやマジで!」
「ふわぁぁ……」
思わず抱きしめると、体を強張らせてしまった。そこで我に返り、優樹を開放する。
「あ……」
「ごめん優樹! あまりの可愛さに我を忘れたというか……その、悪い」
「……そ、その通りだよ! この責任はと、取ってもらうからね! いつか!」
「ご期待に添えられるように頑張ります……」
さて、と、優樹が深呼吸してから言った。頬は林檎のように赤い。可愛い、とはもう口に出しては言わないけれど。なんとなく暴走しそうな気がするのだ。そうしたら集合時間に遅刻するのは目に見えている。
「早く行こう、黒羽。また後ろに乗せてくれ」
「了解」
それから自転車を漕ぐこと半時間。
白木山の麓にある駐輪場である。
「背中が寂しい」
「自転車を降りてすぐに!?」
だって。続ける。
「二人乗りだったから胸がとても押し付けられていましたので」
「押しつけていたからね」
「マジで!? このまま一緒に地平線の向こうまで行こう!」
「いや、それよりもほら、先に山寺の家に行かないといけないよ」
「山寺と優樹のおっぱいを比べたら、どっちに軍配が上がるかは明白だ。優樹のおっぱいだろ!」
「わああ馬鹿! 祭りで人が集まってるんだから変なことを叫ばないでくれ!」
祭りでテンション上げるなんて子供だろー? などと抜かしていたのはどの口か。俺と龍聖の口だ。だが、いざ蓋を開けてみるとどうだ。俺だってばっちりテンションが上がっているではないか。
祭りはまず、空気が違う。
弛緩しているけれど張りつめていて、冷たいけれど妙に熱い。
いつも町で流れている空気ではなくて、これから何かがあるのだと、そう思わせる空気。楽しさが滲んだ空気。そんなものを吸っているわけだから、テンションは否が応にも上がる。上がるに決まっている。
「よし、行くか」
そんなことを話しながら階段を上り始める。息が切れるのも癪なので、ゆっくり。
「歩きにくくないか?」
優樹に聞く。彼女はサンダルである。それも、普段履かないどころか、産まれてから一度も穿いたことがないようなレベルで履かない。なにせ、彼女は学校に来るとき以外は下駄なのである。
「さすがに大丈夫だよ、下駄と同じ感覚で歩けるから」
「気をつけろよ」
それでも見ていて危なっかしいので、優樹の左手を握る。
「あっ」
「これでもし踏み外しても大丈夫だろ」
「ば、子ども扱いしすぎだろ――うわっ!」
憤慨しましたとばかりにこちらに意識を向けた瞬間に、優樹が足を踏み外す。それを危うく受け止めて。
「ほら、助かった。怪我してないか? 大丈夫?」
「……あ、ありがとう」
そのまま。
階段を上りきった。その間、優樹は二回ほど足を踏み外したが、俺がしっかりと捕まえていたので大事には至らなかった。
見渡すと、境内では、夜店の準備に追われるおじさんやらおばさんやらが動き回っている。
俺たちはそれを尻目に、ついでに屋台の配置を覚えながらそこを通り過ぎ、山寺家を目指した。
「何するんだと思う?」
「さあ。あんまり早く来てもすることはないって山寺のおじさんも言っていたのにね」
優樹に聞く。
その答えは、確かにその通りだ。
「まあ、普通に遊ぶだけだろ」
行ってみればわかる。
そのはずだ。
「それもその通りか。……見て、黒羽。林檎飴だって」
「林檎飴って……なんだろうな。リンゴ味の飴か?」
「僕も林檎飴についてはよく知らないな……。あとで絶対買いに来よう! そうしよう」
「そうだな、夜店のフリーパスももうもらったし」
チラシ配りの報酬である。
ちなみに、これを神主の山寺さんから頂くとき、あんまり変な格好で街を徘徊するものではありませんよ、と注意されたのだが、悪いのはあなたの息子です。息子さんに強要されました。
さて、この夜店のフリーパスは、一つの店で一回ずつ使える無料券の束である。ぱらぱらとめくって中身を確認すると、綿飴もあるらしい。
その時たまたま、ちょうど同じところを見ていたらしい優樹が言った。
「綿飴か……懐かしいな」
「確かに。隣町の祭りに一緒に行ったよな、確か中二の夏」
「それで理由はなんだったか忘れたけど、僕が黒羽と喧嘩したんだ」
「あぁ、そうだったそうだった。それで山寺が、これで仲直りしろって買って来てくれたんだよ」
「ちょっと待って、なんか理由を思い出せそうな気がする」
射的の屋台の前を通り過ぎる。
景品は色々。ぬいぐるみやらお菓子やら。
「あ、俺も思い出した」
「一緒に買ったたこ焼きを、黒羽が一個多く食べた、だろう?」
「違ーよ、一個多く食ったのは優樹だろ」
「何を言っている。僕の記憶力を侮らないでくれ」
「さっきまで忘れていたじゃねえか」
ふふ、と、優樹が笑い。
俺も、つられて笑みをこぼした。
夏祭りの始まりと、夏の終わりが、すぐそこまで来ていた。
はい、というわけで。
ネクストコナンズヒント。龍聖。
――次回予告兼チラ見せ――
「え、やんの? まじでやんの? ちょ、待って無茶振り過ぎるから――!」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
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