第三話:白木丘神社
作中、思いっきり夏ですが、良く考えたらこれが投稿されるとき、冬ですな。なう11/1
今日から十一月です。
というわけで、第三話です。
「見て驚け……っ!」
頬を紅潮させて、心なしか嬉しそうにしながら――恐らく気のせいだとは思うが、どう考えても顔に浮かぶのは喜色――カーテンを取り払った。
俺はそれを、雨が降ったら傘を差すがごとく、喉が乾いたら水を飲むがごとく、つまりは至極当然当たり前のように、目を皿にして凝視する。
見て驚けといったのだから――見て何が悪いか! 男子高校生のエロ……じゃない、人体への知的探究心を過小評価してもらっては困る! 見ろと言われたら、俺は何が起きても見る、そんなタイプ。反対に、龍聖はこういうのはつい目を逸らすタイプ。人生損してる。
「なん、だと……!」
ついステレオなリアクションをしてしまった。
「ふふ、どうだい、これ。手に入れるのに――どれだけ手間のかかったことか」
社会の日本史の、それも資料集の隅っこでしか見ることのできない服飾品。
紺色の、今は失われた、石油というものから作られた繊維。胸には名札。
特に肌の露出があるわけではない――先ほど驚きの肌色率と表現したのは、(私服が着物である優樹にしては)驚きの肌色率、という意味である。
つまりは――
「スクール水着だってさ。過去の高校生は、こんな物を着て泳いでいたというよ」
御丁寧に、ファーストネームを書いた名札を胸に縫いつけるルールだったらしい。と、付け足して、優樹は肩紐のところを持ち上げた。ミルクのような真白い肌に、磁石がごとく目が吸い寄せられる。ガン見だ。見ても良い――見て驚けが俺の脳内でこう変換されている――という許可が出たのを良いことに、何やってるんですかね自分。
こんなものは、どう考えたってただの布だ。今主流の水着、スリングショットなんかに比べたら、いささか地味。露出なぞ勝負する気にもならない。
だが、この胸の高鳴りは、きっと。優樹がスリングショットを着たところで味わえないだろうものだ。これから、歴史の資料集を見る度に、スクール水着のページを開いてしまうかもしれない。
ちなみにだが、最近の学校指定の水着は、男子は従来のボクサーで、それは六世紀変わらないのだが、女子は時代とともに変遷している。今は肌の露出がそれなりに多い――ビキニタイプだ。一世紀前までは長袖長裾、手首と足首までをすっぽり覆うという、露出なんて一切ない水着だったわけだから――時代というのはわからないものである。
重ねてちなみに、二一世紀のスクール水着のエロさは尋常ではないと思います。
「おっと。不必要なサービスシーンはこれまで、と」
嘯くような調子で言って、優樹は、胸の危ないところギリギリまで持ち上げていた手を放してしまう。彼女はこれで、俺なんかよりはるかに頭が良いから、どうせ、ギリギリで見えないラインというものは計算しているのだろう。安心して凝視できる――ってのも、変な表現か。
「それじゃあ、着替えてくるから、少し待っていてくれ」
そう言って退室しようとした優樹を、呼び止める勇気。ちょっとした言葉遊びだ。
ポケットから携帯電話を取り出し、言う。
「写真撮らせてくれ」
「断る」
「そう言わず」
「断る」
取りつく島も無かった。
優樹は、一度こうと決めたら頑として譲らない、今時絶滅が危惧される頑固な性分だから、きっとこの意見は覆らない――元から決めていることを、ポーズだけ否定しているときは別である――だろう。
だが。
今回ばかりは――譲るわけにはいかない。
なめらかな、ミルクの肌。普段着物で隠されている分、惜しげもなく外気に晒されている肌は、きめ細やかで美しい。運動は特にしていないが、していないが故に柔らかい、そういう印象。あと少しでも筋肉か贅肉をつけたり落としたりするだけで、このプロポーションは崩れてしまうに違いない。
決して太っているわけではなし、やせ細っているわけでなし。
「神の作りたもうたこのプロポーション、是非とも写真に残したい……!」
「こ、断る。鼻息が荒いし、怖いよ黒羽。僕は着替えてくるからね、覗くのなら見つからないように頼む」
「の、覗くか!」
覗くか!
よし、覗くか!
付け加えるとするなら、前者が否定、後者は肯定である。覗くわけがあるか! よし、覗くか! である。
「でもやっぱり写真は欲しい! 写真!」
優樹が頑固であることは知っているが――それでも尚、俺は食い下がった。優樹のスクール水着は――むしろ和室で着ることによって背徳的な魅力を引き出している。ここが学校のプールならばただの健全空間だったことは疑うことなき事実だ。
「断……い、一枚だけならな! 一枚だけだぞ、一枚だけだからそのあたり間違えないでくれたまえ!」
「ありがとうございます! 俺、もう一生あなたについて行きます!」
とりあえず勢いで叫ぶように話しているから、自分でも言っていることの内容が意味不明だ。
「…………い、一生だなんて……それってつまり、結婚……」
「え? なんて?」
騒いでいたから優樹の言葉を聞き逃してしまった。
慌てて聞き返したのだが、何でもない! と、そっぽを向いてしまう。頬が膨らんでいて――ヤバい、超可愛い。今更ながらに、部屋に二人きりだということを意識して、顔が熱くなった。夏だからかなぁ!
ともあれ、彼女の気が変わらないうちに、さっさと写真を撮ってしまうことにする。
☆☆☆
今度こそ本当に、優樹は着替えに行ってしまった。
畳敷きの、十二畳の部屋。優樹の私室だ。通い慣れた場所であるはずなのに、一人になった途端、居心地の悪さを感じてしまう。やっぱり箪笥とか漁った方が良いのかな……
ともすれば犯罪に手を出してしまいそうなので、先ほど撮った優樹の写真集を眺めて、気を落ち着かせることにする。一枚だけだから、と言いつつも、当然連写していた。連写機能付きのアプリを使って、秒間二百枚撮影。それをざっと三秒。計六百枚だ。
頭から眺めていく。もちろん凄まじい速度の連写であるから、一枚一枚ほぼ同じアングル、ポーズだが、それでも眺める。段々気分が落ち着いてきた。そうだ、ハンガーラックなら――いや駄目だろ。どんな思考回路だ。
六百枚を頭から眺めて二周目、突然画面に表示されるウインドウ。
ウインドウが表示されたその光景に若干の既視感を覚えながらも、内容を確認――充電が残りわずか。
今や携帯電話は、人工光合成装置を応用した、希望子製の発電機が搭載されているから、充電するのにわざわざコードが要らない。
希望子で携帯のカバー、というか外側――といってもキーボードしかないわけだが――を覆ってしまい、日光あるいは強い光を当てるだけで、自動的に充電される仕組み。野外での連続使用時間は、長すぎて計測不能だ。
便利になったはなったのだが、希望子そのものが濃い赤色をしているため、機種の色が赤以外選べないということが欠点とは言える。けれど、それには目を瞑るしかないだろう。
俺が日光の良く当たるポイントを探して優樹の部屋をうろうろしていると、ちょうど優樹が返ってきた。考えた結果、先ほどの上り框代わりの石、靴の上に携帯を置く。
「お待たせ」
「おー、おかえり」
紫苑の地に、桔梗の柄。
さすがは茶道家の娘――というべきか。良く似合っている。
私服代わりに毎日着ているから、着慣れているというのもあるかもしれない。
綺麗だ――とは、さすがに恥ずかしいから言えないけれど。
「やっぱり着物の方が似合うな。可愛い」
くらいなら、言えるようだ。
☆☆☆
それから数時間。
俺は優樹の事が大好きなので一瞬で過ぎ去った、とても楽しい時間も終わり、六時には帰宅できるようにお暇させてもらう。
優樹の家の門をくぐる度に、寂しいような、切ないようなそんな気持ちになる理由は、まだ俺には完全に理解できるものではなかったが、それでもきっと、これが恋と言うもので。
優樹も俺のことを好きだったら良いのになあ、なんて、よくある妄想をしながら家路につく。
「ただいまー」
玄関に女物の靴――母の物だ。そういえば昼間はどこに出かけていたのだろう。
「おかえり、ご飯だから手を洗って着席」
リビングから母の声。
それに了解、と短く返して、手洗いうがいを済ませた後に、席に着いた。
「黒羽、久しぶりの学校はどうだった? 疲れていないか? 身体におかしなところとか、違和感とか――」
いただきます、と宣言した直後のことだ。
いただきますの次、二言目に、父が聞いた。
「さすがに過保護過ぎる」
「……そ、そうか、そうだよな。はっはっは、黒羽ももう高校生だもんな」
「高校生になってからもう四か月が過ぎ去ったけど」
それからしばらくは、普通に、今日起きた地震についての話題。結局津波はすべて本土の下を通し、白木丘には一切の被害なし。学校も明日から通常通りだ。
会話が途切れた隙を見計らって、母に聞いてみた。
「そういえば母さん、あのさ」
カキフライを嚥下してから、続ける。
「日本に来てるイギリスのお姫様のところに、ずっとついていなくて良いのか? 家庭教師っていっても、実際はお目付け役も兼任、みたいなもんなんだろ?」
その瞬間だった。
自分の発言に、ひどい違和感を感じた。おかしい。だが、何がおかしいかはわからない。
先ほどまで食べていた料理の味が分からなくなる。カキフライがゴムの塊みたいだ。
眼前、母は何を言えば良いのか迷っているようだった。――どうして?
「お姫様? なんのことかな。ブリテンのお姫様は、今もブリテンにいらっしゃるけど」
――おかしい。
何かが、おかしい。
それがどうおかしいかはわからないが、何かかがおかしい、そうとしか表現できない。俺の中の誰かが、そう囁くのだ。自分が自分ではない感覚。――気持ち悪い。
既視感とも似ている。これは一体……?
「いや、だって、この前、イギリス王女来日ってニュースでやってたからさ」
「夢でも見たんじゃないの? だって、うちのテレビ、一月から故障してるし」
母に諭されて、確かにその通りだな、と思う。過去にも、イギリス王女が来日した時のニュースを見たことがあるのだ。その時の記憶が混ざってしまったらしい。母が王女と一緒に帰国したものだから、留守番だった父と二人でそれを録画した記憶がある。
だが、本当にそうか?
本当に、母の言っていることは正しいのか?
俺は確かに、英王女日本来訪のニュースを見た覚えが――
「そんなことより」
父が言った。
☆☆☆
――――――システム、一件のバグ。対処しました。問題ありません。
☆☆☆
「今年から、白木丘の神社で夏祭りをするらしいぞ」
白木丘神社。白木丘市の北――白木山の天辺にある神社。頂上まではゆるやかな石階段が長々と続いていて、小学生のころに山寺と龍聖と、三人で蝉取りをした覚えがある。
参拝客なぞ年間を通して数十人しかおらず、このままでは廃れてしまう、宮司の山寺さんはそう考えたらしい。何を隠そう、あの山寺の父である。
「山寺さんからさっき聞いてな」
山寺とは、小学校一年生からの付き合いであり、必然的に親同士の付き合いも生まれるわけで。
「お前、山寺さんの息子さんと、あと優樹ちゃん、龍聖と四人で、なんかのイベントに出演するらしいな?」
それに対して、俺は。
「聞いてないぞ!?」
思わず、立ち上がって叫んでいた。
☆☆☆
翌朝。
遅刻しかけたので、自転車を全力で立ち漕ぎして登校。下駄箱で靴を履きかえるのももどかしく、上履きを取り出すとおざなりにスニーカーを突っ込み、手で上履きを持ったまま廊下をダッシュ。なんとか本鈴と同時に教室に滑り込むことには成功した。
一時間目は生物の授業。今日の授業は、鶏の心臓を解剖する、演示実験――を、本来であればしたかったらしいが、現行の法律で、グロテスクであると過去に認められていたものは――特定の免許を持った人間が取り扱う時をのぞき――そのすべての取り扱いが禁止されているので、かなりデフォルメされた心臓の構造の紙芝居を、先生が読んだだけだった。
このような傾向は、医学が発展するにつれて見られるようになっていった。医学が発展しすぎて、医者志望の人間を減らすか、患者を増やすかしないと、追いつかないくらい、医者が余ってしまうようになったのである。だから、医者になりづらいように、こういった法律が制定されたのだ。
二時間目は体育、三時間目は総合数学、そして四時間目は古典だ。
それぞれ授業を聞いて、先生の板書をノートに写すだけの単純作業に欠伸が出そうになるが、我慢。テスト前にヤバくなって優樹に泣きつくのは、それはそれで勉強会が開かれるから良いのだが、って、違う、毎回毎回彼女に頼るわけにもいかないのである。
そして迎えた昼休み。
今日は珍しく遅刻せず、ぎりぎりで駆けこんだ俺を、平然と自席に座って見ていた山寺を捕まえて、笑顔で胸ぐらを掴んでみた。
「山寺くん山寺くん」
「なにかな、明野くん」
お互いに笑顔。
「どうして俺と優樹が、お前のところの夏祭りに参加していることになっているのかな」
「夏祭り、って、今週末の?」
そうだ、と頷くと、山寺は、いや、ほら、と前置きして。蛇足の補足、ナチュラルに龍聖のことは言い忘れた。
「君ら、どうせ暇でしょ? 親父に頼まれたんだよね、今年初めてだから、なんとかして盛り上げろって」
「なんだ? 黒羽。面白そうじゃね? やらねえの?」
学食でパンを購入してきた龍聖が会話に混じった。ちなみにだが、この間優樹は黙々と箸を動かし続けている。興味が無い、のサインである。
「俺たちにメリットは?」
別にメリットがあるからとか、無いからとか、そんなことで手伝う手伝わないを決めるつもりはないが、俺は山寺が勝手に俺たちの参加を決めていたことに対して少し腹が立っているわけであって、だから決して、断じて、別に普通に誘ってくれれば、俺たちも普通に参加しただろうに。
確かにそうだ、と龍聖が便乗した。
「第一、祭りでテンション上げるなんて子供だろー?」
「確かにその通り――」
「手伝ってくれて、うまく盛り上がったら、夜店のフリーパスをくれるって」
「優樹さん優樹さん! 一緒に参加しようじゃないか、白木丘神社の夏祭り!」
あっさり手のひらを返す。
ともあれ、ともあれだ。俺たちが言い争っている間に、その小さな弁当箱を空にしていた優樹が、箸を箸箱にしまいつつ、溜息と共に言ったのだった。
「やれやれ」
そろそろ――コメディにシリアスが混ざりはじめてますね。実はスクール水着の下りにも大事な伏線が。いやいや別に? 私が趣味だけでスクール水着に千文字も割いたとでも? 言いかえす言葉もありません←
というわけでまた明日。
――次回予告兼チラ見せ――
「夏祭りまで、あと今日と明日――水曜日、木、金、土しかないね。本番は日曜日の夕方からだろう?」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
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