第四話:小さな森
「僕は、一番最初に行くべきは小さな森だと思う」
リードが言った。
「ほかの方向に進んでも問題はないだろうが、渦巻きの海とスマボ洞窟は難易度が高すぎる」
どうやら先に小さな森、渦巻きの海、スマボ洞窟には行ってみたらしい。
俺は傍観中。どこに進んでもわからないことだらけだから、黙っていたほうがいい気がするのだ。
「オレもそれでええと思う。異論はないで」
「賛成」
「私はタイガースファンとは同じ意見を持ちたくはないけど、それでいいわ。海や洞窟はまだ私たちには難易度が高すぎる」
「俺もそれでいいと思うぞ。デスペナルティは面倒だ」
ですぺなるてぃ? なにそれ。今度調べよう。みんなに聞くのは無理。うん無理。
俺の沈黙を肯定と受け取ったのか、リードがひとつ頷くと、手を叩いて言う。
「よし、行き先は決まった! あとは、ドロップアイテムの分配と――」
☆☆☆
『ビギナーズフォレスト』は鬱蒼とした感じで、森というよりは山、いやむしろ樹海にいるみたいな感じだったが、『小さな森』は休日にハイキングに行くような、森というよりは林で、木々はまばらで、その間から柔らかい日差しの差し込む、山にデートに行くなら最適な感じの場所だ。まあ、デートする相手なんていないんだけども。
『小さな森』にポップするモンスターは、一体目がバット。ラッキーの説明によると、コウモリ。吸血。キライ、らしい。二種類目はラフレシア。セカンド曰く、倒すと腐臭を発生、敵が寄ってくるモンスター。最後にもう一体、キラービー。ヒットが言うには、めっちゃデカイ蜂や。麻痺毒持ってんねん、だとか。その三種類。
全種類スキル持ちだが、そんなたいした効果は無いので、身構えず気楽に行こう、とも、出立前にリードが言っていたので、俺は気楽に構えていることにする。
フロア移動後すぐに、モンスターと遭遇。
「バット」
ラッキーがつぶやいた。いや、いちいち指差して言わなくてもわかるよ。彼女の表情は動かない。
現れたのは四〇センチくらいの闇色のコウモリだ。すこし紅いその体毛を怪しく蠢かせながら、中空を飛んでいる。それが五匹。
素手な俺は何も準備はいらないが、ほかのメンバーはそうもいかないようで、各々の武器を構える。
「陣形は言ったとおりだ! ひとまずはそれで行く!」
「おうよ!」
ヒットだけが威勢よく返事を返した。セカンドは沈黙、ハラはヒットから全力で顔を背けており、ラッキーは無表情だ。微動だにしない。
陣形――とは、リードがセカンドと一緒にモンスターのヘイト値? ってのを稼いでタゲ取り? をするから、ハラとラッキーが攻撃、ハラはそれの補助で、俺は遊撃。ようするに戦場を駆けずり回ってスキを見せたところに攻撃を入れる係。ついでにリードも片手剣で攻撃の役を担う。
突っ込んできたバットを、リードとセカンドがそれぞれ、リードは片手用楯、セカンドはタワーシールドとかいうデカイ楯でもって攻撃をいなす。
攻撃を受け流されたバットは、そのままバランスを崩して突っ込んできた。俺に。
うわっ、と思わず声が出たが、うまくタイミングを合わせて渾身の右ストレートを浴びせた。
それを胴体に受けたバットが、光の粒子となって消える。
バットをゾンビ化させておいて、戦況を見るともうすべてのバットは掃討されていた。
「なあ、クロウ。君は、どうして素手なんだい?」
えーっと、武器屋の店員さんに話しかけれなくて、なんて言える訳もなく。
「ど、どの武器を選んだらいいかわからなくて……」
うむ、我ながらナイスな言い訳である。この際言葉に詰まったことには目を瞑っていただいてもよろしいのではないでしょうか。
「こういうゲームは初めて?」
リードが重ねて言う。
それに首肯しておいてから言う。
「初めてです。だからこの……スキル? ってのもよくわからなくて」
空気が凍る。そうか、これが魔法か。俺にも使えるようだな、冷凍魔法――なんて冗談はさて置き。
さて、どうしてこの氷の空間を解凍しようかと俺が意識に網を張って知識を総動員していたらだ。ラッキーが動いた。
「死霊使い。主な武器、メイス。一緒、買いに行こ?」
小首をかしげつつ無表情に言う。不覚にもドキッとする俺。うーん、こういう小動物系に弱いのかなぁ? 聖夜が「ロリコン」と書かれたカードを持って脳内に現れたのだが、殴って封殺しておいた。
☆☆☆
「武器屋」
ラッキーが言う。武器屋のNPCのおっちゃんを指差しながら。
「おう、いらっしゃい」
馬鹿でかいダミ声に少し首をすくめていると、ラッキーはすたすたと歩を進めていってしまう。
「メイス」
「おう、メイスだな。ちょっと待っててくれや」
そう言い残して店主のNPCは店の奥に引っ込んだ。
その間に、武器屋の中を見渡す。駄菓子屋みたいだ。入口があって、ホコリかぶった古びた棚があって、入口の正面の奥側には少し高くなってる段みたいなのがあって、そこにはカウンターテーブルみたいなのがあって。それに話してみると――俺がじゃないけど――案外店主は怖い人じゃなくて。NPCってのはすごいな。
ちなみに、NPCってのは聖夜に教わった。覚えとかないと絶対に困る用語集、とやらをメールで送りつけてきたから全部目を通したのだ。解説の言葉の半分位が意味わからなくて、わかったのはNPCとVRMMOの意味だけなんだけども。
「嬢ちゃん、これでどうだい?」
そう言っておっちゃんはメイスをラッキーに渡した。ラッキー経由でやってくるメイスを見る。うーん、なんだろう、バットみたいな棒だ。太く削られただけの木の棒にグリップなのか白っぽい布を巻いている。
メイスの良し悪しなんかわからないので、適当に頷いておく。
「買った」
あの日見たラッキーのドヤ顔を俺は忘れない。
☆☆☆
「さて、スキルを知らないクロウのために僕たちが使っていた能力の説明をしようと思う」
スキルの説明とやらをリードがしてくれるらしい。
「スキルとどう違うのか。そうだな、『樹』に例えて説明したら分かりやすいだろう。
まず、スキルを樹の幹に例えるとしよう。君のジョブは死霊使いだから、例としてスキル操魂が幹だと思ってくれ。
その樹の根っこがクロウ、つまり君だ。
その樹の根が吸い上げるのがMP。
樹の幹から生える枝が能力だ。
つまり、樹の幹が太いほど、スキルのレベルが高いほど、たくさんの枝がつくし、能力もたくさん使えるようになれる」
ここまではわかるね? と、リードは一旦言葉を切った。
うんまあ大体は、と曖昧な返事を返す。
「じゃあ、あの例えの中の樹に足りない物は何だと思う? そう、葉と果実だ。
スキルが幹と言う話はした。枝が能力であるとも言った。
そして葉は、能力を発動した時の効果だ。
植物の葉は、光合成をするのに日光を――実際は微妙に違うけど――使用する。
その日光が、樹の成長を補助する為の栄養を作る。
栄養が補助スキルの+の部分の効果であり、補助スキルが日光である。
果実は、樹から「収穫(独立)」しても「食べる(発動する)」ことが出来る。
つまり、樹で言う果実とは、スキルで言う特殊スキルの事だ。
ただし、この「果実(特殊スキル)」は「芽を出さない(単体では効果が上がらない)」。
そこで「根」や「光合成で得た栄養(補助スキル)」が「果実を大きく(効果を強く)」する」
うーん? なんかわかった気がする。
つまり、普通の、例えば武器スキルや職業スキルは任意発動でMPが必要で、補助スキルってのはパラメータを上昇させるだけで、ずっと発動しつづける。特殊スキルはそれらから漏れたスキルで、発動は任意のものとずっと発動し続けるものがあると。
合ってる?
「だいたいそんな感じだ。ちなみに、任意で発動するスキルをアクティブスキル、常に発動し続けているスキルのことをパッシブスキルというんだ」
ふむふむなるほど、と結構おざなりな相槌を打つが、リードは気にした風もなく、
「ただ、モンスターの持つスキルは単純に技としてのスキルなのでその辺注意するように」
説明を続けたのだった。
☆☆☆
小さな森まで再度取って返し、そのまましばらく進むと、ラフレシアというモンスターに遭遇した。もちろんラッキーが指差してくれたおかげで名前がわかったのは言うまでもない。
「ラフレシアは倒すな! 面倒なことに――」
リードが叩きつけるように言ったが、もうすでにヒットが手にしたダガーでラフレシアを掻き斬っていた。
ラフレシアが光の粒子に変換されて消滅する。
その光の中に、「スキル腐臭・発動」と表示される。どんなスキルだ。
「ねぇ、タイガースファン。あんたのせいでラフレシアがたくさん寄ってきたんだけど」
「えゃぁ、うん、ごめんな?」
向こうでハラとヒットがどつき漫才を繰り広げている中、セカンドはもう、わらわらと湧出するラフレシアの群れに楯から体当たりしていた。ラッキーはラフレシアの群れを指差している。なにゆえ?
「スキル腐臭は、発動すると同じ種類のモンスターを大量に湧出するスキルだ!」
リードがラフレシアを片手楯で押しながら叫ぶように言う。
「だが幸い、ラフレシアの基礎パラメータはそんなに高くない! 活路を開いて――」
ラフレシアを一刀のもとに切り捨て、次なるラフレシアを剣の横っ面で破壊不能オブジェクトである木に叩きつけながら言う。破壊不能オブジェクト、というのは、リードから教わった。攻撃を当てても変化しない固定物の事らしい。
「――押し通る!」
☆☆☆
セカンドが前面に楯を突き出して突進し、その後ろを、リードが剣でなぎはらいながら突き進む。そのさらに後ろをハラとヒット、ラッキーがついて走る。俺はラフレシアをちぎっては投げちぎっては投げしつつ、みんなとはぐれないように殿で続く。
細道を進み、広いフロアに出るまで走る。
ラフレシアは足のかわりの根っこで移動してくるため、無茶苦茶遅い。だから、余裕で逃げられる。
「この先はフロアだ、急げ!」
細道の端まで先にたどり着いたセカンドが言う。
とりあえずラフレシアを撒いた俺たちは、その小部屋に入り、己の迂闊を悟る。
「モンスター大量湧出エリアや!」
ヒットが叫んだ。
なにそれ?
「モンスターハウスってのはな――」
無駄に長いリードの説明を要約するとこうなる。
モンスターハウスとは、モンスターが大量に出現する部屋のこと。狭い部屋であることが多い。
そして俺たちが逃げ込んだここは、鬱蒼と生い茂る木々の間に背の高い草木が生え、入り口出口以外完全に密閉されたフロア(要するに小さく区切られた空間)だ。
数えられるだけでバットが八体、ラフレシアが九体、そして、初めて見る蜂型モンスター、キラービー。それも七体。
「通路に戻――」
リードが身を翻して指示を出そうとするが、その声も止まる。
目前、通路と今いるこの部屋との境にラフレシアが蠢いていたからだ。
「戦うしかないのか……! 全員陣形を組め! 離れたらやられるぞ!」
リードの声が小部屋によく響く。これだけモンスターがいるのに、聞こえるのはリードの声だけだ。だが、それは嵐の前の静けさだということが直後にわかることになる。
止まっていたキラービーの羽が小刻みに振動し始め、ブゥゥンと重々しく響く低い音を垂れ流し始める。顎をカチカチと打ち鳴らす個体もいる。警告の合図だ。
バットが人間の可聴域では聞き取れない超音波を撒き散らし始めたのが、なぜか感覚で分かり、ラフレシアがその毒々しい色の花弁のあいだからネバつく蔓を軋ませながら伸ばす。
パーティメンバーも、敵さん方も、みんな臨戦態勢だ。だから、言えなかった。
入ってすぐにバットにぶち当たりそうになったからそれを避けたせいで、パーティから離れてるんですけど、と。
まあ、通常時であっても言えたかどうかは定かではないのだが。
~次回予告~
俺の腕の中で切れ切れにつぶやくようにしてリードが言う。
「ボスを……倒してくれ……」
「リード!」
リードは光の粒子を撒き散らして消えた。
「なんでリードはんは死んだんや!」
えーっと、全部嘘です。元ネタ分かる人はご一報を。特になにもありません。
それではいつか投稿される五話でまた会いましょう!