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第七話:デート

 というわけでデートのお話をお送りいたしますが、一話で終わらなかったので明日もデートです。


 そしてこれだけは言わせていただきたい。


 あけましておめでとうございます。


 新年も変わらず、よろしくお願いいたします。

 白木丘駅前の噴水に午前十時に集合。

 ほぼ隣と言って差し支えないような場所に家があるのだから、わざわざ集合する必要はないだろうと言ったのだが、


「黒羽がで、デートと言ったのだろう? それなら、形式と言うか、様式美と言うものを守らなければならない。わかったね?」


 とのことなので、大人しく従っている。

 別に逆らうほどの事でもないだろうし。


 只今午前十時一分。

 彼氏が彼女よりも早く現地に着くのも形式だ――らしい。


「ごめんよ、黒羽。待ったかい?」

「全然待ってないよ、俺も今来たとこ……ろ……」


 このセリフも、わざわざ昨日、優樹に練習させられたものであり、それはもちろんノーミスでクリアしたのだが、しかし本番に限ってミスをしてしまった。


「な、なんだい黒羽。そんなに見つめられると僕だって恥ずかしいというか……」


 知識としては知っている。

 だが、優樹の普段着では見たことのないものだった。大島紬、だと思う。歴史の資料集を眺めている時に見つけ、優樹の普段着が着物であるから、思わず読み込んでしまった。それで覚えているのだから、間違いない。

 二一世紀や二二世紀にかけてはかなりの高級品で、当然値段もかなりしたというが、今はもう着物など流通すること自体が少ないのだから、マニアにあたれば当時の値段の百倍はつくものだ。

 だが――そんなことに驚いたわけではない。


 薄い水色――藍白、だろうか――の紬に、薄藍の帯。

 涼しげなカラーリングで統一されていて、着こなしにもそつがない。

 普段から着物を着なれているがゆえに、そこに違和感は微塵も存在せず、つまり有り体に言えば、完全に着こなしていて。


 ショートカットが風に揺れる。


 それを右手でおさえた姿はどこまでも可憐。

 左手には巾着、それが体の前でぴたりと固定されていて。


 普段見慣れた着物姿とは違う。


 とんでもない和装美人が、そこにいた。


 俺には着物の着方なんてわからないし、知っていても歴史の資料集に載っていた大島紬くらいだ。

 だが、それでもはっきりわかる。何処にもミスはない。


 くらっ、ときた。


 今まで俺は散々優樹のことが好きだ好きだと思っていたけれど――別にここまでではなかった。

 そう、一緒にいるととても楽しいから、これからもずっと一緒に生きて、笑って、一緒にご飯を食べて、会話して、一緒に年を取って、死んで、そんな風にできたら良いな、とか、漠然と思っている程度だった。

 だが。

 だが、俺は優樹への認識を、尋常ならざる勢いで上方修正せざるを得なかった。むしろ美人過ぎて、可憐すぎて、一緒にいることが憚られる……そんなレベル。


「く、黒羽?」

「…………ああ、悪い」

「どうしたんだい……? ぼーっとして」


 一度(まばた)きをして、しっかりと正面から、優樹の目を見つめた。


「優樹」

「な、なんだい? 急にそんな……改まって」

「感動した。今まで生きてきたのは今日この日のためなんじゃないかと思ったくらいに」

「…………ひゃ」


 目を見つめていると俯いてしまったので、その両肩を掴んで、目線を合わせた。


「えっと、つまりだ」


 息を吸う。

 優樹の目が盛大に泳いだ。


「めちゃくちゃ可愛い」

「はぁぅぅうううわぁぁ」


 くた、っと、全身の力が抜けるようにくずおれてしまった優樹を抱きかかえる。

 彼女を抱いたまま噴水に座り、落ち着くのを待つ。


 可愛いと言われたことに対してこの反応は――よっぽど恥ずかしかったのか。そりゃあ公衆の面前である。だが、俺としては嬉しすぎて――とかの方が、そう、個人的には喜ばしい限りで、むしろそうであってほしかったり。

 結局、優樹が落ち着く――というか正気を取り戻すのには二〇分ほどの時間を費やした。


          ☆☆☆


「ぱんつというものを穿いてみようと思うんだ」


 優樹のためにお茶を買ってきたのだが、いらないと言われたために俺が飲んでいると、突然言い出した台詞である。もちろん噴き出した。

 ショッピングモールへの道すがらである。噴水で予想外の時間を費やしてしまったので、電車が来るまで少し時間が出来てしまったから、駅のホームで電車を待っている途中だ。

 様式美と言うのなら、むしろ現地の駅前集合の方が良かったのでは――と言うと、下駄で足を踏まれて凄く痛かったのでこれからは気をつけようと思います。優樹も、そのことについては失念していたらしかった。


「お、おま、お前、急に何を言い出してんの!? ホームにお茶吐いただろうが!」

「いや、今日の買い物の目的だけど」

「買うの!? パンツを! 俺と一緒に!?」

「付き合ってくれるのではなかったのかい?」

「言ったけどね! 言ったけどねえ! ……ちょっとタイムマシン持ってない?」

「過去を改変しようとするのはやめたまえ。男に二言はないと言うではないか」


 だからこそ過去を改変しようとしてるんだよ!

 お願いしますそんなこと言わなかったということにしていただけないでしょうか!

 そう一息で懇願すると、


「それは無理だね」


 その代わりと言ってはなんだけど――と、続ける。


「僕はパンツと言うものに詳しくないから、パンツの専門家の黒羽に見繕ってもらいたいんだ」

「選んで良いのですか!」


 しまった! 優樹のパンツを選べることに舞い上がりすぎてパンツの専門家を否定し忘れた!


「おっと、そろそろ電車が来るみたいだね。人が大勢いるところで騒ぐのはあまりよくない、だろう?」

「もう今更だよ……」


 俺のツッコミは、電磁石の力で走るリニアモーターカーが駅に到着する音に掻き消されてしまった。


          ☆☆☆


 ――――――システム、オールグリーン。問題ありません。 


          ☆☆☆


 結局ショッピングモールについたのは昼時になってしまったので、先に昼食を済ませることにした。


「昼どうする?」

「ここで良いんじゃないかと僕は思うのだけれど」


 そういって優樹が指差したのはハンバーガーチェーン。


「着物でジャンクフードを食べてるところは見たくないなぁ……」


 俺の勝手な意見である。

 優樹もそう思ったのかどうかは果たしてわからないが、彼女も、そうかい、と頷いた。


「こことか、どう?」


 そう言って指差したのは、英語の看板がかかった店。昼時と言ってもまだ少し早いので、あまり客もいない。

 オススメはオムライス、あるいはスパゲッティらしい。


「うん、僕は構わないよ」


 というわけで店内へ。

 暗く光る木のテーブルに、ログハウス風の丸太が組み合わされた壁。証明は橙色灯で、柔らかい光が満ちている。


「そういえば黒羽。さっきの話なのだけれど」

「うん? さっき?」


 えっと。


「着物姿のジャンクフードは見たくないなぁ、って言っただろう?」

「ああ、うん。言ったな。なんとなく見たくなかった」


 ばつの悪い、と言う感じの笑みを浮かべながら答える。


「それじゃあ、ちなみに聞くけど」


 席に着くと店員さんがやって来たので、「日替わりオムライス・ランチセットA」を注文する。


「和服で洋食はオッケーなのかい?」

「それは……えっと」


 今日のためにわざわざ、ここの店が女子に評判が良かったということを山寺経由で聞き、そして入念に調査した結果ここを選んだのである、本当のことを言うとすると。

 それなのに優樹がファストフードチェーンを選ぼうとしたので、それとない理由をつけ、偶然を装ってこの店を選んだ風にしたのである。

 まあ、本心として着物でファストフードがどうかとも思うのだが。


「いや、ほら。せっかく優樹とデートだから、それっぽいところを選んだ方が良いかな、って思って、調べて来たんだよ、ここ」


 少し迷った末に、結局本当のことを言うことにした。


「そ、そう……それは、その、あ、ありがとう」


 俯き目を伏せながら、呟くような小声で優樹が言った。着物姿である。惚れるか思った。いや、もう惚れているのだが。


 前菜のサラダがサーブされたので、とりあえず食事を始めることにする。


          ☆☆☆


 普段から箸の使い方がきれいだなあ、と思ってはいたが。

 着物姿の優樹は、普段が比にならないほどその綺麗さを増していた。

 箸のマナーは当然の事、着物のマナーも守っているからだ。まず膝には二つ折りにしたハンカチを置いており、グラスを取るときは左手の袖口を右手でおさえる。

 その何処にもそつがなくて、一つ一つの所作に点数をつけると、誰が審査員でも満点をつけるに違いない。


 そして、デザートが運ばれてくるにあたり。


「苺とチョコのアイスがあるみたいだけど、どっちにする?」

「僕は苺の方をいただくことにするよ」

「了解」


 それなら、と俺はチョコの方を選ぶ。

 口に入れた瞬間に香るビター、甘すぎない。どちらかというと大人な味なのは、この店がファミリー向けのレストランなどとは違い、いわゆるカップルや大人なんかが使用する、カフェのような店だからだ。山寺は確か、コーヒーもオススメだと言っていた気がする。


「く、黒羽」

「ん? 何」

「ものは相談と言うか少しお願いがあるというか、つまりはその、えーっと、チョコ味のアイスを僕にも分けてくれないかと、そういうことであって……」

「それならそっちの苺と交換しようぜ」


 普段気を抜くと、俺が大体週一くらいのペースで買っていく何かしらのデザートを勝手に食べる癖に、今更遠慮する必要なんてないのに――まあ、俺も優樹の買ってくるプリンやらなんやらを勝手に食べるのでお互い様ではあるが。なんかもう、俺と優樹が買ってくる食べ物は共有財産みたいな認識が相互の間で為されている。

 

 優樹の苺アイスにスプーンを伸ばそうとして、その手首を掴まれた。


「交換するんだろ?」

「そうだね」

「それなら、どうして手首を掴――」


 俺のその当然の問いは、優樹の言葉に遮られた。最近よくあるが、本来は珍しいことに、つっかえた言葉。


「ぼ、僕が食べさせてあげるから、君はスプーンを出さなくて良い」


 そういって自分の苺アイスを掬い、こちらに向けてくれる。

 だが俺は、それを見つめたまま、硬直してしまった。

 関節キス――とか、優樹は気にしないのだろうか。俺は気になるが。もちろん嫌ではなく、今すぐ優樹の使った箸やスプーンを回収してマイ箸マイスプーンにしたいほどなのだから当然嬉しいのだけど、それでも。

 それでも躊躇ったのは、気恥かしさを覚えたからだ。


「ほ、ほら、早くしたまえ! アイスが溶けてしまう」

 

 それもその通りなので一口もらう。

 緊張しすぎて味なんてわかるわけがなかった。

 

「よし。……それじゃあ、次は黒羽の番だ。ぼ、僕に……その、食べさせて……えっと、あーんってしてほしい……な」


 テイクアウトってオッケーかな。

 今すぐ優樹を持って帰りたい。人間がここまで可愛らしさを出すのは無理だと信じてやまなかった俺だけど、今日限りでその考えを改めることにする。

 

 目を瞑って小さく口を開けてこちらを待っているので、ひとまず優樹を合法的に拉致する計画は保留して、自分のチョコアイスをスプーンで掬った。


「あーん」

「……あーん」


 俺が突き出したスプーンを咥える優樹。その時俺が憶えた感慨は、それこそ筆舌に尽くしがたい、といったところだった。

 普段使わないし、あんまり好きと言うわけでもないけど、この気持ちを一言で、かつ端的に表すとしたら――こう言うのだろうか。

 ――萌える。


          ☆☆☆


「というわけでパンツを買いたいと思います」

「どうして僕のパンツを買いに行くというのに黒羽がノリノリなのかはこの際気にしないことにするよ」


 ショッピングモールの二階の奥まったところに、やたらとファンシーな女性用下着店がある。

 優樹はどうせやるといったらやるのだから、たとえそれが思いつきであり、冗談半分で本気ではないのだとしても、なんだかんだでそうなってしまうことは自明の理なのだから、もう、いっそ潔く決意してしまうのが双方にとって良い選択である。

 などともっともらしい理由を述べたが、実際は、俺の選んだパンツを優樹が穿いてくれるというシチュエーション自体に酔っていたので、内心ウキウキなだけだった。


 だが。


「やっぱりやめようか」


 いざ店の前まで来て、そんな考えはとっくに捨て去ってしまう。なにせ、明らかに場違いなのだ。店の中には下着だけが売ってあり、店内は女性あるいは女の子だらけ。俺入れない。

 だからそう主張したのだが、優樹は当然聞く耳を持ってくれず、俺の右手を掴むとぐいぐいと引っ張って歩いて行ってしまう。


「何を言っているんだい、黒羽。ちゃんと僕のパンツを選んでもらわないと、困るよ」

「通販で! もういっそ通販で良いんじゃないですかねぇ!」


 俺の悲痛といって差し支えの無い叫びは、やはり聞き届けられなかった。



 は、というわけで、今回はただのコメディですね。え? いやいや、伏線別に織り込んでねえよマジでマジで。本当ですって。

 明日にデートの話を終わらせる予定で、明後日投稿予定分あるいは明後日分でこの章は終わりの予定(恐らくたしぎの事だから延びるだろうけれど)です。

 それまでもう少し、ラブコメにしか見えない以上にお付き合いいただければ幸いです。


 それでは、たしぎでした。


――次回予告兼チラ見せ――

「こ、これを見てくれ黒羽……! こんなところに穴が開いているんだ……!」

―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―



では次回。


誤字脱字、変な言い回しの指摘、感想、評価、レビューお待ちしております――――


評価、感想、レビューなどして下さったら、いつもの八倍泣いて喜びます←ここ大事


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