第八話:パンツ
タイトルから察せられることは何もかもが間違いだ!
いや、別にコメディばっかりではないですよ。うん←
本来ともゾンはシリアスなお話ですので。忘れられてる方がおられましたら、もう一度言いますけど。
本来ともゾンはシリアスな話ですので(強調
これだけ強調しておけば、今回の話も大丈夫ですね。きっと。では。
「み、見てくれ黒羽……! こんなところに穴が開いているんだ……!」
「わぁあ見せるな見せるな」
前に穴の開いた下着を広げてこちらに見せてくる優樹を制す勇気。言葉遊びだ。
「これは気に入らないかい? 僕としては、普段こういうものを穿かないから、布が少ない方が違和感がなくて良いかもと思うのだけれど」
「だからってヒモはやめろ!」
局部を隠す気があるのか無いのか、最早ヒモでしかないそれを制するも勇気。
そもそも、普通の下着売り場をスルーして、奥のちょっと大人な下着売り場にまっすぐ行った時点で優樹さんは大人である。
ランジェリーショップに入るだけでも男である俺としては難関なのに、今俺は一足飛び、セクシーランジェリー、要はエロ下着を売っているゾーンにいるのだ。経験値貯まり放題だ。飽和して死ぬかもしれない。
「良いから、普通のパンツ見ようぜ、見るなら」
「僕は大人だから、こっちで見ることにするよ。パンツが見たいのなら好きに見てきたまえ」
「ツッコミどころが多すぎる!」
大人ってそういう意味の大人じゃねぇ!
別にパンツが見たいからそう言ったわけでもねぇ!
さて。
「別にこういうの見るのも良いけどさ、普通の下着を先に選ばないか?」
店内に入ると、なんか逆に落ち着いた。開き直ったともいう。
店員さんや店にいた女の子たちがちら、とこちらを確認してから、ずっと見続けてくるから観察されている気分だが、それも大して気にならな――いことはない。まあ、その辺りは気にしても仕方がないのでスルーで。どうせ逃げられないのだから。
優樹が、俺の服の裾を握ったまま離さないし。
「ふむ。それも一理あるかもしれないね」
ほっとする。
どうやら納得してくれたようだった。
このまま普通の下着を選んで、さっさと店を出てしまおう。
逆に落ち着いたことで、居心地の悪さが増した。これなら、もう少しテンションをあげてから望むべきだったかもしれない。
「それじゃあ、普通の下着を見てから、またこっちに戻ってくるとしよう」
「なんでこの人エロ下着に興味津々なの」
☆☆☆
――――――システム、オールグリーン。問題ありません。
☆☆☆
「それじゃあ、こっちの下着は黒羽に選んでもらおうかな」
普通の売り場で、気に入ったものを数枚確保した優樹が言った。
そこまでは良い。いや良くないけど、良い。
ただ、それを言った場所が悪かった。大人の下着売り場。いわゆるセクシーランジェリーショップである。ピンクの壁紙に照明。やたらと透ける衣装――ベビードールと言ったか――を着せられたマネキンや、さきほど優樹が興味を示したヒモが巻き付くマネキン。
新品の衣服の匂い――というかパンツ(新品)の匂い。
この中から。
優樹が日常的に穿くパンツを。
選べ、と。
優樹は、そう仰ったわけであった。
「さあ、早く選びたまえ黒羽。できるだけ布面積の小さいものの方が良い」
「露出狂がいる!」
「何を今更」
「そういえば本物だった!」
家では寒いと着物、暑いと全裸。
どんな選択肢だ。どんな素敵な二択だ。一緒に住みたい。
「こっちのこれはどうだい?」
「馬鹿には見えないパンツ!」
優樹が手にしてこちらに見せたのは――と言うと語弊がある。パンツを持っているようには見えるが、実際は見えない。光の透過率百パーセントの特殊繊維だ。京帝都大学が発明した時は一体何に使うのかと思っていたが、まさかこんな使われ方をしていたなんて。
通称「馬鹿には見えない布」は、布があることは触ればわかるのだが、見る事だけは本当に出来ないので、裸の王様ごっこを実際にやって捕まりかけた馬鹿がいる。山寺だ。
「そもそも、見えないだけで布面積は普通のパンツと変わらな――」
「これを試着してみることにするよ、黒羽。見たら感想を聞かせてほしい」
「なんて素敵なお言葉!」
正式名称「馬鹿には見えない繊維」製のパンツである。そんなもの、いくら試着したところで、更にそれを見たところで、良し悪しなど分かるわけがない。いや、中身しか見えない。ありがとう京帝都大学! ありがとう!
でも。
でも、である。苦渋の決断ではあるが、さすがに……さすがにそれを見るわけにはいかないだろう。
「大丈夫だよ、濡らしたら光不透過になるから」
「買取じゃねえか! ……あれ」
濡らす?
「なにで?」
「いや、その……黒羽? 僕にだって恥じらいはあるというか、ね? テンションに任せて勢いだけで言っているうちは気にならないけれど、そんな急に真顔になられたらさすがに躊躇するというか」
「何で濡らすの?」
「最近黒羽の笑顔の爽やかさ具合がストップ高だ!」
☆☆☆
「なんか……疲れた」
「同感だよ、黒羽」
結局馬鹿には見えないパンツの試着は行われなかった。その変わりに普通のパンツが数枚と、あとなんというか、明らかにヒモであって、どの角度から見ても、たとえ酔っぱらっていてもパンツには見えないものを一枚……一本?
ランジェリーショップから出てくるころには、すっかり疲れ切ってしまっていた。
昔はもっと体力があった気がするのに。そう、なんというか、格闘技的なものをやっていた気がするのだ。ただ、それが気のせいであることは、中学生まで運動が禁じられていたわけであるから自明であるのだが。
だが、なんというかこう、戦っていた記憶が――夢の記憶か?
「それじゃあ、次は優樹の洋服を見に行くか?」
「今思ったのだけれど、普通服買ってからパンツを買いに行くべきだなぁ、って」
「舞い上がりすぎだろお前! これが本当のデートだったらドン引きされるわ!」
なんだ、まずパンツを買いに行くデートって。考えようによってはありかもしれない。ただ、優樹はどの男ともデートさせません。俺が許しません。
「……大丈夫だよ、僕は君としかデートしないから……」
「え?」
聞き逃した。
「なんて?」
「な、なんでもない! 聞いていない黒羽が悪い!」
さあ、行くぞ! そう言って俺の右袖をちょん、と掴み、ぐいぐい引っ張って歩き出す。
その時だった。
暗闇。
小さい女の子が泣いている。
その子は暗闇が怖いと泣き、こんな風に俺の袖を掴んだのだ。
そして、俺に、こう言った。
――お兄ちゃん、と。
そうだ。
思い出した。
「……思い出した」
「黒羽?」
「思い出したんだ、優樹。……いや。いや! お前は……誰だ!」
「は? 何を言っているんだい黒羽」
「俺に幼馴染なんていない! 佐藤優樹なんて美人の幼馴染だって――轟木龍聖や山寺なんていう幼馴染もいない!」
考えてみれば、小学校一年生から同じクラスであり続けた山寺のファーストネームを知らないのはおかしいハズだ。
優樹の腕を振り払う。
「落ち着いて! 落ち着いて黒羽! 何を言っているんだい!?」
「黙れ! 黙れ――偽物! 俺の知り合いの佐藤優樹は、中学一年生のころから俺を避け続け、そもそも、同じ高校に進んですらいないし、第一俺の家の前にあんな豪邸は無かった!」
小さな女の子は言った。
――黒羽。黒い羽。私にとって、差し延べられた手は――希望だった。希望の羽、希望の黒い羽。
その女の子の名前は、ミウ。朝倉美羽。
俺の妹の友人だ。
俺には姉と妹がいる。
自宅の二階にそれぞれ部屋を持っていたが、現在は立ち入り禁止で――
「ふむ、なるほど」
優樹が、底冷えのしそうな口調で言った。
黒曜石のような瞳で俺を見つめると、無造作に左手を伸ばしてきた。
「Initialization.」
小さく何事か呟いた優樹の左手が俺の額に触れて――
☆☆☆
――――――シシシス、シス、シスシスシシステム、ししししん、しん、深刻なエラー。た、たたいしょ対処、できませ、ません。問題あり。シシシスシスシスシステムアラート。
――――――システムをシャットダウンします。
――――――再起動。
――――――異常ありません。
☆☆☆
「疲れた……」
「……奇遇だね、黒羽」
結局、モラル的には当たり前に、個人的には残念なことに、馬鹿には見えないパンツの試着は行われなかった。実はかなり見たかったのであるが……さすがにそれはと囁く天使的俺もいたわけで。
その変わりに――この場合可愛らしいデザインのちょっと大人目なものではあるが、セクシーランジェリーではないという点で――、普通のパンツが数枚と、あとなんというか、明らかにヒモであってどの角度から見ても、たとえ酔っぱらっていてもパンツには見えないものを一枚……一本? こんなものが下着なのか! と、優樹と二人して衝撃を受けたのだ。こんなもの買うやつがいるものか、と吐き捨てたのは優樹である。
「結局、なんだか気に入ってしまってね」
「へえ、今度見せてくれよ」
「ああ、また今度ね」
「マジで!?」
見せてくれるの!?
マジ優樹さん素敵! 愛してる!
「その代わりと言ってはなんだが、黒羽にもこれを着てほしい」
「やっぱり良いです」
優樹が取り出してきたのは、ヒモの下着。同じものを二枚(二本?)買っていたらしい。
これを……穿けと?
「そうだよ。そして僕に見せてくれ……」
頬を染めてまで、もじもじと内股で恥じらいながら言う優樹。いや、そこで恥じらうのかよ――じゃなくて。
「はみ出るわ!」
「何が!」
「何がって、そんなのチ危ない! 公衆の面前で大変なことを口走りそうになった! チェース・マンハッタン銀行! そう言いかけた!」
「銀行がはみ出るって、一体どういう状況なんだい……」
わからない。
チから始まる単語で真っ先に思い付いたものがそれだったのだから、仕方がないとしか言えない。
「次はどうする?」
「ああ、洋服を見てみたいんだ。僕は洋服というものを見たことはあっても、着たことが無い。だから黒羽、また見繕ってくれ」
「制服着てるじゃねえか」
「む、あれはノーカンだよ! 黒羽はまったく、女心というものが分かっていないんだから……」
頬を膨らませながらそっぽを向く優樹。大変可愛らしいので、頬を指で突いてみると、ぶふっ、と、変な音がした。
「…………」
「…………」
硬直。お互いに動かない。
涙目である。こちらを睨んできた。やっぱり優樹の拉致監禁計画は真剣に考慮した方が良いのかもしれない。
「…………ご、ごめん」
「……これは借りだ」
「あ、ハイ。すいませんでした」
☆☆☆
「これが洋服かあ……」
「いや、そっちは男物だから。婦人服見るんだろ」
同じフロア。一番奥であるランジェリーショップから見て、正面に男服売り場、右側一体に婦人服売り場が広がっている。
とりあえず優樹が手に取ったものは棚に直させて――って。
「別にトランクスのみが洋服じゃねえよ!」
「なるほど、これが男物の洋服かあ……」
「違う!」
世の中には山寺のようなブリーフ愛好家だっているんだから。そういえば我が幼馴染たる山寺は、小学校一年の時からずっと真っ白ブリーフな気がする。信念か?
「ほら、こっち」
俺の股間とトランクスとの間での視線の往復に忙しいらしい優樹に声をかける。
声をかけても動かなかったので、右手を握って、軽く引く。
「あ……」
「ほら、トランクスはもう良いから、とりあえず置いとけ」
妙にしおらしくなってしまった優樹を連れて、婦人服売り場へ。
「これが女物の服だ」
「へえ……」
とりあえずそこにあったものを手に取って渡してみた。
ショート丈のドット柄ワンピース。適当に手に取ったのだが、案外似合うかもしれない。優樹は小柄だし……えっと、サンダルとツバ広の帽子なんかをあわせると良い気がする。
「よし、じゃあ、そうしようか」
ただ。
俺としては、ここはこのコーディネイトはナシだ。もっと最善の一手があるのだら!
ゆえにとりあえずドットワンピースは差し止めて。
「優樹は髪が綺麗な真っ黒で、しかも色白で華奢だから――」
そうなると。
「真っ白のサマーワンピースに麦わら帽子。足元はサンダル。これは譲れない!」
「サマーワンピース……これかい?」
「いや、もっと丈の長いの。膝より下で良い」
「まあ、黒羽がそういうのなら」
「脚が隠れるのがそんなに不満!? 普段着物なのに!」
サンダルと麦わら帽子を同じ店から調達してきて、サマーワンピースも一緒に持たせる。試着だ。
「サイズはそれで大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ」
少し気温の下がった時のために、上着も調達するべきか?
その旨を伝えると、優樹はわかった、と返した。なので、俺は店内を見渡して、目当ての物を探す。
普段誰かの服を選ぶなんてことはないが、そうであるがゆえに、優樹に服を選ぶというこの行為がなんとなく楽しくなってきた。着せ替え人形にはまる女の子の気持ちってこんな感じだろうか。
総レースのボレロ。下のワンピースが白だから、淡いベージュ。変にはならない……はずだ。
それを持って優樹のいる試着室まで戻ると、優樹はもう自前の下駄を履くところだった。
「試着は終わったのか?」
「ああ、終わったよ。さすがは黒羽だ、素晴らしいコーディネートだった」
可愛い。
素直にそう思える笑顔。そうであるがゆえに、サマーワンピースを着たところが見たかった。
「あ、これ。この上着、寒くなったときのために」
「ありがとう、黒羽。さっそく買ってくるよ」
「試着は? しなくても良いのか?」
良いんだよ、と、優樹は再度笑う。
「着る時は、俺にも見せてくれ」
「当たり前だろう」
嫁にしたい。
何の脈絡も無く、そう思った。
サマーワンピース。
麦わら帽子。
黒髪ショートのサラサラストレート。
色白。
小柄。
華奢。
黒羽よくやった……!
さて。
というわけで、前書きで言っていた意味もお分かりとは思いますが、また明日。ここからはシリアスが駆け足でやってきます。逃げられません。
では。
――次回予告兼チラ見せ――
「おいしい! めちゃくちゃおいしい! 生まれてきて良かった!」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
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評価、感想、レビューなどして下さったら、いつもの八倍泣いて喜びます←ここ大事




